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シアンの冒険とキヤルのお仕置き


 翌朝。

 二人は、エイス達と一緒に町を出た。

 エイス達は三人パーティーで、リーダーで戦士のエイス、長剣と軽鎧で武装している。

 スカウトでレンジャーのビイス。

 パーティーの目であり、罠の発見や解除を担当する。

 短剣を使った近接戦闘も、弓を使った長距離戦闘もこなす。

 魔術師のシイスは、余り攻撃呪文は得意ではないが、様々な補助魔法でパーティーを補佐する。

 五人は街道を南に向かって歩いていた。

 前を三人組が歩き、少し離れて二人が付いて行く、という形に自然となった。

 「晴れて良かったですね」

 少年が話しかける。

 「そうね」

 笑顔で応えるが、どこかぎこちない。

 「緊張してますか?」

 「うん、よく考えたら、パーティーを組むのも、長旅も、大鬼(オーガ)退治も、全部、初めてだし、ちゃんとやれるかなって」

 正直に打ち明ける。

 「大丈夫ですよ。今回はエイスさん達に付いて行けば良いだけです。何も心配は要りません」

 ニッコリと笑う、その笑顔に、胸の奥が軽くなったような気がした。

 それから二人は、他愛のない事を話しながら、旅路を歩んだ。

 そうしながら、シアンの頭の中には、ある疑問が有った。

 それは、キヤルの事だ。

 素手で、大の大人を打ち負かす技量。

 子供に似つかわしく無い、丁寧な話し方。

 それらは、どこで身に着けたのだろうか?

 何度か、それを訪ねようと思ったが、その度に諦めて、日が暮れてしまった。

 その日は、街道を少し外れた草原で、野営する事になった。

 ビイスが手際よく、火をおこし、キヤルがそれを手伝った。

 携帯食料を温めて、夕食にする。

 この辺りなら、まだ危険は少ないが、交替で寝ることにする。

 その順番を決める話し合いの時に、シイスがお茶を皆に振舞った。

 話し合いがまとまりかけた時、異変が起きた。

 シアンが、木製のコップを落とした。

 シアンは己の身に起きた異変を訴えようと口を開いたが、舌が上手く回らない。

 「おっ、薬が効いてきたみたいだな」

 エイスが嬉しそうに言う。

 何の事かと、疑問に思う前に。

 「お嬢ちゃんの飲んだ茶には、シイス特製の麻痺毒が入ってたのさ」

 何でそんな事をと、疑問に思う前に。

 「お嬢ちゃんは、これから俺たちに犯されるのさ。下手に抵抗されても面倒なんで、一服盛ったって訳だ」

 キヤルに助けて貰おうと、思う前に。

 「ガキの方には睡眠薬を飲ましてある。一度飲んじまえば、二度と起きないくらいきっついやつをな」

 それは、毒と言うのではないか。

 つまり、自分も犯されるだけでは済まないという事か。

 「安心していいぜ。お前は殺さねぇ。お前ほどの上玉、俺達が楽しむだけじゃあ、勿体ない。奴隷商に売れば良い金になるだろうしな。そうそう、お前たちの回復薬(ポーション)は、俺達が有難く使わせてもらうぜ」

 何故、この男達は、そんな事を説明して来るのだろうか?

