宴 銃士の決意と剣士の迷い
キヤルは後悔していた。
部屋を出たところで、やっぱり二人きりだと喧嘩をしてるしまうのではないかと心配になり、扉のところで中の様子を伺っていたのだ。
ところが、心配したような事は起こらず、今、聞いてはいけない声が聞こえてくる。
ロックなら、少年の気配も感じているだろうが、そんなことを構う男ではない。
とりあえず、この場を離れなければ。
廊下を抜け、広場へ。
「キヤル?どうしたの?」
シアンとクロエが心配そうに寄ってくる。
歩き方が少し変になっていたので心配させたようだ。
「なんでもありません。
少しびっくりしたことがありまして」
誤魔化す。
「なにをそんなに驚かれたのですか?」
ハクロたちもいた。
「それが…ロックさんに、お子様がおられたそうで…」
「ええー!」
「お相手は?
あの女性ですか?」
「いつ、生まれたの?」
「どこにいるの?」
質問責めにあってしまう。
「落ち着いてください。
お相手は、先ほどの方のお姉様です。
ロックさんも、子供が生まれたことをご存じなかったそうですから、たぶん、僕と同じ歳かと思います。
お相手の方は、ご自宅で蟄居なさってるそうですから、お子様も一緒でしょう」
「ふむ。
先程のお嬢さんは、トトゥーリアの領主代行。
その姉上といえば、先代の死亡に関わった咎で、生涯謹慎を言い渡されたとか」
「有名な話しなの?」
「美味い魚を食べたいのなら、王といえどもトトゥーリアには逆らうな、という言葉もあるくらい、有名で大きな街の領主に関わる話しですからな。
ある程度の地位を持つ者の間では有名な話しですな。
ただ、商人はともかく、一般には広まってはおりますまい」
「サフィール様といえば」
グレイが言葉を継ぐ。
「ご結婚なさらないと公言されていますね。
姪御様に家督を継がせるためだとか」
普通なら自分か、婿が領主になるのだが、それでは、姉の子に継承権がなくなる。
「一方で、心に決めた殿方がおられるのでは、という噂もあります」
「もしかして、その相手がロックとか?」
「先程の勢いでは、それはないでしょう?」
「しかし、そういう話しなら、ご身内ということになる。
先程の暴行も家族の喧嘩となれば、罪に問うことはあるまい」
実はそれが一番の懸念であった。
勇者に手をあげたとなれば、なんらかの罰を与えなければならない。
しかし、他国の有力者を罰するとなると色々と面倒なことになる。
「うむ、それはよかった。
となれば、心配事もなくなったことだし、俺たちも宴を楽しむとしよう。
小さな癒し手殿も、まだプリンとやらを食っただけだろう?」
ゴンズが促し、一堂、料理の並んだテーブルへ。
「そういえば牛のおじさん。
おじさんは肉は大丈夫なの?」
「ん?牛と同じ顔でも肉は食えるぞ?」
「じゃなくて、牛の肉を使った料理もあるけど怒ったりしない?」
また失礼なことを、とキヤルは思ったが、ゴンズが寛大に相手をしてくれるようなので、後でお説教することにする。
「うむ、確かに同じ里の牛は、魂の未熟な同胞だし、それらが料理として供されたなら怒りもするだろうが、ここの物はそうではあるまい?」
「え?見ただけで何処の牛かわかるの?」
「いや、さすがに料理されてしまっては見分けがつかん。
里から攫われた牛がいるとは聞いていないから、というだけだ」
「なあんだ。
お化けみたいのが見えてるのかと思った」
面白いことを言うと笑うゴンズ。
その時、また会場の一角で騒ぎが起きた。
馬頭族の周りが騒然としている。
「また、あのお方ですか…
対応してまいります」
グレイがそちらに向かう。
彼が世話をするべき相手、ハクロは、キヤルの世話を甲斐甲斐しくしているので、彼の仕事はここになかった。
騒ぎの原因は大したことではない。
馬頭の男が酒を床にぶちまけたのだ。
馬頭族には、酒を大地に振り撒いて感謝を示すという風習があり、この男はそれを室内でやってしまったのだ。
実は何回も止めるよう頼んでいるのだが、酔うと忘れるらしく今回もやらかした。
そんな騒ぎもありながら、宴は進む。
料理を一通り楽しんだあたりで、ロックが戻ってきた。
ご機嫌な彼の腕につかまり、引きずられるような形でサフィールも。
心ここにあらずで、足腰に力が入らないような様子だ。
「おう、爺さん、ここにいたのか」
「ロック殿?そちらのお嬢さんは、もう少し休ませて差し上げた方がよろしいのでは?」
「いやだ。俺様は、この女を自慢したい」
その為に連れまわすということか。
「そんなことより、聞きたいことがある。
勇者特権のことなんだが、これは、過去に起こした罪も帳消しになるんだよな?
