駆け出し冒険者 シアン
ある日の昼下がり。
冒険者ギルドの受付の四人掛けのテーブルに。
少女は一人、腰掛けていた。
彼女の心情を表すかのように、その銀の髪は燻んで見えた。
実際は、灯りが十分で無いだけなのだが。
「今日も、声、かけれなかったな」
自己嫌悪に陥っている。
住んでいた村に居づらくなった彼女は、街に来て、冒険者を始めた。
幼い頃から、鍛えた剣術と、祖父の形見の、刀を活かす良い手段のように思えたから。
それに、口下手なのもマイナスにはならないだろうと思った。
しかし、そう甘くは無かった。
簡単な討伐依頼だけなら問題は無かった。
しかし、それだけではその日暮らしが精一杯。
冒険者など、ずっと続けられる稼業では無い。
年を取れば、体力は落ち、技は鈍る。
それまでに、ある程度、金を貯める事が出来無ければ、生活出来無くなる。
そのためには、パーティーを組んで、難度の高い依頼をこなす必要がある。
無愛想な彼女に声をかけてくれる先輩冒険者は居なかった。
強面の先輩たちに、彼女から声をかけるのは難しかった。
数日前から、今日こそはと思い、声をかけようとするのだが、意気地が無く、叶わない。
故に落ち込んでる。
今日は単独で挑めるような依頼が無かったので、ここで時間を潰すしか無い。
今日、何度目かの溜息をついた時。
「お姉さん。僕とパーティーを組みませんか?」
声をかけられた。
声の方を向くと、十歳くらいの男の子が立っていた。
何の冗談かと、思ったが、ある噂を思い出した。
子供が冒険者になりたいと、このギルドに来たのだという。
子供が冒険者になりたいというのは良くある事らしい。
何も知らない子供は、冒険者に憧れを持つ事があるということだ。
子供を冒険者として認める訳には、もちろんいかないので、試験をすると言って、居合わせた冒険者と模擬戦を行わせたりする。
今回も、いつも通り、そうした。
結果は、いつも通りでは無かった。
少年は、武器も持たず、ベテラン冒険者を無力化して見せた。
油断を言い訳に、再戦を挑んでも、勝者は少年だった。
実力は十分。
身許を調べた結果、身寄りが無く、保護者と呼べるような人物もいない。
ギルドが後見役になり、冒険者になる事を認めた。
孤児院や、神殿に任せるより、早くから冒険者として鍛えた方が、本人にもギルドにも有益だという判断だ。
この子が、件のルーキーか。
自分も新人である事を棚に上げて思う。
「えっと、何で私?私なんて、ボッチだし、どこか他のパーティーに入った方が、良いと思うけど?」
自分で言った、ボッチという言葉に少し落ち込む。
「いえ、他のパーティーでは、釣り合わないので」
それはシアンが子供レベルということか。
それに納得してしまう、自分に、また落ち込む。
「そういう事なら…」
それでも、パーティーを組めるメリットを考えると、少女の方に否やは無い。
それに、ゴツい男達より、可愛らしい男の子の方が接し易い。
「よろしくね、私はシアン。ギルドには戦士で登録してるわ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。僕はキヤルと申します。戦士で登録してますが、得意なのは格闘術です」
自己紹介して、握手。
改めて少年を見る。
シアンより頭一つ分位、低い身長。
立って並べば、胸の高さに、頭がある位だ。
燻んだ金髪に、可愛いらしい顔。
赤い瞳は、この辺りでは、珍しく、神秘的に見える。
成長すれば、かなりの美男子になるだろう。
半袖のシャツと半ズボンから、細い手足が伸びている。
この、細い手足で格闘術?
