婚約破棄?お前がな。
その事件は貴族の令嬢令息や王族が通う学園のパーティーで起こった。
「ノラ・ロジーリリー子爵令嬢!!貴様との婚約は破棄させて貰う。」
そう高らかに宣言したのはクリサンセマム王国の王太子ショーン・クリサンセマムだった。
「貴様、子爵令嬢という身分で王太子の妻になれると思っていたのか?どうやって父上を誑し込んだのか知らないが、私には通用しないぞ。」
こんな人が大勢いる中で婚約破棄の話題を持ってくるなんて馬鹿なのか?と私は思った。
「私は身分が釣り合う、愛しのリリアンと結婚する。」
ショーンの隣にいるのはリリアン・アルストロメリア公爵令嬢だ。身分も容姿も教養も全てが王妃に相応しい者。
ただちょっと見た目麗しい子爵令嬢なんかよりも美貌の他にもよっぽど結婚したらメリットになるものを持っている。
「そうですか。しかしこんな公の場で言うことじゃないでしょう?」
「公の場で言うからこそ、意味がある!私の婚約者だと威張り散らしていたではないか。いくら婚約者だったとはいえ身分は子爵令嬢、貴族のルールもわからんような奴は私の妃に相応しくない。今この場で貴様の非礼を皆に謝罪しろ!」
毒をもって毒を制す…というより非礼をもって非礼を制すか。
誰もが今私の謝罪を待っている。しかし私、婚約者だからと威張り散らしたりなんてしていない。ただの子爵令嬢だと身分を弁えていたはずだが。
それでもやはり下級貴族の娘が王太子の婚約者だなんて…と遠巻きにされていたから、もしかしたら威張り散らして周りに距離を置かれたと見られていたのかもしれない。
想像力豊かなことよ…。
「やってもいないことを謝りませんわ。それに、私は婚約者の身分を借りないと威張り散らせないとでも思っていらっしゃるの?」
「子爵令嬢ごときが威張れる訳ないじゃない。せいぜい子爵令嬢という身分を平民に威張り散らしてればいいわ!」
リリアンはそう言ってクスクスと笑う。それを聞いていたショーンも笑い出し、それに続くように周りも笑い出した。
そのことにより私はこのパーティー会場には自分の味方はいないことを悟った。
「リリアン、それでは威張り散らされる平民が可哀想ではないか。」
「まあ、ショーン様ったら!平民の心配も出来るなんてさすが王太子ですわ!!」
愛しのリリアンに褒められショーンは鼻の下を伸ばしている。
その時、パーティー会場の扉がダァンッと開いた。入ってきたのは国王と王妃そしてロジーリリー子爵だった。
国王がパーティー会場で王太子が婚約破棄を子爵令嬢に言い渡したという情報を聞いてから全ての公務を放り出して、急いで来て一番に見たものはパーティー会場にいる全員から笑いものにされている子爵令嬢だった。
「ショーン、何をやっている!!」
「父上、何って無礼な子爵令嬢に婚約破棄を突きつけてやったのです。」
そう言ってショーンは隣にいるリリアンを抱き寄せる。
「だいたい、下級貴族なんかと結婚したら王国のパワーバランスが崩れかねません。ここは身分も十分なリリアンと結婚するのがいいでしょう。」
「馬鹿者が!!」
ショーンなりに自分の愛と王国の未来を優先した結果なのだが、何故父親は怒鳴っているのか理解できていなかった。王妃も呆れ顔である。
「ショーン、いくら事情を知らなくてもこれは酷すぎるわ。」
「お前は婚約者一人大事に出来んのか!!婚約者がいるというのに他の令嬢に鼻の下伸ばしおって。」
ショーンは引っ掛かった。王妃の言った事情とは?
