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黒翼、逃避行

 空を飛ぶのが好きだ。

 艶やかな黒い翼で羽ばたいて。

 艶やかな黒い髪を靡かせて。

 霧にけむる朝も。

 月の輝く夜も。

 暑い夏の日差しの中も。

 寒く厳しい冬の風の中も。

 空を飛ぶのが好きだ。

 

 この大陸には魔族と呼ばれる者達がいる。

 魔族と一括りに呼ぶが、彼等は単一の種ではない。

 例えば、猫のような耳と尻尾を持ち、夜目が利き身軽な猫人族。

 例えば、額に角を持ち、大柄な体格で怪力な有角族。

 長命な者、短命な者。

 力の強い者、弱い者。

 様々な姿、特性の種族がいる。

 彼等を魔族として括る理由は、ただ一つ。

 魔王。

 魔族は魔王に従う。

 忠誠からではない。

 恐怖の為でもない。

 本能の為。

 人間と友好を結んだ種族も、人を滅ぼす為存在する魔王の支配下に入ってしまえば、人を殺す。

 そこに意思は無い。

 多くの人間を殺した、惨虐非道な魔族の戦士の話をしよう。

 彼は人間と共に暮らしていた。

 大きな商店に奉公し、真面目な働き者との評判だった。

 冗談を言ったり、笑ったりする所を見た者は少なかったが、怒った所を見た者もいなかった。

 真面目過ぎる好青年。

 彼も、その暮らしを、周りの人々を気に入っていた。

 しかし。

 ある瞬間を境に。

 彼は淡々と人間を殺した。

 何を感じる事も無く。

 彼は友人を殺した。

 彼は近所に住む、気の良いおばさんを殺した。

 彼は行き付けの食堂の看板娘を殺した。

 彼は色々な事を教えてくれた、厳しいお爺さんを殺した。

 殺した。

 殺した。

 殺した。

 記憶はある。

 大きな力を感じた瞬間、隣で呑んでいた友人を殴り殺した。

 何も思わなかった。

 何も思えなかった。

 どれだけの時間。

 どれだの数。

 どんな手段で。

 全て憶えている。

 初めに感じた力が霧散する。

 その時の彼の心を想像する事が出来るだろうか。

 彼の場合は数か月。

 その間に自身が行った事への、疑問、怒り、悲しみ。

 それらの感情が。

 一度に。

 吹き荒れる。

 絶叫。

 涙を流す事も烏滸がましい。

 そう思いながらも止まらぬ涙。

 後悔など出来るものか。

 謝罪の言葉など口に出来るものか。

 そんな事をしても許される訳もない。

 許される事など有る訳がない。

 己への罰は死ですら、まだ足りない。

 ならば、どうすれば許されるのか。

 いや、違う。

 許される事など考えてはいけない。

 では。

 何をするべきか。

 分からない。

 分からない。

 分からない。

 長い永い時を経ても答えは無いまま。

 彼は生きている。


 魔族の中に、有翼族と呼ばれる者がいる。

 背中の大きな翼で空を舞う。

 大きな魔力を持つものが多く、上空から矢や魔法を放ち狩りをして生計を立てる。

 狩猟民族だが、気性は穏やかで争いを好まない傾向が有る。

 そこに女の子が一人生まれた。

 黒い髪と翼、赤い瞳の赤子はクロエと名付けられた。

 有翼族には滅多に子供が生まれないので、クロエは大人たちの愛情を一身に受けて育った。

 幼い頃、クロエは赤い瞳が嫌いだった。

 「髪も羽も黒いんだから、目も黒ければ良いのに」

 同族の中では黒い髪と翼は珍しいし、艶やかな黒は光の加減で七色に輝くので大好きだった。

 しかし、血を連想させる赤は好きではなかった。

 「あら、クロエは赤い目が嫌いなの?」

 独り言を聞いた母が笑いながら問いかける。

 「うん。黒で揃えた方が可愛いでしょ?」

 「うーん。そのままでも十分可愛いわよ」

 「もっと可愛い方がいいでしょ!」

 「そう?あんまり可愛過ぎると悪い人に攫われちゃうわよ?」

 「えぇー」

