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終結!魔王軍一万VS勇者二人

お待たせいたしました。

 牛頭の男は、敗走の流れに逆らって前へ向かって歩いていた。

 これだけの人数を相手にたった一人で戦い、勝利した人間に興味があった。

 彼自身は戦いは余り好きではない。

 ここにいるのも、自分の部族の為だ。

 部族一の勇士が魔王軍に参加しているとなれば、それ以上の要求は断われる。

 だから、軍が瓦解したのなら、これ以上付き合う義理もない。

 しかし、好奇心は抑えきれず、彼を前へと歩ませた。

 「俺について来なくていいんだぞ」

 振り返りもせずに後ろに声をかける。

 そこには単眼族の女がいた。

 逃げる兵は男を避けるので、真後ろにいるのが歩きやすかった。

 「剣も矢も効かない相手でも、私の目なら。」

 顔の中央に大きな眼が一つある単眼族はその目から不思議な光を放つ。

 物理的な破壊力を持つものや、麻痺や催淫、石化など様々な効果のあるその光なら、相手が化け物であろうと効果があるのではないかということだ。

 因みに彼女は破壊と麻痺の光を放つ事が出来る。

 「護ってはやらんぞ?」

 「当然です」

 愚問だった。

 彼女も兵士、戦う為にここにいる。

 最前衛に辿り着くと、そこには炎で焼かれた兵が倒れていた。

 皆、呻き声を上げている。

 「死んではおらんようだな」

 死人には独特の雰囲気があるので見れば分かる。

 「ああ、やっぱり逃げないヤツもいるか」

 声の方を見る。

 人間の男、背は牛頭より頭一つ低い。

 人間は犬頭たちと体格的には変わらないというから、特に大きいということはないだろう。

 「これは、お前がやったのか?」

 信じられず問う。

 「ああ。お前はこの軍の指揮官か?」

 「何故、そう思う?」

 「逃げ出さずに、被害の確認、敵の確認、一兵卒の仕事じゃねぇだろ?それに従者連れだしな」

 「なるほど、だが、俺は興味本位で来ただけの一兵卒よ。それにこれは従者ではない」

 「そうかい。まぁいい。で?」

 「で?とは?」

 「どうする?やってくかい?」

 「ふむ…」

 一瞬の思案。

 好奇心は満たせた。

 無理に戦う必要はない。

 …本当か?

 目の前の男の力に興味はないか?

