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空虚に翻弄されるまま


 業なかばで倒れてもよい。そのときは、目標の方角にむかい、その姿勢で倒れよ

          坂本 龍馬


















 第三生【空虚に翻弄されるまま】














 翌日、起床してすぐに準備運動をし、朝食を平らげた祥哉。

 冰熬の分も用意して、まだ寝ている冰熬を起こさないようにと戸を開けて外へと出る。

 その男が、少しだけ目を開けたことにも気付かずに。

 広場に行くにもまだ早いだろうかと思いつつ、焔紫たちが何か仕掛けをしないとも限らないと、早めに行くことにした。

 「!」

 すると、同じく早く目が覚めてしまったのだろうか、それとも予想した通り何か細工をする予定だったのか、焔紫たちも3人そろってやってきた。

 「お、早いじゃねぇの」

 「そっちこそ」

 祥哉はちらっと、焔紫の後ろに隠れている、先日腕を折られた人物、火鼎を見た。

 まだ眠いようで、火鼎は何度も大きな欠伸を繰り返していた。

 「冰熬はどこだ?」

 「あいつは関係ない。俺とお前の喧嘩だろ」

 「ほー。てっきり、助けてもらう心算なのかと思ってたぜ。まあそうだな。確かに俺とお前の喧嘩ではあるが、勘違いするなよ?」

 すう、と目を細めると、焔紫はこう続ける。

 「あくまで、これは見せしめなんだ。正々堂々と一対一で出来ると思うなよ?」

 「・・・・・・」

 きっと、冰熬ならここには来なかっただろう。

 逃げたと思われても、臆病者だと言われても、こんなところで無駄な戦いはしなかっただろう。

 だが、祥哉は違う。

 見せしめだろうと、喧嘩だろうと、殺し合いになろうとも、許せないものは許せないのだから。

 「楽しもうぜ、祥哉」

 「望むところだ」




 祥哉と焔紫が喧嘩という名の殴り合いを始めてから早1時間。

 2人ともタフで、殴られ続けているにも関わらず、倒れる気配はなかった。

 早朝だからなのか、そんな2人の抗争を見ている観客は、今のところ袮颶嶺と火鼎、それから数人の早起きな国民くらいだ。

 「おらおらどうしたよ!!もっと愉しませてくれや!!!」

 「ちっ。乱暴で雑な攻撃」

 腕が折れていることもあってか、焔紫がやや優勢であった。

 その腕を庇っている心算はなかったのだが、祥哉の動きをよく見ている焔紫は、先日の喧嘩で祥哉が負傷していることがすぐに分かった。

 それでも手を休めることも、手を抜くこともなく、逆にその腕を狙って攻撃をしてきた。

 「手加減してやろうか?!」

 「結構だよ!お前相手なら、これくらいのハンデがないとな!!」

 「言ってくれるじゃん」

 激しくなる一方の殴り合いは、休憩も挟まずに時間だけが過ぎて行く。

 その間、明るくなっていく空に起きてくる人々が、なんの騒ぎかと次から次へと広場に集まってきた。

何が楽しくて、人が殴られているところなど見ているのかは知らないが、焔紫は注目されるのが好きだからなのか、人が集まるにつれてより強くより激しく祥哉を殴る。

 そんな焔紫が気に入らなくて、祥哉も負けずに焔紫に何発も入れていた。

 痣が出来ても、血が出ても、2人は相手が倒れるまで殴り続けた。

 それを見ていた火鼎は、目線は2人に向けたまま話す。

 「このままじゃ、決着つかなさそうだね。てか、よくもまああれだけ焔紫に殴られていながらも、立っていられるもんだね。信じられないよ」

 「・・・・・・」

 袮颶嶺は空を見て太陽の傾き具合を確認すると、また2人に目線を戻した。

 体力が切れそうな様子もなく、だからといって、どちらかがどちらかを倒せるかと言ったらそういう感じでも無い。

 今日は夕方から、隣国の王子たちが集まって晩餐会を行う予定となっているため、袮颶嶺としては時間がかかるのは不都合だった。

 「火鼎」

 「はいさ」

 袮颶嶺に言われ、火鼎は重たい腰をよっこいしょと持ち上げると、祥哉と焔紫の方に近づいていった。

 それに気付いた焔紫は、思わず火鼎を睨みつけるが、火鼎がくいっと顎で袮颶嶺を指したため、焔紫は唇を尖らせる。

 祥哉も火鼎がこちらに向かってきていることは気付いていたが、特に気にしてはいなかった。

 「お前の力なんて借りねえぞ」

 「早く終わらせないからだよ。兄貴が怒る前に終わらせないとでしょ」

 「そりゃそうだけどよ」

 納得出来ていない焔紫だが、そんなことお構いなしに火鼎も祥哉に向かってくる。

 火鼎の馬鹿力は、嫌というほど身に沁みて分かっている祥哉は、とにかく受けてしまったら終わりだと、避けることに専念する。

 一方、避けたら避けたで焔紫の攻撃もあるわけで、次第に喧嘩は焔紫と火鼎の方が優勢となっていき、祥哉は避けるだけで精一杯になっていた。

 「ちょっと焔紫、ちゃんと狙ってる?」

 「うるせぇよ!!俺ぁ兄貴だぞ!お前が合わせるべきだろ!!」

 「耳元で叫ばないでよ、五月蠅いな。焔紫はきっと一番先に耳が遠くなるね。おじいちゃんになる前に補聴器が必要になるね」

 「お前謝れよ。全世界で補聴器使ってる人に謝れよ。おじいちゃんがみんな補聴器つけてると思ってんじゃねえぞ!!!」

 「あーもう、いちいち叫ばなくても聞こえるって」

 焔紫と火鼎は、なにやら言い合いをしながらも、祥哉への攻撃を止めない。

 しかし、それでもなかなか倒れない祥哉に痺れを切らしたのは、袮颶嶺だった。

 イライラしている様子は、その姿からは確認出来ないが、袮颶嶺のことを小さい頃から見ていた焔紫と火鼎は、今とても袮颶嶺がイライラしているのだろうと感じ取っていた。

 袮颶嶺の目線を感じ取ると、まずは火鼎が祥哉の足元を狙って拳を叩きこむ。

 すると地面が割れて、祥哉は少しだけバランスを崩してしまった。

 その隙に焔紫と火鼎は後ろに回り込んで、祥哉の身体を2人でがっちりとホールドする。

 「悪いな。もう待ってられねぇみたいで」

 「なんだかんだで、兄貴が一番短気なんだよね、参っちゃうよ」

 2人が何を言っているか分からないが、祥哉は出来る限り抵抗してそこから逃れようとするが、片腕は折れているうえに、こうして男2人に押さえこまれたら、どうにも動けない。