 「エイスは変態でな。絶望に染まった女を犯すのが好きなんだ。で、やる前にこれからの事を教えてやるのがお決まりなのさ」

 巻き込んでしまった、キヤルに申し訳なく思う。

 年上の自分がしっかりしなければいけなかった。

 シアンは後悔するが、覚悟もした。

 これは、情けない自分に下った天罰だ。

 そう考えて、項垂れたシアンに、汚れた手が伸びてくる。

 「ぐべあ!」

 奇妙な悲鳴を上げて吹き飛ぶエイス。

 何があったのかと、顔を上げたシアンの瞳に映った救世主。

 それは、毒を飲まされた筈のキヤルだった。

 「てめぇ、何で生きてやがる!」

 ビイスが驚きの声を上げる。

 その腹に一発打込みながら。

 「僕に毒は効きません」

 涼しい声で言う。

 ビイスは、その一撃で悶絶して聞こえていないようだ。

 「そんな馬鹿な!死なないにしても、全く影響がないなんて!」

 それこそ、大鬼(オーガ)ですら、飲めば死を免れない。

 それ程の猛毒を無効に出来るはずが無い。

 狼狽えているシイスの顎を、少年の拳が砕く。

 三人の悪漢を、拳三発で沈黙させた。

 「全く。諦めるのが早すぎますよ。『ヒール』」

 シアンの肩に手を置きながら説教する。

 「これで麻痺は抜けました。三人を縛る手伝いをお願いします」

 暫く後、三人の暴漢は、縄で縛られ、二人の前で正座させられていた。

 よほどショックだったのか、シアンはその間一言も喋らない。

 「さて、何か申し開きは、ありますか?」

 三人は、口々に、騙される方が悪いとか自分は悪くないとか、言い訳にもならないことを喚き散らした。

 「分かりました」

 静かに言って、手を挙げて、三人に黙るよう促す。

 キヤルの穏やかさに、自分達は許されるのかと、三人は安堵の溜息を吐く。

 「貴方達は一度、性根を叩き直して差し上げないといけないようですね」

 三人の顔が恐怖に引き攣る。

 「安心して下さい。僕は本当は戦士ではないんですよ」

 何を安心して良いのか、三人はもとより、シアンにも分からない。

 「僕は回復術師なんです」

 つまり、今から、拷問に等しいお仕置きを受けて、怪我をしても、回復術で治すから安心しろという事か。

 「だからどうした!てめぇが回復術師だからって、どうしたって言うんだ!」

 「そうだ!大体、回復術師なんざ、術を使うたびに苦痛にのたうち回る、役立たずじゃねぇか!」

 「そうだ!そんな使うのにリスクがある物を、お前みたいなガキが使えるのかよ!」

 立場を弁えず、騒ぐ三馬鹿。

 「『ヒール』」

 右端のエイスが殴り飛ばされた。

 「僕はこれから貴方を殴り続けます!貴方が泣いて心を入れ替えるまで!『ヒール』」

 エイスを、さらに殴りながら宣言する。

 殴られたエイスは、さらに吹き飛ばされ、背後に在った大岩に、背中を打ち付け、呻き声をあげる

 「でも、安心して下さい。回復術の籠った拳で殴るので、痛みはあっても、怪我はしませんし、死にもしません、勿論、気絶も出来ませんので、心行くまで、反省なさってください!」

 そうして背後を岩で阻まれ、逃げ場の無いエイス目掛けて、振りかぶる。

 「『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』『ヒール』……………………!」

 連打、連打、連打!

 右から、左から、上から、下から。

 キヤルは休むことなく殴り続けた。

 普通、これだけ殴られたら、怪我をして、気絶をして、死亡する。

 しかし、エイスが、そこに逃げる事は、許されていなかった。

 痛い。

 胸に打撃を受けたときは、肺が圧迫されて息が詰まって、苦しい。

 だが、意識だけは、ハッキリとしている。

 段々と痛みには慣れてくる。

 痛い事には違いないが、思考する余裕が出て来た。

 何で、俺がこんな目に会わなくちゃならない!

 運が悪かったのか?

 俺が冒険者なんて、底辺の、命懸けの仕事をしているのは、世間が悪い。

 冒険者なんて、危険な仕事をしているんだ。

 ちょっとくらい、楽して儲けようとして、何が悪い。

 ちょっとくらい、気持ちの良い思いをして、何が悪い。

 畜生、畜生、畜生!

 そうだ!