 …ある。

 「…お相手願おうか」

 長柄両刃の斧を両手で構える。

 「お前の武器はそれか?見慣れないが?」

 「なんだ、銃を見たことないのか?」

 「ふむ、それが」

 ロックが何もない場所に向けて一発。

 「ご覧の通り、飛び道具だ」

 「何故、それを教える?」

 銃が飛び道具だというくらいは知っている。

 「後になって卑怯だとか言われたくねぇからな」

 女の方を見ながら答える。

 そんな事を気にするようにも見えないが。

 と、考えると一つ思い至ることが牛頭にはあった。

 自分の足元には、負傷者が倒れている。

 これを巻き込むことを嫌っているのでは。

 ゆっくりと右回りに回り込みながら、そう考える。

 距離は詰めない。

 男はそれを見ているだけ。

 それで確信に至る。

 「開始の合図は必要か?」

 「いや、好きにかかって来ていいぜ」

 牛頭の突進。

 その両足に一発ずつ。

 しかし、それらは突進の勢いを些かも減じ得ない。

 牛頭は間合いに入っても戦斧を振り上げない。

 武器は効かないと聞いた。

 それでも肉弾であれば。

 そう考えた牛頭の頭には立派な二本の角が天に向かって生えている。

 それを男の胸板に突き立てる。

 戦斧は突進の勢いを増す為の重し。

 ロックは、自身に向けられたられた角、その間の頭頂に向けて足を上げる。

 足裏が頭頂部に当たり、突進の勢いに合わせて膝を曲げ、伸ばす。

 二人分の力をもって後ろに跳んで距離をとる。

 「男に抱きつかれる趣味はねぇ!」

 「抱きつく趣味もないわ!」

 牛頭は少し楽しくなって、軽口を返す。

 自分に戦いを楽しむ趣味があったとは。

 それに角で突かれることを嫌ったということは効かないこともないということだろう。

 しかし、角での攻撃は、その瞬間、視線を切らないといけないという欠点がある。

 それでは、この男に当てるのは無理だろう。

 実質手詰まりだ。

 ロックの方はやはりという思いだ。

 スーパーマグナムの弾では、弱すぎる。

 殺すことはできるが、殺さずに負けを認めさせるには役不足。

 となれば黄金銃、ゴールデンマグナムと名付けたそれを使うしかない。

 その巻き添えにならないようにと、予め牛頭を誘導した。

 あの一発で察してくれたのは助かった。

 左手に魔法銃を構える。

 「それが火を吹く道具か」

 「火だけじゃねぇけどな」

 「それも銃なのだな?」

 「ああ、魔法銃ってヤツだ」

 「世には面白い物があるのだな」

 無駄口ではない。

 この間も互いに隙を探り合っている。

 自身の高まりを待っている。

 「それで俺を焼くつもりか?」

 「それがお望みかい?」

 火より雷の方がよいかと思っていたが。

 「ふむ。ステーキには向かんぞ?それでもというのなら、腹を壊さんよう、よく焼くことを勧めよう」

 笑う。

 「男を食う趣味もねぇよ」

 面白くない冗談だ。

 牛頭は先程とは違いどっしりと構え、ロックの出方を待つ構えだ。

 炎に耐えて反撃というつもりか?

 それなら、それに合わせてやろうと引き鉄を絞る。

 「ぬ…!」

 足元で炎が弾け、爆風が渦巻く。

 「むううううん!」

 戦斧、一閃!

 気合いで炎を振り払う!