 身体をなんとか捻じっていると、これまでずっとそこから動こうとしなかった袮颶嶺が、ようやく足を動かした。

 「兄貴、俺一応今日お気に入りの服だから、あんまり汚さないように頼むよ」

 「了承は出来ないよ」

 焔紫の言葉にもにっこりとほほ笑む袮颶嶺は、剣を取り出した。

 そういえば、あまり気にしていなかったが、今日は広場に来たときから腰に下げていたな、なんて今更思っていた。

 そして祥哉の首筋に刃をあてがうと、とても優しい表情でこう言った。

 「所詮お前は、名も無き人だ」

 剣を振り上げると、誰よりも優しい笑顔を浮かべたまま、袮颶嶺は剣を振り下ろした。

 走馬灯のように、色んなことを思い出す。

 祥吏と喧嘩したことも、祥吏が死んで沢山沢山泣いたことも、冰熬に出会って怒ったり呆れたりしたことも。

 ただ時間だけが止まったように、祥哉は目を瞑ることもなく、目の前で鋭く手入れされている剣の切っ先を眺めていた。

 スローモーションのようにゆっくりと瞬きをすれば、もうそこに自分がいないような気がしていた。

 これで、楽になれると思った。




 「兄貴!!」

 「・・・誰?」

 振り下ろされようとしていた剣は、その場で止まっていた。

 決して時間が止まったわけではない。

 剣を振り下ろそうとしていた袮颶嶺の後ろから伸びた、剣ではない、黒くてそれでいて切っ先がとがったものが、袮颶嶺の動きを止めたのだ。

 焔紫と火鼎は助けに行こうと、捕まえていた祥哉の腕を放すと、袮颶嶺の背後にいる男に向かって行く。

 しかし、男はひらりと宙を舞うと、祥哉の前に背中を向けて立ちはだかった。

 「お前・・・」

 「よう。危機一発だったな」

 見覚えのある、オレンジの髪にオッドアイ。

 「お前誰だ!?そいつの仲間か!?」

 「・・・・・・」

 袮颶嶺は、自分の首筋をゆっくりと指先で摩りながらその男を見ていた。

 初めてみる男に、3人は警戒を露わにする。

 「俺は丗都ってんだ。よろしくな。祥哉とはつい最近知り合って、まあなんだ、そういうわけだ」

 「分かんねえよ・・!!丗都!?聞いたことねえぞ!!?」

 「そうイライラするな少年。カルシウム不足なら、俺がとっておきの牧場から牛乳を送ってやってもいいぜ?」

 「馬鹿にしやがって!!」

 今にも飛びかかってきそうな焔紫に対し、丗都はニコニコと余裕そうに返す。

 しかしその表情も一瞬、何かを感じ取ったように鋭い目つきなったかと思うと、丗都は大きな声でこう言った。

 「それから、コソコソ隠れてる奴、出てこいよ!!」

 「?」

 誰のことを言っているのだろうと、祥哉は回りを見渡してみるが、特に国民以外にはいないような気がする。

 丗都のことを見てみると、丗都はにんまりと笑ったままだ。

 袮颶嶺たちに視線を向けてみると、3人が互いの顔を見合わせていたため、何かあることだけは分かった。

 それから少しして、どこから現れたのかは分からないが、1人の少女が空から降ってきた。

 綺麗な黒い髪に茶色の目をしており、背もそれほど高くなく、全身は黒服で動きやすいような格好をしている。

 「紅陰と申します」

 「おい紅陰!お前何勝手に出てきてんだよ!!勝手な真似するんじゃねえよ!!」

 「止めろ、焔紫」

 紅陰という少女の登場によって、焔紫は突然怒り出した。

 それを袮颶嶺が止めるが、怒声が続く焔紫に、紅陰は大きな目を細めていた。

 それがまた気に入らなかったようで、焔紫は紅陰に掴みかかろうとしたのだが、火鼎に足を引っ掛けられてしまい、転んだ。

 すぐに立ちあがって火鼎になにやらまたギャンギャン喚いていると、矛先が紅陰に舞い戻ってきた。

 「だいたいな!!妾のガキなんて、俺は一緒の城に暮らすこと自体が間違いだって何度も親父に言ったんだ!!それなのに、親父の奴はこいつを追い出さなかった!!」

 「焔紫、それはずっと昔に納得したはずでしょ。親父も兄貴もそれでOKしたんだから、俺達には決定権はないって」

 「知るかそんなこと!!」

 ギロリと焔紫は祥哉を睨みつけると、袮颶嶺にこう告げる。

 「俺とこいつで祥哉はやる。俺より目立ってるあいつは兄貴頼むぜ」

 ふう、とため息を吐くと、袮颶嶺は再び剣を持ち、紅陰も同じように丗都に向かった。

 「俺は女の子とやる心算はねえんだっつの」

 「手加減なさらずとも結構です。私は幼少期より銃を持たされておりますので」

 「こりゃ過激な子だな」

 困ったように笑っていると、いきなり袮颶嶺が剣を持ってそれを振るう。

 丗都は乱暴でもなく、むしろ丁寧とも言える袮颶嶺の剣さばきを軽く避けていく。

 明らかな殺気を放つ焔紫とは違い、袮颶嶺から殺気らしきものは放たれていないのだが、だからこそ厄介だ。

 感情を露わにしない人ほど、動きが読み難いく、本当に丗都のことを殺す心算なのかさえ分からないのだから。

 それでもしっかりと、首や脇、それから心臓あたりを狙ってくるところを見ると、袮颶嶺は丗都を殺す心算なのだろう。

 紅陰が姿を消し、また影から丗都と祥哉を狙うようだ。

 「薇麗咫袮颶嶺。聞いてたよりも随分と権威主義を纏ってる様子で何よりだ」

 「周りがどう言っているかは知らないが、俺はただ、父上の言う通り動いているだけ。これが俺だ」

 「立派な家族だな。親父の言う事はちゃんと聞くってか。母親はどう思ってるんだろうな」

 「母上はもういない」

 その言葉で、3人の母親がもうこの世にはいないことが分かった。

 だからといって同情する心算など丗都には毛頭ないのだが。

 「火鼎が生まれて2年後、母上は亡くなった。父上は寂しさを紛らわせるために妾をとり、紅陰を宿した。しかしその妾もすぐに他界した。俺達がどう生きるべきなのかを押してくれたのはあくまで父上だ。俺は父上には決して逆らわない」