 周りにいるのは良い人ばかりなので、そんな事を言われても想像できない。

 「何でも程々が良いの。余り良すぎると悪い物を呼び込むからね」

 幼いクロエには納得のいかない話だった。

 クロエが美しく成長し、もうすぐ婚姻の話も持ち上がろうかというある日。

 そいつらは来た。

 武装した魔族の一団。

 魔王軍と名乗る彼等はクロエの引き渡しを要求してきた。

 曰く。

「有翼族、クロエ殿は、次期魔王に選出された!継承の儀まで我らの手で御守りする故、御同道願いたい」

 下手に出た物言いだが、逆らえば武力行使も辞さないという態度が見て取れる。

 「ウチのクロエが次期魔王だと?何かの間違いだろう」

 狩り頭が代表して交渉する。

 「間違いなものか。貴様にも託宣が有っただろうが」

 そう、それは数日前の事。

 全ての魔族の脳裏に一人の少女のイメージと共に言葉が響いた。

 西の有翼族クロエ、次期魔王である。

 と。

 「貴様らが中立派だという事は知っている。故に聖戦に参加せよとは言わん。しかし、次期魔王様を渡さんと言うのなら反逆者として征伐してくれるぞ」

 魔王と人間に対する立場は三つ有る。

 魔王に従い人間を滅ぼす事をよしとする魔王派。

 魔王に逆らい人間との共存を目指す共存派。

 魔王と人間、どちらとも距離を置きどちらにも加担しない中立派。

 いくつかある有翼族の部族は何所も中立派として知られていた。

 「反逆だと?何に反逆すると言うんだ?俺達、翼の民は誰の下にも付いた覚えは無い!」

 「何を…!」

 「それに聖戦だと?笑止!得体の知れぬ化け物に操られ、己の意志も無く戦う事の何が聖戦か!」

 「得体の知れぬ化け物か?この部族の娘がそうなっても、貴様は、そう言って蔑むのか?」

 「クロエは魔王になどならん!」

 弓を構え、翼を広げる狩り頭。

 周りで成り行きを見守っていた、有翼族の戦士達もそれに倣う。

 「日和見の腰抜けが!我らに逆らって無事にすむと思うなよ!」

 戦端が開かれる。

 クロエは、既に、ここにいない。

 託宣があって、すぐ逃した。

 有翼の民は自由の民。

 魔王などという檻に閉じ込めてなるものか。

 クロエ一人の自由を守る為、有翼の一族は一丸となって戦う。

 それも彼等の自由に従って。

 有翼族は穏やかな性格をしている。

 しかし、それは平時の話だ。

 彼等の自由を脅かす相手に対しては苛烈に戦う。

 空を舞い、敵の攻撃の届かない高さから、弓と魔法で攻撃を加える。

 皆、それぞれ勝手に戦っているように見えて、しっかり連携している。

 この連携は誰かに命じられて行うものではない。

 それぞれが互いの戦い方を熟知し、自分がこうすれば、誰かがああする。

 誰かが、そうするから、自分はこうすると、互いに互いを信じ、行動した結果が連携になる。

 普段行う狩りが軍事訓練と同じ彼等の練度は高く、空から攻撃出来る優位性もあり、戦いは有翼族が優勢だ。

 しかし、ここで勝利を収めても意味が無い事も承知している。

 今、目の前の敵を退けた所で、第二、第三の襲撃があるだろう。

 全て無傷で追い返せるのなら良いがそんな訳にはいかない。

 損害が出る以上、数に劣る有翼族に勝ち目は無い。

 だが、それで良い。

 ここで戦い続ければそれだけクロエへの追手が少なくなる。

 例え、ここでこの部族が滅びようと、クロエが魔王にならず、自由に生きたなら、それが勝利だ。

 誰かの自由の為に戦って死ぬ自由。

 彼等は自由に殉じる民であった。

 

 クロエは数人の女と老人と共に逃避行をしていた。

 残って戦うつもりだった。

 敵の狙いは自分である。

 そうであるなら、自分へは加減した攻撃しかしないだろう。

 自分が囮になれば戦いを、より有利に進められるはずだ。

 その提案は却下された。

 誰かを囮にするような戦いが出来るかと。

 いや、やるよね?何時もやってるよね?

