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外伝 笑う聖人

パソコンが壊れて、今日、買ってきたばかりの新品で書いてます。

慣れない道具を使うのはしんどいです。

 魔王封印後。

 河北には、人間の国が乱立した。

 北部中央には、オグラシアン王国。

 比較的広大な農地と、鉱山地帯のお陰で繁栄しているだけでなく、術の勇者の生まれる国として、人間世界の盟主を名乗っている。

 それに異を唱えるのは、河北南東部にあるワーグリ帝国。

 魔王降臨以前に、河南で栄えた国である。

 しかし、以前ほどの力は無く、小ワーグリと呼ばれる事もある。

 この国は、いまだ魔族に対して奴隷狩りを行い、それを産業としている。

 つまり、捕らえた魔族を自国で奴隷として使うだけでなく、他国へ輸出し外貨を稼いでいるという事だ。

 ワーグリ帝国の北には、都市国家群がある。

 幾つもの小さな国が、同盟を結んで大国と渡り合っている。

 帝国は、幾度もこの都市国家群に、戦争を仕掛けているが、全て返り討ちに合っている。

 帝国は、歴史的に皇帝が人間社会の頂点に立つべきとの主張の元、全方位に喧嘩を売っているのだが、実際に勝ち目があるのは、都市国家を一つ相手にした時位である。

 しかし、都市国家は、同盟によって、一つが攻められた場合には、他の加盟国全てが、その防衛に当たる事になっている。

 帝国は、何故か勝ち目のない戦争を何度も繰り返していた。

 人間の国を攻めては負け、国力を減らし、魔族を攻めては、奴隷を売って回復する、というのを延々と繰り返している。

 迷惑な事、この上ない。

 オグラシアン王国の南には、ショウシアン公国がある。

 オグラシアン王国の属国であり、オグラシアンが有事の時には、兵を派遣する義務がある。

 もちろん、魔王討伐軍にも兵を出す。

 と、言うより、魔王討伐軍は、ショウシアンの兵を中心に編成される。

 故に、常に軍拡路線であるが、数十年に一度、必ず兵を減らし、中々国力が充実しないという問題を抱えている。

 西部一帯には、ロロライア王国が栄えている。

 鉱山都市メルルリンや、遊興都市ルルアーノを抱え、工業的にも、農業的にもオグラシアンに次ぐ大国である。

 千年の間に、多くの国が興り、滅んでいった。

 その結果、現在は、この様に落ち着いている。

 神の視点から見れば。

 一つの大陸に、二つの千年王国が存在する、稀有な状況である。

 しかし、その割に、文化文明の進歩が遅い。

 印刷技術は稚拙で、本は市中に流通してはいるが、高価だ。

 火薬の取り扱いは、危なっかしく、使いこなせているとは言い難い。

 船舶に至っては、海に棲む大型の魔物を警戒して、外洋に出るような大型の物はない。

 文化にしても、ここ千年、大きく変わらない。

 染色技術は、そこそこ進んで、色とりどりの、様々な意匠の服が出回っているし、料理に関しても、地域の特産を活かした料理が存在する。

 しかし、娯楽、芸術に関しては、演劇と、吟遊詩人の歌くらいのもので、発展しているとは言い難い。

 文明が進歩する機会は、二度あったと、歴史家は言う。

 一度は、魔王降臨時。

 勇者が魔王を封印しなければ、人間が滅び、魔族だけの平和な世界で、文化が花開くはずだったという。

 しかし、これには、未だ魔族の生活が、千年前と同じである事を理由に否定される、

 それに対して、エイトブリッジに住む魔族がいる事実を指摘し、魔族も文化に憧れ、生み出す資質は有る、であれば人間がいなくとも、と反論が上がる。

 次の転換期は、魔王封印がなった後、回復術師の登場。

 彼らが使い物になるのなら、危険な実験も行えるし、戦争による被害も最小限にすみ、その分、各分野に力が割けたという説。

 しかし、実際には、彼らは役立たずであり、社会に貢献しない。

 そんな回復術師の中に、勇者以外にたった一人だけ、聖人と呼ばれている者がいる。