 「・・・ほうほう。そりゃ大したもんだ。普通の子供ってのは、少なからず一度や二度は反抗するもんだが、それが無いってのもどうかとは思うがね」

 「お前たちには分からない、こちらにはこちらの事情があるんだ」

 だろうな、と答えながら、丗都はニヤリと笑い、袮颶嶺の剣を受け止める。

 それは先程袮颶嶺の首にあてがっていたもので、きっと見た事がある人もいるだろうが、その人達はきっとこう呼んでいるだろう。

 “クナイ”と。

 激しい金属音が衝突し合っている中、紅陰も色んな場所から丗都を狙って撃っているようだが、丗都は気配だけでその攻撃を察知し、避けたりクナイで弾く。




 一方、祥哉は焔紫と火鼎を相手にしていた。

 一般人を相手にするなら、2人相手でもなんとかなるのだろうが、こうして喧嘩慣れしている男と馬鹿力の男相手では、さすがに祥哉にも疲労が見える。

 「そろそろエンディングか?」

 「焔紫邪魔だよ。俺がやるから」

 「ああ!?なんでだよ!?言っただろ!俺の獲物だって!!お前こそ邪魔なんだよ!!」

 言い争いを始めてしまった2人だが、どういうわけか、こういう時は意見がすぐに一致したようだ。

 2人でやればいい、と決まったその決着法に、祥哉は苦笑いをする。

 こんなところで死ぬ予定ではなかった。

 確かに長生きはする心算など無かったが、それでももう少しだけ、せめて冰熬よりは後に死のうと思っていた。

 しかし、腕は折れ、体力も限界に近づいてきている。

 ―祥吏、ごめんな。

 ―俺ももうすぐ、そっちに逝くから。

 自分の方に向かってくる焔紫と火鼎を見て、小さく微笑んだ。

 力尽きるとはこのことだろうか。

 いや、力ならまだ残っているのかもしれないが、それを出す気力というのか、元気というのか、心算というのか、それがない。

 もうここで倒れてしまった方が、全て終わらせられるのだからと、祥哉は先日とは違う、真っ青で雲1つない空を見上げる。

 そう思っている間にも、焔紫と火鼎は祥哉に向かってくる。

 逃げられるはずだが、身体が言う事を聞かない。

 ゆっくりと目を閉じて、祥哉はこれから来るであろう衝撃に備えていた。

 しかし、それは訪れることはなかった。

 「フェアじゃねえな」

 耳に聞こえてきた低い声は、丗都のものとは違う。

 目を開けて、下を向けていた顔をあげてみると、そこには大きな背中があった。

 「へ・・・?」

 冰熬にも似たその佇まいだが、その背中の主は煙草を吸っていた。

 「おいおい、なんだよてめぇ・・!!」

 「尋常じゃ無い殺気出してたね。焔紫、もう少しで気絶するところだったんじゃない?」

 「今そんなふざけたこと話してる場合じゃねえだろ!!」

 普段からお茶らけている焔紫が、頬を引き攣らせながら火鼎を一喝していた。

 「フェアじゃねえって、てめぇ、これがまっとうな喧嘩にでも見えんのか!?俺達ぁ殺し合いをしてんだよ!!!フェアじゃなくても、勝ちゃあいいんだよ!!」

 ふー、と煙草の煙を吐いたかと思うと、短くなったそれを、ポケットから取り出した携帯灰皿に押し込んだ。

 「まっとうな喧嘩だろうが殺し合いだろうが、やり合う時ぁサシで勝負すんのが男ってもんだろ」

 「琴桐、登場するのが遅いよ。俺一瞬ひやっとしたからね」

 「もうちっとマシな戦いをすると思ってたんだがな。おい小僧」

 ようやく祥哉の方を振り返ってきた背中、つまりは琴桐は、後ろで呆然としている祥哉に声をかけた。

 「足手まといなら御免だ。戦わねえならさっさと帰んな」

 「・・・!まだ平気だ」

 琴桐から発せられるただならぬ空気に、焔紫はゴクリと唾を飲み込んでいた。

