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エイトブリッジ狂騒(前)

 クロエは、何時かは自由を取り戻せるのだと信じて大人しくしていた。

 何も考えずに暴れた所でここから出る事は出来ないのも分かっていたから。

 ただ、母の安否だけが知りたかった。

 ハクロにとって母は重要な存在ではない筈だから、無体な扱いはされていないだろうとは思う。

 しかし、自分の娘がどんな扱いを受けているか、心配している筈だ。

 何の罪も犯していない我が子が、牢に繋がれていると知ってじっとしている親ではない。

 ハクロに食って掛かり、会話でどうにもならないとなれば、相手を殺してでも、と考えるかもしれない。

 有翼族は子煩悩が多い。

 母もその例に漏れない。

 自分が大して戦えない事も忘れて暴れるだろう。

 そうなれば最悪だ。

 殺されてしまうかもしれない。

 日に二度、食事を運んでくるメイドに母の事を尋ねるが一度も答えを貰ったことは無い。

 そもそも彼女らの声を聴いた事すらない。

 母は無事なのだろうか。

 魔王はいつ死ぬのか。

 自分が自由になる日はいつ来るのか。

 悶々とした日々。

 「空、飛びたいな…」

 いつか、自由に羽ばたける時が来る事を信じて。

 

 「ふん、人間側は動いたか」

 ハクロは各地に放った間者からの報告を受けて、独り言ちた。

 報告によれば、オグラシアン王国から、四人の勇者を筆頭とした軍が発したらしい。

 その数二万。

 輜重隊や衛生兵などの後方支援を含めると、その数倍の人数になる。

 オグラシアン、一国の軍ではなく、周辺国との合同軍だ。

 魔王との戦いは人間の存亡を賭けた物なので、それでも少ない位だが、今の人間に、維持、運用出来る最大級の軍勢かもしれない。

 その軍がエイトブリッジに向かってくる。

 その規模の軍を、船を使って渡河するのは現実的では無いので、エイトブリッジを通って南、魔王領に進軍するのだ。

 『行軍』の魔法を使うだろうから三ヶ月程で、ここまで辿り着くだろう。

 一方、魔王派の方はというとエイトブリッジの南に終結中との事だが、それなりの数が集まるには時間がかかりそうだ。

 常ならば魔王派は、魔王の居城までの拠点に籠り、勇者軍を迎撃するのだが、今回は違う。

 継承者が、この街に居るからだ。

 彼女を奪取し、魔王を継承させねばならない。

 その為には、この街の近くに集まり、襲撃をと考えているのだろうが、思うようにいっていないようだ。

 これには、有翼族の女性達の行動が影響していた。

 クロエの最終的な目的地が、この街だと予想はついていた筈だが、それは予想でしかなく、他の可能性が無かった訳ではない。

 黒髪黒翼の女性がいるとなれば、確認のために人員を割かなければならない。

 その為に部隊は広範囲に散ってしまい、終結に時間がかかっているのだ。

 勿論、それだけではなく、ハクロ達、共存派の妨害も有った。

 「さて、どちらが早いかな?」

 勇者達の到着か。

 魔王派の攻勢か。

 いずれにせよ対応するための準備は必要だ。


 勇者の到来の方が早かった。

 勇者四人と数十人の兵が先駆けて街に入っていた。

 本隊の到着には後、三日程かかるという。

 勇者四人が通行の許可を得るためにハクロの下に訪れていた。

 本来、許可など必要ないのだが、慣例的に行われている。

 そうすることで、人間軍が見境なく魔族を襲う軍ではないと示す事が出来るし、魔族の全てが人間に敵対するものではない事を示せる。

 戦後も共存していく為には必要なセレモニーだった。

 応接室に四人を迎え入れたハクロは、それとなく値踏みする。

 ソファーに座った三人の内、二人は自分の欲を優先する俗物。

 大して警戒せずとも良いだろう。

 一人は狂人。

 これも気にしなくて良い。

 ただ、一歩下がって立っている少年は。

 分からない。

 多くの人々に会って来た経験から見る目には自信がある。

 十歳か、そこらの子供の底が見えない。

 「キヤルがどうか致しまして?」

 「ああ、いや、こんな子供が、と思いましてな」

 「幼く見えても、この子は凄いんですよ。大の大人でも嫌がる回復術を自ら進んで使ってくれるのです」

 では、その首にしている支配の首輪は何なのか。

 「それは…凄いですな。痛みを感じない体質であられるのかな?」

 「いいえ、術の使用に際しては、痛みを覚えるようです。ただ、一般の回復術師に比べれば軽いのではないかと思われます」

 「それが治癒の勇者の特質という事ですかな?」

 治癒の勇者についてはあまり良く分かっていない。