 「すげ」

 それにはロックも驚く。

 「ふむ。これではいいとこ生焼けというところだな」

 「だから男は食わねぇって」

 牛頭はその場にどっしりと座り込んでしまう。

 「どうした?まだやれるだろう?」

 「いや、満足した。降参だ」

 もう十分だ。

 見たいものは見た。

 今の炎にしても、自分が見たいと望んでいると察して、加減して放ってくれたのだろう。

 それがな証拠に、直撃ではなく、足元を狙ってきた。

 放って置けば死ぬほどの負傷者を量産した理由が何なのか。

 苦しみを長引かせるためかとも思ったが、目の前の男が、そんな陰惨な事をするとはおもえない。

 聞けば教えてくれるだろうか。

 「こ奴らを殺さぬのには、何か意味があるのか?止めを刺さぬ意味は?」

 ただ、面倒なだけだろうか。

 「コイツらは、死なねぇよ。ウチのチビが死なさねぇ」

 「それは、どういう…」

質問を重ねようとしたのを遮り、ロックの足元が弾ける。

 単眼の女の攻撃だ。

 「お話は後で。あれが生きていればですが」

 「なんで足元を狙った?」

 「あなたと一緒、卑怯って言われたくない」

 言いながら、今度はしっかり急所を狙って撃つ。

 女の、一つしかない瞳から、矢のような光が放たれる。

 本物の光よりは遅く、銃弾よりは早い、その攻撃をロックは躱す。

 女は立て続けに光を放つが、それら全てを避けられ苛立ちを募らせる。

 視線が射線である。

 弓や銃より狙いは正確。

 だが、それが躱し易さに繋がる。

 光による攻撃は、正確故に読み易い。

 しかも、彼女には、ある癖がある。

 それは光を放つ瞬間、両手の拳を握り込み、力むというものだ。

 それは射撃の瞬間を相手に教えてしまう。

 彼女も、それは承知している。

 今までは、それでよかった。

 光を避けられる相手もいなかったし、癖は読まれる前に倒せばよかった。

 牛頭のように当たっても意に介さず、突っ込んでくるような相手以外に遅れを取る事はなかった。

 彼女の失敗は、初めの一撃をわざと外したこと。

 ロックはその時、視界の端にしっかりと彼女を捉えており、その時に彼女の癖も見抜いていた。

 黄金の銃口が女を捉える。

 女の視線は男の顔。

 女は力まない。

 しかし、光は放たれる。

 その光は相手を傷つける力を持たない。

 相手の体を麻痺させ、動きの自由を奪う。

 それは相手の虚を突いた一撃になるだろうと思った。

 そうなるよう戦いを組み立てたわけではない。

 あの銃とやらが炎を吹き付けて来たとしても、死にさえしなければ女の勝ちだ。

 動けない男を睨む目さえ残っていれば、殺せる。

 しかし、銃口から放たれたのは炎ではなかった。

 氷の塊。

 それは両者の中間地点で広がり盾のように広がる。

 光は、その鏡の様な表面に反射され、真っ直ぐ女に向かって跳ね返る。

 「そんな!」

 自らの力で体の自由を奪われた。

 「うん?」

 ロックはそれを訝しげに見る。

 光が真っ直ぐ跳ね返ったのも不思議だし、何故、女が動かなくなったのかも分からない。

 「ああ、目から光って魔法と一緒ってことか」

 魔法は何らかの手段で弾かれた時、その使用者に向かって行く性質がある。

 「んで、今の光は、麻痺の力があると。なるほど、なるほど。これはナーイス!」

 喜んで女に近寄り、肩に担ぎ上げる。

 女には抵抗する術どころか、抗議の声を上げる事も出来ない。

 「どうするつもりだ?」

 牛男が訊ねる。

 「敵に捕まった女は悲惨だぞって言うよな?」

 「そうか。頼める立場ではないが、出来れば優しくしてやってくれ」

 命を取られないだけまし。

 戦場に戦士として立ったからには、女にも覚悟はあっただろう。

 「俺様は、女にはいつだって優しいぞ?」

 そう言って戦場だった方を見る。

 何人かの人影が向かって来るのが見えた。

 「お楽しみは、もう少しお預けか」

 あわよくば、もう少しご褒美が増えないものかと期待したが、来るのは男ばかりのようだった。

 時を同じくして、キヤルも戦っていた。

 相手は巨人族。

 人間の三倍ほどの巨体、少年と比べれば、五、六倍大きい。

 少年の頭、二つ分はあろうかと思われる拳が振り下ろされる。

 少年は、それを小さな拳にて迎え撃つ。

 上と下からぶつかり合う拳と拳。

 驚嘆すべきは巨大な拳が弾かれたという事。

 相手が小さすぎてやりにくい。

 巨人はもう、そんな言い訳はしない。

 何故なら、これはもう数度目かの結果であったから。

 蹴りを放ってもいいのだが、意地になって拳を振り下ろす。

 またも、弾かれる。

 これは純粋な力のぶつかり合いではなかった。

 キヤルは、ここでも気の反発を利用していた。

 巨人の拳から、キヤルの拳へ力が伝わる、その前に互いの気の反発が発生しているのだ。

 巨人が幾ら力を込めても、その仕組みを知らず、対策が立てられないのであればどうにもならない。

 そうと知る事もなく、巨人は愚直に拳を振り下ろす。

 それは何発目だったか。

 大きく弾かれ巨体が揺らぐ。

 少年が踏み込む。

 正拳を弁慶の泣き所に打ち込む。

 少年は、まだ真っ直ぐ前に突き出した拳からしか浸透頸を放てなかった。

 巨体が音を立てて倒れる。

 大きく息を吐き出す少年。

 しまった、と思った時には遅かった。

 汗と疲れが噴き出る。

 呼吸が乱れ、立っていられない。

 両の膝に両手をついて、座り込もうとする身体を支える。

 気の操作の基本は呼吸だ。

 それを乱してしまえば、強化された身体能力は一気に元に戻り、隠されていた疲労に襲われる。

 幸いなことに、キヤルが戦うべき相手は巨人で最後。

 一角の男から数えて二十三番目の強者。

 戦いに喜びを見出す、戦闘狂とでもいうべき者達は、だからこそ、一対一で、お行儀よく順番に少年に倒されていき、周囲には、もう立っている者はいない。

 目的は達せられただろうか?

