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ひよこドラゴン ଘ( ᐛ ) ଓ バァ

作者: ぽぽりんご

■登場人物

主人公:ロボ娘。基本的に脳みそが足りない。

山の賢者:喋るひよこ。メイドさんが大好き。




「いや、バァじゃないが?」



 目の前の現実を受け止められず、呆然と口にする。


 私の目の前にバァと現れた生き物。

 でかい。体長は、軽く四メートルを超える。

 黄色く丸いボディは、太陽の光を受けて燦々と輝いていた。光を受けて輝いているのは、柔らかな羽毛だ。申し訳程度の翼も生えているので、鳥類であることは間違いない。

 まんまるボディ以外に目につくのは、つぶらな瞳と小さなくちばし。妙に既視感があるというか、普段からよく目にしている顔というか。


 こいつは、どこからどう見ても。


「ひよこじゃん」




 ◇◇◇




 山の上には、賢者が住まう。昔からの言い伝えだ。

 その話は広く伝わっているらしく、年に一度は旅人がやってきて山に登っていく。

 麓の村に住む私は、こいつらアホだなと思いながら彼らを見送ってきた。噂に踊らされて険しい山に挑むなど、脳みそがプリンで出来ているとしか思えない。醤油をかけてウニ味とやらにしてやりたい。


 だが。伝説の賢者は、(うた)われるに足る叡智の持ち主だったらしい。山から戻ってきた連中は、口々に賢者への賛辞を語るのだ。

 いわく、「賢者は実在した」「偉大な教えを授かった」「彼ほど人の生態を理解している者は居ない」「素直可愛いメイドヒロインの可憐さを知った」などなど。


 最後の一つは全くもって意味不明だが、ここまで称賛されるのを見ると興味の一つも湧いてくる。

 諸般の事情から、私も大きな悩みを抱えているのだ。その賢者とやらに教えを請えば、長年の悩みも解決できるかもしれない。



 そんなこんなの事情により、私は山に登った。

 ほんの少しの期待と、どうせ無駄だろうなという諦めを胸に抱いて。


 そうして登った先。

 そこで、謎の生物に遭遇したのだ。




 どうにも目の前の現実を受け止めきれなかった私は、思わず呟いた。


「なんだ、こいつ……」

「育ちすぎたひよこです」

「しゃべった」


 おかしい。ひよこは喋らないはず。

 私も世の理に詳しいわけではないが、ひよこが人語を操れない事ぐらいは知っているし、数メートルの大きさまで育たないことも分かる。

 だが、目の前にいるのは喋るひよこ。でかい。


 どういうことなの。分からん。もう、なんも分からん。

 私の脳みそは、プリンになった。


「それで。何かご用ですか、メカメカしいお嬢さん」

「いや……用は、あるのだが」


 私がどう対応しようか迷っているうちに、向こうから要件を問いかけられてしまう。


 さて、私はどうすればいいのだろう。私が会いたかったのは、ここに住むと言われている賢者だ。別に、ひよこに会いに来たわけではない。

 いや、このひよこが賢者という可能性もあるのか? いやいや、まさか。そんな。


 ……ああ、なるほど。このひよこ、おそらく賢者のペットか何かだな? 

 それなら合点がいく。きっと賢者の不思議パワー的な何かで巨大化したひよこなのだろう。きっとそうに違いない。

 というか。会話出来る相手なのだから、聞けば良いのだ。そんな単純な事にさえ思い至らないほど、私は混乱していたのか。


 よし、彼に賢者の所在を伺おう。心の準備はできた。

 そして。もし、このひよこが「私が賢者です!!」とか言い始めたら、さっさと帰ろう。そう決めた。


「私の、要件は……ここに住むと言われる、賢者殿に会いに来たのだ。賢者殿はご在宅だろうか?」

「あ、私ですね。その賢者」

「すまない人違いだった。帰るわ」

「ちょっと待って下さいよ。せっかく来たんだし、少しぐらいお話していきませんか」

「いや帰る……ええい、離せ!」

「離しません! あっ、今のひょっとしてギャグですか? 離せと話せを掛けてます? 激ウマギャグですねそれ」

「ころすぞ」

「キャー!」


 ひよこに殴りかかったが、見た目に反して素早い動きで避けられる。

 なんだこいつ。どうしてこの巨体で素早く動けるの。あと、その羽でどうやって私の体を掴んだのか。物理法則を無視しているのでは? 



