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エイトブリッジ狂騒(中)

 軍の先頭を走る一角の男は眼前の景色を見て呆れた。

 エイトブリッジの街門が開け放たれていたから。

 この門が閉じられていると思うからこそ、苦戦を覚悟したというのに。

 共存派というのは、どれ程お気楽なのか。

 魔王軍は門を素通りして大通りを駆け抜ける。

 それが出来るという、異常事態が、何故、起きているのかは、気にもしなかった。

 街のあちこちに、たなびく煙にも気付かず、ただ、まっしぐらに目標に向かうだけ。

 

 魔王軍が街を襲撃する少し前の事。

 街門を管理する詰め所を訪れる幾人かの女がいた。

 メイド服に身を包んだ人間の女は、勇者からの友好の証だと、酒と、少し豪勢な料理を差し入れた。

 流石に酒は断ったが、それなら料理だけでも、というので、受け取り、舌鼓を打った。

 少し味が濃い様に思ったが、それでも美味かった。

 腹が膨れたからだろうか。

 睡魔が兵士を襲う。

 おかしい。

 兵士の一人が、いきなりの眠気に疑問を感じて、同僚を見た時には、もう遅かった。

 同僚達は、とうに夢の国に旅立った後であり、その事に驚愕しても、眠気覚ましにはならず、彼もその場でイビキをかき始めてしまった。

 寝息の響く詰め所に再びの来客があった。

 先程、差し入れに来たメイド達である。

 彼女達は無言、無音で行動する。

 衣擦れの音一つ立てない。

 彼女らが、差し入れに仕込んだ睡眠薬は、どんな大きな音を立てようと朝まで目を覚まさない程の強烈な物だが、そんな事は彼女達には関係がない。

 音を立てないのは彼女達の職業病の様なものだ。

 彼女達の手により街の門は開け放たれ、暫くの後、魔王軍を迎え入れることになる。

 詰め所での仕事を終えたメイド達は三々五々に夜の街に散った。

 一人は主人に報告のために。

 残りは、更なる工作のために。

 闇に紛れる。


 キヤルは全裸のまま、床で丸くなっていた。

 服を着ていないのは、そうしろと命じられていないから。

 ベッドで寝ていないのは、そこに彼の主人が眠っているから。

 女主人が、夜中に目を覚ました時、一緒に起きないと折檻を受けるので熟睡する事も出来ない。

 特に今夜は眠りが浅いようなので、まんじりとも出来ない。

 少年にとって睡眠をとらない事は苦痛ではない。

 彼には回復術がある。

 術を自分に使えば睡眠も必要ではなくなる。

 だから、彼は眠らない。

 長い夜の時間を利用して学習する。

 教師と教材は頭の中にある。

 今までに回復術を掛けた相手の記憶だ。

 それを読み解き、自分の経験とする。

 そうやって得た知識がどれだけ自分の物になっているかは定かではない。

 例えば、剣撃の極意を知ったところで、元の人物と少年では体格や筋力に違いがある。

 同じように出来る訳がない。

 それで構わないと思っている。

 自分の役割は、あくまで回復役だ。

 戦いは大人達(キヤルから見ればスカーレットやシアンも立派な大人だ)に任せておけばいいと考えている。

 それでも学習するのは、夜の時間が暇なのと、いつか何かの時に役立つかもしれないと思うからだ。

 学習に飽きると、回復術を研究することもある。

 野営の時など、野営地を抜け出して、自分を傷つけ、それを治したり、植物や虫などにも術を掛けてみたりしていた。

 たまに抜け出したのがばれて折檻を受けることもあったが、その甲斐は有った。

 回復術が幾つかの術を一度に発動させている事。

 特定の術を上手く使用することで身体能力を向上させる事が出来る事。

 術の使い方によっては、相手を害する事が出来る事。

 いろんな事が判明した。

 今日は、ロックの記憶を読んでいた。

 沢山の女性達との経験。

 下半身が反応するが、少年にはよく分からない。

 その行為が気持ちいい事は分かるが、行動の指針にする程のものには思えない。

 自分がまだ子供だからだろうか。

 大人になれば理解できるのだろうか。

 そんな事を考えていると、この部屋に近づく何者かの気配を感じた。

 知っている気配だ。

 ノックの音。

 ほぼ同時に扉を開けて、彼女を迎え入れる。

 「首尾はどう?」

 いつの間にか起きていたスカーレットが、身を起こしながら、訪問者に尋ねる。

 「滞りなく」

 メイドは頭を下げながら、短く報告する。

 彼女が、今、ここに来たという事は、魔王軍が動いたという事であり、王女の策が動いているという事である。

 余分な言葉はいらない。

 「そう。キヤル」

 呼ばれた少年は主人の元へ。

 全裸の彼女に下着を穿かせ、服を着させる。

 その様子を眺めながら、メイドは疑問に思う。

 何故、この少年はいつも自分の到来を事前に察知出来るのか?

