序章 赤の幕開け
──その場に響く叫び声と甲高い音を立てて「それ」を斬る黒い刃。『俺』は戦場と化したとある街に足を運んでいた。その目的は標的の駆除と子供の回収。
実の所、俺は子供が大嫌いだ。しかし俺が率いる組織の力を総上げする為に必要な人材が『子供』なだけあって、蔑ろにする訳にも行かず…仕方なく現地に自ら赴いた。
子供と言っても、殺傷能力に優れていなければ話にならない──。俺の組織はそういうモノだ。
即ち、普通の子では意味が無いのである。
「──ねぇ、蓮。ボクは何時になったら人を殺せるようになるんだい?」
愛用する黒刀を、突き刺した人間から引き抜いて此処に訪れた理由を追憶していた所に無垢な子供が発したような声が頭に響く。しかし奴を相手にするのは些か面倒なため無視して殺傷に意識を集中した。
無論、もう人を殺す必要は無いのだが血を見た愚かな傍観者がぎゃあぎゃあと五月蝿いと言ったらこの上ない。これ以上騒がれるのも困るものだから逃げ惑う邪魔者を次々と刺し殺していく。
──この行為には既に順応しているために躊躇いの心など全くと言っていいほどに存在しなかった。
「ちょっと〜聞いてる? ねぇ、蓮ってばぁ。
…ね、無視するってことは君もボクに殺されたいってこ──」
「…何だ。」
例の奴がこうも五月蝿く、俺の刀の動きに隙が出来るものなら冗談じゃないため仕方なく答える。するとその声の主は何とも明るく喋り出した。…正直言って奴に構っている時間が大変惜しいのだが。
「だからぁ〜何時になったら殺させてくれるの?って。
ボクもう我慢出来ないんだけど?」
「はぁぁぁ…早くこの体に真っ赤な血を浴びたいなぁ〜。ふふふ…ひふふフフッ…♪」
「(…相変わらずテンションがおかしい奴だ。
まあ、今に始まった事じゃあない、か。)」
変に不気味な笑い声を上げて悶絶している声の主をさらりと無視して街中を進む。だがコイツと話していたせいで殆どの人間が逃げてしまっていた。
──その中に良さそうな子供を見つけていたのだが…当然その姿は忽然と消えていた。
「(…逃げられたか。チッ…やはり無視して事を進めるべきだったな。どこに逃げた? せめて一人だけでも連れ帰らねば…俺が出てきた意味が無い。)」
「…もー。ほら、そこを右。その次は角を左。」
「…何?」
「逃げた人間を追っているんだろう? 見てられないから手伝ってあげるよ。その代わり…一つ貸しだからネ。」
「…悪い。」
コイツが五月蝿いのは勘弁して欲しい所だが、仕事はしっかりとこなす奴だ。こういう時はとても役に立つので連れてきて良かったと素直に思った。五月蝿くなければもっと良いのだが…この際仕事さえこなせれば大した問題でもなかった。
俺は奴が言った通りに角を曲がって道なりに進む。
──そんな時でも街の人間は俺を止めようと斬りかかってくるが、俺の敵ではない。こう見えて昔は殺人鬼の一人だったのだ、己の殺傷能力の高さを甘く見てもらっては困る。
──人間がどこを斬られれば致命傷となるのか。
──どこを斬れば死なない程度に苦しみを与えられるのか。それくらい自分にかかれば朝飯前だった。
だから俺は敢えて人間の手や足の表皮だけをある程度切り裂いて彼らの行動を封じる。
「ぐあぁぁぁ!!」
「ぎゃあぁぁぁ!! お、俺の腕が…足が!!」
そんな声でまた騒がしくなる。コイツら人間に「静かにする」という選択肢は無いのだろうか。どちらにせよ自分の敵だと見なすには造作もない行為ではあるが。なるべく身なりを汚さないように綺麗に斬ったつもりだっだが、思いのほか返り血を浴び…俺の服、黒刀、そして頬が血だらけになっていた。
「あー! 蓮ばっかりズルい! ボクにもやらせて!
ね! お願い! 蓮のカラダ貸してよ!」
「…五月蝿い。少し黙っていろ。」
「え!? いくら何でもそれは酷いよ、蓮!
