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老人との交渉

前回分で、ギルドマスターとクロエ母が、ただの子供であるキヤルの言うことを鵜吞みにし過ぎだったと、投稿してから思ったのですが、今更どうにも出来ないので、そのまま進めます。

今回分の中にもキヤルを信頼しすぎでは?と思える所があるのですが、上記が為です。


 ハクロは、薄暗い地下の秘密部屋で説明を聞いていた。

 ローブを目深に被った鼠人の魔術士曰く。

 「継承者が魔王から何らかの加護を得ているとしても不思議ではありません。ただ、その加護がどの様な条件で、どの様な効果をもたらすのか、その状況を作らなければ、知りようがないのです。そして、良くある条件は対象の生死に関わる事なのです。つまり、継承者を死ぬ寸前まで追い詰めれば、何らかの力が発動するのではないかと推測は出来るのです」

 鼠人は小柄で力は弱いが、敏捷で頭の良い者が多い種族である。

 そのため、野伏や魔術士になる者が多い。

 全身が体毛に覆われており、男は地味な色、女は派手な色をしている事が多い。

 それなのにローブなど被って暑くはないのだろうか?

 説明を受けながら、ハクロはぼんやりとそんな事を考える。

 この説明は何回目か。

 これに納得したから準備をしたというのに。

 出来る限りの薬と用意し、回復術しまで連れて来た。

 ただ、薬は使わなければ効果のほどは不明だし、部屋の隅で震えている男がどれだけ役立つのか不安でもある。

 「説明はもういい。もう始めてくれ」

 更に説明を重ねようとする男を遮り、開始を促す。

 魔術士は不満気に、しかし、それに従う。

 部屋の中央に寝かされた、豚頭族の男に近寄り、その胸に短刀を突き立てる。

 毒物などを使用した方がよかったのだが、彼らはそれに詳しくなく、詳しい者で信用の置ける者もいなかった。

 魔法で眠らされた継承者は呻き声を上げるが、目覚める気配は無い。

 何らかの力が発動する気配も。

 「おい、もうよいのではないか?」

 こうまでして発動しないのだ。

 魔王からの加護など無いのではないか。

 「まだまだです」

 「しかし、これでは本当に死んでしまうではないか!」

 「それがどうしました?私はこれが死んだ時何が起こるのかにも興味があるのです」

 「馬鹿な!」

 この豚頭族の青年は、魔王継承者に選ばれた直後、魔王になりたくないと、ハクロに相談に来たのだ。

 様々な実験にも協力的だった。

 死なせて良い訳がない。

 「退け!」

 魔術士を下がらせ、短刀を引き抜く。

 血がしぶくが、構わず傷口に回復薬を振りかける。

 出血は止まったが、傷口が塞がる気配は無い。

 高価であったのに、それに見合う効果はなかった。

 この頃、スライム印の回復薬はまだ入った来ておらず、薬は使って見なければ効果のほどが確かでない物しかなかった。

 「貴様!回復術だ!回復術を使え!」

 部屋の隅で震えている男を連れて来て命じる。

 しかし、男は嫌々と首を振り、術を使おうとしない。

 なんだ、こいつは?