 今夜は屋敷の中だから気配を消す事はしていなかった。

 気配を消して歩くメイドなどいる筈がないから。

 しかし、過去、気配を消して、王女の下に訪れた時も彼はノックと共に扉を開いて見せた。

 治癒、子供といえど、勇者だからか?

 「それで?後どれ位で到着かしら?」

 着替え終えた主人に声をかけられて思索を止める。

 「もう暫く、かかるかと」

 「何?あなた、キヤルに興味あるの?」

 少年が服を着ているところを見ていたのを誤解されたらしい。

 「いえ、そういう訳では」

 「そう?あなたさえ良ければ、今度、一緒に楽しんでも良いのだけど?」

 「…遠慮します」

 全く興味が無いではないが、多分、自分と少年の絡みを見たいだけだろうと思うと、そう答えるしかない。

 例え見るのが女主人だけとはいえ、見世物になるのは御免だ。

 遠方から喧騒が届く。

 「じゃあ、私は行くわね」

 二人は頭を下げて見送る。

 メイドはキヤルの護衛としてここに残る事になっている。

 メイドとしては、主人の護衛に就きたいのだが、自分では邪魔になるだけという事も、戦闘能力のない子供を放っておく訳にはいかないことも理解している。

 「明日は忙しくなる。眠ってて良いぞ」

 今夜、沢山の怪我人が出る。

 それを治癒の勇者が治して回る事で、街の人々に恩を売る予定だ。

 「有難う御座います。では、失礼します」

 少年は当然のように床の上に丸まる。

 ベッドはもぬけの殻だというのに。

 「何故、ベッドを使わない?」

 「このベッドは姫様の為に用意された物ですから」

 自分が使うのは憚られるというのか。

 「告げ口などせんぞ」

 「はい。そんな性の悪い事をなさる方でない事は、存じております」

 そう言いながらもベッドを使おうとはしない。

 「子供なのだから、変な遠慮をするな。姫様がお戻りになる前にベッドから出してやるから」

 目的を達した姫が、この部屋に帰ってくるとして気配を消しているとは思えない。

 それならば、この部屋のある三階に彼女が上がってきたところで、その気配に気付ける。

 少年を起こすのに十分な時間が有る。

 「でも…」

 それでも固辞しようとする。

 「うるさい。大人の言う事を聞け」

 首根っこを掴んでベッドに放り投げる。

 そこまでされると、流石に観念したようだ。

 少年は、きちんと胸元までシーツを被って、寝息を立て始めた。

 そのあどけない寝顔を見て、憐みを感じる。

 この幼さで自分が道具である事を受け入れている。

 彼女自身、姫の道具である事を自覚しているが、それは自分で選んだ事だ。

 この子は違うだろう。

 治癒の勇者として生まれたから。

 そして、見た目、可愛らしく、姫の好みだったから。

 苦痛に耐えながら人々を癒す。

 厳しい躾を受け、姫の玩具になる。

 そこに彼の意思は無い。

 「短い時間だろうが、安心して眠るがいい」

 上手くいけば、朝までには決着が着く。

 もう、そんなに時間は無い。

 その短い時間でも彼が安らかであればいいと、そう思った言葉が口から零れた。

 キヤルは寝たふりをしながら、その言葉を聞き確信した。

 やっぱり、人は善であると。

 彼女は、格好こそメイドのそれであるが、潜入工作や暗殺を主な任務とする王女直轄の部隊の隊長である。

 非情に人を殺す立場の人間が、自分の身を案じてくれている。

 これが人の善性を示す証左でなくて、なんだというのか。

 スカーレットもそうだ。

 幾ら、キヤルが子供で、戦う術を持たないからといって、彼女の様な優秀な人材を護衛任務などに就かせる事はないのだ。

 これは万が一にも、キヤルが危険な目に会わないようにという、優しさだ。

 他にも理由があるのも承知しているし、姫本人は自覚していないだろう。

 しかし、心の奥の優しさが、この無駄な護衛をおくという選択をさせたのだ。

 キヤルは、そう信じて疑わない。

 

