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宴 お着替え

 魔王軍との戦いの後、ハクロは、キヤルの許に日参していた。

 彼は彼で忙しいはずなのだが、どうにか暇を作って来ている。

 キヤルに煙たがられても構わず、何かかにかと世話を焼こうとする。

 側から見ていると、孫を構いたいお爺さんのようで微笑ましい。

 「ところで、キヤル様は、甘い菓子などはお好きですかな?」

 「なぜ、そんなことをお聞きになるんですか?」

 「いや、なに、貰い物で、菓子があるのですが、ワシも家のものも甘い物は今ひとつでしてな。

  もし、お好きなら、明日にでもお持ちしようかと」

 嘘である。

 彼の家には、侍女も大勢勤めている。

 彼女たちが、菓子を断るはずがない。

 彼の狙いは、少年の好みを聞き出し、宴に出す料理の参考にするためだ。

 その企みには気付かず、少年は悩む。

 好きと答えれば、菓子が食べられる。

 しかし、子供っぽく思われるのは嫌だ。

 実際、子供なのだから構わないようなものだが、難しい年頃である。

 「…嫌いではありません」

 やや食欲が勝ったようである。

 「では、明日、お持ちしましょう」

 「そんなことより、僕に敬称を付けるのはやめていただけませんか?」

 始めは構わないと思っていたのだが、最近は困っている。

 ハクロが、キヤル様と呼ぶおかげで、周りの者もそう呼び始めたのだ。

 「ハクロ様、キヤル様、お茶のお代わりはいかがですか?」

 このように、給仕の娘なども、キヤル様と呼ぶ。

 「お願いします」

 「いや、もう帰るのでな、遠慮しよう」

 そして、いとまを告げ立ち去る老人。

 逃げられた、と思った。

 入れ替わりに、ディースが来た。

 「よう!キヤル様、ご機嫌はいかがかな?」

 「とても悪いです」

 揶揄われているのがわかっていて、上機嫌のわけがない。

 「なんだ、街のみんなから、キヤル様と呼ばれてるって報告が上がってたから、真似してみたんだが、どうやらお気に召さないようだな?」

 「当然でしょう?僕はそんな呼ばれ方をされるほど、大層な人間ではありません」

 異論は大いにあったが、構わないことにした。

 「頼まれていた件、手配はしておいたぞ」

 「ありがとうございます」

 「しかし、わざわざギルドに依頼しなくても、噂なんか、勝手に流れるだろう?」

 少年が依頼したのは、魔王派の大軍を勇者が撃退したという噂を流すこと。

 こんな大きな噂なら、商人などの旅人が拡散してくれる筈。

 「ええ、ですが、確実にアレの耳に入らないと意味がないので。

  付け足しの分も確かですか?」

 「勇者たちは、術の勇者を待たずに魔王討伐に旅立つつもりらしいってやつか?

  もちろんだ。

  本当だとしたら大事だからな。

  姫の元まで、しっかりと届くさ」

 「でしたら、後は待つだけですね」

 「なにを?」

 「アレが来るのをです」

 「姫さんか?

  来るかね?」

 「来ます。

  自分のいない所で、魔王を討伐されては困るでしょうから」

 「術の勇者抜きで魔王の封印はできんだろ?」

 「アレがいなくても、封印はできますよ」

 「そんなわけないだろう?