 ハクロは愕然とした。

 回復術師が役立たずだという話しは聞いていたがこれほどとは。

 人間の中でも一部の者にしか発動できない術だから、出し惜しみするような者ばかりなのだろうとたかを括っていた。

 老人は初代治癒の勇者を知っていた。

 彼は、苦痛に耐えながらも多くの人々を癒した。

 それを目の当たりにしているものだから、目の前の男の拒絶が信じられない。

 彼に耐えられたのだ。

 この男に耐えられない筈はない。

 老人がどのように思おうと、男は頑なに術の使用を拒否し続ける。

 そして、彼の脳裏に浮かぶ犬頭族の姿と、彼を継承者と宣言する声。

 「なるほどなるほど!継承者が死ぬとまさにその瞬間、次が選ばれると!」

 興奮して喚く魔術士。

 知識に無かったことを知れて歓喜の中の彼を老人は殴りつける。

 「この痴れ者が!」

 確かに知らなかった事であるが、人一人の命と引き換えにするほどの物ではない。

 死の危険のある実験をこんな男に任せるのではなかった。

 そもそも、こんな事をするのではなかった。

 後悔しても失われた命は戻らない。

 「弔ってやらねば」

 しかし、彼の死に自分が関わっている事は知られてはならない。

 そんな事になれば、地位を追われてしまう。

 街の領主である事はどうでもいいが、共存派の中に立場が無くなるのは困る。

 今ても大した事の出来る訳ではないが、地位を無くせば、益々なにも出来なくなる。

 そこで彼が選んだ手段は、死体を目立つ場所に置き何者かに発見してもらう事だ。

 そうすれば殺人事件の被害者として埋葬してもらえる。

 もちろん、事件となったからには捜査も行われるが、彼らの関係を知る者はおらず、ハクロに殺す動機は無い。

 疑われる事はない。

 問題は死体を運ぶ所を見られる危険が在る事だ。

 それは魔術士に姿隠しの魔法を使わせれば良い。

 鼠人は生まれつき幻覚魔法に適正がある。

 自分たちの姿を見えなくする程度簡単なはず。

 かくして、元継承者は発見され、今も共同墓地で眠りについている。

 