 隙を見て帰ろうとする私だが、ひよこが「ディーフェンス、ディーフェンス」と連呼しながら、その巨体でブロックしてくる。体格とスピードで上回る奴の妨害をくぐり抜けるのは、至難の業だった。

 というかもう、無性に面倒臭い。なぜ私はこんなところで、ひよこと戯れねばならんのだ? 


 もういい。賢者だろうがヒヨコだろうが、どうでもいい。

 話さなければ解放されないというのならば、話せばいい。

 要は、私の悩みが解決できれば良いのだ。仮に解決しなくても、話すだけなら損はしない。もしかしたら、万に一つぐらいは解決出来る見込みも、ゼロではないような、ゼロしかないような。



 色々と諦めた私は、彼に向き直った。そして、頭を下げる。

 期待値ゼロとはいえ、一応は知恵を授かる立場だ。今さら遅い気もするが、礼節は大事だろう。


「すまない、取り乱した……私は今、悩みを抱えていて。その悩みを解決する手段がないかと思い、賢者殿の知恵を借りたくて参った」

「ふむふむ。それで?」

「私の悩みは。ちょっと、他の人と違うところがあるというか」

「……人?」

「食事は出来ないし。夜に眠る必要もないし。だから集落の皆と一緒に行動できなくて、なかなか馴染めなくて。それが悩みなんだ。私も、皆と一緒に過ごしたい。もっと人間らしく、生きていたいんだ」


 言葉がまとまらない。

 事前に考えてきたはずの説明は、ひよこの登場でぶっとんでしまった。

 だが、思いは伝えたつもりだ。


 私の願い。

 一言で言えば「友達が欲しい」になるのかもしれない。

 だが、そこは自分の力で成し遂げると決めた。だから、望むのは人と共に生きる(すべ)

 それさえあれば、あとは私の頑張りにすべてが掛かっている。失敗しても、諦めがつく。そう思った。



 私の決意を聞いたひよこは、しばらく悩ましげな表情をした後、ひとつ頷きこう答えた。


「いや、より人間らしくって。あなた、そもそも人間じゃないですよね。シルエットで辛うじて雌型と推測できる程度のメカメカしいロボですよね。どっかの遺跡から発掘でもされたんですか」

「は? 人間だが?」


 ひよこは、私の逆鱗に触れた。

 怒髪天をつく。私は髪が生えていないタイプの人類だが、気分的には天を突きまくった。私が許せないことはこの世に二つだけ。つまらないギャグを言われることと、ロボと呼ばれることだ。礼節とか、もう知らん。こいつは敵である。


「何を根拠に私が人ではないと? 人間の特徴は、二足歩行で言語を操ることのはず。ほら人間だ、証明終了。謝って。私をロボ呼ばわりしたことを謝って」

「その特徴だと、ワタシも当てはまるんですが。人類の特徴」

「なんと」


 言われてみると、たしかにそうだ。

 彼も二本の脚で立ち、言語を操っている。

 ひよこも人類なのだろうか? 

 ちょっと違うような気もする。

 人類の定義、見直しが必要かもしれない。


「人類の定義とはいったい……ピーガガガガ」

「まぁそこは置いておきましょう。さっきの悩みに話を戻しますが……うーん、人外のワタシに相談に来た時点で落第点な気がしますねこれは」

「だから人違いだと言っただろう」

「今の話だけでは、どこに問題があるのか分からないです。例えば、どんなときに馴染めないと感じるんですか?」

「まだ続けるの?」

「諦めたら、そこで試合終了ですよ」

「試合……?」



 よくわからないが、まだ解放してくれないらしい。

 仕方ないので、私は最近の出来事を思い返してみる。




 ◇◇ぽわんぽわんぽわ~ん(回想シーンに入る時の効果音)◇◇




ロボ:漁にいくのか? 私も同行していいだろうか? 