 しかし、その隣にいた火鼎は、恐怖よりも好奇心の方が勝ってしまったようで、いきなり琴桐に突進していった。

 「・・・・・・」

 琴桐は新しい煙草を取り出すと、火をつける前に口に咥える。

 そして火鼎の拳を素手で受け止めようとしていたため、それを一度受けてしまっている祥哉は声を出そうとしたが、間に合わなかった。

 火鼎の力を素手で受け止められるはずがないと、火鼎自身も思っていたのだろう。

 琴桐が火鼎の拳を受け止めた瞬間、火鼎は口元を歪めて笑みを浮かべ、今度は蹴りを入れる準備をしていた。

 「え・・・」

 通常の人間ならば、その骨は折れているだろう火鼎の攻撃を受けた琴桐だが、その腕で火鼎の蹴りも受け止めた。

 受け止めていない方の手で煙草に火をつけると、琴桐は掴んだ火鼎の足を軽く放り投げた。

 いや、軽く投げたように見えただけであって、火鼎の身体はどこかの家の壁にめり込んでいた。

 空に向かって煙を吐いている琴桐に、火鼎はまだ立ち向かおうとする。

 「無理しねぇ方がいいぞ」

 「む、無理なんて・・・」

 「肋骨も足もイッてるだろ。すぐに治療すりゃすぐ良くなる」

 火鼎の馬鹿力は、誰よりも知っているであろう焔紫は、火鼎が軽々と投げられてしまったのを見て、一歩後ずさっていた。

 祥哉とて、火鼎の常人以上の力を分かっているため、あの攻撃を受けてもなんともない琴桐が信じられなかった。

 平然と煙草を吸っている琴桐に、フラフラの火鼎はまだ飛びかかってくる。

 「・・・若ぇってのは無知か、それとも自信過剰か」

 「うあああああああ!!!」

 火鼎の腕を掴み、琴桐は火鼎の頭に向かって自分の頭をぶつけた。

 簡単に言ってしまえば頭突きをしたのだ。

 火鼎は気を失ってしまい、その場に倒れ込んだ。

 それを見ていた焔紫は、背中あたりに隠していた30センチほどの長さのあるナイフを取り出した。

 「まじかよ・・・おい!ふざけんじゃねえぞ!!!俺達ぁ薇麗咫家だぞ!!俺達にたてついて、どうなるか分かってんだろうな!!」

 ナイフを琴桐に向けながら、焔紫は震える声で叫ぶ。

 「お前らなんか、ぶち殺してやるからな!謝ったってもう遅い!!言う事を聞かねえ奴なんて、いらねぇんだよ!!!」

 焔紫が叫んでいる間も、琴桐は煙草を吸い続けていた。

 祥哉はなぜか、落ち着いていた。

 気が狂ったように叫び続ける焔紫は、さらにこう続ける。

 「紅陰!俺を守れ!!盾になれ!お前はどうせ生まれてくるはずのなかった存在なんだ!!ちっとは俺達の役にたてよ!!」

 「おい、お前の弟、壊れたぞ」

 「もとからだ」

 焔紫はそのナイフで琴桐に攻撃をしていたが、あまりに震えていたからか、ナイフを落としてしまった。

 それを拾った祥哉は、ナイフと焔紫を交互に見た。

 少し離れたその場所からでも分かる琴桐の強い気配に、袮颶嶺も口を開く。

 「紅陰、焔紫の言うとおりだ。お前は俺達の盾になってこそ生きてる意味がある。もし俺達に何かあれば、分かってるだろうな」

 「おい!?お前まで何言って」

 すると、姿を消していた紅陰がすうっと現れた。

 「ちっ。こいつらトチ狂ってやがる」

 丗都がそうつぶやくのが早いか、紅陰が銃を琴桐と祥哉に向ける。

 何発が撃つがそれは当たらず、焔紫はただ助けろと喚くばかり。

 祥哉が拾った焔紫のナイフに銃弾が当たると、それは弾かれて再び焔紫の足下に戻ってきた。

 焔紫はそれを急いで拾うと、自分の近くに寄ってきた紅陰の首元の襟を強引に掴んで自分の方に引き寄せた。

 そして言葉通り、紅陰を縦代わりにして琴桐に近づいて行くと、急に紅陰を琴桐に向かって投げ着ける。