 集団で大きな獣を狩る時など、誰かが自発的に囮になる事は普通に行なわれていた。

 狩り頭は理屈で説得しなかった。

 命令した。

 戦えない者を守る者が必要だと。

 自分の戦う自由は守ってもらえないのか。

 当然の、その言葉は黙殺された。

 頭の気持の分からない少女は憤慨した。

 何をどう言っても取り合って貰えなかった。

 仕方なくみんなと一緒に逃げ出した。

 だというのに。

 日を追うごとに仲間が減っていく。

 戦いが有った訳ではない。

 羽が弱り、飛ぶことの出来ない老人たちがいなくなった。

 足手纏いになるから置いて行けと言い出した。

 そんな事は出来ない、と言ったら。

 ならば、ここで自害すると言い出した。

 彼等を守る為に逃げているのに死なれては意味が無い。

 仕方なく置いて来てしまった。

 それから夜毎、二、三人いなくなった。

 目が覚めるといなくなる。

 固まって逃げるより、ばらけて逃げる方が良い。

 それは分かっているので、不満だが文句は言わなかった。

 事実を知れば泣いて止めたかもしれないが。

 消えた女性達は囮になるために離れていったのだ。

 髪と翼を黒く染めて。

 託宣は魔族と呼ばれる全ての者に下った。

 魔族全てがクロエの姿を見た。

 しかし、一瞬。

 顔などは憶えてはいない筈だ。

 印象的な黒髪と黒い翼。

 それと名前。

 それ位だろう。

 ならば、黒い髪と翼を持つ者が、あちらこちらで目撃されれば、追手は分散され、クロエが捕まるまでの時間稼ぎが出来る。

 だが、囮となった者が捕まった時、彼女らがどれ程の悲惨な目に会うのか。

 それを知り、それを覚悟するからこそ、彼女達は黙って去っていったのだ。

 集落から旅経って数週間。

 逃亡者の数はクロエとその母を合わせて五人にまで減っていた。

 クロエ達は水辺にたどり着いた。

 「母さん、海だよ。別の大陸まで逃げるの?」

 見渡す限りの水を見たクロエは驚き、誤解する。

 逃げる先の事ではない。

 「違うわ。これは河よ」

 「え?嘘だ。向こう岸が見えないよ」

 「波が立ってないでしょ?それに飲んでごらんなさい」

 言われたまま手で掬って飲んでみる。

 「塩辛くないでしょ」

 「うん。凄く広い河なんだね。向こう岸まで飛んでいけるかな」

 「止めておきなさい。途中で疲れて水の中に落ちてしまうわよ」

 「えー!」

 山を一つ平気で飛び越える事の出来る自分が、疲れて飛んで渡れない程の広さ。

 想像もつかない。

 無邪気なクロエの姿は、疲れ切った逃亡者達に笑いをもたらした。

 たったそれだけの事でも活力が戻ってくる。

 「この河を遡った所に有る街が目的地よ。そこまで行けば守ってもらえるわ」

 もう一息だと、僅かに力の戻った足で、一行は先を急ぐ。

 この大陸には大きな河が流れている。