 才能さえ有れば使えて、誰が使っても同じ効果を発揮する。

 それが回復術という物だ。

 であれば、治癒の勇者と、その他の回復術師の違いはどこにあるのか。

 もし、使用時に感じる痛みが軽く済むというのが、勇者としての特質だというのなら、歴代の勇者もそれを自覚していなかった可能性がある。

 痛みなどという主観的な物を比べる訳にもいかないから。

しかし、今回、キヤルという幼子が勇者であった事で仮説が立った。

 大の大人が発狂してもおかしくない痛みを伴う術を、年端もいかぬ子供が、苦痛に耐えながらとはいえ、使用している。

 そもそも、感じる痛みの強さが違うのではないだろうか。

 「ええ。私達は、そうではないかと考えています」

 「成程。もう一つ、よろしいかな?彼は何故、座ろうとしないのです?」

 椅子もお茶も彼の分を用意してある。

 「失礼しました。この子は私の従僕としての教育の途中なので、その様に振舞っているだけですけど、それでは、折角のおもてなしを無駄にしてしまいますわね」

 キヤルに座ってお茶を頂く様に命令する。

 キヤルは完璧なお辞儀をしてから、座ってお茶を飲む。

 作法も完璧だった。

 スカーレットは満足そうにそれを眺めている。

 どれ程厳しく躾られたのか、それを想像したハクロは少しの憐みを持って見ていた。

 「所で、ハクロ殿。こちらで継承者を保護なさっているとの事ですが、彼女に合わせて頂けませんか?」

 公には、ここに居ない相手に会わせろと要求する。

 「それはお断りさせて頂きます。私は魔王とそれに与するもの以外の魔族の安全を守る立場にあります」

 「その理由は、些か失礼では?」

 「非礼は詫びましょう」

 「詫びてもらわなくても、結構です。そちらの立場も理解出来ますから。でも、信用されていないというのは悲しいですわ」

 一国の姫を信用していないと思われるのは困る。

 後の街の運営を考えれば、人間の国とは良好な関係を維持しなければ。

 「いえいえ。姫様の事は信頼していますとも。しかし、私の耳にも勇者のお噂は届いております。そちらのお二人を、勇者だからと信用する事は難しいのです」

 殺人鬼と強姦魔の二人をクロエに合わせる訳にはいかない。

 万が一、どころか、十が一位で間違いがありそうだ。

 何をしてもクロエが殺される事は無いが、人間、それも、勇者に継承者が襲われたという事実が残るのはよろしくない。

 姫は、その辺りの事も弁えているだろうが、この二人は本能で動く。

 「そうですか。確かにこちらの二人は、些か素行の悪い所がありますわね」

 些かで済む程度ではないだろう。

 「分かりました。諦めましょう」

 スカーレット一人でなら会わせてもらえるかも知れないが、彼女にも立場がある。

 敵の首魁の後継者とされる相手に、一人で会うことは出来ない。

 他の護衛を連れて、というのも、勇者二人を断られた現状では難しい。

 勇者よりも、誰とも分からない兵士の方が信用できると。

 スカーレットから、そんな事を言う訳にはいかない。

 ハクロも、そんな言葉を聞き入れる事は出来ない。

 二人だけの密談なら、良かったが、ここには給仕の者もいる。

 この会談の内容は彼らから外に漏れる事が前提の物。

 魔族と人間は話し合いで友誼を結ぶ事が出来る関係なのだと、彼らから街の人々へ、街の人々から大陸中へ伝わる。

 不確実で効率の悪い手段かもしれないが、こういう事を積み重ねて平和を作っていくのだ。

 魔族の代表が、人間の代表である勇者よりも、一兵卒を信用したなどという話が民衆の間に知れ渡ると、不和の種になるかもしれない。

 大事にはならないだろうが、この街の将来を考えれば、人間と魔族の関係にヒビが入る可能性のある発言は出来ない。

 「よぉ、挨拶は済んだんだろ?めんどくさい話はお前らだけでしてくれよ」

 後継者が女性だと知らされていないロックは興味のない話に退屈し始めていた。

 もし、それを知っていたのなら、無理にでも継承者に会い、何か理由を付けて犯そうとしただろうが。

 シアンの方は小声で何か呟いている。

 「きる、きるとき、きるならば、き、き、きれ、きる、きる?きるぅ、きるー!」

 最後の一言は、立ち上がりながら大声になっていた。

 「はい、斬らない」

 「う」

 簡単に宥められて着席。

 「ごめんなさい。二人共、長旅で疲れているみたいです」

 「ああ、これは気が付きませんでした。部屋を用意してあります。そちらでお休みください」

 「そうかい。んで、そこのお姉ちゃんを貰って行ってもいいかい?」

 街にいる間は無理矢理、女性を襲うのは慎むように釘を刺されていたので、一応聞いてみる。

 駄目だというのなら、売春宿でも探すしかない。