 ハクロは彼の執務室兼応接室で過去の過ちを思い返していた。

 もうすぐ今代の継承者が彼の元を訪れる。

 もう、あのような失敗をする訳にはいかない。

 本当ならこちらから迎えに行きたいぐらいなのだがそういうわけにもいかない理由がある。

 忌々しい守銭奴共め。

 心の中で悪態を吐く。

 それは共存派の主流派、利王派閥に向けられたものだった。

 利王派閥は、ありていに言えば、魔王を利用して、魔族と人間の共存を図ろうとする者たちだ。

 だが、それはお題目だけで実際は、魔王を勇者の戦いを利用して儲けようとする者たちの集まりだ。

 魔王との戦いに、人間は万単位の軍を動かす。

 魔王派もそれに対抗し、集う。

 その結果、莫大な資材が浪費される。

 例えば食料だ。

 何万という人数の腹を数ヶ月に渡って満たさなければならない。

 一体、どれ程の量の食料を用意しなければならないのか。

 そして、それをどこから調達するのか。

 どこから持って来るとしても、金が動く。

 国の食料庫から持ち出すとしても、その為の人手や荷車を用意しなければならない。

 それらを提供して利益を得る。

 魔族の商人はこのことについて、人間の商人より有利な立場にある。

 継承者選別の託宣。

 それにより魔族は、人間より先んじて、闘争の到来を知り、準備を始めることが出来る。

 魔族の動きから、人間がそれに気付いたとしても、数日の遅れを取り戻すことは容易ではない。

 そのようにして人間の商人より、大きな利潤を得て、平時にはそれを元に、更に利益を求める。

 それが共存派利王派閥の目的。

 共存を謳うのは、人間相手に商売をする為に都合がいいからでしかない。

 莫大な資金力と、それを背景とする兵力。

 利王派閥は、この大陸で最大の勢力と言っても過言ではない。

 それに対して、ハクロたち共存派廃王派閥は弱小に過ぎる。

 廃王派閥とは、その名の通り、魔王を弑し、魔族と人間の間で平和な世を迎えようという魔族たちである。

 しかし、その数は少ない。

 魔族は、人間に虐げられてきた歴史があり、未だに差別を受けている。

 エイトブリッジでは共栄出来ているが、それはこの街が特別なだけだ。

 大河の北と南で住み分け、北の人間の領域では、魔族を無条件で奴隷として扱う国もある。

 そんな現況で、互いに手を取り合い、笑い合って生きていこうなどと思える者は、ただの夢想家だ。

 ただ、そんな馬鹿も、若者を中心に一定数おり、それらがハクロの下に集い廃王派閥を名乗る。

 ただし、それらは長じるにつれ、現実を知り、利王派閥に流れていく者が殆どなのだが。

 しかし、彼らは若いだけあって爆発力はある。

 そんな彼らが暴発しないように制御するのが、ハクロの共存派での役目になっていた。

 ハクロが共存派で重鎮として扱われるのは、設立者の一人であり、初代治癒の勇者の従者であり、エイトブリッジの領主であるという、その立場故だ。

 彼の言葉は、尊重はされるが、それだけだ。

 例えば、今回、継承者が、魔王継承を拒否し、逃げているのを保護すべきだと訴えても、何故、そんな事をしなければならないのかと一笑に付される。

 利王派閥にとっては、彼女に魔王になってもらわなければ困るのだ。

 魔王と勇者の戦いがなくなれば、せっかくの準備が無駄になる。

 利益が出ないどころか、損が出る。

 共存派の主力は動かない。

 だからといって、廃王派閥の者を動かすのには不安がある。

 彼らがやり過ぎる危険は、老人も承知している。

 継承者を護る為とはいえ、魔王派と正面から衝突するような事態になっては困る。

 条件さえ整えば、街の兵力を動員できるかもしれないが、そんな事にはならなかった。

 彼には、継承者が自力で、自分の下に辿り着くのを待つしかできなかった。

 悪態の一つくらいで、気が晴れるものではない。

 しかし、先程、冒険者ギルドから使いが来た。

 継承者と、その護衛の冒険者が面会を求めている。

 やっと、来た。

 すぐにでもお会いしたいと返事をして、今は彼女たちの訪問を心待ちにしているところだ。

 

 「木の人形が動いて喋ってる?」

 シアンが、ハクロの執務室に入って驚く。

 ペシンと、その後頭部を叩きながら、

 「だから!驚くなって言っておいただろうが?」

 ロックが??り、

 「申し訳ございません。田舎者なものでして、少し礼儀を知らない所があるもので」

 キヤルが詫びを入れる。

 「構わんよ。冒険者殿の事だ。礼儀を期待する方が常識知らずというもの」

 皮肉ではない。

 「本日は突然の訪問をお許し頂き、誠に有難う御座います」

 「ふふっ。礼儀は期待していないと言ったぞ?」

 少年の畏まった挨拶を、笑って遮り、一同に椅子を勧める。

 「では、早速ですが…」

 座って話し出そうとするキヤルを、

 「まあ、少し待ちなさい。今、茶を用意させている」

 と言って止める。

 樹霊人は、その長い寿命のせいかのんびりとした性格の者が多い。

 ただ、今回、彼はそのように演じているだけだが。

 茶と菓子が運ばれて来て、それを勧めて老人が尋ねる。

 「君たちの代表は、キヤル君で良いのかな?」

 代表として挨拶をしようとしたのも、話を切り出そうとしたのも少年だった。

 「おう。コイツがリーダーだ。若いし、背も小っちゃいけど、馬鹿にするんじゃねえぞ」

 「ロックさん、小さいは余計です」

 そう抗議する少年冒険者を見て、老人は幼い彼が、どのようにして、ならず者の冒険者となり、大人二人を従えるようになったかを不思議に思い、過酷であっただろう彼の人生を哀れに思った。

 「馬鹿になどせんよ。まだ、親の庇護を受けるべき歳であろうに、冒険者として独り立ちしている。尊敬するよ」

 「有難う御座います」

 少年は礼を述べる。

 「それで?この年寄りに何の御用かな?」

 「それなのですが、一つお願いがあって参りました」

 「お願い?」

 引き続き継承者の護衛をしたいので、雇えとでも言うのだろうか?

 「クロエさんの護衛は、僕たちで間に合っておりますので、余計な手を出さないで頂きたいのです」

 「余計な手?」

 少年の要求は予想外のもので、驚きを禁じ得ない。

 「はい。クロエさんを監視している方の中には、ハクロ様のご命令で動いておられる方がおられますよね?先ずはその方に止める様に仰って頂けますか?」

 「うむ、その監視とやらの事は、よく分からんが」

 とぼけて見せる。

 「君達だけで彼女を護れるのかね?」

 「はい。魔王派からも、人間の軍からも、そして、貴方からも護り切って御覧に入れましょう」

 「ワシからも?それはどういう…」

 意味かと問おうとした老人の目が見開かれる。

 目の前の少年が、いや、少年だけではない。

 客人の全員が眠りに落ちていた。

 「馬鹿な!薬の使用は中止だと…!」

 驚きの声を上げながら、立ち上がる。

 扉脇に控えていた執事を見る。

 「ご命令通り、睡眠薬の使用は中止致しました」

 何が起きているのか分からない。

 「中止した、ですか。何故、お止めになったんですか?」

 「な!お前は眠っていたのでは?」

 少年以外は眠っているように見えるのに、何故、彼だけが?