 口先だけ、謝ればいい。

 そうして殴るのをやめさせれば、幾らでも、仕返しの方法はある。

 「まだ、反省が足らないようですね」

 心を見透かしたように呟く。

 エイスはゾッとした。

 キヤルの言葉のせいでは無い。

 キヤルが喋っている間も殴る手は止まっていない。

 しかし、その打撃には、ヒールが乗っていなかった。

 後頭部が背後の岩に打ち付けられて、砕けた。

 直ぐに、ヒールの乗った拳に殴られたお陰で直ぐに完治したが。

 放って置けば、死んでしまう。

 それ程の損傷だった。

 「ご…めん…なさ…」

 死を感じたエイスの心は折れた。

 「まだです。貴方はまだ、泣いていない」

 泣いて謝るまで殴り続ける。

 その言葉通り、エイスが泣くまで止めないという事か。

 涙より先に小便が出た。

 それはキヤルの足元も汚したが、少年は気にもしなかった。

 それから十分程、殴られ続けて、やっと涙が出た。

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………………」

 キヤルから解放されても、男の口からは謝罪の言葉は止まらなかった。

 「さて、朝までには終わらせたいので、休憩なしで次の人に行きましょうか」

 振り返った少年の笑顔に二人の男は震え上がった。

 もうすぐ夜明けかという頃。

 「申し訳ございませんでした」

 三人の男は、揃って土下座をしていた。

 その正面に立つ、シアンは目の前で起こった事が理解できず、呆然としている。

 「ご覧の通り、彼らは反省しました。許して差し上げますか?」

 「え?」

 「直接被害に会ったのは、シアンさんです。どうしても許せないと仰るのでしたら、その刀でちょん切るぐらいは良いかと思いますよ」

 「ちょん切るって、どこを?」

 キヤル以外の声がハモった。

 「腕でも、首でも、お好きな所をどうぞ。」

 「首って切っても大丈夫なの?」

 「はい。ただ、三秒ルールという物がございまして、何故か、首と胴が切り離されてから、三秒以上経過すると、どんな手段を用いても死んでしまいます。ですので、首を落とす事をご所望でしたら、その前にお声掛けください」

 時間内に処置する為の準備がいるという事か。

 三人は、すっかり怯えてしまい、お互いに抱き合って、震えている。

 その様を見て、すっかり冷めてしまったシアンは、

 「もう良いわ。これ以上すると、狂っちゃいそうだし」

 と、許しを与えた。

 「ありがとうございます?」

 平伏する三人を見て、

 「シアンさんは、優しいですね」

 と、キヤルは感想を漏らすが、少年の方が容赦が無いだけだと、シアンは思う。

 「さて、確認します。大鬼(オーガ)討伐の依頼は本当にあるのですね?」

 回復術で記憶が読めるキヤルにとっては、確認するまでも無い事なのだが、シアンの為にあえて、問い正す。

 「はい!大鬼(オーガ)の目撃情報と、その討伐依頼は真実であります!」 

 エイスが答える。

 なんだか、性格が変わってしまったように見える。

 「では、行きましょう。依頼完遂は冒険者の責務です」

 「はい!発言よろしいでしょか?」

 エイスが発言の許可を求めて来るので、キヤルが許可する。

 「お嬢さまが徹夜になってます。少し休んでから出発するのがよろしいかと思います」

 言葉遣いがおかしな事になっているし、シアンをお嬢さまと呼んでいる。

 「いえ、大丈夫です。出発しましょう」

 今、休めと言われても眠れそうにない。

 「いえ、冒険者は体が資本であります。無理をしてはいけません」

 ビイスが言い、

 「そうだ!自分がおぶって差し上げますので、自分の背中でお休み下さい!」

 シイスが提案して来る。

 なんだかやりにくい。

 シアンは、居心地の悪さを感じて、溜息を吐いた。


 数日歩いて、森に入り、更に一日が過ぎた。

 先行して偵察していたビイスが、戻って来て報告する。

 「報告します。前方に大鬼(オーガ)を発見いたしました」

 少し抑えた声。

 「ただ、問題があります」

 「問題?何ですか?」

 「大鬼(オーガ)は目視出来ただけで五匹確認しました。こちらの戦力では太刀打ち出来ない数であります」

 大鬼(オーガ)が五匹。

 こちらも五人。

 一対一ではこちらが不利だ。

 「貴方達三人で一匹は倒せるのでしょう?」

 「はい。大鬼(オーガ)は基本単独で行動しますので、自分達三人なら、勝てる相手と判断いたしました。しかし、五匹相手となると、複数のパーティーで当るか、国に任せるのが普通であります」