 紅陰は琴桐に凭れかかるように前のめりになって倒れ込むと、焔紫はニヤリと笑った。

 「・・・!!」

 紅陰の背中から腹にかけて、焔紫はそのナイフで紅陰の身体を貫いてのだ。

 そのナイフは琴桐にささることはなく、手前で紅陰が自身の手で押さえていた。

 「ぐはっ・・・!!」

 紅陰は口から血を流し、その場にゆっくりと跪いた。

 焔紫は背中から貫いたナイフをもう一度強引に引き抜くと、紅陰の血がついたソレを琴桐に向けてきた。

 琴桐は吸っていた煙草をまた携帯灰皿に入れ、仕方なく焔紫の相手をしようとしたのだが、その横を祥哉が通る。

 「手を出さないでくれ。こいつみたいな奴、俺で充分だ」

 祥哉はただ無表情に、焔紫に近づく。

 いつものようにキレているわけではなく、人を人と思っていないようなこんな男と同等に言い争いをしていたかと思うと、そんな自分が情けないだけだ。

 武力では何も変わらないと冰熬は言っていた。

 だからこれは、武力などではない。

 「もしお前と、別の形でこうして会えていたとしたら、友達になれてたかもしれないな。その歪んだ性格も全部、環境のせいだとしたならな」

 「ウルセぇえ!!!!俺に逆らうんじゃねえ!!俺は偉いんだ!!てめぇらクソみたいなゴミと一緒にするんじゃねえぞ!!!住んでる世界が違うんだよ!!身の程を知れ!!」

 「兄弟は兄弟でも、違うもんだな」

 「てめぇなんぞ、一生奴隷として働かせてやろうか!!!一生、俺の靴を舐めさせてやろうか!!!」

 ナイフをブンブンと振りまわしながら叫ぶ焔紫に近づいて行く祥哉。

 逃げることもせず、ただ時折ひゅんっと風を切る音が聞こえてくるが、祥哉の身体に傷をつけることはない。

 祥哉は折れていない方の腕に、渾身の力を込める。

 「俺は、俺で良かったよ」




 祥哉の拳は見事に焔紫の顔面に当たり、焔紫はふらっとする。

 顔から血を流しても、焔紫はニヤリと笑ったまま倒れなく、祥哉はもう一発入れようかと準備をしていると、焔紫はその不気味な笑みを浮かべたまま、倒れてしまった。

 殴られて気を失ってしまったのか、それともとうに精神など保たれていなくて、肉体も限界に達していたのか、それは祥哉には分からない。

 「そんなに強く殴ったつもりないんだけど」

 「小僧たち相当殴り合ってたんだろ?そいつもハイになってて、自分の身体のことも分からなかったんだろうな」

 焔紫までも倒れてしまったのを見ても、袮颶嶺は動揺することはなかった。

 「弟たちはしばらく起き上がれねぇな。あんたもどうよ?降参したら?」

 「それは無い。例え焔紫や火鼎が倒れようと、俺はこの国の頂点に立ち、この国を守って行かねばならない」

 その言葉に、丗都は喉を鳴らして笑った。

 首を横に振りながら、やれやれといった具合にため息を吐いているその姿は、袮颶嶺を馬鹿にしているようにも見える。

 丗都が笑っていることに少しばかり眉間にシワを寄せた袮颶嶺は、初めて、他人に対して殺気を露わにする。

 「横暴な主を持つと、下っ端は大変なもんだぜ?」

 「横暴ではない。人はそれぞれいるべき場所がいる。適材適所、それはつまり、生まれながらにして人は人生が決まっているということだ」

 袮颶嶺の解答に、丗都はまた笑った。

 「そりゃな、人ってのはそれぞれだから、適材適所はあるだろうな。けど、それは使い方が違うだろ」

 丗都はずっと手に持っていたクナイを懐に戻す。

 「自分が出来ること必死にやる。出来ねえことは仕方無ぇ。頑張ろうと思ったって、限界がある。得意なことも不得意なことも、好きなことも嫌いなこともあるからな。その得意なことや好きなことをやって、不得意なことや嫌いなことは頼む。それに上下関係はねぇよ」