  魔王封印の秘術は、神から授かったものだ。

  術の勇者以外には使えないだろう?」

 「いいえ、使えますよ。

  秘術であるのは、オグラシアンの王家が公開していないからだけで、術式を知っていれば、誰でも使えるのです」

 「それじゃあ、結局、姫さんしか使えないんじゃないか」

 「いいえ、僕にも使えますよ」

 「いや、待て。

  知っていれば誰でもできるってのはいいとして、なんでお前さんが、王家が秘密にしていることを知ってるんだ?」

 「僕が勇者だからですよ」

 より正確にいえば、治癒の勇者だから。

 その力の副産物として、人の記憶を読めるからである。

 ディースは、はぐらかされたと思って、それ以上は聞かなかった。

 「それに封印なんてしません。

  魔王を討伐するんです」

 それこそ不可能ではないか。

 「それじゃあ、なんで姫さんが来るように仕向ける?」

 「必要な物がありまして。

  持って来てもらおうかと思っています」

 「なら、取りに行った方が早いんじゃないか?」

 「いやです」

 「なんで?」

 「こちらからアレに会いに行くなんて、考えただけで怖気が走ります」

 なんでコイツは、そんなに姫のことを嫌っているのだろう。

 不思議に思ったが、それを訊ねることはしなかった。

 数日後の夕方。

 キヤルたち一行は、ハクロに呼ばれて、その屋敷を訪れた。

 屋敷に着くやいなや、それぞれ手を引かれ、別々の部屋へ案内される。

 メイドがキヤルの服に手をかける。

 「なにをするんですか!」

 慌て止めようとすると、

 「お着替えなさるんですから、今、着ている服はお脱ぎにならないといけませんでしょう?」

 「なぜ着替えないといけないんです?」

 「さあ、なぜでしょう?」

 彼女たちは、笑顔ではぐらかす。

 その間も、少年を脱がす手は止まらない。

 無理に止めることもできるが、実害があるわけでもないのに、痛い思いをさせるのも可哀想だと、抵抗を止めた。

 数分後。

 キヤルは、白い礼服に身を包まれていた。

 「さあ、次は、お髪を整えますよ。

  こちらにお座りください」

 身だしなみを整えさせられた少年が部屋を出るとロックが待っていた。

 「ん?なんだその恰好?」

 「よくわからないうちに着替えさせられたのですが。

  ロックさんの方はなにもなかったのですか?」

 「いや、なんか男どもが脱がしにきやがったから、殴り飛ばした」

 ロックの着替えの手伝いに女性を使うのも愚かしいが、だからと言って、男性に、それをやらせるのも愚かだ。

 ハクロに事情を聞こうかとも思ったが、案内もなく彷徨くわけにもいかず、その場に立ち尽くす。

 ロックの方は、そんなことは構わないのだが、キヤルが動こうとしないので、一緒にいる。

 暫く待つと、向かいの、二つの扉が開く。

 中から着飾った女性が二人。

 青いドレスのシアンと、黒いドレスのクロエ。

 髪の短いシアンは、青い石の可愛らしい髪留めをしている。

 クロエの方は、長い黒髪を結い上げてあるが、翼とのバランスが取れていないように見えた。

 手伝いの侍女に、有翼族の着付けの経験がなく、人間と同じようにしてしまったのだろう。

 二人とも、薄く化粧をしている。

 それでも別人のようだとキヤルは思った。

 「どう?可愛い?」

 可愛いというよりは、美しいだろうが、シアンは嬉しそうに問いかける。

 滅多にしないお洒落に浮かれている。

 「ああ、馬子にも衣裳だな」

 「ありがとう」

 言葉の意味を理解せずに礼をいう。

 「可愛いのは良いんだけど、私の、丈が短すぎ」

 クロエのドレスは、丈が短く、健康的な太腿が、まるで露出してしまっている。

 少し屈めば、下着が見えそうでもある。

 対照的に、シアンの方は、足首まで、しっかり隠されている。

 「ああ、それは…」

 その理由に、心当たりがあるロックは、それを説明しようとして、やめた。

 クロエには、背中に大きな翼がある。

 そんな彼女に、服を着せるとなれば、背中の大きく開いた意匠になる。

 実は、今の流行でいえば、背中の開いたドレスという物は、娼婦のそれなのだ。

 だから、露出も多くなる。

 それを説明して、着替えるとなっても、結局同じような物しかないだろうし、それなら良い気分でいるのだから、黙っていた方がよい。

 「おい、キヤル。

  こういう時は、褒めるのが礼儀だぞ?」

 誤魔化すために少年に話しを振る。

 「あ、はい。

  お二人とも、お綺麗です」

 色々経験があるといっても、思春期直前の男の子である。

 着飾った、見目麗しい女性を前にすれば、見惚れるし、緊張もする。

 「ありがとう」

 という言葉と笑顔が二人分。

 少年の胸が、早鐘を打つ。

 「おお、着替えは終わったようですな」

 奥からきたハクロが声をかける。

 「皆さま、よくお似合いで」

 ロックが着替えていないことは無視する。

 彼は冒険者だ。

 例えそれが一国の王の御前でも好きな格好でいる権利がある。

 「爺さん、コレは一体どういうことだ?」

 「皆さまの為の宴を用意致しましてな」

 「なら、最初っから、そう言えば…」

 自分も着替えたのに。

 「いえ、少々、驚いて頂こうと思いましてな」

 満面の笑みで言う。

 「あー…」

 微妙な顔の一同。

 「それでは、ネタばらしが、少々早かったかと存じます」

 ハクロの後ろに控えていた執事が指摘する。

 「会場にて、豪華なお料理や、煌びやかに着飾ったお客さま方を見て頂き、驚いておられるところに、皆様のための宴です、となさった方が効果的であったでしょう。

  更に、言わせて頂ければ、お着替えもこちらではなく、会場の方で驚いて頂いた後、あちらの控室でお願いするようになさらないと、お着替えをお願いした時点で、宴があるだろうと、予想されてしまうかと存じます」