 魔王封印後、三十年経った頃。

 ワーグリ帝国は、オグラシアン王国に対して宣戦を布告する。

 そんな余裕など無い筈であった。

 しかし、一千の軍を組織し、オグラシアンとの国境へ迫った。

 迎え撃つ王国には余裕が無かった。

 もうすぐ魔王の代替わりがあり、それに備えるのが精一杯。

 それでもワーグリ軍と同規模の軍を国境へ差し向ける。

 この事でも両国の国力の差が窺える。

 国境付近で衝突する千と千の軍勢。

 歴史的には、初めての軍対軍の、戦争である。

 そのオグラシアン軍の後方に、その青年はいた。

 医師を志す彼は、師匠に連れられ従軍医の補佐として、この地にいた。

 補佐といっても実際には医師と変わらない仕事をした。

 戦いが始まる前に、怪我人用の寝台が百は並べられる天幕を二つ建てるのを手伝う。

 始まってからは、比較的軽傷の者が集められた天幕の中、彼らを治療するのが、彼に与えられた仕事だった。

 重傷者は、もう一つの天幕で、師匠たちが治療にあたっていた。

 衝突から三日目。

 昼間に、重傷者用の天幕を一つ追加で建てた。

 夕方、青年は、重傷者の天幕へと呼ばれる。

 「黒い札が、胸にある患者を、楽にしてやれ」

 そう言って、短剣を手渡される。

 何を言われたのか理解したくなかった。

 手の施しようの無い者の苦しみを、一刻でも早く終わらせる為、その命を終わらせる。

 理屈は、わかる。

 しかし、彼は、命を救う為に医師を志したのだ。

 命を絶つ事には抵抗がある。

 患者の一人と目が合った。

 胸の上には、黒い札。

 肩から胸にかけて、包帯が巻いてある。

 縫合は最低限しかされていないのだろう。

 包帯は、血に染まり、今も赤が滲み出している。

 憐れみを乞う眼差し。

 足が、一歩、前に。

 その瞳に応えるには、何が正解か。

 最期まで手を尽くす事か。

 楽にしてやる事か。

 目を逸らすことは出来ない。

 一歩、また一歩。

 患者に近付く。

 答えは出ない。

 患者に触れることの出来る所まで来た。

 決めなければ。

 その時。

 何か、大きなモノと、自分が繋がった事を、青年は感じた。

 そして、その意味を理解する。

 ゆっくりと右手で、患者に触れる。

 「『ヒール』」

 たった一言。

 その言葉の効果は絶大。

 患者の傷は塞がり、血の気を失っていた顔に赤みが差す。

 いきなり痛みを感じなくなった患者は、しかし、そのことに驚けない。

 「ぐぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 耳をつんざく悲鳴に驚いていたから。

 回復術を使用した青年は、床にのたうち回りながら、喉から声を上げていた。

 彼を襲ったのは、まず、痛み。

 肩から胸、まさに患者の怪我と同じ場所に感じる痛み。

 しかし、患者は大人しく寝ていたではないか。

 この痛みを感じながら大人しくすることなどできるものか。

 実際に青年が感じている痛みは、患者の感じるそれの数倍の激痛。

 あまりもの激痛に、気絶に逃げる事も許されない。

 次いで、襲い来る虚脱感、虚無感、喪失感。

 体力、気力、魔力、全てが根こそぎ奪われた。

 そして、頭痛。

 脳に直接、送り込まれた患者の情報。

 その体を構成する細胞の数、その状態。

 彼が、この世界に生れ落ちてから現在までの全て。

 それらが一時に頭の中に送り込まれたのだ。

 脳が処理しきれず頭痛を訴える。

 故に情報は、そのまま記憶の底に沈み理解はされない。

 それで構わない。

 必要な情報は、術そのものが自動で処理する。

 泣き喚き、小便を漏らしながら、のたうつ。

 その、あまりにも異様な様に、周りにいた者も近づく事を躊躇う。

 「ぐぅうう…」

 暫くして痛みが治まったが、失ったものは帰ってこず、痛みの余韻と喪失感に呻く。

 しかし、彼は、見習いといえど医師であった。