血が大好きだってのを知ってて──!」
「おい、質問に答えて貰おうか。
この辺に逃げて来たやつはどこへ行った?」
「…。」
俺が無視をして、騒いでいた奴らに問いかけると声の主は不貞腐れたように静かになってくれた。素直な面があって助かったとでも言っておこう。
質問を投げかけられた人間達は、わざわざ話しかけてやったというのに体を震わせるだけで頑なに喋ろうとはしてくれなかったため、殺気を表に出して睨んでやるととても素直に教えてくれた。
「こ、この先だ…! 逃げ遅れた親子がいる!」
「お、おい! 何でこんな奴に教えるんだ…!
マチルダさんは俺たち衛兵だけの秘密にしようと誓い合っただろう!? 彼女には幼い子供が──!」
「うるせぇ! 黙っていて俺たちが殺されたらどうしようもねぇだろうが! 俺はこんな所で死にたくねぇんだよ!」
「だからって…! 他人を売る行為がお前にとっての『正義』とでも言うのか!?」
「そんなこと知ったことじゃねぇよ!」
「…。」
──大層どうでも良い言い争いが目の前で繰り広げられる。俺にとっては心底関係無い話であるため他所でやって欲しい願うばかりだ。全く五月蝿くて敵わない、時間は有限…長々と話されては迷惑でしかないのだ。
ただでさえこんな薄暗い街は居心地が悪いに超したことはないのだから一秒でも早く立ち去りたいのだが。殺るのならもっと派手にそしてサクッと終わらせたいのが本音である。
「勝手に仲間割れしちゃったよ…本当に時間の無駄遣いだよ全く。」
「…おい、RUI。」
「ん?」
「もう面倒だ。…好きにしろ。」
これ以上騒がれては凄く面倒な事に巻き込まれかねないため、俺はルイにそう言った。するとルイはニヤリと笑顔を浮かべると、子供のように顔を輝かせてしつこく聞いてくる。
「蓮、ボクが殺っちゃってイイの?
ね、イイって言ったよね?」
「しつこい。…これで貸しはチャラだ。」
「わーい! ありがとう、蓮!
じゃあ、早く蓮のカラダを…」
「…俺の体を好きに使われたら面倒だ。
仮の体を用意してやる。5分で片付けろ。」
俺はそう言って懐から一丁の黒銃を取り出して俺の中にいるルイに見せつけた。
「…成程ね。OK。でも5分も要らないよ。
──1分もあれば十分。」
ルイがぽつりと告げると同時に俺は銃の引き金を引き、逃げ遅れた人間のうち一人の女性を撃ち抜いた。
赤い鮮血を撒き散らしてドッと倒れた女性は、数秒後ピクリと動き出しゆらりと立ち上がる。立ち上がった途端に女性の容姿が少年のものへと一変した。
──後ろで一つにまとめた長い青髪に、吸い込まれそうなほど深い紅色の瞳…10歳くらいの少年がその手に銀のナイフを持ってニタリと笑う。少年はナイフの刃先に舌を滑らせて衛兵らを睨みつけた。
その目に見つめられると、何故か全身の震えが止まらない不気味な感覚に襲われる。
「ひふふフフ…ねぇ、お兄さんたち?
蓮の手を煩わせちゃあダメじゃないかー。」
「!?」
「ひ…! な、何だお前は!?」
「あ!それとも〜。」
「──…ボクに殺して欲しいのかなぁ?」
「「ひ…! ぎ、ぎゃあぁぁぁ!!」」
ニコニコと屈託のない笑顔と共に、少年の口から発せられる不気味な声色に悪寒を感じた矢先の事だった。
──痛みを感じる暇もなく、衛兵達の体は一瞬にして真っ赤に染っていた。その誤差を埋めるように鋭い痛みが全身を襲い、声を上げた時にはもう何もかもが遅くて…一人の衛兵は急所を刺されてしまったのか既に絶命していた。
「あ……あぁぁぁぁ!!!」
血に染まる片割れを目の当たりにした衛兵は喉の奥から声を絞り出し再び絶叫した。震える体を必死に動かしてその場から逃げ出そうと地面を這ってでも移動しようとした。
だが少年がそれを許さないとでも言うように衛兵に馬乗りになった。
「ぁ……! た、助けてくれ…命だけは!