村人:ああ、いいぞ! 海底付近に魚が溜まっているから、静かに近づき、魚の動きを見極めて槍で一突きするんだ。さぁ、やってみよう! 

ロボ:了解した。まず海に入って……あっ? めっちゃ沈む。


 海底に沈み動けなくなった私は、村人総出で引っ張り上げられ、ようやく岸に戻った。




ロボ:布を織るのは大変だろう? 私が沢山作ったので、ぜひ皆で使ってくれないだろうか? 

村人:ああ、いいぞありがとう! ぜひ使わせてもらおう。

ロボ:それはよかった。目の細かい布地は下着に最適だというから、ちゃんと作ってきたんだ。村人全員分のふんどしを。

村人:ああ、下着か……えっ、ちょっと待って。なんで服を脱がせて来るの。

ロボ:ふんどしを装着してもらうかと思って。

村人:今ここで? 

ロボ:駄目……か? 

村人:いや可愛く言われてもダメだな。


 どういうわけか。その後も村の男たちは、私にふんどし姿を見せようとはしなかった。




 ◇◇ぽわんぽわんぽわ~ん(回想シーンを終了する時の効果音)◇◇




 そんな感じで、私は最近の思い出をひよこに語った。

 いくら思い出しても失敗ばかりで、自分が情けなくなる。

 どうして私は、こんなにも失敗ばかりなのだろうかと。



「……なるほど。事情は大体理解しました」


 ひよこは、どこからともなく取り出したパイプを口にくわえ、火を付けた。

 意味はわからないが、眉間に皺を寄せているように見えなくも無かったので、おそらく考える仕草なのだと思う。


「あなたは、やる気が空回りするタイプですね。それは悪いことではありません。ただ、方向性が少しずれているだけで」

「方向性か。それは、どうやって修正すればいいのだろうか?」

「そうですね……いっそのこと、考え方を変えた方が良いのかもしれません」


 ぷはぁーと煙を吐きながら、言葉を続けるひよこ。

 その煙を吸ったり吐いたりする行為に意味はあるのか少し気になったが、面倒さが上回ったのでスルーすることにした。


「空回りしないように自分を変えるのは難しい。なので、逆転の発想です。空回りしても、それを笑い話にできるキャラになればいいんです」

「なるほど、そういうものか」


 一理あるかもしれない。

 私の空回りは、常識の違いから来るものだ。それは一朝一夕で埋められるものではない。ならば、常識の違いで頓珍漢なことをしでかしたとしても、それを挽回できればいいのだ。


「しかし、それも簡単ではないな……まずは、何をすれば良いのだろう?」

「いいえ、簡単ですよ。今のあなたに足りないもの、それを手に入れれば良いのです」

「私に足りないもの? それは何だ?」

「あなたに足りない物。それはずばり」


 器用にも羽でこちらを指差しつつ、ひよこは続けた。


「ヒロイン属性です」

「ヒロイン属性」


 ヒロインという言葉は、聞いたことがある。

 確か、昔の物語に登場する概念だ。聴衆に好意、共感といった感情を抱かせる属性を備えた人物。

 特に18歳以上という年齢制限が掛けられた物語には、数多のヒロインが登場したと言い伝えられている。


「ヒロインという概念はご存じのようですね。なら話は早い。周囲に被害を及ぼしても許されるキャラ。それには、いくつか条件が必要です。愛嬌、空気を読む力、親しみやすさ、寛容さ……私はそれらを包括して、ヒロイン属性と呼ぶことにしています」

「そうか。あまり知りたい情報ではなかったが、定義の理解はした」

「私の助言を聞けば、世界で一番かわいいヒロインになれますよ」

「その自信はどこから来るの」


 ドヤ顔で、そんなことを口走るひよこ。

 なんか無性に腹立つが、私のためを思ってしてくれているのだから聞こう。


「中でも大事なのは、素直さです。ポジティブな言葉は、素直に口に出すこと。他者の愛情を、素直に受け取ること。困ったことがあったら、素直に人をたよること。自分の理想、幸せの形を、素直に口に出すこと。素直さが大事です。そこに可愛さを混ぜれば完璧なのです。人類は素直可愛いに耐えられない」

