宴 再会の口づけ
「では!ご紹介致しましょう!
銃の勇者!ロック殿!」
エイトブリッジ領主、ハクロ、自らの紹介。
老人の声とは思えぬほど張りがあり、広い会場の隅々まで響く。
「先の戦に於いて、治癒の勇者様と、たった二人で万の軍勢を撃破った猛者!」
拍手と称賛が降り注ぐ。
ロックは手を挙げて、それに応える。
満更でもなさそうだ。
「その銃撃は正確無比!
彼に狙われて逃げ切れる敵はおりませぬ!
さらに!
黄金の魔法銃から放たれる魔法の銃撃!
無数の敵も!
炎で!
風で!
雷で!
一網打尽!
正に一騎当千の益荒男であります!」
大きくなる歓声。
それが落ち着くのを待って、次の人物の紹介を始める。
「続きましては!
剣の勇者!
シアン殿!」
この様な状況に馴れていないシアンは、自分に向けられた拍手と喝采に面食らう。
そして、どう応えてよいか判らず、ペコペコとお辞儀を繰り返す。
「シアン殿、御辞儀は一度で結構ですよ」
ハクロの言葉に笑いが起こる。
田舎娘への嘲笑よりも、純朴な娘への好意的な笑みが多い。
「故あって、先の戦での活躍はありませなんだが、その剣の腕前は、超一流!
剣戟一閃!
千の敵を屠りましょう!」
「あの、千は無理です。
せいぜい十人とか二十人くらいで…」
「よいのですよ。
こういう時は、少しくらい盛るものです」
またも起こる笑い。
しかし、幾人かの目は笑っていなかった。
たしかに、こういう場では少しくらいは大仰にいうものだ。
だが、一閃で千は盛り過ぎというもの。
それはいい。
問題は、シアンの言葉。
せいぜい十か二十。
あり得ない数だ。
どれほどの力量を持てば、そのようなことが出来るというのか。
シアンが嘘をついている?
あんなに緊張しているのに、咄嗟に、見栄を張ることなどできないだろう。
つまり、少なくとも、彼女はそれができると思っているということ。
「とにかく、彼女も頼れる戦士であることに変わりはありませぬ!」
またも起こる拍手に恐縮するシアン。
「さて、魔族の皆さまにはご存じでありましょうが、改めてご紹介!
魔王継承者、クロエ殿!」
響めきが起こる。
「なぜ、彼女が勇者と共のあるか、不可思議にお思いの方も多いかと思います。
彼女は、魔王の継承者でありながら、魔王になることを拒み、勇者に保護を求めたのです。
自らが魔王にさえならねば、魔王は朽ちて果てる。
封印という、一時の平穏より、はるか永い平和を。
その思いある限り、彼女も魔王と戦う者。
勇者と言っても過言ではありますまい」
先の二人に比べれば、小さいが、確かに起こる拍手と喝采。
この場には、様々な立場の者がいる。
魔王の消滅を望む者、望まぬ者。
だからこそ、ここでクロエの立場をはっきりとさせることに意味がある。
彼女は、この街で好奇と恐怖の視線に晒されていた。
しかし、この話しが街中に広まれば、それは希望を見る目に変わるだろう。
そうなれば、魔王に与する者もおいそれと手は出せなくなる。
後付けではあるが、これも、この宴の目的であった。
「さて、最後にご紹介致しますのは!
治癒の勇者!
キヤル様!」
拍手に応え、綺麗な御辞儀をする少年。
「この小さな体ながら!
魔王軍の只中に飛び込み!
その頭上を飛び越えて!
終には将を打ち倒し!
魔王軍を瓦解に導きました!
まさに勲一等の働き!」
巻き起こる拍手喝采に、居心地の悪さを感じる少年。
彼からしてみれば、あの戦いでは、自分は遊んでいただけで、何の役にも立っていない。
あの状況で遊べるだけでも大したものなのだが。
盛り過ぎだと思うのだ。
しかし、これに関しては、ハクロはありのままを述べている。
その方が、小さな勇者の偉大さが伝わると判断したからだ。
「キヤル様の素晴らしさは!
しかし!
その勇猛さだけではありませぬ!
皆様は、この激しい戦いにおいて、死者が殆どなかったとご存じか!