 エイスが答え、何が問題なのか説明する。

 「では、僕が三匹、シアンさんが一匹相手すれば良い訳ですね」

 「いやいや、坊っちゃん、それは幾らなんでも無茶ってもんですよ」

 「私も自信ないな…大鬼(オーガ)なんて戦った事無いし」

 キヤルの気軽な物言いに、反論が上がる。

 「それに、どうやって分断するんですか?乱戦になった終わりですよ」

 「ここは、一旦帰って、ギルドに報告して、判断を仰ぐ所ですよ」

 「それも、そうですね」

 納得してもらえたと四人は、胸を撫で下ろす。

 「では、まず、僕が三匹を片付けます。そうしたら、大丈夫でしょう」

 「は?え?」

 困惑する四人を置いて、歩き出す少年。

 「何してるんですか?付いて来て下さい」

 放って置く訳にも行かず、慌てて後を追う。

 十分程、道なき道を歩くと、前方に開けた場所が見えてきた。

 そこに五匹の大鬼(オーガ)がたむろしている。

 どれも巨体で威圧感がある。

 一番背の高いビイスでも、怪物の胸の高さ位しか無い。

 手には、キヤルと変わらない大きさの棍棒を持っている。

 そんなもので一撃もらえば、それだけで絶命しそうだ。

 夜行性である筈の彼らが、起きていて、周囲を警戒している風に見えるのは、どういった訳だろうか。

 「もう、お昼なのに起きてますね」

 木の陰に隠れて、様子を窺ったキヤルが呟く。

 「寝込みを襲えればワンチャン有ったかもですが、これでは無理ですよ」

 「でも、なんで起きてるんですかね?俺が見つけた時には、皆、寝こけてやがったのに」

 ビイスが、疑問を口にする。

 「お前がドジ踏んだんじゃねぇのか?」

 エイスが突っ込む。

 「大鬼(オーガ)は、勘が良いですから、何か感じ取ったんでしょう。ビイスさんを責めるのは可哀そうです」

 少年がレンジャーを庇う。

 「どっちにしても、見つかると厄介な事になります。今のうちに行きましょう」

 シイスは、気づかれないうちに、撤退しようという意味で言ったのだが。

 「そうですね。行きましょう」

 キヤルは、木の陰から出て、オーガに向かって歩き出す。

 大鬼(オーガ)達は、すぐにキヤルに気付く。

 その内の一匹が、

 「ガッガッガッ」

 と、喉の奥を鳴らす様な、笑い声を上げて、ゆっくりと近づいて来る。

 おやつが向こうからやって来た。

 そんな事を思っていたのだろうか。

 逃げようとしないどころか、近づいて来る少年に無造作に手を伸ばす。

 「危ない!」

 思わず声が出て、体も前に出る。

 少女剣士も、悪漢冒険者達も。

 己の身の危険を忘れていた。

 大鬼(オーガ)の大きな手が、小さな少年を一掴みにする。

 「『ヒール』」

 少年回復術師の声が響く。

 オーガの手に、ボコボコと、瘤が生じる。

 瘤は瞬く間に、左手から全身に広がり、弾けた。

 後には、大鬼(オーガ)だった肉と骨が残った。

 「何をしたの?」

 いち早く駆け寄ったシアンが尋ねる。

 「再生能力の高さを逆手に取って、自己崩壊を誘発させました」

 怪我を治すというのは、傷口を新しく生まれた細胞で埋める事だと言える。

 その新しい細胞が、際限なく生まれ続ければどうなるのか。

 結果は前述の通りである。

 理解できなかったシアンは、しかし、それ以上、説明してもらう為の時間が無い事は理解出来た。

 仲間を殺された大鬼(オーガ)達が、怒りの形相で迫ってくる。

 「ちぃ!こうなったら、しょうがねぇ!散れ!」

 エイスが指示を出し、ビイス、シイス、シアンが従う。

 目標を散らし、敵の戦力を分散させる目的だ。

 キヤルは、大鬼(オーガ)の群れに向かって、弾丸の如く飛び込む。

 先頭の、一際大きな鬼の腿に、すれ違い様に触れる。

 「『ヒール』」

 崩れる大鬼(オーガ)。 

 後続が驚く暇も与えず。

 「『ヒール』」

 三匹目も肉塊に変える。

 そのまま、走り抜けて、

 「これで、僕の分は終わりましたね」

 振り向いて、ニッコリ。

 肩越しに振り向いて、その笑顔を見た残りの二匹は同じ事を考える。

 コレはダメだ。

 そう思っても、彼らに逃げるという選択肢は無かった。

 左右に分かれて別々の標的を狙う。

 エイスに向かった大鬼(オーガ)は、大きく振りかぶって、その頭をカチ割ろうと振り下ろす。

 大ぶりの一撃は掠りもしなかった。

 三人は、大鬼(オーガ)一匹なら勝てると言った。

 その言葉に嘘は無かった。

 大ぶりの攻撃を、ある時は受け、ある時は躱し、確実にカウンターを決めるエイス。