「それは、お前の性癖ではないのか?」

「違いますよ。失敬なことを言いますね」


 私の周りをぐるぐる回りながら語るひよこ。

 どうして回るのだろうか? 先ほどからずっと思っていたが、こいつは何か行動しながらでないと喋れないらしい。病気か何かだろうか。


「といっても、貴方はキャラ作り苦手そうですし、空気を読む力も低そうです。ここは素材の味を生かすべきですねこれは……ふむ。お手軽に、無愛想タイプのメイドさんにチャレンジしてみましょうか」

「お前の性癖は理解した。殴っていいか?」

「まぁまぁ、そう言わずにやってみましょうよ。何事もチャレンジです。最後までやってから判断しましょう」

「わかった。最後までやってみてから殴ることにする」

「では、ここにミニスカメイド服をご用意しました。まずはこれを着てみて下さい」

「なんでそんな物もってるの?」

「細かいことはいいんです。まずは行動することが大事」

「ええ……これ、着ないとダメか?」

「メイドですからね。メイド服を着るのは必須でしょう」

「いやでも、私は服を着ないタイプの人類だし……」

「痴女じゃないですか。ほら、つべこべ言わずさっさと着て」

「うおおおおお!」


 私は、強引にメイド服を着せられた。

 どうやらこのヒヨコ、手もないのに人間以上の手さばきを持つらしい。

 鳥の羽は、手羽先にクラスチェンジすると聞いたことがある。昔の言葉で、意味は既に失われてしまった。しかし手さばきと似た語感なので、昔もこのように器用な羽使いをする鳥がいたのかもしれない。


「メイド服を着てしまった……」

「重いので苦労しましたねこれは……あなた体重1トン超えてないです? ってか、悲鳴汚くありません? 『うおおおおお!』って何ですか。もっと女の子っぽい声を上げてくださいよ。ちょっと『キャー!』って言ってみてくれませんか」

「ころすぞ」

「キャー!」


 殴りかかったが、黄色い悲鳴を上げながら軽やかに回避されてしまった。無駄に素早い。



 その後もひよこをどうにかしようと画策するも、彼はそのすべてを叩き潰した。

 どうやら奴は、私を上回る力を持つらしい。

 諦めた私は、ひよこの言うことを聞くことにした。


「そこでくるりと回ってポーズ! いいですね、とても可愛らしいです」

「そうか? この服、スカート短すぎないか? 頭おかしいのでは?」

「ロボの常識で人を測ってはいけませんよ」

「私はロボではない。ちょっと常識知らずなタイプの人類だ」

「はいそうですね。では、次のステップに進みましょう」


 ひよこに言われるがままに、料理を作ってみる。

 初めての経験だが、なかなかに面白い。熱を入れるとタンパク質が固まるのだが、その具合で味が大きく変わるらしい。非常に興味深い事象だ。


「言われたとおりに作ってみたぞ。オムライス」

「はい。では『美味しくなぁれ、萌え萌えキュン(はぁと)』って可愛く言ってみて下さい。手をハートマークにするのがポイントです」

「今、都合良く包丁を手にしているのだが。刺しても良いか?」

「駄目です」


 ため息を一つ吐いて、手をハートマークにする。

 反抗しても、このひよこは聞きやしないのだ。さっさとやってしまおう。


「美味しくなぁれ、萌え萌えキュン(はぁと)」


 言われたとおりの呪文を詠唱する。

 しかし、特に何も起こらなかった。これでいいのだろうか? 