見た感じ、筋肉が付いているようには見えない。
「気を悪くしたら、ごめんね」
先に謝っておいて、尋ねる。
「格闘術が得意な体型に見えないんだけど?」
「よく言われます。でも、格闘は筋肉でやる物では無いんです」
笑顔で答える少年。
祖父も力に頼るな、とよく言っていたことを思い出して納得する。
「それに、そちらこそ、そんな軽装でいいんですか?」
シアンは、戦士としては軽装だったので、それを指摘した。
彼女の服装は、シャツの上に、ポケットの沢山付いているジャケットを羽織り、下はホットパンツ。
防具の類は一切身に付けておらず、武器も左手に持つ、祖父の形見の刀だけ。
「えっ?何かおかしいかな?」
自覚は無かった。
「おかしくは無いです。でも、普通、戦士の皆さんは、防具を着けますよね?」
「動き易いから、これで良いのよ」
お金も無いし、という言葉は飲み込む。
「そっちこそ、幾ら格闘主体でも、手甲位、着けるものじゃない?」
「普通は、そうみたいですけど、お金が勿体無いから、これでいいんです」
「そうなんだ?じゃあ、軽装同士、怪我には気を付けましょう」
笑い合う二人。
この子となら普通に話せるし、上手くやって行けるかもしれない。
「よーう。お二人さん、なんだかご機嫌だなぁ?」
二人の会話に割り込んで来た声があった。
このギルドでは、中堅クラスの戦士、エイスだ。
そんなに強面でも無いが、チンピラっぽいので、シアンは苦手に思っていた。
「はい。二人でパーティーを組むことにしたので」
「なるほど、そりゃあ良かった。いやな、これでもこっちは心配してたんだぜ?」
何の事か、シアンには見当も付かない。
「討伐任務を一人で黙々とこなす女と、ギルドの肝いりとは言え、まだ子供のルーキー。なんかあったら助けてやらんとって、仲間とも話してたんだ」
この人は見かけはともかく、良い人かもしれない。
単純な女剣士はそう思った。
「それでな、どっちかを仕事に誘おうかと思ってたんだが、二人が組んだってんなら、この際だ、二人共、俺たちの仕事を手伝わないか?」
どうやって声をかけるか、悩んでいた日々が嘘みたいだ。
誘われただけで感激する少女。
承諾の返事をしようとする前に。
「構いませんけど、それは貴方達のパーティーへの勧誘という事ですか?」
少年の方がしっかりしている。
「いや、一つ仕事をこなす間だけの話さ。お手本を見せてやろうって事さ」
「そういう事ですか。それで、仕事の内容はどういった物でしょうか?」
「簡単な仕事さ。大鬼の討伐だ。俺たちだけでも大鬼一匹なら楽勝なんだが、新人たちに、場数を踏ませてやろうと思ってな」
やっぱり、良い人だ。
感激を深くする少女をよそに。
「報酬は幾らですか?分け前はどうします?」
それも大事なことだ。
大人相手に、ちゃんと交渉する子供に感心すると同時に、ただ、喜んでいるだけの自分に自己嫌悪する。
「金貨で千枚、俺たちが九百、お前たちに百でどうだ?」
いくら何でも、こちらの取り分が少なくないかと、不満に思った。
「お前さんたちは、後ろで見ているだけでも良いんだから、払い過ぎとも思うがな」
男が自分を戦力として見ていないことに、腹が立つ。
が、言い返す事なんて出来ない。
「ではそれで。何時、出発しますか?」
少年に不満は無かったのか、承諾してしまう。
「明日の朝だ。場所はここから三日程行った当たりの森の奥らしいからな。準備もいるだろ?」
「という事は、行き帰りで、二週間程ですか?」
行って帰って来るだけでも約一週間。
森の中の探索も考えればそんなものだろうか。
「そうだな。ちょっと長めで考えて、そんなもんだ。着替えと保存食、あと、回復薬を用意しとけ」
「回復薬ですか?」
「ああ、万が一があるからな。そうそう、適当なヤツを買うんじゃねぇぞ。スライム印のヤツにしとけよ」
スライム印の回復薬。
よその大陸から輸入されるそれは、金貨一枚の値段で、死んでさえ無ければ、どんな怪我もたちどころに治してしまうという、冒険者の必需品だ。
金貨一枚と言えば、朝食付きで宿に二晩泊まれる金額になる。
結構な値段だが、それでも、所有していれば、格段に生存率が上がる。
その他の細かい打ち合わせをして、エイスは立ち去った。
「ごめんね、なんか全部任せちゃって」
シアンは、エイスに話しかけられて、別れるまで、一言も発して無かった。
「構いませんよ。それに、謝るのはこちらの方です。勝手に決めて申し訳ありませんでした」
頭を下げながら言う。
「あ、謝らないで。私、人と話すの苦手だから、助かったの」
「でも、報酬の取り分とか、不満じゃないですか?」
「うーん、不満が無い訳じゃないけど、私達が新人なのも事実だし」
シアンにも妥協出来る条件だった。
「これからは、何かあったら、まず、僕に言って下さい。そうしたら、僕から相手方にお話します」
「えっ?そんなの悪いよ」
「今日から、僕たちは同じパーティーです。適材適所で行きましょう。僕の苦手な事は、お任せしますから」
「そういうことなら…」
少年の提案を受け入れる。
この子の苦手な事って、なんだろう。
一緒に仕事をするうちに、知ることになるのだろうと思う。
「では、僕は、今から買い出しに行きます。お姉さんはどうしますか?」
「私も行く」
ほんの少しだけ声に不満の色が滲んでいた。
「何か、失礼をしましたか?」
目敏い少年は、女剣士の不機嫌には気づけたが、その理由に思い至ることが出来なかった。
「その喋り方。私達、パーティーでしょ?」
「申し訳ありません。この喋り方は、癖ですので。ご容赦下さい」
「じゃあ、呼び方!お姉さんは止めて」
「えっと、シアンさん、でよろしいでしょうか?」
出来れば、呼び捨てが良いと思ったが、いきなりそれは難しいのだろうと妥協した。
「それで良いわ。じゃあ、行きましょう」
キヤルが年下であるお陰か、とても話易かった。
この出会いが、自分を良い方向へ導いてくれるのではないか。
シアンの思い描く未来は明るい。