 クロエを守る力を示す。

 それは建前。

 本当の目的は別にある。

 これであの人が悲しむことはなくなっただろう。

 あの人とは、『やり直す』前、エイトブリッジで死んだ我が子を癒して欲しいと、訪ねて来た一人の母親のこと。

 『今回』、既にキヤルの知る歴史とは大きく変わってきている。

 なら、この軍がいつエイトブリッジに襲い掛かるか分からない。

 なので、そうなる前に力尽くで排除する。

 本来、『やり直し』の目的は、それではない。

 しかし、キヤルは欲張る。

 出来るだけの命を救って、出来るだけ悲しみを産まない。

 それを目的に加え、本来の魔王討伐という目的も達成させる。

 敵であっても命に変わりない。

 最終的に、魔王の命は奪うのだ。

 それが偽善だという自覚はある。

 少年の我儘。

 それにロックとシアンを巻き込んでいいのか。

 二人が出来ると言うからといって、それに甘えていてもいいのだろうか。

 いつも考えて、いつも答えがでない。

 ぐるぐると同じ思考が廻る。

 あ、駄目だ…

 視界に地面が迫る。

 受け身を。

 身体は反応しない。

 「お疲れだな?」

 襟首を引っ張られ、地面との口付けは免れた。

 代わりに首が苦しい。

 「ロックさん、苦しいです…」

 「なら、ちゃんと立て」

 なんとか気合いを入れて、背筋を伸ばす。

 「なんでそんなに疲れてんだ?回復術はどうした?」

 何か使えない理由でも、と心配する。

 「回復術無しで、自分がどれだけ通用するか試してみたくて…怪我をさせられたら、そこから術を使おうと思っていたんですが、思ったより上手く出来てしまって…」

 そう途切れ途切れ言ったキヤルの頭に拳が落ちた。

 今度こそ地に伏した少年。

 「なにを…?」

 「お仕置きだ」

 怒っている。

 「お前は、俺様に出来るだけ殺すなって言ったな?そんで俺様は早く終わらせねぇと、間に合わずに死ぬヤツが出てくると言った筈だ」

 確かにそうだ。

 たが、少年はそれは諦めてもよいと返事をした。

 「それなら、お前は自分の出来る全ての手段で、一刻も早く終わらせる義務があった。それでも間に合わないヤツは諦めるとしても、だ」

 「済みませんでした」

 ロックの言う通りだと思った。

 「反省は後だ。さっさと回復しろ」

 言われるまま、自分に回復術を使用する。

 「ふう…。この辺りの人は放って置いても大丈夫です。ロックさんが戦っていた辺りの人から治していきましょう」

 「おう、こっちだ」

 ロックが先導して歩き出す。

 「ところで、その女性は?」

 「身の程知らずにも、俺様に挑んできやがったから、返り討ちにして、戦利品にした。文句はねぇよな?」

 戦った結果だというのならキヤルに止める権利はない。

 シアンが襲われたあの時とは違う。

 戦いを挑んだからには、負けた時にどうなってもよいとの覚悟は出来ている。

 最悪、命を奪われるのだから。

 そう考えないと、逆に敗者に対し、覚悟も出来ない半端者という侮辱になる。

 キヤルには与り知らぬことだが、先に負けを認めた牛頭も、ロックに殺されても文句を言うつもりはなかった。

 それがこの世界の、戦う者の矜持。

 「でも、その方、ピクリともなさいませんが、生きておられるんですよね?」

 「おう。それがな、面白い事にこいつは自分の力で動けなくなってやがんだ」

 事の顛末を、掻い摘んで話す。

 女の顔が羞恥に赤くなるが、二人共、それには気付かない。

 「これは派手にやりましたね」

 これで死者が無いというのは、俄かには信じ難い。

 手近な者から回復術で治してゆく。

 その様を見ながら、ロックは反省をしていた。

 キヤルが子供だということを忘れていた。

 幾ら実力があろうとも、幾ら大人びた言動をしようとも。

 子供である事には違いないのだ。