 館の主の部屋に、ノックもそこそこに飛び込んで来た者がいた。

 「なんだ?騒々しい」

 ベッドの上で身を起こしながら叱咤する。

 「申し訳ございません。ご報告があります」

 そんなに慌ててどうしたというのか。

 魔王軍が動けば監視の者から連絡があるはず。

 それが無いのだから、何か別の問題が起きたのか。

 まさか、勇者の誰かが騒ぎを起こしたのだろうか。

 「魔王軍が迫って来ております」

 監視の者は何をしていたのか。

 「慌てずともよい。幾ら魔王軍でも門を破るには時間を要するはず。落ち着いて迎撃の準備を」

 「それが、門は開け放たれております」

 「なに?」

 驚愕と共に、報告者の慌てぶりに納得する。

 「更に、魔王軍到来に先駆けて、街の方々で火災が発生。多くの兵がその対処に出払っており、襲撃に対処するものが…」

 「いたとして、蹂躙されるだけか」

 街の中の魔王派の動向は監視させてある。

 この様な行動に出る気配も、外の魔王軍と連携を取る素振りも無かった。

 「館の兵はどうしている?まさか、消火活動に行ったのではあるまい」

 勇者の到来に合わせて、彼らを魔王派から守るという名目で、館の護衛兵力は五十を配置してある。

 「は。皆、迎撃の準備はしておりますが、如何せん相手の数が多すぎます。浮足立ち、逃げ出す者も」

 情けないと断じるのは酷だろう。

 「敵の目的は継承者の奪取だ。火攻めなどはして来るまい。数にものをいわせるだけだ。その数も大通りの広さに限りがある以上、一度に攻め来る数は知れておる。こちらには勇者の方々もおられるのだし、暫く、持ちこたえれば火事を消した兵が戻って来て挟撃の形になり、こちらの優勢になる!そう言って先ずは皆を落ち着かせよ」