 「俺に不得意なことも嫌いなこともない」

 「だから自分は有能だってか?笑わせるなよ。どんな奴にだって1つくれぇはあるもんさ。そうだな、お前の嫌いなことは、小馬鹿にされて笑われることとか?」

 そう言って丗都がニヤリと笑うと、袮颶嶺はピクッと眉を潜ませた。

 それはとても小さな動きで、距離がある程度あったらわからなかっただろうが、丗都は生憎近くにいるため、ちゃんと見えた。

 些細なその動きを丗都に見られてしまったことでさえ、袮颶嶺にしてみれば不愉快なものだった。

 袮颶嶺は剣を構えると、丗都も同じように身構える。

 勝負は、一瞬だった。

 袮颶嶺が間合いで丗都に詰め寄るが、丗都はその剣をスレスレで避けると、身体を屈めて袮颶嶺の懐に入り込む。

 そのまま、勢いよく拳を振り上げた。

 袮颶嶺は軽く宙を舞い、剣を落として背中から倒れた。

 きっとこれがボクシングだったら、ゴングが鳴っていただろう。

 まだ息のある袮颶嶺だが、どういうわけか、身体が動かない。

 そんな袮颶嶺に近づいて行くと、丗都は背中に青空を背負いながら、こう言った。

 「女を盾にするような奴、お天道様が許しても、俺が許さねえよ」

 「・・・ふん。これから先、どうなっても知らんぞ」




 「治療費」

 「お疲れさん。やっぱりお前に頼んで正解だったな。さすがだ」

 「いや、褒め言葉とかはいらねぇから、治療費よこせよ」

 「金だけじゃ命は救えないからな。それを分かってるのはお前だけだ。俺も助かったよ」

 「いやだからそうじゃねぇって。治療費だよ治療費」

 「先生さんよ、俺ぁこいつを見送ってくるから、様子見ててくれ」

 国にある大きな病院にいた。

 少女、紅陰は目を覚ますと、まだこの世界に自分がいることにため息を吐いた。

 白衣に白髪のおじいさん先生が見えて、紅陰は御礼だけを言っておこうとした。

 しかし、おじいさん先生は紅陰が御礼を言う前に、ホッホッホ、と独特の笑い方をしながらこう言ってきた。

 「目が覚めたんじゃな。たった今行ってしまったところじゃ」

 「?誰がです?」

 「紅陰様を治療してくださったお方じゃ。名を聞きそびれてしまったがのう」

 「えと、先生じゃないんですか?」

 現状を理解出来ていない紅陰が困ったように尋ねると、そのおじいさん先生は椅子を持ってきて腰を下ろした。

 おじいさん先生の話によると、紅陰は出血が多く、傷口も開いていた。

 他の優秀な医者たちはみな、袮颶嶺や焔紫、火鼎の方を優先して治療を始めてしまい、紅陰を治療しようとする医者はいなかったそうだ。

 紅陰の出血もあり、もうダメかと思っていたその時、白衣の男が現れたそうだ。

 黒い短髪に顎鬚、白衣を着ているにも関わらず、医者とは思えない気だるげな様子で、煙草を吸って登場したそうだ。

 自分は医者だと言うその男を、初めは怪しいと疑っていたのだが、他に治療出来る医者もおらず、その男に頼むことにした。

 治療が始まってそれほど時間が経たないうちに、男は紅陰の治療部屋から出てきた。

 何かあったのか、それとも亡くなってしまったのかと聞けば、その男は呆れたような顔を見せてこう言った。

 「確かめてくりゃいいだろ」

 紅陰がどうなったのか確かめに部屋にはいると、すでに治療は終わっていて、紅陰は心拍数も正常、輸血で出血の方もなんとかなっていた。

 傷口も綺麗に縫われており、徐々に紅陰の顔色も良くなってきた。

 部屋を出て、男に何者なのか聞こうとしたとき、もう1人別の男と話をしていた。

 「袮颶嶺様たちは?」

 「あちらも無事じゃ。出血もなく、ただ気絶していただけじゃからのう」

 「そうですか・・・」

 「どうしましたかな?そのような暗い顔をなされて」

 生き延びることが出来たというのに、紅陰は悲しそうな顔をしていた。

 そして、小さな声で言葉を紡ぐ。

 「私なんて、死んだ方が良かったんです」

 「何を仰いますか」

 「どうせ、生きていたって、妾の子だと罵られるだけです。私として生きて行くことは出来ないです。それならいっそ、今ここで死んでしまった方が良かったです」

 小さい頃から、邪魔な存在だと思われていることは分かっていた。

 母親が亡くなり、誰も自分のことなど相手にしなくなっていた。

 父親は城にいることは許してくれたが、正妻の子ではないと知れると後に面倒なことになると言って、影で生きて行くことを勧めてきた。

 その小さな手に大きくて重たい、そして冷たい銃を手渡され、息子たちのために銃を持っていろと言われた。

 何度か袮颶嶺たちと顔を合わせたことがあるが、これといった会話もなく、焔紫に至っては叩かれたことがある。

 何か粗相をしてしまったというわけではなく、単に焔紫の機嫌が悪い時に出会ってしまったらしく、八つ当たりをされたのだ。

 それでも女の子だからと、顔に痣が残ってはいけないといって、袮颶嶺が国の大きな病院、といっても城と隣接しているのだが、そこに連れていってくれた。

 優しいと思ったのも束の間、袮颶嶺はこう言ったのだ。

 「顔さえ綺麗にしておけば、没落しそうになったとき、高額で売れるかもしれない」

 優しくて、残酷だった。

 とても女好きな人、それがどこの国の人でどう言う人なのかは知らないが、その人が来たときも、父親は相手の機嫌を取る為に、娘を生贄にした。

 まだ幼い紅陰は、見ず知らずの男と肌を合わせた。

 その時の恐怖や絶望、痛みに喪失感は、この先も決して忘れることは無いだろう。

 それでも、誰一人として紅陰に言葉をかけてくることも、手を差し伸べてくれることもなかった。

 愛情を注いでくれる人なんていないこの世界で、まだ大人とは言い難い少女が1人で生きて行くことも出来ず、紅陰は大人しく息を潜めて生きていた。

 銃もそれなりに上達してきたと思っていたが、まだまだだったようだ。

 気付くと、紅陰は泣いていた。

 感情などとうに棄ててきたと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 「ようやく自分になれたか、譲ちゃん」