「ノラ様、愚息と我が国の民が申し訳ございません。」
王と王妃が私に頭を下げる。それを見て周りはざわめき出した。何故なら一国の王と王妃がただの子爵令嬢に頭を下げたのだから。
「私は許せませんね。こんなにもノラ様を侮辱されたのですから。」
ロジーリリー子爵の顔には血管が浮き出ていた。それほどまでに怒っているのである。
「父上、母上、何故そのような売女に頭を下げるのです!?」
ショーンは訳がわからず困惑している。それは隣にいるリリアンや周りの者たちも同じだった。
「売女ァ!?」
ロジーリリー子爵は今にもショーンを殴りに行こうとした。
「ロジーリリー子爵、落ち着いてください。」
さすがに暴力沙汰にしたくなかった私は子爵を止めた。
「私、怒りよりももう呆れてしまっていますの。いえ呆れて笑い出しそうですわ。」
この場にいる全員がいずれ親の爵位を継いだり何処かに嫁に行く貴族達だ。一人を寄ってたかって笑い者にするのがこの国の未来を担う貴族たちなのだと。
「事情…というのがわかりません。説明してください父上。」
状況がわからず我慢ならなくなったショーンが父親に聞いた。
「ノラ・ロジーリリー子爵令嬢はな、ゴールドバンデッドリリー皇国の皇女殿下であらせられる。」
皇国の名前が出され、ショーンとリリアンは固まった。そして次の疑問が出てきた。
「皇女なのに何故我が国の子爵令嬢と名乗っていたのです?」
ここでやっと私の出番かな…と思い私は口を開いた。さっきから私を馬鹿にするショーンとそれに怒る国王夫妻と子爵という図だったから。
「改めまして私、ゴールドバンデッドリリー皇国皇女ノラ・リリーと申します。クリサンセマム王国より王太子殿下との婚約の申し込みがありましたが、皇帝陛下が皇女の結婚相手に相応しいのか見極めなさいと仰ったので、身分を隠し皇室の遠縁に当たるロジーリリー子爵の令嬢という肩書を借り、学園に在籍しておりました。」
ここまで言えばあとはわかるかな?と私はショーンを見た。この婚約は私が上位に当たる婚約関係だったのだ。
それに皇女を笑いものにした罪も重い。
「先程婚約破棄と仰いましたよね?」
「ノラ様、どうかお考え直しください。」
国王は皇国との繋がりを持ちたいから懇願してくる。ちょっと可哀想だが、息子をちゃんと制御出来なかった罰として受け入れてもらわないと。
「私もクリサンセマム王国王太子と婚約破棄させていただきますわ。」
国王と王妃、周りで一緒に私を笑っていた貴族の令嬢令息達も青ざめていた。
「ショーン王太子殿下、婚約破棄の宣言を言い直した方がよろしいですよ。ゴールドバンデッドリリー皇国ノラ・リリー皇女!!貴様との婚約は破棄させて貰う…と。」
嘲笑まじりのその言葉にパーティー会場中が静まった。その言葉で笑えたのはロジーリリー子爵だけだった。
自分が婚約破棄したはずなのに逆に婚約破棄されてしまった馬鹿な王太子を笑うのは会場の中で私と子爵だけだった。
******
「ノラ、クリサンセマム王国はどうだった?」
「それはもう…凄かったわよいろんな意味で。私の武勇伝を聞いて、お父様。お兄様達も。」
家族団欒の時間であるはずが私の武勇伝披露会と化していた。私には五人のお兄様がいる。はじめての女の子にお父様は喜んだしお兄様達も妹ができて大喜びだったらしい。
それに私は亡きお母様に生き写しのようにそっくりらしいからお父様とお兄様達に溺愛されて育ってきた。
私は武勇伝を話したつもりなのにお父様とお兄様達の顔は険しかった。
「なんだ、その王太子は。可愛い可愛いノラを売女呼ばわりしただって?」
「しかもノラよりも醜女で性格も悪い公爵令嬢の為にノラを笑いものにしただと?」
「王太子は国王達に怒られたが、それ以外なんの処罰もない。それにノラ本人になんの謝罪も無いじゃないか!!」
「王太子も公爵令嬢もノラを笑った貴族の奴らも、全員血祭りにあげてやる。」
「あんな小国、消えても大丈夫だ。」
お兄様達が次々とクリサンセマム王国滅亡計画を練り始める。クリサンセマム王国は決して小国では無いのだがそれを小国と言ってしまえるほど皇国の国土と国力は巨大だ。
「「「「「どうしますか、父上。」」」」」
お兄様達全員の声が揃った。私はそんな重い処罰でなくてもいいのだが、お兄様がこの怒りモードに入ると私でも止めるのに苦労する。
「そうだな。あんな国潰すか。」
国一つ潰すのはお父様のたった一言だけでいい。
国滅亡などの処罰でなくても良かったが、私を笑いものにした事を許した訳ではない。ちょっといい気味だ。
クリサンセマム王国、ざまぁ!!
しばらくして、クリサンセマム王国は地図から名前を消した。代わりにゴールドバンデッドリリー皇国の国土が増えた。
旧クリサンセマム王国の土地は皇国の国土となってから王国時代よりも遥かに豊かになった。
皇国唯一の皇女である私は婚約破棄があってからお父様とお兄様達が余計過保護になり、絶賛いき遅れの危機に瀕しています。
「お父様、お兄様達!!私の結婚相手に求める条件が厳しすぎますわ!お父様とお兄様達よりも強くて、カッコ良くて、頭が良くて、権力と財力もあって、私を幸せにしてくれる…ってこんな人いる訳ないじゃないですか。」
もう神くらいしか居ないのでは?
「僕たち以上じゃないと可愛いノラはあげられないよ。」
「そうだぞ、ノラ。俺たちより弱っちい男にあげられない。」
「馬鹿な男にもな。」
「貧乏でもダメだよね。」
「社会的地位がないとね。」
そんな人がいる訳ないのはお兄様達が一番分かっている。無理難題すぎるのだ。私を嫁に行かせる気が全くない。
「無理に嫁なんて行かなくていい。というか、行くな!!絶対行くな!!行くなら条件に合う者じゃないと。」
「もう、お父様まで!」
私が結婚出来るのはいつなのだろうか。