 私は、ひよこの方に目を向けてみる。


 彼はしばらくの間、何も言わなかった。沈黙が辺りを包む。

 静寂があまりにも重い。人類がいまだ解明できていない重力、私はそれを操る術を身につけてしまったのかもしれない。


「……どうです? やってみた感想は」

「なんだろうな、この気持ちは……なんだか無性に、死にたくなった」

「まぁそうでしょうね」

「怒って良いか?」

「待ってください考え方を変えましょう。これは、あなたが今まで持ち得なかった感情を理解する一助になったと思うべきです。これも、人類の気持ちを理解するための勉強ですよ」

「なるほど……そう考えてみれば、悪くない気分だ」

「本気で言ってます?」



 気を取り直して、試食タイムだ。

 私はひよこにスプーンを手渡し、味の確認を促す。

 少々ライスが黒焦げになってしまったが、味に大きな違いはないだろう。たぶん。


「では失礼して……ぱくり」

「どうだ?」


 私の催促を無視し、ひよこはため息をついた。

 一つ。二つ。三つ。はぁぁぁぁぁ、というクソデカ溜め息が耳に届く。いや、呆れすぎではないだろうか。そんなに駄目だったか? なんだか不安になってくる。


「……残念ながら、あなたの料理には、致命的に足りていない物があります。それが何だか、わかりますか?」

「私の料理に足りないもの……愛情、か?」

「塩分です」

「塩分」


 ひよこはケチャップを山盛りに掛けてから、次の一口を平らげる。

 塩分。塩分とは、必要なものなのだろうか。体内に侵入すると、回路がショートしてしまう危険性のある物質なのだが。


「味見とかしなかったんですか?」

「いや、私は食事とか摂らないタイプの人類だから……」

「あくまで人類と言い張るんですね」

「む……またその話か」


 苛立ちを隠せずに、私は言葉を口にした。

 どちらかというと、失敗が恥ずかしくて話を逸らしたかったのかも知れないが、見過ごせない話題であるのは事実だ。


「私は人類だと言っているだろう。お前は私を人類ではないと言うが、そういうお前こそどうなんだ? 本当にひよこなのか? ひよこがオムライスを食うとか聞いたことが無いぞ。卵食べていいのかお前は? あと、黒焦げになったライスをバリボリと食っているが、どうやって噛み砕いているんだ。ひよこに歯は無いだろう」

「何を言ってるんですか。ありますよ、ヒヨコに歯」

「えっ、あるの?」


 痛いところを突いたつもりが、反撃を受ける。

 彼が言うには、元々ひよこには歯が存在するらしい。卵歯と呼ばれるもので、くちばしの先に付いているのだとか。卵の中のひよこは、これを使うことで固い殻を破り、この世に生を受けることができるらしい。


「まぁ、生後まもなく取れてしまうんですけどね」

「知らなかった。へぇ、生後まもなく……」


 そこまで口にしてから、気づく。


「……ちなみに、お前にその歯はついてるのか?」

「私が生後間もないヒヨコに見えますか? 付いてるわけありませんよ、そんなの……あっ、やめてっ、石を投げないでっ!」


 分厚い羽毛があるので、手で握れる程度のサイズでは効果が薄いようだ。

 次の機会があれば、もっと巨大な岩を投げよう。


「乱暴すぎます貴方は……補足すると私、普通に歯が生えてるタイプのひよこなのです」

「お前、やっぱりひよこじゃないだろ」

「むっ、話をしている間に料理が冷めてしまいましたね。ちょっと温めましょう。炎のブレス、ゴォォォォォ!」

「お前、ぜったいひよこじゃないだろ」

「正確に言うと、ひよこドラゴンという種族らしいですよ。つまり、大まかにはひよこです」

「それ、どちらかと言うとドラゴンなのでは?」





 そんなこんなで、三日が過ぎた。

 最初は半信半疑だった私だが、彼のスパルタ教育を受けているうちに、私の意識も改革されていく。


 我、ヒロインの境地を得たり。

 今までの私にとって、愛とは与える物であり、受け取る物ではなかった。そこが一番の問題点だったのだ。ひよこに指摘されるまで、私はそんなことにも気づかなかった。やはりこのひよこ、賢者と呼ばれるに足る叡智の持ち主らしい。愛とは双方向通信。一方がただ与えるだけでは、愛とは呼べない。

