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おまけ①「やってきました」


 おまけ①【やってきました】














 焔紫に何発も殴られた冰熬が目を覚ますと、そこは自分と祥哉が住まう古民家だった。

 殴られることに慣れていなかったわけでもない、焔紫の力が今までに感じたことがないほど強かったわけでもない。

 それでも、少しとはいえ気を失ってしまったのだとしたらそれは、自分の歳のせいなのだろうと思っていた。

 「・・・・・・」

 冰熬は上半身を起こすと、内出血の痕が身体に幾つかあることが分かった。

 心なしか、節々も痛い気がする。

 家の中を見渡してみるが祥哉がいない。

 きっと以前に伝えた、あの男のところへ行ったのかもしれない。

 それならば死ぬことはないだろうと、冰熬は再び寝ようとしたとき、家の外から何かを感じ取った。

 ノックをするわけでもなく、戸が開く。

 人の家だと言うのに勝手に入ってきただけではなく、無遠慮に靴を脱いで敷居を跨ぐと、冰熬の前に仁王立ちになった。

 「よお」

 「よお。相変わらず悪い顔してやがるな、英明」

 「それはお互い様だろ?」

 英明という男は、白衣を身に纏い、短髪の黒髪に顎鬚をたずさえていた。

 口には煙草を咥え、煙を履きながらの登場だ。

 冰熬とは顔見知りのようで、持っていた黒い鞄を広げながら胡坐をかいて座ると、中からごそごそと何か取り出した。

 「おーおー、こりゃまた、こっぴどくやられたもんだな。よくそれで起き上がれたもんだ」

 「お前んとこにだって、頑丈なガキがいただろう。お前自身もだがな」

 「それがよ、この前面白い奴が来て」

 英明との世間話というか、梶本という若い男の話や、翔という男、他にも英斗や潤という男の話を聞いていた。

 その中でも、翔という男はなんとなくだが、話しを聞いている限りでは、祥哉と似ているような気がする。

 話しをしながらも、英明は冰熬の治療をどんどん進めて行く。

 「で、その祥哉って奴はどうしたんだ?」

 「多分琴桐んとこ行ってる」

 「・・・琴桐って、あいつか」

 「ああ」

 英明も知っているのか、その名前を聞いた瞬間、それまでずっと口と手を同時に動かしていたのに、手がピクッと止まっていた。

 冰熬の身体に包帯を巻き、とにかく安静にするようにと伝えると、英明は口に咥えていた煙草を灰皿に押し当てる。

 そして縁側を開け、新しい煙草を吸おうと一本を口に入れたとき、ふと何かを思い出したのか、冰熬に向かって煙草を差し出す。

 「吸うか?」

 折角差し出された煙草を眺めていた冰熬だが、ゆっくりと首を横に振る。

 「禁煙してんだ」

 「ほお、ヘビースモーカーだったお前がねぇ・・・。どういう心境の変化かは知らねえが、身体のためには良いこった」

 そう言うと、英明は吸いたそうにしている冰熬を尻目に、煙草に火をつける。

 腹一杯にニコチンを吸いこむと、その勢いで煙を吐き出す。

 縁側に座って膝を曲げ、足首をもう片方の足の膝あたりに置くと、猫背になってただただ風を感じる。

 「琴桐がそう簡単に見つかるとは思えねえけど」

 「最近はある国に腰を据えたらしい。っていう噂を聞いた」

 「まさかとは思うが、噂だけで行かせたんじゃねえだろうな」

 「起きたらもう行っちまってたんだ。それに、その噂はあの男から聞いたもんだから、ほぼ確実だろうよ」

 「あの男・・・?」

 煙草を指に挟み、英明は冰熬の方を見る。

 「お前が苦手なあの男だ」

 「・・・・・・」

 それが誰なのか、英明には分かったようで、なんとも言えない渋い顔をしていた。

 自分を落ち着かせるためなのか、それとも単に煙草を吸いたい気分だったのかは定かではないが、英明の煙草を吸うスピードは速くなり、すでにここに来てから5本目に突入しようとしていた。