 それを河と呼んで良いのかどうか意見の分かれるほど大きな河が。

 西の河口から海水が流れ込み、ほぼ真っ直ぐ大陸を南北に分断し、東の河口から真水が海へと流れ出す。

 片側の岸から対岸を見ることも適わないほどの川幅がある。

 この河を境に北が人間領、南が魔族領となっている。

 そんな大きな河の中央に街が有る。

 どうやって架けたのか分からないほど大きな橋の上に発展した街。

 その名をエイトブリッジという。

 その名の由来とされる八本の橋は、現在は無く、一本の幅の広い橋が有る。

 橋の幅が街の幅である。

 更に数日かけ、目的地であるエイトブリッジに着いた時には母と二人きりになっていた。

 街に入ったクロエは感嘆の声を上げる。

 集落を出た事のない彼女には信じられない光景がそこに有った。

 石造りの建物も珍しく、露店に並ぶ品々も見た事の無い物ばかりだ。

 真に驚いたのは、そこではない。

 猫人族。

 犬人族。

 有角族。

 人馬族。

 クロエとは違う部族の有翼族。

 見たことも聞いたことも無いような種族も。

 そして、人間。

 この街は、正に人種の坩堝。

 「うわー!色んな人がいる!」

 「そうね、色んな人がいるわ。中には魔王派もいる筈よ」

 「え?」

 「この街はどんな人でも受け入れるの」

 それは危険ではないのか。

 「でも、安心して。この街では魔王派も表立っては動けないの。この街の決まりを守らないと同族皆が追い出される事もあるからね」

 本当にそうだろうか。

 悪い事をする人が、誰かに迷惑がかかるといって、それを止めるだろうか。

 そんな風に疑問を持ちはしたが、母が言うのだから、そうなのだろうと納得した。

 「さぁ、ここの領主に会うわ。街の真ん中にある館に住んでいるという話だから、行きましょう」

 領主の館には、何事もなく辿り着くことができた。

 大通りを真っ直ぐ歩くだけで良かったし、母が言うように魔王派の襲撃も無かった。

 母が門番に来訪を告げると、すぐに中に案内された。

 立派な建物だ。

 内装も洗練されていて気後れする。

 旅で草臥れた自身の格好が恥ずかしくなる。

 十全な準備の出来た旅ではないのだから仕方ないではないか。

 着替えだって無かった。

 川沿いを歩いて来たのだから、洗う事は出来たが、先を急ぐ逃避行だ。

 毎日、洗えた訳ではない。

 家令に案内されて応接室に入る。

 クロエの口から小さく悲鳴が漏れる。

 部屋の中に居たのは樹木で造られた人形だった。

 「クロエ!失礼ですよ」

 小声で窘める。

 「申し訳ございません。集落を出た事も無い、世間知らずなもので…」

 母が人形に向かって頭を下げる。

 「はっはっは。構いませんよ。お嬢さんは樹霊人(トレント)を見るのは初めてかな?」

 好々爺然とした声で人形が笑う。

 樹霊人(トレント)