頼む…! 頼むから…! 死にたくないんだ!」
「ひふ…ひふふフフ…ッ、やだなぁ〜。
ボクをこおんなに潤んだ目で見つめちゃっ…て。そんな風に見つめられたら…止められなくなっちゃうだろ…?」
「ひ…! あ、あぁぁぁぁ!!!」
恐怖に歪んだ表情で命乞いをする衛兵をルイは狂った笑顔で見つめ返すと右手に握ったナイフをクルクルと器用に回し、その柄をぐっと握り直すと男の心臓目掛けて一気に振り下ろした。
「そこ」から溢れ出る鮮血は留まることなくその殆どがルイに降り掛かるが、彼は凶器を振るうことを止めなかった。赤い血で濡れた顔をより一層歪めて──。
ザク、ザクザクザクザク…。
何度も何度も何度も、凶器で男の体を刺し続けた。
「…あはっ、あははははははは!」
「(…相変わらず恐ろしい奴だ。元々ルイは色んな意味で狂っていたが…まさかここまでとは思ってもみなかったな。思ったより残虐だ…まあ、期待値は高そうではあるか。)」
俺は目の前に広がる「血の海」を見て心中で呟いた。血は平気である性分だがこれ以上は悪い影響しか出ないだろうと思い、目を瞑ってその行為が終わるのを待った。
──そうし始めて数秒間…ルイが出て来てから4、50秒くらい経った頃だろうか。物音1つ聞こえないくらい静かになったため、念の為目は瞑ったままでルイに声をかけてみる。
「…おい、ルイ。終わったのか。」
「…ん?」
いつもならすぐにでも返ってくる筈の返事の一つすらなかった。知らぬ間に『中』に戻ったのだろうかと思い目を開けてそちらに体を向けてみると、ルイはその場で呆然と立ち尽くしていた。
その右手には鮮血がべっとりと付いたナイフが握られていて、刃から血がポタポタと滴っていた。
…無論、言うまでもないが彼の足元には見る影もない程に『壊された』肉の塊が息絶えていたが。
「…おい。」
俺は我慢ならず…いや多少心配してルイに歩み寄った。今は仮の体で実体を得ているルイだが、本来彼は実体を持たない意識体だ。
意識体とは即ち『声』だけの存在だ、誰かの体を借りずして地面に足をつける事すら不可能だ。
何か良からぬ「不具合」が起きたのかと柄にもなく焦りながら彼の肩に手を置く。すると彼は、体の力が抜けたように膝からガクリと崩れ落ちたのだ。
「!?」
ぼんやりと元の体に戻ろうとしている女性を見て、俺はより一層慌てた。死体に長く留まり過ぎると何かと良くないからである、「何が」良くないのかは敢えて言わないが。
驚いて声を出せずにいると、不意に彼が悶え出した。
「…ひふふフフ…ッ、あはははは!
あぁ…あぁ! 殺せた…ボクが殺したッ!
この体に…被るほどの血を浴びている…!
あぁ…あぁ! なんて気持ちいいんだろう…!
ふふ…ふふふふふ!」
「…。」
──正常だった。
ただ歓喜に震えているだけだった。
「(…心配するだけ無駄だったな。そう言えばコイツは“こうだ”という事をすっかり忘れていたな…)」
心配した自分が馬鹿だったが、こうもずっと悶絶していてもらっては困る。いくら実体があるとはいえあくまでも仮の肉体だ、いつ元の体に拒絶されてもおかしくない時間が経とうしていた。
多少呆れ気味にルイの首裾を強く引っ張り、自分の近くへ寄せる。すると引っ張られて苦しかったのか彼は「ぐえっ」と一声上げたかと思うと俺の方へ視線を移し、また悠長に喋り出した。
「ねぇねぇねぇねぇ! 蓮! ボク殺せたよ!
ね? ちゃんと殺せたでしょう?」
「…あぁ、はいはい。そうだな。」
本当に面倒で五月蝿いと言ったらこの上ない。コイツにも、「静かにする」という選択肢はハナから存在していなかったようだ。
心の底から大きく重い溜息を零すと、ルイはこちらの事などお構い無しにもっとと強請ってくる始末だ。
「ねぇ! もっと! もっと血を見せてよ!
