決戦!魔王VS勇者
「自分なら、この話し、こうするな」
で、書いてみました
元の話は有名なので、お分かりになるでしょう?
「くっ…なんで、こんな…」
死屍累々たる戦場の真ん中で、魔術の勇者であり、オグラシアン王国第一王女、スカーレットは、傷だらけで地に伏し、怨嗟の声を上げていた。
燃えるような赤い長髪も泥に汚れ輝きを失っている。
煌びやかだった。ドレス(後方から魔術で攻撃するのが役目の彼女は、動きやすさと、見た目だけを重視した装備を選んでいた)も、あちこちが破れ、形の良い乳も片方、露出していた。
輝く湖のような青い瞳だけが、力を失うことなく、正面を睨みつけていた。
そこに立つのは、仇敵、魔王。
黒い翼を持つ、美しい女性の姿をした、それは静に王女を見下ろしていた
その黒い瞳には、王女も、その他の雑兵も、もしかしたら、その辺の羽虫も、同じ存在に写っているかもしれない。
それほどに力の差があった。
そう実感したスカーレットの胸に、憤怒の炎が吹き荒れた。
自分は第一王女にして、四人の勇者の一人、見下されるなどということが、あってはならない!
怒りと矜持を杖に、毅然と立ち上がる。
しかし、勝ち目がないことも分かっている。
彼女の、最大威力の術を放つことができれば、傷付けることもできたかもしれない。
だが、それには呪文を詠唱する為の時間がいる。
彼女を守るべき兵士も、彼女の仲間である、勇者二人も、今はもう、物言わぬ屍になり果てている。
彼女の怒りは、そちらにも向けられていた。
呪文の詠唱が完了するまでの時間稼ぎもできない無能な兵士が、何千、何万、死んだところで構いはしない。
こちらの詠唱に気を取られた、魔王の隙を付くことができず、一撃も入れることもできなかった、愚鈍な銃の勇者は死んで当然だ。
魔法で援護してやったのに、魔王に掠り傷ひとつ、つけられなかった、軟弱な剣の勇者が、無惨な最期を遂げようと知ったことではない。
役立たず!役立たず!役立たず!役立たず!
どうせ死ぬなら役に立ってから死ね!
自分の魔法のほとんどを無力化され、魔王になんの痛痒も与えなかったことを棚に上げて、死者たちを、心の中で罵倒する。
と、同時にこの場を切り抜ける策を考える。
魔王は何故か動かない。
動かない理由は分からないが、こちらが行動を起こせば、何らかの反応を起こすだろう。
だから、ただ魔法を使おうとしても、詠唱途中で潰されるだけだ。
万が一にも死ぬ訳にはいかないのだから逃げるか。
逃げれば追いかけて来るだろうか?
こちらは傷だらけで、体力は底をついている。
向こうは無傷で、翼まで持っている。
追いかけてこられたら、一瞬で捕まるだろう。
いや、向こうに逃がす気が無いのなら、魔力弾の一つも打ち込んでくれば、避けることもできない。
いつの間にか、逃げることばかり考えている自分に歯噛みする。
一国の王女であり、勇者でもある自分が逃げるしかない、いや、逃げることもできないとは。
自分さえ生き残れば、幾らでも巻き返せるのに。
逃げる手がない訳ではない。
勇者は四人。
死んだのは二人。
スカーレットを入れて三人。
もう一人、ここにはいない勇者がいる。
治癒の勇者。
幼く戦闘向きの能力ではない為、戦闘に参加させず、遥か後方で待機させている。
だが、幼いとか、戦闘向きでないとかは、この際どうでもいい。
自分が生き残ることが重要だ。
ほとんど躊躇せず、そう判断した王女は、静かに、屈辱の籠った声で呼ぶ。
「キヤル、来なさい!今すぐ!ここに!」
誰にも聞かれないほど小さな声だった。
遠く離れた、治癒の勇者に届くはずがない。
届いたとしても、ここに来るまでどれだけの時間が必要か。
しかし、彼は現れた。
仕立てのいい服を着て、首に紅い首輪を嵌めた、十歳前後の少年。
突然、周囲の景色の変わったことに、キヤルは、驚き、キョトンとしている。
彼が突然現れた、その種は紅い首輪にある。
この首輪は支配の首輪という、魔法の道具だ。
これを身に付けた者は、対になる鎖を持つ者に絶対的に服従するようなる。
そして、その命令に距離は関係がない。
すぐに来いと命じられれば、大陸の端と端に離れていても、鎖を持つ、命令者の下に、瞬時に移動してくる。
ちなみに、対になっている鎖は、ネックレスなどに使われる様な細い物で、スカーレットのスカートのポケットに入っている。
「ああ、首輪の力が働いたんですか」
驚いたのは束の間、少年はすぐに状況を把握した。
「キヤル!ぼっとしてないで、早く私を治しなさい!」