銃の勇者に、撃たれ、焼かれ、ただ死の訪れを待つのみの兵が数多横たわる中!
自らの苦痛を顧みることなく癒しの手を差し伸べる小さな影!
数千の命を事もなげに救う者!
そう!
それこそが!
キヤル様なのです!」
大きなどよめきが起きる。
これにもキヤルは、バツの悪さを感じる。
一般の回復術師ならいざ知らず、彼が回復術を使用するのに苦痛は感じない。
簡単にできることをやっただけで、褒められるようなことではないと思うのだ。
さらに言えば、癒した怪我人を作ったのは誰かという話もある。
自分達で、怪我をさせておいて、それを治したからといって褒められる。
それを奇妙だと思う。
「小さな体に!
大きな勇気!
更に大きな慈愛の心!
それがキヤル様なのです!」
自慢げに、そう締める。
我が孫を誇らしげに紹介する老人の如く。
「残念ながら、この場に術の勇者はおられませぬが、この四人に、彼女が加わった暁には!
必ずや魔王を退け!
平和をもたらしてくれることでしょう!
それでは皆様!
勇者の健闘を称え!
今宵は大いに食べ、飲み明かしましょうぞ!」
乾杯の風習がないこの土地では、それが宴の始まりの合図。
人々が勇者の周りに集まり、口々に賞賛の言葉をかける。
キヤルもハクロの案内で、数人と挨拶をした。
暫く大人たちの相手をしていると、ハクロが、少し待っていてくれと、離れていったので、少年は、壁際へ移動した。
疲れた風の少年を気遣って大人たちは、彼を遠巻きに見るだけで近寄ってこない。
そんな中、空気を読まず、寄ってくる巨体が一つ。
「おう。
小さな癒し手殿!
お疲れのようだな!」
牛頭の男である。
「はい、えっと、はじめましてではないですよね?」
「ん?おお、人間には、見分けが付け辛いか?
では、改めて自己紹介といこう。
俺はゴンズ。
ロックと闘って負けた弱兵よ。
今は離反兵のまとめ役のようなものをさせてもらってる」
「その節はありがとうございました」
「ん?礼を言われるようなことはないと思うが?」
「あの時、お手伝いしてくださったじゃないですか」
「それならば、礼を言うのはこちらだろう。
なにせ、助けてもらったのはこちらだ」
「僕は当然のことをしただけですから」
「そうか?
敵には止めを刺す方が当然だろう。
そこまでしなくとも、放っておけばよい。
それをわざわざ手間をかけて助けたのが当然か?」
「それは、そうでしょう?
僕にはその力があるのですから」
「力あるものとしての責務か。
しかしな、小さきものよ。
力を持てど、それを正しく使える者ばかりとは限らんのだ。
まず、その力を使おうとしなければ、どんな力であっても、無きに等しい。
俺は、その力ではなく、心に敬意を払い、礼を言う」
「おお!
こちらにおられましたか」
何と答えようか迷ったところに、ハクロが皿を持ってやって来た。
その皿には艶っとした黄色のプルプルした、見たことのない食べ物が乗っていた。
「ゴンズ殿が、お相手してくださったのですな」
「俺も、あの時の礼がしたかったもので。
それよりも、その皿に乗っているのは?」
「これは、料理長の新作の菓子で、プリンと申しましてなしてな。
なんでも、最近流行っている茶碗蒸しとかいう料理に着想を得て作ったそうで。
茶碗蒸しとは違い、冷たく甘く、独特な食感があって美味ですぞ」
「ほう」
感心するゴンズ。
キヤルも興味深げに、それを見ている。
「キヤル様、これを食してみたいとは思いませんかな?」
「どういうことです?」
そんな聞き方をするということは、素直にくれるつもりはないらしいと、少し警戒する。
「いやなに、これを差し上げる代わりに、一つ、お願いを聞いて欲しいのです」
「お願いですか?」
「はい。
簡単なことです。
今後、ワシがキヤル様をキヤル様と呼ぶことを許可していただきたいだけなのです」
「許可もなにも、今もそうお呼びになるじゃないですか」
「ですが嫌がっておられる。
嫌がらず受け入れていただきたいのです。
本当は、その上でワシのことを呼び捨ててくだされば、なお良いのですが」
「そんな無礼なことはできません」
遥か年上で、大きな街の領主を、勇者といえど子供に過ぎない自分が呼び捨てるなどあってはならない。
ハクロも、キヤルが周りから無礼な子供だと思われたくはない。
「そうでしょうとも。
ですから、そちらは端から諦めております。
しかし、ワシがキヤル様を、どうお呼びしようと、誰も無礼になど思いますまい」
この交渉、実はキヤルが断然有利である。
なにせ、このプリンはキヤルに食べさせるために作らせたのだ.