 「へ?」

 ふと、声がした方に視線を向けると、そこには銀髪で顎鬚、黒い服を着ている男が立っていた。

 それは紅陰の治療をした男と話をしていた男のようで、おじいさん先生はその男にお辞儀をすると部屋から出て行った。

 先程までおじいさん先生が座っていたその椅子に腰を下ろすと、男は紅陰に向かって小さく微笑んだ。

 「生憎、そんじょそこらの医者よりも優秀な医者が知り合いにいてな。死にてぇと思っても、なかなか死なせちゃくれねぇんだよ」

 「・・・あ、あの、御礼を」

 「あいつならもう帰ったよ。それに、礼を言われたくてやってるわけじゃねぇ。あいつの趣味なんだ、気にするな」

 「趣味、ですか・・・」

 「ああ、それより、譲ちゃんはこれからどうするんだ?」

 男に尋ねられると、紅陰は黙ってしまった。

 何も考えてなどいなかった。

 こうしてここに今生きていることが不思議なのに、これからどうしようというのか。

 ずっとここで生きて行くことしか考えていなかった紅陰は、ここで死んでいくと思っている。

 「私は、これまで通りです。袮颶嶺様、焔紫様、火鼎様を影から守って行くだけです」

 「・・・そうかい。俺ぁてっきり、この国を出て行くもんだと思っていたがね」

 男の言葉に、紅陰は小さく笑う。

 「何度も出て行こうと思いました。でも、ここは私が生まれた場所です。母が埋まっている場所です。それに、この国で苦しんでいる人たちを置いてはいけません」

 「・・・・・・」

 袮颶嶺たちなんかよりもずっと、この国のことを想っているだろう紅陰は、それによって動きを制御されている。

 「根は、悪い人たちじゃないんです、きっと。ただ、彼らも迷っているんです。おかしいですよね、殺されかけたのに。でも、私にはこの生き方しか出来ないんです」

 「・・・まあ、譲ちゃんもあいつらもまだ若ぇ。生き方なんて、これからだって幾らでも変えられらぁ」

 そう言うと、男は椅子から立ち上がって紅陰に背を向けた。

 紅陰が「あ」と口を開くと、男は戸を開けて、背を向けたままこう言った。

 「だがな、生まれたからには、誰しもが日向で生きていく資格があるんだ。植物だって、陽が当たらなきゃ枯れちまうよ」

 閉められた戸を眺めながら、紅陰は何かを考えていた。

 「日向、か」




 その頃、国中ではこんな話しで盛り上がっていた。

 「袮颶嶺様たち、御無事なんだって?」

 「ああ、らしいぞ。何しろ、優秀な医者が沢山いるからな」

 「そんな大怪我してたか?」

 「怪我っていうか、傷ひとつあるもんなら昔から大騒ぎしてたじゃねえか」

 「そりゃそうだが、なら、あの娘はどうなったんだ?なんか妾がどうのとか、焔紫様言ってなかったか?」

 「ああ、なんでも妾の子らしい。だが、焔紫様に刺されて死んだんじゃないか?」

 「え?治療は?」

 「治療たって、医者はみんな袮颶嶺様たちの方に行ったって聞いたぜ?一番重症な人を置いていくなんて、さすがとしか言いようがないよな」

 「ああ、その子なら別の医者が治療したらしいぞ」

 「別の医者って?」

 「いや、俺も知らないけど、見かけない白衣の男が来て、治療して行ったってよ」

 「なんだ?何者だ?」

 「さあ?それより、今回のことで、少しはマシになるといいよな」

 「どうだろうな。袮颶嶺様たちをのしちまった奴等の方が心配だよ。薇麗咫家に手を出しちまって」




 そんなこと無関心で、祥哉は古民家にいた。

 正確にいうと、祥哉だけではなく、丗都と琴桐、それから冰熬もいた。

 「なんであんたたちがいるわけ?俺を帰らせといてさ」

 「祥哉、眠いなら寝ろよ」

 「眠くない」

 ウトウトと船を漕ぎながら、そして重たそうに瞼をゆらゆらさせながら、祥哉は琴桐と丗都に話しかけていた。

 「祥哉を追い返してからずっと、着いてきてたんだ」

 「もしかして、ここを突きとめるために俺をわざわざ帰したのか」

 「だからごめんってば。祥哉、腕折れてるんだから、無理しないで寝てな。しばらくは安静にしてた方が良いよ」

 自分だけが寝るのが悔しいのか、祥哉はなかなか寝ようとしなかったのだが、眠気には敵わず、そのうち身体を横にしていた。

 すーすー、と規則正しい寝息が聞こえてくると、縁側で煙草を吸っていた琴桐が口を開いた。

 「丈夫な小僧だな」

 「腕も折れてたけど、もう治りかけてるって言ってたしね」

 「ますます頑丈な小僧だ」

 ぷはー、と煙を吐いていると、冰熬が「おい」とだけ言って来て、掌を上にして手を伸ばしてきた。

 琴桐は煙草を一本取り出すと、冰熬に渡す。

 囲炉裏の火をつけて口に咥えると、久しぶりの煙草の味に、冰熬は少し咽てしまった。