 戦いの興奮に呑まれ判断を誤っても当然。

 ならば、気を付けて見てやるのが、自分たちの役目ではなかったか。

 そんな事を、自分が考えているという事実を可笑しく感じながらも。

 癒された魔族たちは、皆一様に、不思議そうな顔をした。

 動けなくなるほどの怪我が、一瞬で治った事もだが、何故、態々治すのか。

 自分たちは敵同士ではないか。

 「何故、俺たちを癒す?」

 一人が問う。

 「僕にその力があるからです」

 「不満があるってんなら、暴れればいい。したら、また焼いてやるぜ」

 納得はしていないようだが、暴れようとはしなかった。

 自分たちは、負けたのだ。

 殺されても、生かされても、文句は言えない。

 「そうそう、元気になられた方は、お好きになさって結構ですよ」

 「それは、逃げてもよいということか」

 「はい。僕たちは、ここに軍があることが邪魔だっただけですから」

 自分たちの命も自由も興味がないと。

 そんな相手に負けたのか。

 「なるほど。回復術か」

 背後から野太い声。

 「なんだ、おっさん、いたのか」

 牛頭が手に何か持って立っていた。

 「当たり前だ。こんなに怪我人がおるというのに、それを放って何処へ行くというのか」

 「のわりに今まで見えなかったけど?」

 「なにも無いでは、治療も出来んからな。衛生兵の天幕まで薬を貰いに行っておった。無駄足だったようだがな」

 「衛生兵の天幕?そんな物があるのですか?」

 「曲がりなりにも軍だからな」

 「では、そちらにも怪我人がおられるのですね?」

 「うむ。ここの者たちよりは軽症の者ばかりだが、数だけは多かったな。お陰で衛生兵共はてんてこ舞いよ」

 「そうですか。でしたら、一つ伝言をお願いしてもよろしいですか?」

 「伝言?」

 「はい。必ず僕が治しますので早まった事はなさらないようにと」

 苦しみを長引かせないようにと思い切った事をする事もある。

 「先も言ったが、ここよりはマシな者ばかり故、その心配は無かろうが、万が一もあるな。よし、承った」

 快く承諾し来た道を帰る為、踵を返す。

 「そうそう、他にも怪我人を見かけた。こちらに向かわせた方が良いか?天幕で待たせるか?」

 「それはお任せします」

 手を振って承諾の意思を示して歩み去る。

 「なんだか貫禄のある方でしたね。さぞなのある指揮官殿なのでしょう」

 「いや、ただの一兵卒だと本人は言ってたぞ」

 「そうですか。でしたら、この軍を率いていたのはさぞ御立派な方だったんでしょうね」

 「それはどうかな?」

 下が立派だからといって上がそうとも限らない。

 「おおーい」

 ディースたちが到着した。

 「何をしてるんだ?」

 ディースにはキヤルの行動が分からない。

 「見て分かれ」

 「回復術師のお仕事です」

 なんで敵を癒すのか、その真意を問いたいのだが、邪険な感じで応えられては、それ以上、聞く気にはなれなかった。

 それに余りしつこくしても邪魔になるだけ。

 その様を見てロックの言いたいことがなんとなく分かった気になるキヤルであった。

 「お、おおおお、お」

 嗚咽が聞こえる。

 そちらに顔を向けると、ハクロが滂沱の涙を流し、ワナワナと震えていた。

 「爺?」

 ロックが怪訝そうに声をかける。

 「ガイ様の御再臨じゃあ」

 ガイというのは、初代治癒の勇者の名前である。

 人間も魔族も分け隔てなく癒した聖人として知られている。

 若き日に仕えたその人とキヤルが重なって、感激の涙を流しているのだ。

 「何をしておる!お前たちも手伝うのじゃ。あの方を見よ!苦痛を伴う回復術を使っておられるというのに、それをおくびにも出されておらん!何故か分かるか!癒された者共が心苦しく思わずに済むように気を遣っておられるのだ!あのような幼子がそこまでして人を救おうとしておるのだ!言われんでも動け!」