ボクに血を浴びさせて!?」
「つべこべ五月蝿い。少し黙っていろ。
あとはしゃぐな、鬱陶しい。」
「え、またそれ? 折角ボクが──ん?」
「…どうした?」
今までこちらのことなどそっちのけで喋っていたルイが急にピタリと声を止めて向こうをじっと見つめていた。
「…おい。」
「しっ。…声が聞こえる。」
「…声? また衛兵か?」
「いや…確かに大人の声もするけど…どうやら大人だけじゃないみたいだね。これは…嗚呼、子供も居るな。」
「…子供?」
「言い争っているようだよ。それに…この匂い…!
間違いなく血だよ! 血が流れてる…!」
「…。」
俺は溜息を零した。ルイが決して悪い奴ではないと分かってはいても、彼はどうも血のこととなると歯止めが効かなくなる。もう少し自制心とやらを身に付けて欲しい所だ。
「…あ…あぁ…! 血…血の匂いだぁ…!
ひふふ…ボクの為に血を流してくれているんだね…!あぁ、嬉しいよ…! 待っててね…!
今スグ向かうか──うぐっ!?」
「…頼むから少し黙ってくれないか…」
ルイの気が高揚して、また騒がしくなってしまう。こちらの存在が気付かれてしまうのだけは何としてでも避けたかった。多少手荒であったが致し方ない、声が大きい彼の口を半ば強引に塞いで黙らせた。
邪魔されたことをよく思わないルイが俺を睨んで、心に語り掛けてくる。
「(ちょっと、何してるの?)」
「何って…分かっているだろう。今ここで騒げば面倒が増える。お前が血を被るほどに浴びたい欲求が無駄になるぞ、それでも良いのか?」
俺はルイが食いつきそうな「血」の話を出して何とか落ち着きを取り戻してもらおうと試みた。
「(う…それは困るなぁ…。)」
そう言うとルイはすっと落ち着きを取り戻したため、もう大丈夫だろうと手を離す。
俺の手から逃れたルイは必要以上に荒い息を繰り返したり咳き込んだりして…途端にっこりと笑ったかと思うとこう言った。
「…はぁ。苦しかった〜。カラダがある人ってこんなにも痛みを間近に感じるんだね?」
「…嫌になったか?」
「まさか! 寧ろゾクゾクするよ…! そっか、カラダがあるから苦痛を感じられるのかぁ〜。」
一人で納得してまた一人で悶絶しているルイを後目に声がした方の様子を伺う。身を隠した柱の向こうから見えたのは、やはり血の海。そして大人の醜く五月蝿い笑い声。
雰囲気からしてあまり良くはない。血の海があって且つ笑っているという事は、恐らく誰かを面白半分で殺したのだろう。
「ん? なになに? まーた仲間割れ?
くふふ…つまんないのぉ。」
「…ルイ。奴らは何をしている? この位置からだとよく分からない。見えるか?」
「ん? モチロンさ!」
「んー…オトナからちょっと離れた所に子供が一人居るんだよ。どうやら、この匂いからして血の海を作ったヒトとその子供は近い血縁関係にあるようだ。オトナ達は笑っているから…きっと遊び半分で親を殺されたんだろうねぇ。可哀想に。大切な人を目の前で奪われるなんて…ニンゲンにとって、何よりも辛いだろうにネ。」
「(…そういうお前も、そういうことを常日頃から愉しんでいる内の一人だろう。)」
「ねぇ、蓮。あの子、どうするの?
子供、ミツケタけど。」
「…どうもしない。お前には見えたんだろう?
これ以上は酷すぎる。」
俺はそう言って受け流した。哀しみに囚われている子供を無理やり誘ったり連れて行くほど落ちぶれていない。どこかの誰かと違って、俺はこう見えてまだまともなのだ。
『誘わない』とハッキリ断ったつもりだったが、ルイはどうも納得していないようだ。
「…そうかい? あの子、かなり悔しい思いをしてると思うなぁ。直にあの子の心は復讐の四文字で一杯になって…『リフレイン』で活躍する子供に成長すると、ボクは思うよ?」
「…。」
「あ、またダンマリ? 黙秘権、だっけ?
