表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/39

外伝 歴史のお勉強

 「では、今日のお勉強を始めましょう」

 キヤルの宣言に。

 「はーい」

 と、元気よくクロエ、ウンザリとシアンが返事する。

 宿の食堂の掃除を手伝う代わりに、昼までの暇な時間帯に席を借りて勉強をするようになって三日。

 シアンの常識不足を補う為の事だが、彼女は飽きていた。

 読み書きと簡単な計算は祖父に習った。

 祖父は、生活の中で上手に教えてくれていて、教わったという感じはあまりしない。

 いつの間にか、出来るようになっていたように思う。

 だから、改めて、お勉強をするということになって、初めは楽しみにしていたし、キヤルの教え方も解りやすいのだが、椅子に座り続けるのが苦痛で、飽きが来ていた。

 クロエの方も、学力はシアンと同じくらい。

 だが、こちらは単純に知らない事を知るというのが楽しいらしい。

 二人の少女の正面にキヤル、その隣にロックも座っている。

 彼は暇潰しに、勉強会に参加していて、余計な茶々も入れるが、たまにキヤルの補佐的な事もしていた。

 「今日は、歴史を学びましょう」

 「歴史?」

 「はい。人間と魔族がどうして争うのか。魔王の降臨と、勇者の登場までをやろうと思います」

 