 多分に誤解があるし、実は下手に手伝われても困るのだが。

 「待って下さい。僕が向かいますから、心得のある人の指示に従って、その場で出来る延命処置だけをお願いします」

 怪我人を下手に動かすと危ない時もある。

 「了解致しました。皆、お言葉の通りに致します」

 老人は引き連れて来た護衛の兵に命令を。

 ギルドマスターもそれに倣う。

 「シアンはどうした?」

 やってきた一行の中に二人の姿がない。

 「いや、まだキヤルに許可をもらってないって、動こうとしないんだ」

 「融通のきかんヤツだな。迎えに行くか」

 肩の女を降ろす。

 「誰か縄でコイツ縛っといてくれ。逃がすなよ」

 そういって仲間を迎えに行ったロックは、暫くして、刀を握ったままの両手を氷漬けにされたシアンを肩に担いで、クロエと共に戻って来た。

 その後、怪我人を全て癒すのに、夕方迄かかった。

 「一つ相談があるのだが」

 撤収しようとしていた一行に牛頭が声をかける。

 「おお、おっさんも手伝いご苦労さんな、気をつけて帰れよ」

 「それなのだが、帰る宛ての無い者も多い。何とかならんだろうか?」

 「そんなもん、魔王軍に帰ればいいだろう?」

 「それがな、小さな回復師殿に癒されたお陰で、人間全てを滅する魔王軍に疑問を持つ者もおってな。そんな者は故郷に帰る訳にもいかず難儀しておるのだ」

 「困りましたね」

 キヤルたちにはどうしようもない。

 「それならば」

 と、ハクロ。

 「どれだけの人数になるか分かりませんので、街の中に受け入れるとは約束出来ませんが、橋の南に取り敢えずの住処を用意致しましょう」

 「いいのですか?」

 「はい。行き場をなくした者が、野盗にでもなったら、折角のキヤル様の御尽力が無駄になりましょう」

 怪我を癒しただけでは人を救うことにはならない。

やはり、自分一人ではたいしたことは出来ないのだと思いながら、老人の提案に甘える。

 「お願いします」

 「おお、助かる。では、俺は皆にこのことを伝えねばならんので失礼する」

 「待って!」

 制止の声はロックの肩に担がれた一つ目の女から。

 彼女はキヤルに麻痺を治してもらったが、縄で縛られ、ロックに担がれている。

 彼女は、もう歩けるし、縛られて、逃げられもしないのに、何故、担ぐのか。

 その問いにロックは、

 嫌がる女を担ぐとぴちぴちして楽しい。

 と、どう反応していいのか分からない答えを返していた。

 「私!私を助けて!」

 「うむ。しかし、護ってはやれんと言ってあったろう」

 「そんなぁ」

 「お前の事情も知ってはいるが、戦士として戦った結果だ。受け入れよ」

 単眼の女は、彼女の村を襲った人間に非戦闘員であった姉を連れ去られていた。

 それを恨みに思い魔王軍に参加したのだ。

 人間が戦士として戦い、負けた者だけを連れ去ったというなら、魔族も大して恨みに思わない。

 しかし、戦えない者迄を攫う。

 そして、根こそぎ連れて行かないのは、そうしておけば、そのうち勝手に増えると思っているからだ。

 収穫時に危険のある、しかし、手のかからない家畜。

 これで恨みを買わない訳がない。

 「がはは!安心しろ。命までは取らんし、明日の朝には返してやる!」

 そうは聞いても、明日の朝まで何をされるのかを思えば安心は出来ない。

 どうにか逃れようともがくが、どうにもならない。

 破壊の光は、一撃で人を殺す事は出来ない。

 それでは使用しても、その後の扱いが酷くなるだけに思える。

 麻痺の光も、自分を固定している手迄麻痺させてしまうから使えない。

 諦めきれず暴れるが。

 「がはは!生きが良い女だ!」

と、相手を喜ばせることになる。

 街に着く頃には夜になっていた。

 未だ幾らかの問題は残っているが、後はハクロたちの仕事。

 一万の軍との戦いの終結。


このあと幾つか外伝的な話になります。

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