 私は愛を知った。


「──免許皆伝、ですね」

「ああ。ありがとう、私は生まれ変わることが出来た。無愛想メイドヒロインとして」

「私も、マインドコントロールの恐ろしさを知りました」

「うん? よくわからないが、お前にも得るものがあったのなら、私も嬉しい」


 名残惜しいが、帰る準備をする。

 元々の目的は、村に馴染むことだったのだ。今の私なら、その達成もたやすいことだろう。



 私は、彼に村に帰る事を告げた。

 すると彼は、「最後にひとつだけ」と口にする。

 友の別れの言葉だ。私は姿勢を正して、一字一句を逃さぬように傾聴した。


「あなたは、人と寿命が違う。これからあなたは、長い時間を過ごすでしょう。時間とは残酷です。時には新しい出会いを得られるでしょうし、時には一人になってしまうことも有るかもしれません。それは、とても辛いことです」


 これは、未来の私に向けた言葉だろうか。

 それとも、過去の彼に向けた言葉だろうか。

 私には、判断が付かなかった。


「なんと言ったらいいのか……そうですね。もし寂しくなったら、またここに来て下さい。私は、たとえ何百年でも、ここで待っていますよ」


 その言葉を聞いて、私は笑う。

 彼はもはや、私にとっての大事な友人だ。

 私は彼の気遣いを受け取った。だから私も、彼へと返そう。


「こちらこそ。一人が寂しくなったのなら、会いに来てくれ。私は何百年でも待っている。きみが訪ねて来たら、大歓迎すると約束しよう」


 そして、(きびす)を返す。

 私は、村に帰らねばならない。私は彼に向けて、別れの言葉を残した。


「──では、また。ありがとう、楽しかった。いつか、また。私はここに来るよ」




 ◇◇◇




 村へと帰った私は、さっそく無愛想メイドヒロインとしての本領を発揮した。

 掃除を手伝い、食事を振る舞い、必殺の「美味しくなぁれ、萌え萌えビーム!」を発動する。


 効果は抜群だった。

 私の必殺技を見た村人達は皆、私にむけて暖かい言葉を掛けてくる。


 たとえば。「もういい。お前は休め」だとか。「あなた、疲れてるのよ。頭が」だとか。「脳みそが茹だってしまったのか?」だとか。

 それはそれは、生暖かい言葉を……



 ……? 



 あれ、何かがおかしいな? 

 何がおかしいのだろうか。自分の行動を振り返ってみて、分析してみよう。



 ……。


 …………。


 ………………? 



「なぜ、私はこんなことを……?」


 私は叡智を授かったはずなのに。

 叡智どころか、羞恥をまき散らしているような。



 うわぁ。

 うわぁぁぁ。

 うわぁぁぁぁぁぁぁゴロゴロゴロゴロ!! 


 私は、転げ回りつつ悶え苦しんだ。

 心が苦しい。過去の闇が、際限なく私を包み込む。

 なんだこれは。これが、黒歴史という奴なのか?

 己が憎い。過去の自分を消し去りたい。

 私はこの先、一生この業と向かわなければならないのか?

 なんて、ひどい……ひどすぎる……ゴロゴロゴロゴロ!





 ひとしきり、悶え苦しんだ後。

 私はひよこを抹殺するため、再び山へと向かった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 最初から最後まで笑いながら読みました。 さすが「海外から送られてきた仕様書がひどい」の作者さんですね。ノリノリな会話が楽しいです。 ひよこな賢者さんは、脳内でセサミストリ○トのビッグバ○ド…
[一言]  ロボ娘とひよこに似たドラゴンの話は面白かったです。  特にロボ娘が自分を人間だと信じているのが。ひよこも割と賢者ぽくふるまっており、時々つっこむのがよいです。  ではまた。
[良い点] シュールな掛け合いの面白さよ(笑)終始、魔夜峰央の絵柄で再生されました。とても面白かったです。 [一言] 企画への寄稿、ありがとうございました!
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