外伝 千勝出来なかった男
大変、お待たせしました。
その上で外伝、キヤルたちの出番はありません。
この世界には奴隷制度がある。
人としての権利を認められず、家畜同然に扱われる者たち。
自ら奴隷になろうという物好きは少ない。
では、どうして奴隷になるのか。
親が奴隷であれば、勿論、その子供は奴隷になる
片親でもそうであれば、そうなる。
ただし、奴隷でない方の親が認知すれば、その親に準じた立場になる。
そういう奴隷を、生来奴隷という。
次に戦争で捕虜になったものが奴隷になる場合。
捕虜は普通、身代金と引き換えに解放されるが、支払いがなかった場合は奴隷にされてしまう。
これを戦争奴隷という。
帝国の奴隷狩りなどもこれにあたる。
一方的に争いを仕掛け、非戦闘員も捕虜にし、身代金の交渉では法外な金額を吹っ掛けるのである。
犯罪を犯した者も、奴隷にされることがある。
基本的には、相手に障害が残るほどの傷害や、殺人を犯した者に対しての罰だ。
死罪に次いで重い刑とされている。
犯罪奴隷と呼ばれる。
恩赦の対象にならないので、場合によっては、死罪より重いと言われる時もある。
最後に、少し特殊なのが、契約奴隷である。
条件を設定して、それを満たすまで、奴隷として働く者のことである。
娼婦や剣闘士などの中に契約奴隷がいる。
娼婦の場合は、前金で金を受け取り、その金額を稼ぐか、初めに決めた年月を経過するまで働く。
衣食住が保証されるが、普通の娼婦と違って客を選ぶ権利はない。
剣闘士の方は、剣奴とも呼ばれ、衣食住が保証され、契約時に定められた勝利数に到達すると報奨金を受け取って引退できる。
戦う相手を選ぶことができないので、大抵は、途中で敗北、死亡することになる。
ロロライア王国に遊興都市がある。
街の中央に円形闘技場があり、そこでは日々見せ物としての闘いが繰り広げられている。
生き残る剣奴は、一割にも満たない。
しかし、一獲千金を夢見て今日も新たな剣奴が生まれる。
ある豪商の下に一人の男が訪れる。
豪商は、幅広く商いをしており、奴隷も扱っていた。
男は双角族で、天を衝く偉丈夫であった。
「千?今、千勝と言ったのか?」
「ああ、千勝に挑戦する」
男は剣奴志望であった。
剣奴は、契約時に何勝を目指すのかを決める。
その勝利数によって、達成時に支払われる金額が決まる。
最小で五勝、最大で千勝。
五勝でも、達成すれば一年は遊んで暮らせる金が手に入る。
十勝で五年、百勝もすれば小さな国一つ買えるという。
千勝というのもあるにはあるが、これは、冗談のような物で、挑戦者も、それを受ける奴隷商もいない。
なぜなら、五勝であっても達成する者は、十人に一人もいない。
奴隷商は、剣奴の戦いを、見世物、賭け事として儲けを出す。
最初の頃は勝つか負けるか判然としない試合を組むが、ある程度の儲けを確定させた後は、剣奴の不利な試合を組む。
そうしないと、儲けが薄くなるからだ。
それでも、剣奴志望の者は後を絶たない。
体一つで一獲千金。
また、その不利な条件を乗り越えた事実は、人としての価値を高める。
本人は自信を持つことができるし、その肉体的、精神的な強さは保証されているので、軍や傭兵に引く手あまたとなる。
であるので、五勝、あるいは十勝への挑戦者はある。
百勝、千勝は冗談。
その筈であった。
しかし、男は真剣に千勝を目指すつもりであった。
何人かの商人には断られた。
この豪商に断られれば、諦めるつもりだった。
豪商は、この話を受け入れた。
その、見ただけで、力と敏捷性、耐久力が、高い水準で揃っているのがわかる肉体。
何より、真剣に冗談のようなことを言う、その眼差しに惚れたのだった。
双角族は、一角族ほどではないが、高い回復力を持ち、炎や雷を生み出せる、戦いに向いた種族であった。
初戦は、初めて闘技場で戦うもの同士の戦いになる。
これに躓くようでは千勝など無理な話である。
難なく勝つ。
多くの者には、ただの剣奴の初勝利。
これが後に語り継がれる男の、伝説の始まりとは思いもしなかった。
五勝、十勝と勝ちを重ねるにつれ、見る目が変わってくる。
男を応援する者も出てくる。
が、そのうち普通の戦いでは、賭けが成立しなくなる。
対戦相手が、一度に二人、三人と増え、五人相手でも、炎と雷の使用を禁じられても、危なげなく勝つ。
そのうち対戦相手が猛獣になる。
獅子や虎。
始めは、それら相手に長剣を持って。
それでも、負けないとなると、短剣一本での戦い。
更には素手での戦いを強いられる。
それでも、負けない。
男が毒をあおり、死ぬまでの間に、相手の腹を裂き、そこに収められた解毒薬を手に入れるなどということもやった。
伝説として語られている戦いの一つに、巨大な多頭蛇との戦いがある。
大人を丸のみにできるほどの、巨大な頭を三つも持つ大蛇。
頭を一つ、落としたとしても瞬く間に再生させる魔獣である。
それに素手で、炎も雷も禁じられた状態での戦い。
貫き手で鱗を貫き、肉を抉っても、腕を引いたとたんに治ってしまう。
流石にこれには勝てまいと、誰もが思った。
戦っている本人以外は。
傷は治る。
では、それ以外はどうか?
