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回復術師はやり直す

思ったより堅苦しい文体になってしまいました

もっとギャグ寄りにするつもりだったのに

 魔王だった塵が、キヤルの足元に蟠っており、その中央に、それは在った。

 禍々しく、紅く輝く、拳大の石。

 それを恭しく、両手で拾い上げる。

 塵は風に吹かれるままにしておく事にした。

 昏い土の下に埋めるよりも、風と共に大空を舞う方が、黒く美しい翼を持つ彼女に相応しい。

 「よくやったわ!キヤル!」

 背後から声をかけられて、振り向く。

 満面の笑みで、王女スカーレットが、歩み寄って来ていた。

 「逃げて無かったんですか?」

 「に、逃げる訳無いじゃない!わたしは王女よ!勇者なのよ!あなた一人置いて逃げられる訳無いじゃない!」

 「本当ですか?」

 冷たい目で問い質す。

 実の所、逃げたかったのだが、その機を逸しただけなのだ。

 「本当よ!私は嘘なんて言わないわ!」

 視線にゾクゾクする感覚を覚えながら、言い返す。

 「まあ、良いです。ご覧になった通り、魔王討伐は成りました。お城にお帰りになっていいですよ」

 「ええ、そうね。一緒に帰りましょう」

 「いえ、お一人でどうぞ。僕はここでやることがあるので」

 この戦場跡で何をすると言うのか。

 生存者を探して、癒すつもりか。

 「そう。ならいいわ。その石を渡しなさい」

 キヤルが何をしようと構わない。

 「何故ですか。こんな石、必要ないでしょう?」

 「必要よ。それは魔王の心臓なの。魔王討伐の証として持ち帰るの」

 嘘だ。

 この石には、世界を変える程の力がある。

 必ず自分の物にしなければ。

 「ほら、また嘘を吐いた」

 「え?」

 何が嘘だと言うのか。

 石の事は、王家の秘伝だ。

 それを知らない限り、スカーレットの言葉を嘘と断じる材料は無いはず。

 「この石は、魔血魂。魔族が取り込めば、それを魔王へと進化させる秘宝です。心臓じゃ無い」

 何故、それを知っているのか。

 「え、ええ、そうね。あなたの言う通りだわ。でもね、嘘を吐いた訳じゃ無いのよ。魔血魂なんて名前、一般的じゃ無いし、それが魔王討伐の証なのには違いないもの」

 「成程。僕に分かり易いように配慮して下さったと?」

 「そうよ。あ、そうそう、あなたの事は、ちゃんとお父様に報告するわ。魔王討伐は、あなたの功績だものね。ご褒美は何が良い?そうだわ!私と結婚するのはどうかしら?次の王様になれるわよ!最高の地位と、沢山の財宝、そして私!全てがあなたの物よ!」