その笑顔が見たいがために。
だから、キヤルは、要求をのまず、相手にしなければ、老人のほうが折れ、少年は菓子を手に入れることができる。
ゴンズは、それに気づいている。
「…うう」
キヤルは、気付いていないようだ。
「なに、悩むことはございますまい。
今までとなにも変わらんではないですか。
ただちょっと、キヤル様のお気持ちの持ちようを少しだけ変えてくださればよいのですよ」
「…しょうがないですね」
「ほほ。
それは、ワシの頼みを聞いてくださるということでよろしいですな?」
不承不承、頷く。
キヤルは、手に入れた、未知の菓子を口に運ぶ。
その笑顔を見た、ハクロとゴンズも笑顔になる。
その時、少し離れた所で騒ぎが起きた。
時は少し遡る。
ロックは男たちに囲まれていた。
彼としては男の相手など御免被りたいところだが、彼の女好きの噂を知っていれば、女性はおいそれとは近寄れない。
うんざりしていると、蒼色のドレスの女性が一人、近づいてきた。
シアンのドレスが空の青なら、彼女のドレスは海の蒼だった。
やっと、むさい男から解放されると喜び、綻んだ頬が鳴った。
殴られたのだ。
拳で。
完全に油断していた。
再び頬が鳴る。
「ちょっ、待て!」
待たない。
三度、鳴る頬。
四度。
五度。
六度。
段々、拳の速度が上がる。
「おお!あれは!デンプシーロール!」
周りにいた男の一人が驚きの声を上げる。
「なんですか?それは?」
「古の武闘家が編み出したという攻撃と回避が一体となった奥義です!」
それが本当にそんな奥義なのかどうかは兎も角として、女性の拳は一向に止まる気配がない。
「うがー!いい加減にせんかー!」
とうとう切れたロックが吠える。
それでも止まらない拳。
その手首を掴んで止める。
止まらない。
掴まれていない方の手でなおも殴りかかってくる。
「この!」
掴んだ手を引っ張る。
キヤルより、ほんの少しだけ背が高いだけの女性は容易く引っ張り上げられる。
そのまま腕を巻き込むように腰を抱く。
それでも、なお暴れる女性に対し。
ズキュー―――――――――――――――――ーン!
銃声が鳴り響いた気がした。
ロックは女性に接吻していた。
女性は顔を背けて口を離そうとするが、男の口は接着されたかのように離れない。
なんとか離れようともがこうとするが、片手は掴まれ、もう片方の手は腰もろとも拘束されている。
足をバタつかせるが、宙に浮かされ、密着した状態では大して動けない。
そして、失策に気付く。
口を塞がれた状態で暴れては、息が続かない。
鼻で呼吸をと思っても、掴まえられる寸前まで暴れていたこともあって、それでは間に合わない。
空気を求めて、思わず口を開いてしまう。
その機を逃すロックではない。
すかさず舌を挿し込む。
口腔内を蹂躙される女性は抵抗を激しくするが、それは自分の首を絞める行為だった。
さらに酸欠に陥り、思考が鈍る。
本能的に、ロックに応えるように舌を絡めだす。
暫くして女性の体から力が抜ける。
やっと唇を離す。
女性は息も絶え絶えで、意識も朦朧としているようだ。
騒ぎを聞きつけたキヤルが駆け寄ってくる。
「ロックさん!何をなさってるんですか!」
「待て待て、今回は俺様の方が被害者だぞ」
「以前にこの方に悪さをして、恨みを買ったとかでは?」
「お前は、俺様をなんだと思ってるんだ?」
言いながら腕の中の女性の顔を改めて見る。
「こいつ…フィーか?」
「お知り合いなんですね?」
「おい、爺さん、部屋を貸してくれ」
見世物状態になっていることに、今更ながら気づき、場所を変えようと思った。
ロック自身は、構わないのだが、女性を気遣ったのだ。
一室を借り、部屋に入る。
二人きりだと女性がまた暴れだすかもしれないので、キヤルに同席してもらう。
長椅子に女性を横たえる。