 「それはご勘弁を。ただ、夜までお待ちいただければ、お望みのモノが部屋に届く手筈になっております。この街で一番のモノですよ」

  公式の場で女を買ってあるとは言えないので言葉は濁したが、ロックの女好きは知っていたので、街一番と名高い高級娼婦が来るように手配してある。

 「そうか、そうか。なら、待っていよう。ぐふふ。どんなのが来るか楽しみだ」

 上機嫌で部屋を出る。

 「シアンも部屋で大人しくしていなさい。私はもう少し話があるから」

 シアンは目の前に動く物が有ると、それを斬りたくなるので、部屋に案内した後は近づかないよう、忠告する事も忘れない。

 ロックの方は待つと言ったら待つが(それでも、メイドの尻を撫でる位の悪戯はしでかすかもしれないが)シアンの方は止める者が周りにいないと、必ずやらかす。

 因みに、ロックとキヤルはこの場合、役に立たない。

 ロックはシアンを襲おうとした事が幾度かあり、シアンから敵認定されているため、近くにスカーレットがいないと喧嘩になる。

 キヤルの方は論外だ。

 戦う術もない少年に、狂気の剣士を止められる訳も無く、切り刻まれるだけ。

 自分で治せるのだから、構わないと言えば、言えるのだが、万が一、首を落とされると困る。

 二人を見送ったスカーレットは笑顔で振り向く。

 「お待たせしました。では、お話を続けましょう」

 話し合わなければならない事は、沢山ある。

 キヤルは姿勢よく座ったまま。

 自分も退出したいなどとは、思っていてもおくびにも出さないでいた。

 結局、話し合いは晩餐の時間まで続き、残りの懸案は翌日に持ち越された。

 人間領では珍しい魔族領特産の食材をふんだんに使用された晩餐をご馳走になった勇者三人はスカーレットに宛がわれた部屋に集まっていた。

 キヤルはスカーレットの給仕を勤めていたので、今、夕食を摂っていて、ここにはいない。

 「なぁ、姫さんよ。あの時、なんであっさり引き下がったんだ?」

 「あの時?」

 「後継者だかと会わせろって、言ってたろ」

 「ああ、その事」

 「あんたは自分の要求はどんな手を使っても通す人間だ。それなのに、あれであっさり引き下がったのが不思議でな」

 「会いたかった訳じゃないからよ」

 「ん?どういう事だ?」

 「私が知っている情報は、継承者が黒髪、黒翼だという事と、その見た目の人物がこの館に入って、出て来た形跡がない事だけ」

 それが継承者だという確信は無い。

 「成る程。カマを掛けたのか」

 「ええ」

 「で?ここに、ソイツが居る事が分かって、アンタはどうするんだ?」

 「あら、そんな事に興味があるの?」

 「一応、アンタはリーダーだからな。何が狙いか知らずに、勝手して、邪魔しても悪いだろ?」

 「そうね。今は無害でも、敵になるかもしれない相手を、あなたならどうするかしら?」

 「きる」

 間髪入れず答えたのはシアン。

 「そうだなぁ、場合にもよるが、さっさと殺しとくかな?」

 勿論、女なら犯す。

 「殺す訳にはいかない時は?」

 「きれない。かなしい」

 「それこそ状況によるだろ?なんで殺せないんだ?」

 「殺してしまうと、もっと厄介な敵が出来るのと、友好的な相手がそれを保護しているから」

 「みんな、きる?」

 「あー、うん。それが一番、楽かな?」

 面倒な事は考えず、友好的な者も含めて、全て排除する。

 「そうね、それが簡単に出来るなら、それが一番かもね」

 「出来ないのか?」

 「殺して出来る敵が、魔王なのよ」

 「なんだ。それなら構わないじゃないか。魔王なんかどうせぶっ殺すんだろ?」

 自信に満ちた発言。

 「まおー、きる!」

  楽しみにしている感じだ。

 「そうなんだけど、出来れば楽したいのよね」

 彼女も魔王を殺せるつもりでいる。

 自分達は今迄の勇者とは違う。

 そんな根拠のない自信を持っている。

 「後継者を魔王に近付けないだけで、勝てるんだから、戦って勝つより、全然、楽なのよ」

 魔王と後継者の関係を簡単に説明する。

 「でも、その鍵が手元に無いのはイヤなの」

 自分が知らないうちに、後継者に何かあり、弱った敵を相手にするつもりで、万全の敵に相対する事になるかもしれない。

 そんなのは御免だ。

 「それが、ここにいるなら、奪えばいい」

 「でも、力尽くで奪うとなると、魔族全体を敵に回す覚悟がいるわ」

 「構わんだろ?」

 「みんな、きる」

 「理想はね、寿命で弱り切った魔王を討伐して、長きにわたる戦いを終わらせた英雄として凱旋したいのよ。その為には魔王の下に辿り着かないといけないし、それまで周り全部が敵になるのは避けたいのよ」