 太古、人間も魔族も同じような生活をしていた。

 獣を狩り、果実を採り、それで腹を満たす。

 魔族は、その能力をもって人間より上手にそれらを行う。

 人間は、その差を埋める為に道具を使用することを学ぶ。

 それでも、魔族の方がより多くの食糧を確保していた。

 どの種族も、炎は早くから使用していた。

 炎を呼ぶ能力を持つ種族が多かったからだ。

 有名な所では双角族の男だ。

 彼らは何も無い空中に炎を呼び出し操る事が出来る。

 単眼族の中には、目から高熱の光を放ち、燃えやすい物に火を付ける事が出来る。

 余り知られてはいないが、蜥蜴頭人の中にも、千人に一人の割合で、口から火を吐く者が生まれる。

 この他にも炎を操れる種族は多い。

 自分で火を熾せない種族は、それらから種火を分けて貰い、それを大事に利用した。

 もし、その種火が消えても、また貰えばよかった。

 このように、火を介して種族間で交流があった時代を火の時代と呼ぶ。

 火の時代は特に争いも無く平和であったと言われる。

 そのうちに人間が農耕を始める。

 大地を耕し恵みを得る。

 しかし、それを他種族は理解出来ない。

 食べ物は大地の恵みである。

 誰の物でもない。

 森で獲ろうと。

 平原で採ろうと。

 畑で奪ろうと。

 同じ食べ物。

 もちろん、人間はそれに抗議する。

 しかし、魔族の多くは、それを縄張りの問題だと理解した。

 そうであれば、縄張りを守れない者の方が悪い、となる。

 もちろん、大地を耕し、種を蒔き、収穫することを、獲物を待ち、標的を定め、追い回して弱らせ、狩ることと同じと認識する者もいた。

 畑の物を奪るのは獲物を横取りする事と同じと、畑に手を出さない者もいた。

 しかし、それも獲物を横取りされる方が間抜けであると思う者には通じない理屈。

 言葉で止める事が出来ないならば、武力でとなるが、それは人間にはとても不利な選択だった。

 例えば、相手が犬頭族だとしよう。

 彼らは鋭い牙を持ち、分厚くはないが、生来の毛皮を持っている。

 素手では敵わない。

 道具を使うといっても、この時はまだ石器。

 石で出来た斧も、鋭く尖らせた石を木に括り付けた槍も、犬頭の毛皮を傷付けるには頼りない。

 奪われる事を止められない人間は、奪われる事を前提として畑を作る。

 もちろん、農耕だけでなく、狩猟も採取も同時に行っていたので人間の食糧事情は安定していた。

 それは、より多くを養える事を意味する。

 人間は、着実にその数を増やす。

 そして、やがて国を作った。

 集落と違うのは分業が進んだ事だ。

 狩りを行う者は、狩りだけを、畑を耕す者は畑だけを行う。

 また、外敵に備える者も、それだけを行う。

 職業軍人のはしりだ。

 その頃、一人の男が神代遺跡からある物を持ち帰る。

 神代遺跡というのは、神がこの世に残した建造物の事であり、そこには様々な宝物が残されていると言われている。

 男が持ち帰った物は剣であった。

 ただの剣ではない。

 神が創り、使用した物だ。

 男はそれをもって神に認められた証とし、自らを皇帝と称した。

 彼は幾つかの集落、国を統合し、ワグーリ帝国を建国。

 皇帝は宣言する。

 「人間こそ、神の創り出した、完成された存在である。魔を能くする者共は、人間を創り出す為の、試作、失敗作である。彼奴らのやりようを見よ。自ら生み出す事はせず奪う事ばかりをする。何故か。出来ないからだ。物を作ることをではない。他者を傷つけようという、その衝動を抑える事が出来ぬのだ!小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)をみよ!彼奴は唯、殺すだけを目的として殺しを行う。他の者も大差ない。今、その牙が、その爪が、人間に向けられていないだけの事。

更に彼奴らは、生命の実なる、種族毎の食べ物が無ければ子を成すことも儘ならん。それも彼奴らの未完成たる証。我はここに宣言する!魔を能くする者、魔族を滅し、この世を人間だけの完成された、平穏な世界にする事を!」