焦った声で命令する。
何をするにしても、体力の回復は必須だ。
しかし、返ってきた言葉は信じられないものだった。
「嫌です。痛いのは嫌いですから」
拒否の言葉。
拒絶の理由は分かる。
治癒の術は、使用者に激しい痛みを与える。
その痛みは、大の大人でも耐えがたく、中には精神に異常をきたす者もいるほどだ。
だから、役に立たないと、戦闘に参加させなかったし、使用を拒否しないように、支配の首輪を嵌めさせた。
そう、支配の首輪があるのだから拒否できるわけがない。
「…どういうことなの?」
疑問の言葉が、思わず口をつく。
「だから、痛いのは…ああ、首輪の力が働いてないことの方ですか」
王女の疑問を勘違いしかけたが、すぐに、真意に気づく。
「この程度の道具、その気になれば、幾らでも抵抗できるんです」
首輪を外しながら、事もなげに言う。
「自分では外せないはずなのに…」
愕然とするスカーレットに、微笑みを向ける少年。
「勇者ですから、これくらいは出来ます」
出来るわけがない。
勇者の中で、魔術的に最強の、もちろん、対魔術抵抗力も最強の、術の勇者にも出来ないのだ。
こんな子供に出来るはずがない。
そんなわけがない、と思っても、現実に、そうなっているのだから、それに対応しなければ。
スカーレットの、辛うじて残った、冷静な部分が、そう判断する。
「お金なら、幾らでもあげる。無事に逃げれたら、貴族にもしてあげる。だから、お願い、回復して」
キヤルは、辺境の農村の出身だから、貧しく、地位も低い。
王女の、この提案は、十分、少年の欲を満たすもののはずだ。
「いりませんから」
金も地位もいらない、そんな人間がいるはずがない。
子供だから、それらの価値が分からないのか。
「なら、今夜から、私が奉仕してあげる。ほら、あなただって、気持ち良い時があったでしょ?あなたが満足出来るまで、私がしてあげるから、ね?」
年端もいかない相手に、何を言っているのかと、思われる提案だが、この二人の間では、成立していた。
スカーレットは、毎晩の如く、キヤルを閨に呼び、己の快楽の為の道具として使っていた。
もちろん、その際、少年の都合は考慮されていない。
「なるほど。姫様を僕の自由にしていいと」
血と泥に汚れていても、なお、美しく輝く美貌。
十八歳と思えないほど、豊満な肉体。
肉欲を知る者相手なら、この上ない交渉材料だろう。
「ほら、この間、精通もしたでしょ?気持ち良くなかった?今度から自由に出していいから、ううん、私がいっぱい出させてあげる。だから、ね?」
自分の所有物のように思っていた相手に、必死に媚びを売る。
「プライドは無いんですか?」
辛辣な一言。
その言葉を受け、得も言われぬ、未知の感覚を覚えた少女はそれを無視した。
王女である、自分に対しての無礼に、込み上げる怒りも無視した。
この場を切り抜けるには、どちらも不要なものだと判断出来た。
「あるわよ。他の人にはこんな事、言わないもの。あなただからよ。内緒にしてたけど、あなたのことが、好きなの。だって、そうでしょ?好きでもない相手にあんな事させないわよ」
嘘だ。
生き残るためならば、どんな相手にも同じ事を言うだろう。
ただし、約束を履行するつもりはない。
それどころか、安全な場所に退避できれば、死んだ方がましと思うほどの苦痛を与えて、屈辱を晴らすだろう。
ただし、キヤル相手にだけは、ある程度約束を守っても良いと思っていた。
キヤルを気に入っているのは事実だったから。
見た目は良いし、頭も切れる。
何より従順だった。
ペットに向けるものと同じ好意だが、好意には違いがなかった。
それに、勇者の力は、魔王と戦う為に必要だ。
この場は逃げたとしても、いつか必ず魔王を倒す。
そのためなら何でもするつもりだった。
「止めてください。みっともない」
少年の琥珀色の瞳に見つめられて、身震いする。
魔王がそうであったように、価値の無い者を見る目。
侮蔑の色が混ざっているだけ、こちらの方が屈辱的だ。
「でも!だって!そこに魔王がいるのよ!」
王女の感情が爆発する。
「あれが、その気になれば、私たちなんて秒で殺されるのよ!」
魔王が何故動かないのか、分からない以上、いつ、何が切っ掛けで動き出すかも、分からない。
大声も出したくは無かったが、もう、我慢が出来なかった。
「ああ、それなら、大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なのよ!」
まさか、魔王が動かない理由を知っているのか?