男は三本ある首のうち一本の後ろに回り込み、それに抱き着いた。
そこは長さ的に他の首も届かぬ、言わば安全地帯であった。
それだけでは、負けはせずとも、勝ちもない。
男は渾身の力を込めて、締め上げた。
男は自分に置き換えて考えてみたのだ。
傷は治る。
窒息は?
双角にせよ、一角にせよ、脳に酸素が供給されねば、気絶を経て、死に至る。
いくら腕一本、落とされても、再生させる力があったとしてもだ。
この蛇はどうか?
ミシミシと音を立てて締め上げる。
やがて、その首から力が抜ける。
気絶させることには成功した。
男は、それで、その首からは、手を離した。
殺してしまうとどうなるか、わからないと考えたからだ。
自分であれば、頭は一つなので、死ねばそれまでだが、この蛇には、頭があと二つある。
殺してしまうと、他の頭がどう動くかわからない。
たとえば男なら、動かなくなった部位を切り捨て、再生させることを選ぶだろう。
しかし、相手は獣だ。
自傷するようなことはするまい。
もう一本の首も締め上げる。
ゴロゴロと、大蛇が転げはじめる。
男を振り落とすことと、気絶した頭に刺激を与え、覚醒させることが目的だろう。
判断を間違えたかと、男は焦ったが、今更だ。
蛇を締め上げる腕に力を籠める。
実はこの蛇は痛覚が鈍い。
大きな傷でも瞬時に回復する体は、痛みに鈍感なくらいが生き抜くうえで都合がよかった。
それが今回は裏目に出た。
地面に転がるぐらいの刺激では覚醒しなかった。
男は地面に擦りつけられながらも、腕を離さず、遂には二本目の首も絞め落とした。
左右の首の意識が無くなった多頭蛇は、動くこともままならない。
最後に真ん中の首を絞め落とし、男の勝利は決まった。
動かず何の抵抗もできない多頭蛇の背から心臓に貫き手を放ち、人の頭ほどもある心臓を握りつぶして止めを刺す。
完全武装の兵士が数十人がかりで犠牲を出しつつ、やっと倒す魔獣を、寸鉄帯びない個人が殆ど怪我も負わず倒して見せた。
男の勇名は留まることを知らなかった。
しかし、それが男の望みを断ち切ることになる。
後一勝すれば偉業を達成できるまできたある日。
「戦う相手がいないとはどういうことだ?」
男の怒号が轟く。
「…お前が強すぎるんだ。
どんな相手と試合を組んでも、お前の勝ちがわかっているのなら賭けにならん。儲けにならん試合は組めんのだ」
豪商は正直に説明する。
千勝達成の懸かった試合ともなれば、観客は集まるだろう。
しかし、相応しい相手を用意できなければ客も、誰より男自身も納得しないだろう。
栄えある闘いが、一方的な虐殺になってはいけない。
となれば、それなりに実力のある剣奴数名との闘いになるだろう。
しかし、それは、奴隷を扱っている商人たちにしてみれば、稼ぎ頭を捨てるようなものである。
「約束の金は払う。
それで納得してくれんか?」
男は金が欲しかったわけではない。
誰もが無理だと思う偉業を達成し、己の価値を世界に証明したかった。
その意味では、十分、目的は果たしたといえる。
しかし、男は千勝を目標と定めたのだ。
己の定めた目標に達することができない男になんの価値があろうか。
男はそう考える。
他の誰もが十分だと讃えたとしても。
己自身が認めることができないのでは意味がない。
その時である。
男の脳裏に託宣が下る。
「…金は要らん。
その代わり、俺は今から自由の身だ。
それでいいな?」
「いや、それでは私の気が済まない。
何か謝罪を…」
豪商は商人としては失格かもしれない言葉を告げる。
豪商は男の強さに惚れ込んでいた。
「お前が俺に誠実に対してくれたことは知っている。
これはお前のせいではないのたから、謝罪を受ける謂れもない」
それでもと、豪商は食い下がったが、男は何も受け取らず街を出た。
暫くして、魔王の代替わりがおこなわれた。
新しい魔王は、天を衝く大男であり、その頭には二本の雄々しい角が生えていた。
ラスボスである、現魔王の強さをどこかで書かないと、という考えの元書き始めたのですが、書いてて楽しくないし、本当にこれでいいのか悩んでしまい投稿に間が開いてしまいました。
これから投稿のぺ-スは落ちると思いますが、ラストシーンまで、頭の中にはありますので、必ず完結はさせます。