 少し離れた所から、礫を投げたり、斬りかかる振りをして、大鬼(オーガ)の気を散らすビイス。

 彼の嫌がらせの様な行動は、確実に相手を苛立たせ、元から大ぶりの攻撃がさらに、雑になる。

 大鬼(オーガ)には、高い自己再生能力がある。

 それは、剣で斬られた位の傷なら、文字通り、瞬時に治ってしまう程の物だ。

 エイスの剣で幾ら斬り付けても、端から治ってしまうのでは、人間に勝ち目は無い。

 疲れて動けなくなった所を、無傷の大鬼(オーガ)の持つ、こん棒で殴られて終わり。

 勿論、対処法は有る。

 大鬼(オーガ)の傷口を火や、酸で焼けば、そこはもう回復しない。

 そこで、シイスの出番となる。

 『酸の膜(アシッド・コート)』 

 開戦直後に使用した、その魔法は、エイスの持つ剣を酸の膜で覆った。

 その酸は、勿論、剣自体には影響がなく、剣が作った傷を焼く。

 その他にも、身体能力を強化する魔法を順次使用し、味方を援護したシイスは、今は、不測の事態に備えて、少し離れた所で、二人を見守っている。

 シアンの事も心配だったが、キヤルが早々に三匹目を倒し、シアンの元へ向かった事も、知っているので、こちらに専念する。

 勿論、キヤルとシアンの様子は、二人にも伝えてある。

 そうでないと、焦った誰かがミスをするかもしれないから。

 三人の中堅冒険者は、時間をかけて、確実に強敵を倒した。

 一方、シアンは困っていた。

 大鬼(オーガ)の攻撃は、単調で避け易く、もしかすると、小鬼(ゴブリン)数匹を相手にする方が面倒かもしれないと、思うほどだった。

 問題は斬っても、斬っても、斬っても、その端から治っていく、その再生能力だ。

 シアンには刀で斬る以外の手段が無い。

 勿論、火や酸が有効だと、知識には有るが、そんな物、今は無いし、有ったとしても、大人しく傷口を焼かせてくれるとは思えない。

 悩んでいると、大鬼(オーガ)の背後から、キヤルが声をかけて来た。

 「何をしてるんですか?」

 呑気な言い草に、カッとなる。

 「何って、これを倒そうと頑張ってるんじゃない!」

 大きな声がでた。

 「斬っても、意味ないし、疲れてきちゃうし、手伝ってよ!」

 疲れたと言うが、その声はまだ、余裕がありそうだ。

 「甘えてはいけません。それはシアンさんの担当です。御一人で頑張って下さい」

 「頑張れって、どうすれば良いのよ!」

 「簡単ですよ」

 何か簡単な方法が有ると言うのなら、先に教えておいてほしかった。

 「どうすれば良いの!教えて!」

 藁にも縋る思いで聞いてみる。

 「首を落とすのが、一番簡単です」

 大鬼(オーガ)にも三秒ルールは有効なのか。

 そうだとしても、それは無茶だ。

 「他には!」

 「少し手間がかかりますが、四肢を切り落として、動けなくなった所で、やはり首を落として下さい」

 因みに、四肢を落としただけで絶命することは無く、一月程で手足は生え揃う。

 「出来るわけ無いじゃない!」

 抗議の声をあげる。

 「出来ますよ」

 その言葉が、心の何処かに吸い込まれていく様な気がした。

 「出来ます。貴方なら」

 真実だけを語っている。

 そう思わせる声だ。

 スッと、心が落ち着く。

 刀を鞘に納める。

 腰を落とし、柄に手を添える。

 居合の構え。

 横殴りの棍棒を、後ろに下がり、紙一重で躱す。

 首を狙って。

 今!

 抜刀‼︎

 そう思った瞬間。

 「幾ら首が太くても、シアンさんの腰程もありませんから」

 目にも見えない抜刀。

 そして、納刀。

 チィィィン…

 高く、美しい音が鳴り響く。

 大鬼(オーガ)の巨体が正中線から左右に離れていく。

 血が噴水の様に、吹き上がる。

 「唐竹割にしましたか。流石です」

 にこやかに、賛辞の言葉を送る。

 幾ら再生能力に優れていても、これではひとたまりもない。

 「………………」

 返り血に塗れ、幽鬼の様なシアンが、何かを呟くが、少年には聞き取れなかった。

 「え?何ですか?」

 「私のどこが太ってるって言うの⁉︎」

 怒りの形相で、抜刀し、叫ぶ。

 「いえ、誰もそんな事は…」

 「言った‼︎大鬼(オーガ)の首より太いって‼︎」

 「それは、ただ、事実を…」

 「なんですって?」

 キヤルの言葉は最後まで言わせてもらえなかった。

 厚顔不遜の少年の肝をさえ冷やす、恐ろしい眼光。

 回れ右をして、走り出すキヤル。

 「待ちなさい‼︎キヤル‼︎」

 これが剣の勇者の始まりの物語。




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