「あれは、僕が処理しますから」
涼しい顔をして、そう言い切る。
「は?」
有り得ない言葉を聞いた。
三人の勇者と、万を超える兵士が、倒す事が出来なかった存在。
自分が逃げるしかないと判断した相手。
それを目の前の少年が倒すと言う。
何の冗談か。
呆然としている間にキヤルは、魔王へ向けて歩き出す。
「ちょっと!待ちなさい!」
慌てて止めようとするが、少年は歩みを止めない。
魔王と対峙する少年。
顔を正面に向けたままでは、魔王の豊満な双丘を見詰めることになるので、その顔を見上げる。
「初めまして。治癒の勇者、キヤルと申します」
呑気に自己紹介をする。
「勇者?」
魔王が反応した。
「はい。魔王を倒せる人間の切り札、四人の勇者の一人、それが僕です」
「四人いるなら、何故、全員で来ない?」
感情の無い声で問いかけてくる。
「いえ、もう三人は、貴女に倒されてますから」
「?我を傷付けるにたる存在などに、会った事も無いが?」
「それでも、です。例えば、あそこの女性は術の勇者です。後の二人は既に亡くなってるようですね」
二人の会話に、青ざめるスカーレット。
魔王がキヤルに気を取られている間に、なんとか逃げ出そうと思っていたのに、王女にも意識が来てしまう。
魔王は術の勇者を一瞥して、
「あれが?」
何故か落胆した声。
「お前も期待出来そうに無いな」
「もしかして、満足のいく戦いをご所望ですか?」
この魔王は戦闘狂なのか。
「いいや、戦いは嫌いだよ」
「では、何をご希望ですか?」
「私を安らかにしてくれる者を」
「御自身の死をご所望なのですか?」
意外だった。
しかし、それなら何故、魔王討伐を掲げた軍隊が全滅の憂き目に会うのか。
「そうだ」
「なら、抵抗なさらなければ、望みも叶いましたでしょうに」
その通りだ。
「する気も無い。だが、周りで騒がれても煩わしい」
自分を傷付ける事も出来ない、ちっぽけな者が、周りで騒いでいるから、静かにさせた。
それは、正しく、人が羽虫に対する行いと同じもの。
「なるほど。得心致しました」
冷静に納得したキヤルの後方で、怒りと屈辱に言葉も無いスカーレット。
「五月蠅くしないなら、好きにして良いぞ」
一矢報いたい。
そう思いもするが、彼我の実力差を考えると逃げるしか、打つ手が無い。
そう判断した王女は少年に声をかける。
「退きましょう、キヤル。ここで、私達に出来ることは無いわ」
自分だけ逃げても良いが、後の事を考えれば、一緒に逃げた方が得策だ。
「では…」
少年は王女の声を無視して、右手を魔王に向かって伸ばす。
魔王は大きく後退る。
「おや?」
「何をしようとした?」
キヤルを睨み付け、尋ねる。
「いえ、ねがいを叶えて差し上げようと思いまして。そちらこそ、何故、お逃げに?」
「身体が勝手に動くというヤツだ。魔王になると自己防衛本能が極端に強くなる。自死すら儘ならん」
「だから、自分を殺せる者を待っておられると」
「そういう事だ」
「しかし、参りましたね。今のを攻撃だと見抜かれるとは」
言葉ほど参っているようには見えない。
「では、少々本気で参ります」
言い終わると同時に地を蹴り、間合いを詰める。
「『ヒール』」
少年の動きが鋭くなる。
魔王は、反射的に後退し、右手に黒い魔力弾を発生させ、放つ。
「『ヒール』」
魔力弾が霧散する。
少年勇者は、驚愕する魔王に追い縋り、右手がその肩に触れる。
「『ヒール』」
魔王の肩が弾け、赤い血が飛沫く。
負傷を物ともせず、左腕を振って、少年を弾き飛ばす。
ふわり、と、着地した少年に、
「何をした?」
好奇心と歓喜の混ざった声で問い質す。
「ただのヒールですよ」
当たり前でしょう、といった風に返答する。
「それは、回復術だろう?どうして傷が付く?」
もっともな疑問だ。
「回復術の仕組みを考えれば、簡単なことです。被術者が持っている、自然回復力を強化して、傷の治りを早める。もし、その強化が過剰なものだとしたら、どうなるでしょう?」