 二十歳前後までは人間と見分けの付かない姿で成長し、その後、徐々に肌が樹木の様に変質する、長寿で有名な種族。

 その生は、千を越え万年の長さに及ぶと言われるが、事実は定かではない。

 「さ、長旅で疲れたでしょう?座って下さい。すぐにお茶も用意させましょう」

 ソファーに座る様に勧められたが、背もたれがあって、背中の翼が邪魔で座りにくかった。

 「ああ、これは気が付かなかった。すぐに別の椅子を持ってこさせよう」

 数分と待たず、お茶と茶菓子、背もたれの無い椅子が用意された。

 勧められたままお茶に口を付ける。

 美味しい。

 少し苦みを感じるが、温かい飲み物は、疲れた体に染み渡る様だ。

 お茶請けに出された、焼き菓子も丁度良い甘みで美味しかった。

 彼女の集落で甘味と言えば果物しか無かったので、砂糖の甘さは衝撃的だった。

 「凄い!これ、凄く甘いよ!」

 「こら、お行儀が悪いわよ」

 そう言う母も顔が綻んでいる。

 そんな二人を微笑ましく見詰める老人。

 しかし、その瞳に剣呑な光がある事に二人は気付けなかった。

 「喜んでもらえたのなら何よりです」

 疲れもあるだろうからと、甘みの強い物を用意させた甲斐が有った。

 「さて、自己紹介がまだでしたな。私はハクロ。この街の領主と呼ばれては居りますが、そんな大層な物ではありません。精々相談役といった所です」

 この街の統治は別の者が行っている。

 「齢も千を越えると、それなりに知恵も付きましてな。何かにつけて、これはどうすれば、あれはどうすればと、相談を受けるのです」

 「クロエです」

 自己紹介などした事が無いので何を言って良いのか分からない。

 母も名を名乗るだけだったので、それで良かったのだと判断する。

 「ここにお越しになったのは、魔王継承の件ですな?」

 「その通りです。私は娘を魔王なんて得体の知れない物にしたくありません。この子も望んでいません」

 「だから、共存派の纏め役でもある私を訪ねて来られた」

 「はい」

 「お任せ下さい。クロエさんを魔王になどさせません。このハクロの名に懸けてね」

 エイトブリッジは人間の基準で言えば小国に匹敵する。

 そんな街の実質的な支配者かつ、共存派という大きな派閥の長という人物の保障を受けることが出来た。

 胸をなでおろす母だが、ある事に思い至り口を開いた。

 「あの、お礼などは、余り出来ないと思うのですが…」

 そう、願いには対価がいる。

 急な事だったし、兎に角ここまで逃げて来なければと必死で、失念していた。

 「ああ、構いませんよ。魔王を滅する事が出来るかもしれないのです。こちらがお礼をしたい位です」

 今度こそ安心した母は、急な眠気を覚えた。

 疲れた体に、安心した心。

 眠くなるのも無理はない。

 クロエもいつの間にか眠っている。

 違う!

 勘が告げる。

 「なんで…」

 やっとそれだけ言って気を失ってしまう。

 「安心してお眠りなさい」

 優し気に語りかけるが、その顔は修羅のそれであった。

 クロエは粗末な寝台の上で目を覚まして驚いた。

 「牢屋?」

 さっきまで美味しいお茶とお菓子を楽しんでいたのに。

 何故、自分はこんな薄暗い所にいるのか。

 「目が覚めたかね」

 金属製の格子の向こうから声をかけられる。

 「ハクロさん?これはどういうことなの?」

 「残念だが、君はここで生活してもらう。空を飛べないのは苦痛だろうが我慢してくれ」

 「それは魔王の寿命までって事ですか」

 それまで自分を守るために必要な措置だと言うのなら我慢しなければならないだろうか。

 「そんな短い期間の話では無い」

 「え?じゃあ…」

 何時までだというのか。

 「君は魔王がどんな存在か、考えた事があるかね?」

 「…えっと?」

 「無いのだろうね。ただ、強い力を持つ、よく分からない存在。ああ、人間を滅ぼす為に活動する事位は知っているかな?」

 「えっと、違うのですか?」

 「違わないさ。私の認識も、それと大差無い」

 苦笑する。

 「では、君は魔王の継承が成されず、魔王の寿命が尽きた時、何が起きるか知っているかね?」

 「魔王が滅ぶ…?」

 「ほう!君は、それをどうやって知ったのだね?今までに起きた事が無い、その結果をどうやって知り得たのだね!」

 あまりもの迫力に気圧されて、絶句する。

 「後継者だからか?そうだと言うなら、喜ぶがいい!君の牢屋暮らしはそう長い物では無い!だが、違うだろう?私が今まで、君以外の後継者と接触した事が無いとでも?千を越える歳月で、十五人もいた継承者の、誰一人とも話をした事が無いと?有るのだよ!たった二人だけだがね!」

 おかしい。

 魔王は今までで十五人、クロエで十六人目だ。

 始まりの魔王が継承者として数えられている?

 それとも、クロエも入れての数か。

 「ん?ああ、君を入れれば三人目か。ともかく、私は知っている!後継者には魔王についての知識など無い事を!」

 それと、クロエの自由を奪う事と、何の関係があるのか。

 「皆、魔王が何たるかを知らん。知らぬなら、知らねばならぬ!知らぬままにあの超常の者を滅ぼすなど夢のまた夢よ!」

 つまり、魔王を知る為に、クロエで何か実験でもするつもりか。

 「継承前に継承者を殺すのは、一度やった。次が選ばれただけだったよ。だから次は、継承が行われず魔王が死んだ時、何が起きるか確かめる。その為に、クロエ、君に死なれては困るし、魔王派に奪われる訳にはいかんのだよ」

 「それなら、私を閉じ込める理由は無いじゃない!」

 「いいや、有る。今迄の継承は時間に余裕がある内に行われている。魔王の寿命が差し迫った時、継承者にどの様な事が起こるか分からん。それこそ君の意思を奪い自分の下に呼び寄せる様な事をしてもおかしくない」