 人間以外を魔族と名付け、それを駆逐するという宣言。

 滅魔宣言、或いは人魔宣言と呼ばれるものである。

 今から見れば、小鬼など、魔物も魔族に入れている辺りが問題視される事もあるが、当時の認識はそうであったということ。

 これにより、人間はより団結し魔族と戦う事になる。

 また、この頃、魔法と金属の精錬技術が人間の国で発明される。

 だが、それらの技術がどのように生まれ、広まっていったのかは分かっていない。

 遺跡からという説は否定される。

 魔族を、魔を能くする者と呼んだ皇帝が、魔法を広めたとは考え難い。

 精錬技術も、遺跡の知識からというなら、青銅、鉄と順番を踏まず、いきなり鉄の生産を始めた筈だろう。

 魔法は、集落が合併した際、各集落に伝わるまじないを統合して出来たという説もあるが、これも眉唾である。

 まじないは、全て迷信の域を出ない物で、それを集めたところで魔法のような効果が出るわけがない。

 しかし、無病息災を祈願するものや、怪我や病気を治すためのものには、薬効のある植物を使っていたりもするので、呪いの全てを迷信とするのもどうかと言う声もある。

 別の説としては、魔族の不思議な力に憧れた人間が、彼らを観察、研究して開発したというのがある。

 しかし、念じるだけで、動作も要らないことの多い魔族の能力を研究して、言葉と手振りの要る魔法になるのか説明がつかない。

 このように、魔法はまだその由来を考察出来る手掛かりのような物があるのだが、金属の方は、お手上げなのが現状だ。

 これらの、新しい技術と、安定した食糧供給に裏打ちされた人数の多さが、それまでの優劣の差を埋める。

 魔法は、今でもそうであるように、乱戦時、直接相手に打撃を与えるのには向いていない。

 攻撃に使う魔法と言えば、『火球(ファイヤーボール)』や『電撃(サンダーボルト)』などが有名だし、これらはこの頃から既に存在していた。

 しかし、詠唱に時間がかかる上に、これらは術者から真っ直ぐに飛ぶ。

 敵と術者の間に味方が居ると、その味方に当たってしまう。

 詠唱中は味方に護ってもらわねばならず、詠唱が完了すれば味方が邪魔になる。

 これでは幾ら威力があっても使えない。

 魔法は、敵に直接打撃を与える以外の使い方をされる事になる。

 例えば『行軍(マーチ)』で進軍速度を上昇させる。

 『水流(コントロール)操作(ウォーター)』で川を堰き止め、それを渡る。

 『重量(コントロール)操作(ウェイト)』を使用して、より多くの兵糧を運ぶ。

 実際に矛を交えるに至っては、『矢封じ(プロテクションアロー)』で、自軍の被害を軽減する。

 このように、補助、防御的に使用されて来た。

 交戦時、打撃を与えるのは、遠くへは弓矢、近くには剣だ。

 青銅、鉄で出来た武器は、石のそれよりも確実に打撃を与えたし、金属製の鎧は、爪や牙を防いでくれる。

 しかし、これで五分。

 それを圧倒的な数の差で運用する事で、初めて人間が有利に戦える。

 人間は、力を持たなかった故に、団結、協力の重要を知り、力を得ても、それを忘れる事はなかった。

 ワグーリ帝国の勢いは凄まじく、瞬く間に多くの集落を滅ぼした。

 世界にとって幸いなのは、一つの集落が無くなったからといって、一つの種が滅ぶわけではなかったこと。

 皇帝の名の下、多くの魔族が死んだ。

 鉄により、人間の帝国は栄え、鉄に魔族の命が奪われた、この時代を鉄の時代と呼ぶ。

 初代皇帝の死により、魔族の死そのものは減少する。

 ただし、帝国が魔族を襲う事を止めたわけではない。

 二代目の皇帝は色を好んだ。

 生涯、一人の女だけを愛した、初代とは真逆の性格。

 彼の、色を好む視線は、人間の女だけに留まらない。

 魔族の女を、ただ殺すのは惜しい。

 そう考えた皇帝の元に、ある品が届く。

 それは魔封鉄と呼ばれる金属。

 魔法使いによって創られたそれは、ある性質を持っていた。

 それは身に付けた者の魔力を吸収するというもの。

 首輪や腕輪に加工された魔封鉄を身に付けた魔族は数日で魔力を枯渇させ、特有の能力を使えないようになってしまう。

 そうなれば魔族も人間も変わらない。

 皇帝の玩具だ。

 この皇帝がどれほど好色であったかを証す書物がある。

 彼自身の手で認められたその内容は、全て夜の営みに関する事である。

 特に詳しく書かれているのは種族による違い。

 例えば、単眼族の女は、その大きな瞳を舐められると大いに感じ、小便を漏らしたかのように濡れる。

 例えば、猫耳族の女は首の後を強く押さえ付けると、膣口が開き、潤うが、これは性感とは関係ないらしく、本人には何が起きているか分からないらしい。

 また、膣内、背中側に、親指より少し小さい瘤があり、そこを、雁をひっかけるように刺激すると、驚くほど感じる。

 必ず大きな嬌声を上げる。

 この瘤に対する刺激は、手前からでは、意味がなく、何も感じない。

 猫耳族の男の一物は、人間の物と比べて、亀頭が少し硬いが、雁が低く、その瘤を刺激するのに向いていないため、瘤が性感帯である事を知る者は、猫耳族の中には居なかった。

 など、種族毎の性的な反応が事細かに書かれている。

 この書物は魔王降臨後も現存する最も古い書物で、歴史家などからは、何故もっと有用な物ではなく、これが残ったのか、と嘆く声もある。

 一方で、今も写本が市中に出回る人気の本でもあるのだが。

 この万種艶覚書という書物を記した皇帝を万色帝と呼ぶ事がある。

 ともあれ、魔封鉄の有用性は皇帝自らが証明した。

 魔封鉄は一般にも広まり、多くの男が、多くの女を犯す為に使用した。

 また、それはそのうちに男にも使用される。