 冰熬が止めるも、英明は「ああ」と返事をするものの、止めなかった。

 「お前は一生、弟子なんぞ取らねえと思ってたが、その祥哉って奴は腕は立つのか?」

 急に話しを逸らしてきた英明に、冰熬は上着を羽織りながら答える。

 「弟子か・・・。まあ、そうだな。取る心算はなかったし、あいつを弟子とは思っちゃいねぇよ」

 「じゃあなんだ?」

 英明の問いかけに、冰熬は少し考えているようだった。

 囲炉裏の方をじーっと見つめ、時折、英明の煙草を吸う音だけが聞こえてくる。

 そしてようやく、冰熬が答える。

 「弟子じゃねえが、俺が死ぬまでは生かさなきゃならねぇ奴だ」

 「・・・・・・」

 その答えに、英明は煙草を咥え、顔を少しあげて空に向かって煙を吐く。

 飛んで行った煙は風に流され、消えた。

 「お前も、変わらねえなぁ」

 「お前ほどじゃねえよ。あの連中とどれだけ長くいるんだ?」

 「さあな?どっか行けって言ったって、行きゃしねぇ」

 「面倒なもんだよな。こっちが一人になりてぇってのに、それさえ出来ねぇようになっちまった」

 2人は互いの話に同意しながら、小さく肩を揺らして笑った。




 「で、そんときに会ったのが英斗だろ?あいつは昔っからなんつーか、読めねえ奴だったから」

 「英斗は青汁ってイメージしかなかったな。そういや、英明っていつから医者だったんだ?俺と会った頃は違ったよな?」

 「何言ってんだよ。俺ぁ初めから医者だったよ。言わなかっただけだ」

 「嘘だろ。確かに白衣は着てたが、そういう感じじゃなかった」

 「アバウトな理由だな。医者歴でいうと、俺結構なベテランだからな。英斗の解剖歴より長いからな。お前の浮浪歴より・・・同じくらいか?」

 「最初に会ったときのお前は、ただのチンピラだったぞ。何しろ、白衣の中は赤いシャツだっただから」

 「仕方ねぇだろ。あの頃は赤がブームだったんだよ。俺も若かったんだよ。それくらいの色は許せよ。別にゴールドと黒を合わせたわけじゃねえんだから」

 「お前それ誰のこと言ってるんだ」

 「え、お前知らねえの?琴桐だよ、琴桐」

 「・・・・・・それまじの話か」

 「らしいぜ。俺も海浪から聞いた話だから、実際に見たわけじゃあないんだが」

 「どういう経緯でそんな色を着たんだあの人は。そういう趣味でも性格でもないだろうに」

 「海浪の話じゃあ、琴桐の誕生日かなんかの日に、黒の生地に黄色のストライプが入ったシャツをプレゼントする心算だった命知らずがいたらしくて、黄色がなかったからって、ゴールドの刺繍で“DEATH”って入ったシャツを渡したとか」