 ここで共存派と敵対すれば、目的地に着くまで、魔王派、共存派、悪くすれば中立派、全ての勢力から襲われる危険が出てくる。

 「ぜんぶ、きる」

 「全部終わって帰って来るまで無駄な戦いはしたくないって?」

 「ちょっと違うわ。帰って来た後も、無駄な戦いはイヤ」

 人間の平和の為に魔王を討伐するのだ。

 討伐後も戦いが続く様な事をしても意味がない。

 お題目は、そうだが、スカーレットは、そんな事を考えている訳ではない。

 人間も魔族も、いずれ自分の物になるのだ。

 悪戯に数を減らすのは、面白くない。

 魔王の下に赴くのも、その死を確認する為ではなく、死後に残る、魔王の力の元、魔血魂を手に入れる為だ。

 本当の事を言う訳にはいかない。

 王家に伝わる秘密だからというだけではなく、それを知った何者かに横取りされても困る。

 シアンは問題ないだろうが、ロックは油断ならない。

 「じゃあ、どうするんだ?欲しい物を目の前にして、指をくわえて見てるだけってタマでもないだろ?」

 「一応、仕込みはしてあるわ。今夜、一騒動があるわよ」

 「俺様はなにもせんでいいのか?」

 「好きにしてていいわ。騒ぎに参加するなら、やり過ぎない程度に」

 女を抱いている途中で騒ぎが起こったとして、中断して首を突っ込んで来るとは思えないが。

 「ん、分かった。じゃあ、部屋に戻るわ。そろそろおねぇちゃんも来てる頃だしな」

 「シアンも、もう休みなさい。斬っていいのは襲ってくる相手だけよ」

 釘を刺しておく。

 「ん」

 素直に頷いて、ロックに続いて部屋を出る。

 「さて、私も少し休もうかしら…」

 着替えてベッドに入ろうと思って、キヤルが戻って来ていない事に気が付く。

 少年がいないで誰が着替えを手伝うのか。

 「私を待たせるなんて…どんなお仕置きをしてあげようかしら」

 淫靡に微笑む。

 夜はまだ、始まったばかり。


 エイトブリッジの南に広がる平原に、数千人規模の軍勢が集結していた。

 魔王派と呼ばれる勢力の尖兵である。

 この軍を統括する一角族の男は、後悔と焦りに苛まれていた。

 黒髪黒翼の女を追跡するために兵を分散させたのは間違いだった。

 結局、後継者はエイトブリッジに入り、共存派の庇護下に入ってしまった。

 引き渡しを要求しても、突っぱねられるだけだろう。

 力尽くで奪うしかないが、この街に武力侵攻するためには、最低でも二千の兵力を必要とする。

 元々、自分の配下である千と、近くの拠点から送られた二千。

 集まった兵力は十分だが、如何せん遅すぎた。

 人間の、勇者の軍が先に街に入ってしまった。

 その数は大した事はない。

 誤差の範囲だ。

 勇者が四人とも揃っているが、それも数の暴力で降せる。

 しかし、それは短期決戦での話。

 戦いが長引けば、対岸に迫る万の敵兵が到来する。

 そうなれば一方的に蹂躙されてしまう。

 だからと言って、ここで座して待つわけにはいかない。

 何としても後継者をお迎えしなければ。

 彼は一軍を任されている立場だが、その運用方は正面からの力押ししか無かった。

 例えば、商人なりに偽装させた兵を街に忍ばせ、本隊の襲撃に合わせて内部で武装蜂起させるなどの、搦め手は思いも付かない。

 集結を待つ間にも打てる手は、幾らでも有った。