 術をかけた患者に、這って近寄り、その容体を確認する。

 患者は、何が起きているのか、理解できず、呆然と為されるまま。

 外された包帯の下は、傷一つない、綺麗な肌。

 それを見た者は、皆、一様に驚いた。

 青年は、安堵する。

 これで殺さずに済んだ。

 それどころか、癒す事が出来た。

 覚束ない足取りで、別の患者へ向かう。

 「君、大丈夫なのか」

 医師の一人が声をかけるが、それに答える余裕はない。

 次の患者は、頭に包帯、意識はない。

 恐らくは、このまま目覚めることは無い。

 患者に触れる。

 躊躇い。

 あの痛みが、もう一度。

 そう思うと、歯の根が合わなくなる。

 しかし、それさえ耐えることが出来れば。

 救える。

 「『ヒール』!」

 激痛。

 しかし、一度目とは違い、体力も、気力も、魔力も減ることはなかった。

 それ以上減る余地がないから。

 痛みに仰け反りつつ。

 彼は、頭に流れ込む情報の一端を理解してしまった。

 彼の常識からすれば、それは禁忌、異端。

 しかし、それが真実。

 身も心も限界で、医師としての使命感だけで動いていた。

 その彼に、その情報は重すぎた。

 「ふへ」

 それは、笑い声。

 「あひゃひゃひゃひゃ!」

 狂ったように笑う。

 いや、事実、彼は、正気を失っていた。

 それでも彼は、医師。

 今、術をかけた相手の容体を確認する。

 頭の包帯を外す。

 そこに傷がないことを確認する。

 「うひゃははははは!」

 嬉し気な哄笑。

 くるりと振り向き次の患者の元へ。

 足取りはしっかりとしている。

 「『ヒール』」

 右肘から先の無かった患者の腕が生えた。

 激痛に悶えるが、直ぐ次に。

 「うふふふふ」

 医師達は、彼をどうすべきか迷っている。

 狂人が患者を害するのなら止めねばならない。

 しかし、その狂人は、彼らが匙を投げた者を癒している。

 止めるわけにはいかない。

 「『ヒール』」

 何度目かの回復術。

 痛みが来なかった。

 患者にも変化はない。

 「うひゃ?」

 ドンドンと患者の胸を殴る。

 反応がない。

 既に死んでいた。

 「うー」

 興味を失くし次の患者へ。

 「『ヒール』」

 痛みが走る。

 その痛みは、患者が治る証。

 今となっては、それがうれしい。

 「うひゃひゃひゃひゃ!」

 医師たちも、己の仕事を思い出す。

 青年が、どんな怪我をも、瞬時に癒せるというのなら。

 彼が、来るまでの延命処置を。

 間も無く、その天幕に怪我人は居なくなった。

 健康な者と、死者のみ。

 「うー、うー」

 言葉にならない声を出しながら、青年は、天幕の外へ。

 彼は知っている。

 他にも怪我人がいることを。

 医師の一人が、彼に付いて行き事の顛末を説明する。

 そのお陰で、青年は、思う存分、人を治せた。

 最後の一人。

 軽傷者の天幕にいた、足を捻挫しただけの男を癒して。

 青年は、静かに倒れた。

 見守っていた医師が駆け寄る。

 死んでいた。

 その顔には、満足の笑み。

 夜が明けた。

 医師の一人が、出陣する兵の群れを見ていた。

 「何人が、無事に戻ってくるのでしょうね?」

 背後から同僚が声をかける。

 折角治ったのに、また怪我をしに行くのか。

 そんな、非難の色が、その声にはあった。

 「ふん。昨日までよりはマシだろうよ。

  それに、戦争は、今日で終わりだよ」

 つまらなそうに言う。

 「そうなのですか?」

 何故、そう断言できるのか。

 「いいか?敵も味方も数は同じだった。

  三日間、戦って決着が付かず、こちらには壊滅的な被害は無い。

  となると、彼我の戦力差は、同じか、こちら側が僅かに上ってトコだろう」

 「なら、今日も変わらないのでは?」

 「それを本気で言ってるなら、お前さんは馬鹿だ。

  それとも健忘か?