 「ぬあ!それを先に言わんか!」

 「いえ、当然、ご承知であらせられるとばかり」

 澄まし顔で、噓を言う。

 この執事、主人の失敗を楽しんでいる節がある。

 「ぐぬぬ…」

 「では、ご案内致しますので、こちらへどうぞ」

 歯嚙みする主人を差し置き案内を申し出る。

 宴の会場は、この屋敷ではない。

 少し離れた場所にある建物で行われる。

 歩いても行ける距離にあるのだが、盛装で歩きというのは格好がつかないので、馬車での移動になる。

 その車中。

 「ふん、この色の組み合わせ、勇者の色か」

 「では、ロックさんに用意されていた服の色は緑だったんですね」

 四人の勇者を、絵で描き表すとき、決まった色で塗分けられる。

 術は赤。

 銃が緑。

 剣の青。

 そして、白い治癒。

 誰が決めたという事ではないが、そうなっている。

 因みに魔王にも決まった色があって、それは黒だ。

 ロックは、好んで緑色の服を着ているが、それは、自分が勇者だと知る前からのことであり、ただ、その色が好きというだけだ。

 だから、ロックが用意された服に着替えなくても、他の二人が着替えれば、勇者の色が三つ揃う。

 ハクロが、ロックが着替えていないことを良しとしたのは、そのためでもある。

 「どうでもいいけど、私、飛んで行ったらダメかな?

  狭いよ」

 馬車の中で座るためには、彼女の翼は邪魔で仕方ない。

 翼を前にやって、包まる様にして座っている。

 「街の外には出ないと思いますから、すぐですよ。

  もう少しだけ辛抱してください」

 「そうだよ。

  それに、その格好で飛ぶとパンツ見えちゃうでしょ?」

 「うー、それは構わないんだけど…」

 窮屈な体勢でいるよりは、下着を見られる方がまし。

 そもそも、有翼族の女性は下着を見られることに、然程、抵抗を感じない。

 ちょっと恥ずかしいかも、程度である。

 そんなことを言っているうちに、馬車が停車した。

 十分も経っていない。

 「ほら、もう着いたみたいですよ」

 馬車を降りると、領主の館に負けず劣らずの大きな屋敷の門の前。

 門から屋敷までの道の両脇に、儀礼用の鎧に身を包んだ兵士が十人ほど整列していた。

 「勇者様御一行のおなりでございます」

 抜刀した剣を天に掲げる。

 「これは、また大仰な」

 「戦勝の祝いの時の、功労者を迎える作法ですね。

  こちらでは違う意味があるのでしょうか?」

 「何を仰る。

  魔王軍を退けた功労者が、ここにお二人、おられるではありませんか」

 「え?宴って、そのお祝いなんですか?」

 「何時の話だよ…」

 戦勝の祝いというものは、戦いに勝って、帰ったその日のうちか、遅くとも三日以内に行われるのが普通である。

 最早、時機を逸している。

 「良いではありませんか。

  実はあの軍が居座っていたことで、流通が滞っておったのです。

  それを解消していただいたのですから、礼をしたいと言う商人どもも多くおりましてな、その機会として、この宴を企画したのです」

 全くの嘘というわけでもない。

 ただ、実際は、礼をしたいと言う商人がいることを知って、それらに宴の費用を出させるために声を掛けたのだ。

 「さ、折角、男女二人ずつなのです。

  しっかりとエスコートなさってください」

 キヤルがクロエを、ロックがシアンをエスコートする事になった。

 キヤルもロックも、作法は完璧だった。

 ただ、キヤルの方は、クロエとの身長差もあって、子供が一生懸命、背伸びをしているようにも見えて微笑ましい。

 本人は、恥ずかしいと思っていた。

 やはり、成人を基準に作られた所作を、子供が行うと、どこか滑稽に見えてしまうのだ。

 玄関をくぐると、そこは大きなホール。

 大きな卓が幾つかあって、その上には見た目にも豪華な料理が並んでいる。

 立食形式のようだ。

 沢山の着飾った人々が談笑している。

 「さあ、皆様方!

  勇者様のご到着ですぞ!」

 ハクロの言葉に視線が集まる。

 宴が始まる。

 

 

 


中途半端に思われるかもしれませんが、今回は、ここまでです。

次回、宴 衝撃の口づけ に続きます。

さて、誰と誰がキスするでしょうか。


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