あーヤダヤダ。イイ子ぶっちゃってさぁ。
蓮って実は目立ちたがり屋なの? それともジコチューってやつ?」
「…そんなんじゃない。黙ってろ。」
「あれれ? もしかして怒ってる? いじけちゃった?ひふふ…蓮は見た目に反して子供っぽいんだね。あ! 分かった! 蓮にはもう子供がいるもんね!だから欲しがらないんだ!」
ルイはまるでそうに違いないという雰囲気を醸し出して、何とも腹立たしくケラケラと笑ってくる。
──この際だからハッキリと言っておこう。
俺は独り身だ、子を持った覚えはない。
「(…子供だと名乗っている奴はいるが…あいつは例外だな。うん。)」
ふと思い出した「あいつ」の存在を、俺は心中で完全否定する。これだけは誰が何と言おうと否定させてもらう。これを「あいつ」の前で言うと必ず泣くか睨まれるかの二択なのだが、違うものは違うため仕方がない。
──俺をからかうように笑っているルイは放って置いて、柱の向こうの会話に耳を傾ける。しかしルイの無駄に大きい笑い声が向こうに聞こえたらそれこそ面倒が増えるため、もう一度彼の口を塞いで黙らせた。
本人は不服そうだったが素直に黙ってくれた事もあり、すぐさま手を離してやった。
「──ははは! ばっかだなぁ、お前。
折角母ちゃんが逃げろって言ってくれたのによ〜
お前がいつまでも逃げないから…母ちゃんが無駄死にしちゃったじゃん?」
「ははっ、言えてる! まさかお前がここまで弱虫だとは思わなかったわ〜。」
「ねぇ、今のあんたに生きている意味があると思う?親の最後の願いも無駄にするようなあんたにさ!」
「…。」
──声からして、男性が2人と女性が1人。
そして悔しさから声が出ない子供が1人…だろうか。
最後に聞こえた「女」の声を聞いた俺は思わず頭を抱えそうになった。まさか女が一緒になって子供を追い詰めているとは思ってもみなかったからだ。
それはルイも同じだったようで、少し目を見開いて驚いていた。
「あれ、オンナの人も居るじゃないか。結構腹黒いんだねぇ、オンナって。どうする? 蓮。子供、もう耐えられそうにないよ。多分黙っていないと感情が爆発してしまいそうなんだろう。」
「何だ、お前にしては珍しいな。あの子供のことを気にかけているのか? …心配か?」
「…心配? まさか、そんな感情はもうとっくの昔に失くしたよ。ただ…気になるダケ。
…昔のボクにそっくりな気がして、ね。
なんてこのカラダになる前のことなんて全然覚えてないけどさ。」
「…そうか。」
確かに、このままと言うのはあの子供が可哀想だ。何かを言い返したくても年の差からかそれとも元々気が弱いのか、口を開いては閉じる…という行動を繰り返しているだけだ。
「…おい、ルイ。」
「──嫌だよ、蓮。それくらい自分でやりなよ、キミはリーダーなんでしょ。」
「…。」
要件を言う前に既に悟られていた。勘が良いのは大いに助かるのだが、こういう時には逆に困ってしまう。
しかし彼が言う事は正論であるため言い返せないのが何とも悔しい。
「(…まあ、良いか。まだ勧誘すると決まった訳ではないのだし。と言っても…『これ』をやるのも久方振りだからな…加減が難しいのだが。まあいい、物は試しだ。)」
俺はブツブツと小言を呟いて、渋々といった様子で目を閉じると息を吐いて集中する。
「おい、何か言ってみろよー。」
「…。」
「──悔しいか?」
「!?」
少年の頭の中に誰かの声が響いてきた。不思議に思って周りを見渡しても勿論誰も居ない、母を殺した大人達が自分を見てニヤニヤと笑っているだけだ。気のせいかと思ったが、そうでもないらしく声はまた言う。
「──自分の大切な人を救えなかった自分が悔しいか? 母親を殺した奴らが憎いか?」
「…。」
「悔しいなら、憎いなら…言ってみろ。
──仇討ちの力を貸してやる。」
それが『良くないもの』である事は薄々分かっていた。その声に同意を示したら、もう二度と戻れなくなると。
だが今はどうでも良かった、誰でも良かった。目の前の醜態を晴らしてくれるのなら──。
「…悔しいよ…悔しいに決まってる…!
何で…何で母さんが殺されなきゃいけなかったの? 母さんが何をしたって言うんだ…!」
「僕も僕だ! どうして何も言い返せない!?