「ロックさん、この方は?」
「俺様が世話になった家の娘で、サフィール・トトゥーリアだ。
あんまり変わりがなさ過ぎて、逆にわからんかった」
そういえばロックの記憶を読んだ時に見た顔だ。
姉妹のうち、妹の方。
青く輝く銀の髪と青い瞳。
海辺の街で育った割には、肌は白い。
「しかし、そうなるといきなり殴りかかってきたのもわかるんだが、こいつがこんな所にいるのがわからんな。
家の用だとしても、姉さまの方はどうした?」
「どうしたもこうしたもないわよ。
全部、アンタの所為でしょ」
「どういうことだ?」
「アンタが、父さまを殺したりするから!」
彼女はロックが家を出た後の経緯を説明した。
姉は、ロックという道具を使って、父を殺したのだと主張したのだという。
ロックの出奔は、いらなくなった道具を捨てただけ、追う必要はないとも。
領主を継ぐべき長女が、その父を弑したというのは、難しい問題だった。
まず、その街の司法、行政、立法、すべての権利が彼女の手にある。
彼女を裁くには国の中央に連絡を取り、然るべき人物に来てもらう必要がある。
それまでは彼女をどうにかできる人間はおらず、また、彼女の命には従わなければならない。
ロックにまともな追手がなかったのはそのためだ。
その後、色々あって、彼女は一生館から出られないという罰を受けることとなった。
サフィールは、領主代行として彼女の代わりを務めているのだという。
今、この街にいるのも仕事のためであった。
「マジか…」
ロックとしては、彼の罪を姉が庇っているとは思ってもいなかった。
「それで、勇者のお披露目だって招待状が来て、仕方なく来たら、アンタなんかが勇者だなんて持て囃されて、いい気になってるのを見たら、腹が立って…」
「暴行に及んだと」
キヤルの言葉に頷く。
「いや、暴行なんてなかったぞ?
あれは、兄妹喧嘩だ」
「ロックさんが、それでいいならいいんですが」
「よくないわ。
誰が、こんな奴と兄妹よ」
大きな声で否定したいのだが、そこまでの体力は回復していない。
「ん?
じゃあ、恋人同士の痴話喧嘩だな!
がはは!」
「それも、ありえないわよ」
「なんでだ?
あんなに愛し合った仲だろう?」
「やっぱり知らなかったのね…」
「なにをだ?」
「アンタに子供がいるってことをよ!」
「マジか!
誰が…って、もしかして姉さまか?」
サフィールは答えない。
だが、その態度が答えを物語っていた。
「マジか…」
「えっと、僕は、もう席を外しましょうか?」
空気に耐えられなくなったキヤルが、そう告げて退室しようとする。
「ああ、付き合ってもらって悪かったな」
キヤルが部屋から出て行ったのを確認して、ロックはサフィールの下に歩み寄る。
サフィールは、顔を背けた。
「悪かった」
返事はない。
無言の時が流れる。
その間、段々とサフィールの表情は険しいものとなっていき。
「何をするかー!」
怒鳴る。
「やっとこっちを向いたな」
「やっとじゃないわよ!
人の体をまさぐって!
何のつもりよ!」
「んー?
姉さまが俺様の子を産んでくれたなら、お前にも生んでもらわんと不公平だろ?」
「な…な…な…」
「と、いうわけだ。
いいな?」
返事はなかった。
拒否も、拒絶も。
ゴンズは牛頭天王からではありません。
茶色の体毛が日に透けると金色に輝いて見えることから金子でゴンズと読みます。
トトゥーリアは街の名前でもあります。
漁業の街ということで、魚のお菓子から、始めは、たい焼きからとってティヤーキとか考えていたのですが、おっとっともあるなと思い、おっとっと=魚+売りで、魚を売る街、トトウーリ、トトゥーリアとなりました。
となると、釜一つで何でも作るあの娘の名前と同じだ、となって国の名前が、その娘の師匠から名前をとってロロライアになったという経緯があります。