 「僕に薬物は効きません、少し目を瞑っていただけですよ。」

 「そ、そうだったのか」

 驚きすぎて、何故そんな事をと、疑問に思う余裕がない。

 「それで、何故、薬の使用をお止めになったのですか?そもそも、何故、睡眠薬をご用意なさってたのですか?」

 「そ、それは…」

 「クロエさんの自由を奪う為ですよね?」

 図星を指され、言葉を返せない。

 「でも、不思議なんですよ。何故、今なんですか?クロエさんは貴方を頼って来たのですから、薬を使うにしても、もっと相応しい時がある筈では?」

 「うう…」

 少年の指摘に唸る事しかできない。

 「僕たちがいるとしても、例えば、援助を申し出て、このお屋敷に逗留するように勧めてみれば良かったではないですか。そうすれば幾らでも機会は作れるでしょう?」

 「だが、それでは…」

 「僕たちが援助を断るかもしれない?なら、お茶のお替りでも勧めればいかがです?その時には、お薬をいれて」

 「うむぅ…」

 「結局、貴方は、ご自分で思ってらっしゃるよりも、短気で短慮なんですよ」

 年端もいかない少年に淡々と指摘され、ハクロは激昂する。

 「ワシが短気で短慮だと?よくも、よくもそのような事を!な、何も知らぬくせに!ワシが何年待ったと思うのか?魔王降臨から既に千年を超えたのだぞ!その間、勇者は何をした!封印をするだけで魔王の脅威は常にあるまま!仲間と作り上げた共存派は守銭奴どもに乗っ取られた!ワシが何とかするしかないではないか?ワシが継承者を手にし、そのものから魔王への対抗手段を探るしかないではないか!それ以外にワシに何が出来ると言うのか!」

 「その為には継承者の意思や命も顧みないと?」

 そう問いかけられて、頭から冷や水をかけられたように怒りが小さくなる。

 「そ、そんな事はない!あ奴は協力してくれたのだ!死んでしまったのは事故だ!」

 「でも、クロエさんの意思は無視しようとなさったんですよね?でなければ睡眠薬の準備など必要ないのですから」

 「それは…仕方がないではないか!」

 「だから短気で短慮だというのです」

 ため息交じりに。

 「僕が眠らなかった時点で、他の方も起きているとは思わなかったのですか?」

 「ん、じゃあもう寝たふりは止めていいのか?」

 そう言いながらロックが目を開ける。

 「はい。クロエさんたちももういいですよ」

 シアン以外の目が開かれる。

 「シアちゃんが寝たら、それに合わせて寝たふりをしてって、変なお願いだと思ったけどこういうことだったんだ」

 「はい。それで、どうですか?これでもまだ、ハクロ様に庇護をお求めになりますか?」

 親子揃って首を振る。

 「そうですかそれは良かった。では、用も済んだことですしお暇しましょう。起きてください、シアンさん」

 「ん、もうお話、終わったの?」

 彼女は自分が喋れない状況で(彼女にとって)難しい話が始まると、すぐに寝てしまう癖がある。

 『前回』、ハクロがクロエたちに睡眠薬を使った事を知っているキヤルは『ヒール』で一行の睡眠薬対策をした上で、一芝居打ったのだ。

 もし、ハクロが睡眠薬を使おうとしていなかったら、その時はその時で、少し強引な手を用意していた。

 クロエたちの見ていない所で、ハクロに『お仕置き』をして反省してもらおうと思っていた。

 ハクロは殺してしまった継承者の事で罪悪感を覚えているので効果はある筈。

 「待て!ワシが信用出来んというなら、それでも良い!しかし、お前たちだけで継承者が護れるのか!ワシの力を利用すればよいではないか!」

 「その必要はありません。そうですね、皆さんが納得出来るように僕たちの実力をお見せしましょうか」

 そして少年はとんでもないことを宣言する。


ハクロが出てくると書いていて面白くないけど、書かなくてはと思う部分を書く事になって嫌いです。

次回は、大軍勢対勇者二人です。

お楽しみに。

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