エイトブリッジでナンパ(?)
「大丈夫ですか?」
黒翼の少女を助け起こしながら、少年は焦っていた。
この街で彼女と会う予定ではあった。
しかし、今、ここでではない。
そもそも、何故こんな所にいるのか?
少年には思い付かない事だったが、その答えは簡単である。
キヤルが冒険者として活躍し、改心させた悪人たちが、更に悪人たちを退治した事で、人間領の治安は格段に良くなっている。
観光や行商を安心して出来るようになっているのだ。
そのおかげで観光と交易の街、エイトブリッジはかつてない賑わいを見せている。
『前回』に比べて沢山の人がいる。
その人波に攫われ、母と逸れた少女は何処へ行っていいかも分からず彷徨い、今、彼の目の前にいる。
「申し訳ございません。連れが失礼をしました」
「こっちも余所見してたんだからお互い様だよ」
「いえ、そういう訳には…」
「その通りですお嬢さん。ぶつかったまでは、お互いさまでも、貴女の服を汚してしまったお詫びをさせて下さい」
ロックが、落ち着いた声で詫びを入れる。
見れば、ロックの持っていた氷菓が少女の服をべったりと汚している。
誰だ?コイツ?
シアンは、常にない男の態度に戸惑った。
「もし、許されるなら、代わりの服を用意させて下さい」
「えっ!いいえ…そこまでしてもらうわけには…」
すっかり恐縮してしまった少女に、似非紳士は、更に言い募る。
「しかし、そんな汚れた服では、これから何をするにもお困りでしょう?」
それは確かに、そうだ。
特に彼女は今からこの街の領主に会おうとしているのだ。
身なりはきちんとしていた方がいい。
「えっと…」
もう一息、このまま押せば、いけるか?
「あの、しきたりなんです。服を汚したら、新しいのを買って渡すのが!」
少年の駄目押し。
しかし、いくら何でも、それはないだろう。
失敗か?
「しきたり?そういう事なら…」
魔族はしきたりや慣習を大事にする。
それが害にならない限りは他種族のそれも尊重する傾向がある。
「では、店を探しましょう。と、その前に自己紹介を。僕はキヤル冒険者です」
ロックとシアンをそれぞれ紹介し、
「お姉さんのお名前は?」
「クロエです」
互いに紹介が終わり、近くの服屋に入る。
この間、人見知りなシアンは成り行きを見ているだけだった。
やっぱり、胸が大きいと優しくしてもらえるんだな。
それに、ロックは兎も角、キヤルまで、しきたりだなんて噓をついてまで引き留めるなんて。
こういうのが好みなんだろうか?
年上好きってわけじゃないよね。
私には普通に接してくるんだし。
やっぱり、胸か?胸なのか?
と、何となく思いながら。
店に入ると、魔族の店員の表情が、一瞬強張るが、接客自体は普通だった。
「シアンさん、クロエさんの服選びを手伝って上げて下さい」
「私が?」
「ええ。僕やロックさんではお役に立てないでしょう?」
「私もお洒落には自信無いんだけど…」
「それでもお願いします」
流石にクロエに勝手に選べとは言えない。
不承不承、店員とクロエに付いて行く。
キヤルとロックは、他の客の邪魔にならないよう店の隅で待つことにする。
「よお。あのお嬢ちゃんは有名人か?」
「何故、そんな事を?」
「店員がお嬢ちゃんを見て驚いた。顔に出さないようにはしていたがな」
「流石のご慧眼です。魔族で彼女を知らない人はいないでしょう」
「ふーん?じゃあ、俺様のケツを蹴っ飛ばしたのは、それと関係があるんだな?」
普段なら絶対にしないような行動。
それを奇異に思ったからこそ、紳士として振る舞い、彼女を引き留める事にしたのだ。
「あれは申し訳ありませんでした。思わぬ所で出会ってしまったものですから、つい、慌ててしまって」
「お前でも慌てたりするんだな」
「当たり前です。僕を何だと思ってらっしゃるんです?」
「こまっしゃくれたガキ」
「その通りです」
苦笑して認める。
「んで?これからどうするんだ?」
「彼女と行動を共にしたいのですが、上手い口実が見つかりません。何か手はありますか?」
「いや、今ある情報だけじゃあ難しいな」
「情報ですか?」
「ああ。例えば、旅に汚れた服と手に持った荷物で、今日、この街に着いたのは分かる。もし、昨日までに着いてたんなら、少なくとも荷物は宿に置いているだろう?あと、荷物の少なさから予定された旅では無かった可能性がある。とすると、この街に来た理由は少なくとも観光じゃない。荷物の少なさから言って物を売りに来た訳じゃないだろうし、急いでる風にも見えなかったから集落が襲われてギルドに依頼に来たって線もまずないな。誰かに会いに来たか、職探しか。どっちにしても、この街にコネの無い俺様達では紹介してやるからっていうのも難しい。今晩だけ楽しみたいってんなら、嘘でも良いだろうが、そんな話じゃないだろう?」
「そうですね。信頼を損なうような真似は遠慮したいです」
「ぶつかる前に周囲を気にしていたが、それは多分逸れた連れを探していたんだろう」
「何故です?この街が珍しいからじゃないんですか?」
「それだと建物や珍しい品物に視線が行くだろう?嬢ちゃんは街が三、人が七ぐらいの割合で見ていた。誰かを探しているからだろう。それに、目に怯えの色が見えた。心細いんだろうな」
「よくそこまで分かりますね?」
「観察は基本だろう?」
「それはそうですけど…」
「まぁ、それでも俺様が今、持っている情報だけでは、策の立てようがない」
「そうですか」
「そうですか、じゃねぇだろ?お前の持っている情報を寄越せ。したら、何かあるかもしれないだろう?」
「僕の持っている情報ですか?」
「ああ。例えば、嬢ちゃんが何で、どんな風に有名なのか、とか」
「ああ、それは…」
「キヤルぅ!服、決まったから、お金払って」
手を振って応える。
「店の中で大声、出すなよ…」
「田舎育ちですから、そういう作法も縁が無かったんでしょうね」
店員に代金を渡しながら。
「それは兎も角、彼女は魔王の後継者です」
店員の表情は動かなかった。
ロックも、さして驚いた風でも無かった。
「成る程。…そいつは面白い」
顔に出さないだけで、彼はそれなりには驚いていた。
しかし、すぐ思考に入る。
魔王の後継者が何故こんな所にいるのかを想像する。
魔王になるつもりがないか、なりたいがなんらかの理由があってなれないのか。
どちらかだろう。
魔王になる事に問題がないなら、こんなところにおらず、さっさとなってしまえばよいのだから。
さて、それではどちらか?