 先ほど、そのどれもが取引材料にならなかった。

 しかし、今度は桁が違うし、彼女の差し出せる全てと言ってよかった。

 それだけの価値が魔血魂には有った。

 それに自分の手に渡りさえすれば、口約束など、どうにでも出来る。

 「だから、それを寄越しなさい」

 「なんだか必死ですね。でも、駄目です」

 「なんで!?」

 断られる理由が分からない。

 「これは僕が使うからです」

 そんな馬鹿な、と、スカーレットは衝撃を受ける。

 「それの使い方なんて知らないでしょう⁉︎」

 「知ってますよ」

 「そんな訳無いでしょう!それの使い方は、父上と私しか知らない秘密なのよ!」

 「ええ、そうですね。姫様がご存知だったので、僕にも知ることが出来ました」

 「どういう事?」

 「そうですね。ご説明いたします。まず、回復術師の欠点はご存知ですね?」

 「術を使うと激痛に襲われるのよね」

 「では、その原因はご存知ですか?」

 「そんな事知らないわ」

 「そうでしょうね。回復術師自身それを知っている者など、皆無に等しいでしょう」

 「それがどうしたって言うのよ」

 「回復術、ヒールと、一言で言っても、実は色んな種類がある事もご存知無いですね?」

 「だからそれがどうしたのよ」

 「実は大半の回復術師は、全ての回復術を、一つの術として使用しているんです」

 「だから、体に負担がかかるって?」

 「それも、間違いでは無いのですが、回復術の中に、対象の情報を取り込んで、それを基に負傷部位を修復するものが、幾つか有るんです」

 「対象の情報を取り込むですって?」

 「はい。生まれた時からその時点までの全ての情報を、です。肉体を構成する細胞の数や、それまでに負った怪我の状況、罹患した病気、そして…記憶」

 「そんな馬鹿な事が有る訳無いでしょう!だとしたら、今までに、それが知られていない筈が無いわ!」

 回復術で相手の記憶が読めるなら、善用も悪用も思いのままだろう。

 しかし、そんな話は聞いたことが無い。

 「人、一人の全ての情報が、一瞬にも満たない時間で頭に流れ込むんですよ。その負荷がどれ位の物か、想像できますか?」

 回復術を使った時の、気が狂う程の苦痛の正体が、それだという事か。

 「その苦痛を、幾らかでも和らげるために、その情報は術師の心の奥底に沈められるんですよ」

 そのために、読み取った記憶を、術者が意識する事が出来ないという事か。

 「でも、僕は、苦痛を感じる事無く回復術を使う事が出来ます」

 つまり、それは。

 「私を癒した時に、記憶を読み取ったと言うのね?」

 ここに至るまで、戦闘には参加させ無かったが、小さな掠り傷一つにも回復術を使わせていた。

 回復薬で事足りたのだが、勿体ないし、何より苦痛に耐える少年を見るのが楽しかったから。

 その時に記憶を読み取ったと言うのなら、厄介な事になる。

 スカーレットの究極的な目的は、自身を頂点とした世界統一。

 ありていに言えば、世界征服である。

 その事を知られているなら、石を王女に渡す事はしないだろう。

 「だったら、何に使うって言うの?」

 魔血魂の真価、使用法を知っていたとして、これをどう使うと言うのか。

 「時間を巻き戻します」

 「え?」

 意外な言葉を聞いて、一瞬、頭の中が真っ白になる。

 「今、なんて?」

 「だから、時間を巻き戻すんです」

 「なんでそんな事…?」

 確かに、魔血魂が有れば、それも可能かもしれない。

 しかし、そんな事をして何になると言うのか。

 「殺人鬼な剣の勇者に、女と見れば見境なく襲う銃の勇者、それに他人を虫けら程度にしか思っていない術の勇者」

 「そんな事…」

 「ありませんか?」

 そう言われる自覚は有るので、言葉に詰まる。

 「そんなクズばかりの勇者の皆様も、根っからのクズと言う訳では無いと思うのですよ。僕が子供だからと言う理由で、戦いに参加させ無いとか、まだ、救いようが有ると思うんです」

 確かに、その理由で正しいのだが、それは優しさでは無かった。

 役立たない子供を、守りながら戦うのが、面倒だっただけ。

 「だから、ちゃんと魔王を倒せるなら、良いかなと、思っていたんです」

 魔王は倒したのだからそれで良いではないか。

 「でも、実際の所、魔王を倒す事無く、ほぼ全滅。僕が戦うしか無くなった」

 それで良いではないか。

 そもそも、初めから戦ってくれていれば、こんなに被害も出なかったし、自分も傷付く事も無かったと、王女は思う。

 「それで、ですね、やり直す事にしたんですよ」

 分からない。

 それで、どうなると言うのか。

 「過去に戻って、皆さんの、ねじ曲がった根性を叩き直して、中途半端な強さも鍛え直して差し上げようと」

 とんでもない事を言う。

 「待って!ちょっと待って!過程はどうあれ、魔王は倒したんだから、それで良いじゃない⁉︎過去に戻る?馬鹿じゃないの?そんな事をしても、どうにもならない!」

 正論だ。

 「何故ですか?」

 「何故かですって?過去に戻っても、同じ事になるだけだからよ!」

 そんな事も分からないのかと、声を荒げてしまう。

 「何故ですか?」

 同じ言葉を繰り返す少年。

 「何故って、記憶はどうするのよ!時間遡行の魔術理論は確立してるけど、誰もやらないのは記憶の保持ができないからなのよ!」

 時間遡行の術式は幾つか有るが、特に時間を巻き戻す形式では、記憶を保つ事は不可能だと言われている。

 時間を巻き戻せば、術者自身の時間も巻き戻り、記憶も巻き戻されて、その時間の記憶になる。

 それでは、時間遡行する意味がない。

 「それで?」

 「それでって。意味の無い事は止めなさいと言ってるの!」

 「大丈夫ですよ」

 涼しい顔で言ってのける少年。

 「何が大丈夫なの?」

 まさか、記憶を保持したまま、時間を遡る方法を知っているとでも言うのか。

 「何万回か、何億回、繰り返せば、一度くらい記憶を保つ事もあるでしょう」

 まさかの無策!

 「そんな訳無いでしょう!あなたのしようとしている事は、世界を終わらせるのと同じ事よ!」

 無限に繰り返しても、変わらなければ、時間遡行を行った時点より先に、時が進まない事になる。

 それは、世界の終わりと同義ではないか。

 ある考えに行き着いたスカーレットは、寒気を覚えた。

 「もしかして、もう…」

 世界は繰り返されているのではないか。

 「さあ、どうでしょうね」

 微笑みを浮かべる少年が、何か得体の知れない物のように見える。

 「どちらにせよ、僕のやる事は一つです」

 少年の手の中で、石の輝きが強くなる。

 紅く輝いていた筈の、その白く眩い光に変わっていた。

 少年の力に反応している証拠だ。

 「止めなさい‼︎」

 無駄と思いつつ、手を伸ばす。

 伸ばした手は空を切り、周囲が白い光に包まれる。

 そこでスカーレットの意識は途切れた。

 実は記憶に関しては、大丈夫だと言う確信がキヤルには有る。

 怪我人に時間遡行タイプの術を掛けた時、肉体の時間は巻き戻っても、記憶は巻き戻っていない。

 精神と肉体を分けて時間を遡れる証拠だ。

 自分の記憶だけをそのままに、世界全てをやり直す。

 「さあ、今度は優しい世界になるといいですね」

 優し気な微笑みも光の奔流に飲み込まれた。


主要キャラの名前にほ色が入るようにしてます

キヤルは漢字で書くと黄殺と書きます

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