 「そいつ死んだろ」

 「いや、それが運よく生きてるんだ」

 「生きてるって?」

 「それな、やったの海浪んとこの天馬って男らしい」

 「・・・・・・」

 冰熬は額に手をあてて、下を向いた。

 琴桐が怒り狂ったところなど見たことはないが、きっとその時、琴桐は殺意に溢れていたことだろう。

 そんな話をしながらも、英明は少しだけ楽しそうに笑っていた。

 「海浪がそれを聞いて、すぐに琴桐にその天馬って男を連れて謝りに行こうとした見たいなんだが、琴桐はそのシャツを着てたって話だぜ」

 「・・・なんだかんだで、子供が好きな人だからな」

 「他のガキなら怖がるところだろうにな、その天馬ってガキは琴桐のことを怖がらずに、一緒に遊んでくれって言ったくらいだから、結構可愛がってたんじゃねえかって」

 「ああ、そうだろうな。俺は琴桐を見ただけで、まるで断末魔の叫びのような泣き声を出していたガキを知ってる」

 つっぱり系なリーゼントなわけではなく、たんに前髪を後ろに持って行っているだけのリーゼントだが、琴桐は加えて目つきが鋭い。

 いや、どちらかというとタレ目なのだが、普段から表情をあまり変えないためか、そのタレ目でさえも冷血なイメージを持たせてしまうのだろう。

 実際に話してみても、相手を突き放すようなことばかりを口にするため、琴桐と一緒に行動する者はそうそういない。

 しかし、現在進行形で丗都という男が共に行動していることを話すと、英明は新しい煙草を咥えながら空を見上げて首を捻っていた。

 「丗都・・・丗都・・・?その名前どっかで」

 「ああ、俺もだ。同一人物かは知らねえが、確か隠密行動を得意とする男で、本来であれば凰鼎夷家の暗殺部隊や銀魔たちみたいに影で動く」

 「けどそれがどういうわけか、琴桐と一緒にいるってか」

 「聞いた丗都って言う奴は、年齢的にもあれくらいだとは思うが、なんで琴桐と一緒にいるかはさっぱりだな」

 「そういや思ってたんだが」

 「なんだ?」

 「なんで俺達の知り合いの奴らって、みんな顎鬚生やしてんだ?誰か剃ってくれねぇのか?」

 「剃るって、それは個人の自由だろ」

 「いや、よく考えてみろよ。俺達のことを表現するとき、顎鬚顎鬚で、誰が誰だか分からなくなるだろ?特徴を出すって大切だと思うんだよ」

 「ならお前が剃れよ」

 「これは俺のトレードマークだ」

 「それなら俺だってそうだ」

 「お前は銀髪って表現出来るから良いじゃねえか。俺なんか黒髪だから、他には何にもねぇんだよ」

 「英明、お前には白衣って表現も煙草って表現も出来るから大丈夫だ。安心して顎鬚を剃れ」

 「そりゃねぇよ。海浪だって銀魔だって、顎鬚だらけで、読んでる人は一体誰のことを言ってるのか分からねえだろ」

 「名前出しゃいいだろ。それに、俺やお前よりも、海浪と銀魔の方が区別しにくいぞ」

 「・・・確かにな」

 2人して髪は短く、2人してピアスをつけていて、2人して2人の弟子を持っている。

 そして何より、師匠も同じ人だ。

 「ならここはやっぱり、英明が髭を剃るしか道は無さそうだな。安心しろ。俺が痛くないように剃ってやる」

 「冰熬、その傷を抉ってやろうか」

 「まあ、落ち着いて茶でも飲もうや」

 どうでも良いそんな話を中断させようと、冰熬は英明に茶を出す。

 すると、英明ももうどうでもよくなったのか、冰熬が出した茶に手を伸ばす。

 2人して猫背で茶を飲むと、同時にため息を吐く。

 「俺達も歳だな」

 「そうだな」

 茶を飲み干すと、英明は立ちあがって鞄を持ち、靴を履く。

 まだまだ沈みそうにない太陽が、戸を開ければ英明に降り注ぐ。

 「じゃあな、やんちゃはしばらく我慢して、大人しくしておけよ」

 「やんちゃするような歳じゃあねえよ」

 肩を揺らして笑うと、英明は手を軽くあげて去って行った。

 冰熬は囲炉裏で身体を暖めながら、ゆっくりと目を閉じる。

 そこに描かれているのは過去の栄光か、それとも未来への希望か、はたまた別の何かなのか、それは冰熬にしか分からないが。

 目をゆっくりと開け、冰熬は微笑んだ。

 「俺も、また生き伸びちまったな」


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