 「私は操られたりしない!」

 「君はそう言うだろうね。あれを体験した事が無いのだから。魔王の恐ろしさを分かっていない。私は恐ろしい。だから、あれを滅するために万全を期す」

 話にならない、と判断した黒翼の少女は実力を行使する事にした。

 両手の間に魔力を集中させて破壊の力にする。

 黒く輝く球を格子に投げつける。

 霧散する黒玉。

 「無駄だよ。魔力を持つ者を閉じ込める為の部屋だ。対策はしてある」

 ハクロが右手を伸ばす。

 格子の間を抜け、クロエの顎を掴む。

 「あにを?」

 顎を掴まれ、無理矢理、口を開かされた少女はまともに発音出来ない。

 「君たち、翼の民には、死ぬ自由という考え方が有るそうだね?」

 自由に生きられないなら死を選ぶ。

 当然の事だ。

 睨み付ける。

 「勝手に死なれては困るのでね、対策させてもらう」

 舌を噛み切らないよう、猿轡でも咬ませようというのか。

 抵抗して自分を掴む腕を殴り付けるが、ビクともしない。

 殴った手が痛い位だ。

 ハクロの喉が動き口から球を吐き出す。

 木で出来た小さめの鶏の卵位の、その球を左手でクロエの口に押し込む。

 飲み込むまいと抵抗するが、手で口と鼻を塞がれて呼吸を止められると飲み込むしか無かった。

 「何を飲ませたの?」

 涙目で尋ねる。

 「私の魂の片割れだよ」

 「は?」

 なんでそんな物を?

 「厳密には違うのだが、他に呼びようが無いのでね。それが君の中にある限り、君は死ねない。私が生きている限りはね」

 クロエは己の自由を守る為に、ここに来た。

 それなのに今、自由の殆どを奪われている。

 行動は狭い牢屋の中だけ。

 飛ぶ事も適わない。

 死ぬことも禁じられた。

 唯一、思い通りに出来るのは、思考だけ。

 なにを考えても、それを行動に移せなくて、なんの自由か。

 「…魔王が消滅したら出してくれるのね?」

 それが一縷の望み。

 今、不自由でも、それが後の自由のためならば耐えられる。

 「…約束しよう」

 短く答えて、踵を返す。

 だが、彼女がここから出る事は無いだろう。

 このまま魔王が寿命で死んだとして、その力が無くなったと誰が証明できるのか。

 継承される魔王の力の正体を誰も知らないのに。

 ハクロの脳裏に一人の少女の言葉が甦る。

 「魔王が死んでも、その力が無くなる訳ではないわ。力の核が残るの。それに継承者が触れれば、新しい魔王が誕生してしまう。魔王を滅ぼす事なんて出来ないのよ」

 老人にとって否定したい言葉。

 しかし、頭ごなしに嘘だと断じる事も出来ない。

 始まりの魔王と戦った勇者の末裔。

 千年王国、オグラシアン王国の王女。

 自身も勇者である彼女の言葉には説得力が有る。

 魔王に対抗する力を得るために、神に謁見した勇者の末裔。

 魔王という存在の秘密を知っていても不思議ではない。

 魔王を滅ぼす事が出来ないのならば、どうすれば良いのか。

 継承者と力の核を接触させない事。

 そうすれば、少なくとも魔王による被害は防ぐ事が出来る。

 その為に、継承者と核をこちらで管理しなければ。

 継承者は確保した。

 クロエが死なない限り継承権が移ることはない。

 ハクロが死なない限りクロエも死なない。

 樹霊人の寿命も永遠ではない。

 何時かは死ぬ。

 その前に更なる対策を講じる必要が有る。

 ハクロの寿命が尽きる前に、若い樹霊人に、その役目を引き継がせれば、世界の終わる時まででもクロエを生かし続ける事も出来るだろう。

 ここまで、千年以上かけたのだ。

 後何千年かかろうと魔王を滅ぼす。

 その途中で、自分が死んだとしても、誰かが志を引継ぎ、必ずそれを成す。

 魔王を滅ぼす事を正義と考え、その為にどんな手段を選んでも許されると考える老人は、自身の後に、同じ情熱を持つ若者が続く事を信じて疑わない。


忙しくて推敲が甘いです。

週一位で上げようと思っていますが、ちょっと難しくなるかもしれません。


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