  戦力が同じっていうのは、数が同じならだ。

  昨夜のあれが無けりゃあ、今日も同数、同戦力で決着はつかんだろう。

  こちらは無傷の約千人、向こうは戦える怪我人も含めて八百いるかどうか。

  昼までには大勢は決するさ」

 「彼は、それで満足だったのでしょうか?」

 青年が癒した者が、怪我をして帰ってくる可能性は低い。

 しかし、その何倍もの、死を量産してくる。

 そう尋ねられた医師の目元が歪む。

 「満足だったか?そんな事は決まっている!目の前の命を救う!それが俺たちの仕事!それだけだ!」

 自らの命と引き換えに、全うした仕事。

 満足できずして、どうする。

 それを、汚されること、侮辱されることを、師匠であった男は、許せない。

 戦争は、その日に終わった。

 敵軍の壊滅によって。

 自軍の損耗は、殆どなかった。

 この結果を導いたのが、青年であったことは、誰もが認めることであった。

 オグラシアン王国国王は、青年を聖人として称えた。

 癒しの聖人。

 しかし、市井においては。

 笑う聖人。

 そう呼ばれ、語り継がれる事になる。

 

 「…というのが、笑う聖人のお話です」

 宿の食堂。

 いつもの席。

 今日は、お勉強は、お休み。

 雑談していると、何か怖い話をという事で、キヤルは、笑う聖人の話をした。

 「えー、それが、怖い話?」

 鬼気迫るものではあったが、怖い話というのとは違う。

 「いえ、このお話には、続きがありまして。

 なんと、聖人は、実はご存命で、今もオグラシアン城の地下で、患者を待ちながら、笑っていると言うのです」

 「…それで、終わり?」

 「そうですよ。怖くないですか?」

 「全然」

 シアンの隣りに座っている、クロエも、首肯して同意。

 「がはは。そんな話術で、怖い訳がなかろう」

 「じゃあ、ロックさん、お手本を見せて下さいよ」

 「ん?いいぞ。では…」

 十数分後…

 「ロックの、アホ、バカ、しねー」

 半べそのシアンが、鞘に収まったままの刀で、ロックをポカポカ。

 隣りの、クロエも、涙を堪えて、プルプル震えている。

 「なんだよ。怖かったろ?」

 「怖かったよ!怖すぎだよ!うわーん」

 「なんだよ、それ」

 「何事も、過ぎたるは、及ばざるが如し、という事ですね」

 ロックの横で、平静を装うキヤル。

 しかし、その顔は、血の気が引いて、青ざめている。

 「痛え!シアン!こら!斬るな!」

 ポカポカ叩かれていた、ロックの腕から出血。

 シアンが、『それは刃物』を無意識に発動させてしまい、鞘に収まったままの刀で、ロックの腕を斬ってしまった。

 本気ではない為、腕が落ちるほどのことにはならないが、ロックの腕は、傷だらけで、血塗れ。

 それを見て、クロエは、とうとう泣き出した。

 「うわーん」

 賑やかで平和な昼下がり。


回復術を普通に使うとどうなるのか、本当は、本編中に書くべきかと思ったのですが、キヤルがいる状態だと、他の回復術師に出番がないので、外伝という形になりました。

ロロライア王国は、ある理由から、お菓子縛りではない命名になってます。

と、するとあの娘の名前がないと思われた方もおられるでしょう。

その娘の名をもじった街は、そのうち出てきます。


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