 しかし、彼の頭にはどんな手も浮かんでこなかった。

 それも仕方のない事であった。

 彼は逃亡奴隷であった。

 人間に奴隷として扱われ、逃げる事の出来た幸運な男。

 一角族は卓越した身体能力と勇猛さで知られる種族である。

 彼は、その種族特性による高い戦闘能力と、人間への復讐心からくる勤勉さで、魔王派の中で頭角を現し、一軍を任されるまでに上り詰めた。

 しかし、彼にその器は無い。

 精々、部隊長がいい所。

 経験を積めれば話は変わったかもしれないが、軍を動かしての戦いなど滅多に無かった。

 それが証拠に、将軍としては、これが初陣である。

 圧倒的経験不足。

 策を進言するような者がいれば、また違っただろうが、彼の周りには、そんな存在はいなかった。

 つまり、魔王派の軍とは、その程度の物だという事だ。

 だが、それを言い訳にはしないし、自覚も無い。

 彼にとって軍とは、数で押しつぶすための物であった。

 そして、彼は考える。

 攻めるなら今夜しかない。

 時間を置けば、それだけ敵の数が増える。

 それに、今なら人間は取りあえずの目的地に着いた、共存派は強大な味方を迎えた、安心感で油断があるかもしれない。

 彼は命を発す。

 今夜、後継者をお迎えする。

 急げば、今からでも真夜中過ぎには街に着くだろう。

 そのまま街を、ハクロ邸を襲撃する。

 最初の、そして最大の難関は街の門だろう。

 街と岸を繋ぐ橋は広大であるが、所詮は橋である。

 全軍が一度に乗れる訳もない。

 限られた人数で門を破壊し、侵入しなければならない。

 困難だがやるしかない。

 それさえ越えればいける筈だ。

 勝機は十分にある。

 そう自分に言い聞かせて、天幕を出る。

 月は分厚い雲に隠れて見えなかった。

 夜襲には持って来いだ。

 天は自分に味方している。

 一角の男はそう思ったが、暗い闇は彼に味方している訳では無かった

 魔王軍の駐屯している場所から少し離れた所にいる男にも闇の恩恵はあった。

 男はハクロの手駒の一人である。

 魔王軍の監視を命じられた者の一人だ。

 黒衣に身を包んだ、短躯の男は闇に紛れていた。

 「やっぱり、動くのか。面倒臭いなぁ」

 動かなければ、このまま監視しておけばよいだけで楽なのだが、動くとなれば、報告に戻らねばならない。

 魔王軍の進軍先がエイトブリッジである事を確認した男は走り出す。

 彼の俊足を持ってすれば、余裕で街に戻り、迎撃の準備も、十全にではないかもしれないが、出来る。

 いや、街の方でも警戒はしている筈だから、心の準備が出来るかどうかの違いしかないかもしれない。

 兎に角、彼は走った。

 数歩だけ。

 彼の首は、彼の潜んでいた場所に転がっていた。

 彼が走り出そうとした、その瞬間、何者かによって切り落とされたのだ。

 監視をしていた彼も、また、何者かに監視されていたのだ。

 暗闇に潜む何者かによって。

 さて、夜の闇は誰の味方か。


誤字脱字、句読点のおかしい所あるかもしれません

なんだか、狂ったシアンが、とても可愛いように思うのですが、親バカでしょうか?

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