 指示を出しながら、何故こうなったと自問する。

 スカーレットが後継者を手に入れる為にここまでやるとは思い至らないハクロに答えは見出せない。

 勇者に助力を乞うべきだが、自分が赴かなくとも、彼等は勝手に動くだろう。

 礼を欠く事になるが、この非常時にそんな事は構っていられない。

 では、自分はどう動くべきか。

 「後継者をこの館で保護してあると、皆に知らせよ。この戦いさえ制すれば、長きにわたる魔王の呪縛から逃れられるのだと」

 余計なトラブルを避けるために秘密にしていたが、この事実を公表して兵を鼓舞する。

 ハクロにとっては十分戦う理由になる事だが、一般の兵士にどれだけ効果があるか定かではない。

 逆効果になるかもしれないが、老人も慌てているため、全てを自分基準で考えてしまっている。

 「現場では各隊長の判断に任せる」

 ハクロにも戦いの心得は有り、部隊を指揮した経験もあるが、一線を退いて久しい彼が指揮を執っても混乱するだけだろう。

 指示を出し終えた彼は地下に向かうことにした。

 自らを最後の砦として後継者を守り抜く為に。

 予想していなかった出来事に冷静さを欠いた老人は、彼に続く姿なき気配に気付く事はなかった。


 魔王軍は大通りを走り抜け、ハクロ邸に辿り着く。

 勢いのまま突撃しようとしたが、館を囲む塀と門に阻まれた。

 濡れた紙の如く、簡単に破れると思ったその障害は、しかし、その役目をしかと果たし、魔族の攻勢を撥ね退けた。

 力自慢が思い切り殴りつけてもびくともしない。

 塀に攻撃が当たる前に弾かれる。

 「魔法の障壁が張ってある!」

 館を、ぐるりと魔法の障壁が囲んでいる。

 それは上空にもあり、塀を飛び越えようとした者は弾き返されていた。

 当然、予測できた事である。

 この屋敷は、この街の領主の館なのだ。

 何の備えも無いなどという方がおかしい。

 「打撃を続けろ!魔法の障壁とて無敵ではない!攻撃を続ければ何時かは破れる!」

 言葉通りなのだが、事は、そう簡単でもない。

 無数の矢が魔王軍へと降り注ぎ始めたからだ。

 屋敷の庭、開け放たれた二階、三階の窓、屋根の上。

 そこに陣取った守備兵の放つ矢は障壁を素通りして、多くの魔王軍兵士の命を奪う。

 一方通行の障壁は珍しい物ではないが、それは普通の障壁に比べ、強度的には弱い事を意味する。

 それに矢も無限に蓄えてあるわけではないだろう。

 「矢には構うな!一気に破った方が損害も少ない!」

 彼らの困難はそれだけではなかった。

 「がははは!とう!」

 閉じられていた窓の一つが、バァン!と、勢い良く開き、そこから一人の男が躍り出る!