何も出来ない僕が嫌いだ…大切な人を奪っていく人達が大嫌いだ! お願い、します…。
力を…力を貸して下さい!」
──「僕」は思い切り叫んだ。もう、目の前の大人達がどう思っていようが関係ない。
それよりも今は…母さんの、そして僕の無念を晴らして欲しいだけ。だから──!
「──よく言った。合格だ、力を貸してやる。」
「…え?」
不意に響く切断音。そして次いで聞こえた大人達の悲鳴。その悲鳴を上げた人達は、つい今まで自分を笑いものにしていた大人達だ。
──突然目の前に現れた男の人が手に持っていた黒い刀にはべっとりと赤い血が付いていた。あまりの恐ろしさに硬直していると男の人がくるりと僕の方を向いた。
「…これでどうだ?」
「えっ、あっ、その…!」
「…。」
戸惑ったような返事をすると、男の人は刀を鞘の中に収めると何事もなかったかのように考え出した。
「…ねぇ、キミって…帰る場所はあるの?」
「…え?」
──気のせいだと思った。さっきの男の人は変わらず歩を進めたままだし、もうあの人以外では生きている人なんて居なかったから。
でも、やっぱりどこからか聞こえてくる…
「ねぇ、ボクの声聞こえているんでしょう?
どうなのー? 家、あるの?」
「…無いよ。ある訳ないじゃないか…!」
「…ふーん。そっか。」
「…。」
「ね、どうしたい? これから。」
「…これ、から?」
「そ。キミは…どうしたい? 何がしたい?」
「…仇討ちがしたい。」
「かたき?」
「…僕から大切な人を奪った人たちに…復讐したい!」
少年は本心からそう口にした。だが少年に問いかけてきた声の主は少年をくすくすと嘲笑った。
──知らない人に笑われるのは大嫌いだ、馬鹿にされているようで。母さんを殺したあいつらに似ているようで。凄く嫌だ。
「くふフ…仇討ちィ? どうやって?
キミの母親を殺したあの人たちは蓮に殺されて…もう居ないのに? ひふふフフ…キミって面白い事を言うんだね。ボク、気に入っちゃった♪」
「っ…それは…そうかもしれないけど…!
僕は決めたんです…! もう二度と大切なものを奪わせないって、僕と同じ思いをする人を出さないって! そのためなら、僕は…!」
「──仇討ちだって、復讐だって何でもやってやる!」
勢いと感情に任せて口走った時、知らぬ間に目の前にはあの男の人が居て──…。
ふと少年にこう切り出してきた。
「…その願い、『リフレイン』で果たしてみるか?」
「…え? リフ…レイン…?」
「ああ。簡単に言えば殺し屋のようなものだ。舞い込んでくる依頼に沿って標的を殺す。俺はその組織のリーダーを務めている赤坂 蓮。先程お前に話しかけてきたのは馬鹿なRUIという。」
「…ちょっと。蓮?」
「…。」
何が何だか分からなかった。急に横文字が並んだ『殺し屋』に誘われたと思ったら次々と自己紹介されて、おまけにそのリーダーだと告げられて…理解力が追いつかない。
だが、少年は気付けばぽつりと呟いていた。
「…そこに入れば…僕と母さんの無念は…晴らせますか? 復讐が、できますか…?」
「…ああ、約束しよう。殺り方は個々に任せているから細かい達成度等は説明できないが。」
「…じゃあ、お願いします。僕を…入れてください。復讐させて下さい!」
「ああ、もちろんだ。お前、名は?」
「あっ、累。竜堂 累です。これからお願いします、リーダー。」
これから『リーダー』となる目上の男性に自分の名前を教える。すると男性、蓮はまるで咀嚼するように累の名を繰り返す。
「…そうか、累か。なら累、仲間となるお前に教えておこう。俺たちは『殺られる前に殺る』、これを教訓としている。」
「は、はあ…」
「累。」
「っ、はい!」
「これさえ守れば、お前の復讐は早かれ遅かれ果たされるだろう。裏切りは…許さない。──良いな?」
「…はいっ!」
──こうして「僕」はこの日から『リフレイン』の一員となった。だがこれが…僕が『僕』として居られる最後の日になってしまうなんて…思ってもみなかった。
あぁ、あの時断っていれば…と後々後悔することになることなど…この時のRUIが知る由もなかったのである──…。