なら、その消えた罪を庇った罪はどうなるんだ?」
「そのお嬢さんの姉君のことですな?
勿論、無罪にすることもできましょう。
ただ、国王自ら下された裁定であるということですので、国王の御前で罪の消失を宣言する必要があるかと」
「本当ですか?」
サフィールの顔が希望に輝く。
「面倒くさいな。
その手続きどうにかできんか?」
「無理ですな」
「そうか…キヤル?」
「駄目ですよ。
今からロロライアの国王に会いに行く時間はありません」
「そうか…
まぁいい。とっと魔王をぶん殴って帰ってくればいいだけだ」
不敵な笑顔で闘志を新たにするロックであった。
キヤルは風に当たりに庭に出た。
先客が白いベンチに座っていた。
物思いに耽る憂い顔のシアンであった。
珍しいものを見たと、些か失礼な感想を抱きつつ声を掛けた。
「なにか考え事ですか?」
「うん、どうすれば、もっと強くなれるかなって」
「強くですか?」
「二刀流とかどうかなって。
ロックだって、二丁拳銃で、あんなに強くなったんだし…」
「あー、えっと、武器の数が多ければ強くなれるわけではないですよ?」
「それは、わかってるけどさ、一度に相手できる数は…」
そこまで言って、自分の間違いに気付く。
刀一本で、十の敵に対することができる彼女が、二刀を振るったところで対する敵の数が増えるわけではない。
間合いに入る敵の数が増えるわけではないからだ。
「二刀流にすることを止めはしませんが、その刀に見合う物は、そうそうありませんよ」
「え?そうなの?」
「えっと、シアンさんの刀は、銘を鈴鳴りといいまして、神代の武器です」
「じゃあ神様の造った武器ってこと?」
厳密には、少し違うのだが、その認識で問題ない。
「そうですね。
神様の鎧も一刀両断にする切れ味と、納刀の時に鈴のような音が鳴るという風流を併せ持つ名刀です」
「鈴の音?
そういえば、おじいちゃんが一度鳴らしていたのを聞いたことがある」
「正しく振れば鳴るということですから、おじいさまは、もしかしたら、神様と同等の腕前をお持ちだったということでしょう」
「私はまだ、鳴らしたことがない」
つまり、祖父ほどの腕前に達していない。
それは、彼女がまだ強くなれるということ。
「おじいさまから、なにか、極意や奥義といったものは教わってないんですか?」
「うーん、教えてもらってないなぁ」
「…本当に?」
彼女の記憶を読んだことのあるキヤルには心当たりがあった。
しかし、彼にも、その意味までは理解できていなかったが。
「そういえば、変なことは言ってたなぁ」
「変なことですか?」
「うん。
どんなものも、斬れるときに、斬れるように斬れば、斬れるって。
そんなの当たり前だと思ってたけど、おじいちゃんが斬ることについてなにか言ったのってこれだけなんだよ」
「それだけですか?」
「うん。後は集中の仕方なぁ」
「集中?」
「うん。
集中には、二つあって、自分の中に集中するのと、外に集中するのがあるって。
私は中に集中する方法しか知らないんだけど…」
「それじゃあ、そのおじいさんのお言葉と、外への集中というのを考えてみましょうか」
「それで強くなれるかなぁ?」
「なれますよ、きっと」
宴の夜は更けていく。
パソコン替えてから、変換がおかしくてちょっとストレスです。
キヤルが変換できないのはなんでだろう?