この街には多様な魔族がいる。
知恵者もいるだろう。
魔王になれない、何らかの原因を取り除く為に、知恵を借りに来たか?
しかし、それはどうにも不自然に思える。
この街の魔族は、基本、人間との共存を選んだ者たちの筈だ。
人間を滅ぼそうとする魔王は邪魔な筈。
そんな魔王になりたいという者に知恵を与えるだろうか。
全く無いと言い切れることでも無いが、無い事にして考える。
魔王になりたくない。
その為の知恵を求めて来た。
或いは、魔王の継承を迫る魔王派から逃れるために来た。
この街の領主、ハクロは共存派の重鎮で知恵者と聞く。
彼に会いに来た。
そう考えるのが自然か?
他の可能性も、勿論ある。
が、クロエは、ハクロに会いに来た。
そう考えて策を練る。
その策に沿って動き、なにか違った時には、その都度修正する。
それが現実的だろう。
「ふん。何とかなるか?」
ロックの考えが纏まったのと。
「お待たせ!クロちゃんの着替え、終わったよ!」
店の奥から二人が出てきたのは同時。
「どう?似合うでしょう?」
シアンが自慢げにクロエを指し示す。
彼女の衣装は意匠こそ、元着ていた有翼族の民族衣装と同じものだが、色が違っていた。
艶やかな黒。
「おう。似合っちゃいるが、黒か?」
黒髪、黒い瞳、黒い翼に、黒い服。
「うん。黒が好きって」
「いいじゃないですか。よく似合ってますよ」
クロエは、少し恥ずかしそう。
「で、クロちゃんてなんだ?」
「友達になったの!」
彼女の人見知りは、単に人と接する経験の少なさから来る物だ。
少し話をして、相手の為人を知れば、それだけで、そんなものはなかったかのように仲良くなれる。
「それで、クロちゃん?一音減っただけじゃねぇか」
「いいのよ!愛称で呼んだ方が特別っぽいでしょ!ねぇ?」
「うん。シアちゃん」
二人とも、同性かつ同年代の友人は初めてだったので浮かれている。
「だから、一音しか減ってねぇって」
「そんな事より、聞いて。クロちゃん、お母さんと逸れちゃったんだって。一緒に探してあげよう!」
「でかした!」
「?なにが?」
「何でもねぇよ。こうやって出会ったのも何かの縁だ。この街での初仕事は迷子の面倒を見てやるって事で決まりだな」
「勿論、報酬は頂きませんよ?」
仕事と聞いて、少し不安顔になった少女に微笑みかける。
「そうそう!お友達からお金なんて取らないよ!」
そう言われても、元々、母を一緒に探してもらうのも気が引けるのに、自分にお礼が出来ない事を考えると、余計に遠慮してしまう。
「やっぱり、私、一人でも大丈夫だから…」
「ほら、ロックが変なこと言うから」
「冗談だから、気にすんな。俺様達も街を見物がてら、ついでにあんたの母ちゃんを探すだけだからよ」
シアンに睨まれたロックが、冗談位分かれと、面倒そうに言う。
「ここで話していても、お店にご迷惑ですから、とりあえず出ましょうか」
少年に促され、一同は店を出た。
その出てすぐに。
「で、母ちゃんはどんな見た目をしているんだ?」
と、問いかける。
母親を探すことを、決まった事として振舞うことで、少女が断る機会を無くす魂胆だ。
「え?」
「だから、髪の色とか、羽の色とか、年の頃とか、色々あるだろ?」
「えっと、髪と羽は鳶色です。歳は四十になった筈です」
「鳶色?ああ、茶色か」
と、言いながら。
四十か…守備範囲外だな。
などと考えている。
「薄目で艶のある茶色ですよね?」
頷く。
「へぇ。そんな色の名前があるんだ?」
「魔族の方々は、色を言葉で表わす時に生き物や、草木の色で例えるのが普通なんです」
「成程。ところでさ、ロックはキヤルみたいな変な喋り方は止めたの?」
「ああ。あれは初対面の嬢ちゃん向けのもんだからな。お前の友達ってんなら、もう必要ねぇだろ」
こうして人探しは始まっていた。
なんだかシアンがどんどんおバカに、ロックが賢くなっていくような気が。
これ以上賢くなると手に負えない(私はそんなに頭が良くない)
次は派手な戦闘がある予定です。