「いや、得心がいかんな。苦痛を与えるならともかく、傷は付くまい?」
それを聞いて、キヤルは、ニッコリと笑った。
「そうです。今、僕が話したのは、例えです。一言で回復術と言っても、色々あるのですよ」
「その体術も、魔力弾を消したのも、回復術のバリエーションと?」
「その通りです。因みに、申し上げますと、あくまで回復術ですので、どんな防御も、魔法抵抗力も、無意味です」
回復術は、どんなに分厚い鎧を着た相手にも効果を発揮するし、魔法抵抗されるなどということも無い。
「避けるしか無いと。しかし、残念だ。何故、今の一撃で、我を滅さなんだか」
心底そう思っている声。
「我はお前を敵と認識してしまった。こうなれば、最早、逃がしてやる事も叶わぬ」
「いえ、大人しくなさって下されば、痛みも、苦しみも無く、逝かせて差し上げますよ?」
物騒な事を、お茶菓子をどうぞ、と言うような気軽さで言う。
「そうもいかんのだ。この身は、魔王故な。一度、敵と認識した者に、加減は出来ん」
残念で、悲しそう。
もしかしたら、泣くのを我慢しているのか、そう思い、顔を見たが、そこには何の感情も見えなかった。
「申し訳ございません」
何故か、謝らなければならないと、思った。
「必ず癒して差し上げます!癒しの勇者の名に懸けて!」
再び突進する勇者。
迎え撃つ魔王は、今度は数え切れない魔力弾を宙に生み出し、打ち込んで来る。
「『ヒール』」
無数の魔力弾は、その一言で消滅する。
「それの仕組みは、幾ら考えても分からんな!」
魔力弾は目眩ましだったのか、そのすぐ後から肉薄して来る魔王。
その右拳が少年の顔面目掛けて振るわれる。
両手を上げてガードを固めるが、そこに一撃が入る。
インパクトの瞬間。
「『ヒール』」
治癒術の効果を発揮する為には、相手に触れる必要があるのだが、それは術者から被術者に触れなければならないという事ではない。
相手から触れられても術は発動し、その効力を発揮する。
全身の至る所で傷が開き、血を噴き出す魔王。
「ぐぅ…」
苦鳴を漏らし足元は覚束ないが、膝を付く無様は晒さない。
「流石です。身体中、傷ついて無い所がない」
称賛の声を掛けるが、魔王はそんなことより、わが身に起こった異変に戸惑っていた。
「なんだ?…これは?」
「思い出して貰ったんです。あなたが今までに負った傷を」
異常をきたした体に、正常だった体を思い出させ、現状に上書きすることで、癒しを施す術式がある。
傷付いた状態を、正常だと定義し、この術式を使用する事で、傷を生み出した訳だ。
「訳が分からんな…」
いっそ清々しい表情で、理解不能を認める。
その間にも、徐々に傷口は塞がっているが、如何せん数が多い。
魔王の自己再生能力をもってしても、動けるようになるには時間がかかりそうだった。
ゆっくりと、魔王に歩み寄る勇者。
魔王は、それを静かに見詰めている。
魔王の本能は攻撃を訴えるが、魔力弾は打ち消され、触れれば傷付けられる。
そんな相手に無手の魔王に打つ手は無い。
剣の一本も持っていれば、話も変わっただろうか。
打つ手が無い事を言い訳に、自分を殺す者を待ち受ける。
「痛くして、申し訳ありません。僕もまだ未熟なもので」
動く相手に、咄嗟に使用出来る術は少なかった。
その中で、魔王の動きを止める効果のある物は、これしか無かった。
「構わん。さ、止めを刺せ。グズグズしていると、傷が塞がってしまう」
動けるようになってしまえば、また、本能に逆らえず抵抗してしまう。
「はい。今度は痛くないですよ。「『ヒール』」
右掌で、魔王の両目を塞ぐように触れる。
魔王の体が塵に変わり、崩れてしまった事にキヤルは驚く。
今使った術には、そんな効果は無い。
「どうか安らかに」
心からの言葉だった。
ヒールは、効果を示す熟語にルビでヒールにしようと、初めは思ったのですが、今の形の方が色々、面白くなりそうなので、今の形にしました