 もちろん犯す為ではない。

 労働力とする為だ。

 能力が使えるままでは、危険な魔族も、魔力が無ければ人間と変わらない。

 奴隷制度の始まりである。

 皮肉にも、これが魔族の減少を緩やかにした一因であるという。

 魔封鉄をもたらした魔法使いは、十人程の集団であったという。

 中には魔族もいたというが、どの種族がどのくらいいたのかまでは伝わっていない。

 彼らは魔封鉄の代わりに、大河の中央にある中州を要求した。

 そこに作る街を不可侵地域にする事も。

 皇帝はこれを承諾し、以降この街にどれだけ魔族が居ても帝国から攻められる事はなかった。

 エイトブリッジと名付けられたこの街で人と魔族の争いが起きたのは、ただ一度だけ。

 魔王降臨の時だけである。

 ただし、この時、魔族は、己れの意思で魔王の支配下に入った訳ではなく、天災のようなものだとして、数に入れない者もある。

 河南で覇を唱えた帝国に対し、河北にも人間の国があった。

 ローアン王国である。

 こちらは親魔族で、その保護の為、帝国と対立した。

 ローアンの建国王は、猫耳好きで、その保護の為、国を作ったという噂があるが、真偽は定かではない。

 帝国に対したと言っても直接、矛を交えるような事は少なかった。

 大河の南北に分かれているという理由もある。

 しかし、一番の理由はその国力の差にある。

 奴隷を使う帝国は、現在ある人間の国全てを合わせても敵わない程の力があったという。

 対する王国は、それ単体で見れば、豊かではあるが、帝国と比べれば、国土は十分の一に満たず、生産力も比べるべくもない。

 ローアンのやった事は、魔族が逃げるのを手伝った事。

 逃げた魔族の当面の生活の面倒を見た事。

 そのくらいである。

 それでも、人間全てが魔族の敵ではないと、思わせるには充分ではあった。

 ローアンの働きが無ければ、今の魔族は魔王派しかいないだろうと言われている。

 そして魔王が降臨する。

 

 「では、今日はこの辺りでお終いにしましょう」

 ロックのせいで万色帝のくだりで時間を取られ過ぎた。

 もう食堂が混み始めている。

 これ以上は迷惑になる。

 「やっとご飯だ!」

 グッタリしていたシアンが復活して、料理を注文する。

 料理を待つ間。

 「大昔のおまじないが魔法の元かも知れないというお話をしましたが、おまじないが元になった物はほかにもあるのですよ」

 授業というより雑談の雰囲気で話し始める。

 「おまじないに使用されていた草花を研究して、薬学や回復薬が発展したと言われています」

 「おまじない自体に意味がなかったとしても、それに使っていた物には意味があったて事だな」

 キヤルの説明に、ロックの補足。

 「どういう事?」

 「つまり、病気を治す、おまじないの言葉や儀式には意味がなくても、それに使われていた葉っぱや木の実には、薬としての効果があったという事です」

 感心する女性陣。

 「でもさ、回復薬は微妙だよね。効くかどうか、使わないとわからないし」

 「でも、研究が進めば、スライム印のような、回復術にも引けを取らない物が出来るかもしれませんよ」

 「そうそう、スライム印。前から不思議だったんだけど、なんでスライム印って言うの?」

 「スライムって、アレだよね、緑色のドロドロ、ネバネバしたやつ」

 「もし、それが材料だって言うなら使いたく無いなぁ」

 「それは無いと思いますよ。スライムは、その回復薬を造っている国の王様らしいですから」

 「何おかしな事、言ってるの?」

 キヤルの言葉に、怪訝な顔のシアン。

 苦笑しつつ説明する。

 まず、スライム印の回復薬は西の大陸から輸入される事。

 西の大陸のスライムは、透明な青色で、球体を少し潰したような形で、触るとぷよぷよしている。

 大きさは、小さいもので拳大、大きなものだと人の頭ほどになるという。

 一般的には、知能のない生き物であるが、突然変異か何なのか、一匹だけ高い知能を有し、言葉を喋り、魔法も使えるものが生まれたのだという。

 「そのスライムが、西の大陸で一番大きな国、ジュレ・エクレール共和国を建国した王様だという話しです」

 「喧嘩も強くて、何万もの敵を丸呑みした事もあるそうだ」

 「へぇ、凄いスライムもいるんだ」

 「そんな国で造られた薬の材料に、スライムは使われていないでしょう」

 それはそうだと、一同納得。

 その国では、夏の風物詩として、冷やしスライムの丸呑みが愉しまれているのだが。

 「大陸が違うと色々違うんだねぇ。食べ物とかも違うのかな?」

 「そりゃあそうだろう。牛や豚も、こっちじゃ見ないようなのがいたり、果物なんかも違うだろう」

 「一度、行ってみたいね」

 いつかみんなで。

 遠く離れた大地に思いを馳せる平和な一日。

 

 

 


色々、地名が出てきて、お気付きかもしれませんが、地名は基本、お菓子、それも和菓子から連想してつけています。

小倉餡からオグラシアン、八つ橋からエイトブリッジ、ワーグリは和栗のスイーツという感じです。

スライム印のポーションは、回復術師が役立たず、ということの、ダメ押しとして、良く効く薬をという事で考えたのですが、作中に登場させる際、何故かハイポーションやフルポーション、エリクサーなどの名前が頭に浮かばず、良く効くポーションといえば、あのスライムさんということで、スライム印のポーションに。

そのおかげで、隣の大陸に、スライムの治める国ができることになりました。

別の大陸ということで、洋菓子と、元ネタを合わせた名前になっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