 一度、庭に着地した男は、もう一度跳躍し、塀を飛び越え、魔王軍の只中に降り立つ。

 銃の勇者。

 「がははは!お姉ちゃんが気絶しちまって、つまらんから、お前らと遊んでやる!」

 言いながら銃を乱射する。

 彼が障壁内から狙撃しない理由は単純。

 つまらないから。

 反撃を受けない所からの狙撃など退屈極まりない。

 高笑いと共に、引鉄を引くたびに、一つの命が失われた。

 シアンは、この光景を見ていた。

 彼女が見ているだけなのは、反撃しか許可されていないから。

 「こない、きれない」

 ロックが邪魔をする。

 彼が乱入せずにいれば、もう少しで、あれらが塀を破って来たのに。

 「きれない、きれない、きれない?なんで?きれない?」

 斬りたいという気持ちが、そう出来ない理由を忘却の彼方に追いやろうとしている。

 魔王軍に更なる災厄が降り注ぐまで、あまり時間はないかもしれない。

 ロックはシアンの羨望の眼差しを受けながら死を振りまく。

 やりすぎるなと、釘は刺されている。

 必要なのは時間か。

 それとも、この群れが目指す何かか。

 何れにせよ、自分が遊ぶくらいでは、邪魔にはなるまい。

 「うははは!どうした!どうした!俺様一人倒せないのか!」

 ロック一人が軍勢の大半を相手していると言っても良い状況になっている。

 守備隊の隊長は壁を飛び越えた人間を、自殺志願者だと、初めは思った。

 それは攻め手側も同じだった。

 銃という飛び道具を使っているというのに、何故、単身、大群の中に身を投じる必用があるのか。

 次に思ったのは、邪魔、だ。

 敵軍の真ん中に、人間の勇者がいる。

 そんな所に矢を撃ち込んで、誤ってそれを射殺したら大問題だ。

 そして、彼は感謝する。

 魔王軍は大群だ。

 その圧力は、勿論、正面だけではない。

 館をぐるりと囲んで四方から攻勢をかけて来ている。

 その内、正面を銃の勇者、一人が支えている。

 塀の中の守備隊は、それ以外を相手にすれば良い状況になっている。

 かなり楽だ。

 「ええい!たった一人に何を手こずっているか!相手は人間だぞ!攻め続ければ疲れで自滅するはずだ!攻め手を止めるな!」

 そう言うなら、自分が行けよ、と殆どの兵は思ったが口には出さない。

 だが、彼の言は、正しい。

 引鉄を引くだけだから、剣を振るより疲れないように思うかもしれないが、銃を撃つというのは、結構疲れるものなのだ。

 銃を撃つと反動が有る。

 その反動を力で抑え込まないと、体勢を崩してしまう。

 特にロックの持つ銃は人間が片手で扱える物の中で最大の大きさと威力を持つ。

 その反動は半端ではない。

 下手をすると肩を脱臼、骨折する危険もある。

 がっちりした筋肉と、天性の感覚、磨かれた技量があって、初めて扱える代物だ。

 それを乱射しているのだ。

 すぐにでも疲労困憊するに決まっている。

 「がははは!」

 決まっているのだが、この男の高笑いは止まらず、疲れなど微塵も見えない。

 一人の魔族が銃士の背後から切りかかる。

 「バーカ」

 ロックはそちらを振り返りもせず、腋の下をくぐらせた銃で迎撃する。

 「後ろから襲おうってんなら、ちゃんと気配を消しやがれ」

 ふぉおん。

 何かが揺らぐ気配がした。

 「やっべ」

 ロックの放った銃弾は、襲って来た魔族の額に命中し、貫通。

 弾丸はそのまま直進。

 魔族の背後には館の塀、より正確には館を守る魔法の障壁があった。

 果たして弾丸は障壁に命中。

 それを霧散させた。

 先程の揺らぎは、その時に起きた空気の揺らめきであり、それと手応えからロックは自分の失敗を悟っていた。

 これをロックの責任と断じるのは乱暴かもしれない。

 障壁は大勢の魔王軍の攻勢によって既に消滅寸前だったのだから。

 しかし、ロックが止めを刺したのも、そう見えたのも事実。

 だから、守備隊長は心からの言葉を口にする。

 「この疫病神が!」

 と。

 が、私情による言葉は、それ一言で、すぐに隊長としての命を発す。

 弓を捨て抜刀せよと。

 障壁が無くなった塀は、魔族基準では障害になりえない。

 力自慢の一撃で崩れ去るし、身軽な者は簡単に飛び越えてくる。

 抜刀と言ったが、それぞれが構える武器は様々だ。

 剣の者もいれば、槍の者もいる。

 全体の数を見れば、絶望的な差だが、まだ、何とかなる。

 魔王軍はその目的故、屋敷を破壊するような行動は取れない。

 後継者がどこにいるか分からないうちは大規模な破壊活動は出来ない。

 それに彼女が巻き込まれる危険があるから。

 魔王軍は守備隊を排除するか、その隙を付いて、扉もしくは窓から中に侵入しようとする。

 であるならば、守備側が一度に対処しなければならない相手の数はしれている。

 勿論、次から次へと襲い来る相手に、体力は尽き、何時かは突破されるにしても。

 それまでに援軍が来れば。

 そこに一縷の望みをかけて奮戦する。

 攻め手も、守り手も、後継者が死ねばどうなるのか、知らないから。

 もし、それを知っていたのなら、双方とも違う行動をとったかもしれない。

 魔王軍は、館ごと後継者を抹殺し、次を迎え入れるために動くだろう。

 守備隊は、より深い絶望に沈んだだろう。

 しかし、現実は守備隊長の読み通りに進んでいた。

 因みに、不確定要素であるロックはというと。

 「こらー!俺様を無視するな!」

 喚いていた。

 魔王軍はロックを相手にせず、遠巻きに素通りする事にした。

 ロックから、幾ら損害を受けたとしても、全体から見れば微々たるもので無視出来るという判断だ。

 シアンは、眼下に繰り広げられる死闘を見て考えていた。

 どうすれば、あそこに混ざれるか。

 このままいけば何れ守っている方が倒されて、攻めて来た者が入ってくるだろう。

 しかし、彼等は自分の所に来てくれるだろうか。

 確実ではないし、待ちきれない。

 シアンは、名案を思い付く。

 殺されそうな、可哀想なのを助ければ感謝される。

 ありがとうと、言ってもらえる。

 その後で、スカーレットに怒られても、差し引きゼロだ。

 沢山、斬れる分、プラスですらある。

 そう思い至った彼女は窓を斬り、戦闘の真っ只中に飛び込む。

 降り立った、その姿を視認した守備隊長は彼女の事を噂で知っていたし、ハクロからも気を付けるべき相手だと聞いていた。

 退避を。

 だが、何処へ?

 周りは敵に囲まれている。

 館の中に逃げ込むのは論外。

 それでも、無駄に死ぬことは許されない。

 「総員!たい…」

 その号令は涼やかな音に遮られた。

 死屍累々。

 返り血に染まる少女。

 彼女は笑顔で振り返る。

 危ない所を救った、そのお礼の言葉を聞くために。

 しかし、それは叶わない。

 彼女は救うべき相手も諸共に斬り殺していたから。

 不思議そうに小首を傾げる。

 なんで、しずかになっているんだろう。

 期待した、ありがとうが聞けなくて、不機嫌。

 「うー」

 これではしかられるだけになるじゃないか。

 少しでも怒られずに済むように、ここからは言いつけを守ろう。

 そう決めて周囲を囲む敵に向き合う。

 たくさん、いる。

 たくさん、きれるかな。

 その血塗れの笑顔に、数に勝る軍勢が恐怖に凍り付いた。

 


前後編のつもりだったのですが、書いている内に予定していなかった要素を入れようとしてしまい、中編が入る事となりました。

狂騒は次で終わる予定です。

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