 「禁煙してたんじゃなかったの?」

 「禁煙中止だ」

 きっぱりとそう言い切った冰熬に、丗都はケラケラと笑っていた。

 2人して煙草を吸っている間、丗都は身体が弱っている祥哉のためにと、消化に良いおじやを作っていた。

 ちらっと冰熬と琴桐を見て、なんとなく似てるな、と思って笑っていたら、それに気付いたのか、2人同時に睨まれてしまった。

 「それより、祥哉って面白い奴だね。2人の出逢いはなんとなく聞いたけど、冰熬もよく自分を殺そうとしてた祥哉を助けたね」

 「・・・・・・」

 ふー、と2人して煙を吐いたかと思うと、冰熬は煙草を囲炉裏の中の灰に押しつけた。

 「生意気な奴だろ」

 「お前と似てな」

 「似てねぇだろ。俺ぁもっと可愛げがあったよ」

 「無かったな」

 「え?え?やっぱり琴桐と冰熬って、知り合いなんだ?昔からの知り合い?どこで?どんな風に?」

 冰熬の昔のことを知っているような口ぶりの琴桐に対し丗都が質問をすると、琴桐は吸っていた煙草を手で握りつぶした。

 「他人のことを詮索するな。何度言えば分かるんだ」

 「ごめんごめん。だってさ、英雄とも言われてる冰熬と会って、こうして琴桐と知り合いだって分かったなら、このチャンスを逃すわけにはいかないじゃん?」

 「・・・英雄、ねぇ」

 冰熬はぽつりとそう言うと、琴桐は縁側から冰熬と丗都の間あたりに腰を下ろす。

 パチパチと火が踊る音だけが部屋の中に響く中、冰熬も琴桐も黙ってしまったため、丗都も同じく黙っていた。

 それからしばらく沈黙が流れた後、琴桐が新しい煙草を口に咥えたタイミングで、冰熬が口を開いた。

 「英雄も、所詮は殺戮者だ」

 「・・・・・・」

 「殺戮者・・・」

 思いもよらない冰熬の言葉に、丗都は目を見開いてしまった。

 そんなこと、考えたことなかったからだ。

 「1人殺せば人殺しだが、大勢殺せば英雄なんて、誰が言ったか知らねえが。1人だろうと何人だろうと、殺せば殺戮でしかねぇ。英雄と呼ばれていても、そいつに殺された側の人間からしてみりゃ、ただの悪魔だ」

 「そうしなくちゃいけないとしても?」

 「ああ。それに、直接手を下してないとしてもよ、大事な人を失った奴からしてみりゃ、関わった人間全てが恨むべき存在に成り得る」

 「難しいね。自分が生きるために、向けられた刃をどうするべきか。それが分からないから、人は戦争をするんだろうね」

 「一丁前のこと言ってんじゃねえよ」

 ぽか、と軽く丗都の頭を叩くと、琴桐は履物を履いた。

 「え?琴桐、もう帰るの?」

 「用は済んだろ」

 「そうだけどさ。もうちょっとこう、再会を喜ぶとかないのかな?」

 そうは言いながらも、琴桐を止める手立てなどないことを知っている丗都は、大人しく靴を履いた。

 おじやはもう食べられるよ、と冰熬に伝えると、冰熬は軽く手をあげた。

 戸を開けて先に丗都が出て行くと、敷居を跨ぐその一歩手前で、琴桐は冰熬の方を振り向いた。

 「2度と会わねえだろう」

 「・・・ああ。そっちこそ、あんまり面倒なことに首突っ込まねえようにな」

 「ふん」

 どういう内容なのか、丗都には分からなかったが、とにかく、冰熬と琴桐の2人には分かったようだ。

 丗都と琴桐が帰ってから1時間ほど経った頃、ようやく祥哉が目を覚ました。

 「腹減った・・・あ」

 「なんだ」

 「なに喰ってんだよ!!なんとなく俺のためのおじやじゃないのかよ!!」

 「祥哉覚えておけ。生きるために必要なのはまずは食だ。食べるってことは戦いだからな」

 「あんたには怪我人を労わるってことを教えてやりたいよ」

 「常人なら全治2カ月の怪我を2日で治すようなやつ、怪我人なんて言わねえんだよ」

 「ったく」

 そう文句を言って、祥哉は冰熬の目の前に座った。

 まだ腕は痛むが、こうしてのんびりと過ごす時間が、なんとも懐かしい。

 茶碗におじやをよそって食べると、五臓六腑に沁み渡る、なんて表現をしている自分に、祥哉は歳を取ったのかな、とも思った。

 「この国は変わるかな」

 「・・・さあな」

 「変わらないか」

 「・・・さあな」

 「なんだよそれ」

 「変わるか変わらねえかは知らねえが、お前がこの国でやったことは、きっと誰かには届いてるだろうよ」

 「・・・・・・あんたって、そういうとこズルイよな」

 「そういうこと言ってると、あいつにまた“小僧”って言われるぞ」

 祥哉はまたムスッとするのかと思っていたが、そうではなかった。

 困ったように眉をハの字にして、肩を揺らして笑っていた。

 それを見て、冰熬もまた笑う。

 食器の片付けをしている祥哉の背中を見て、冰熬は祥哉に聞こえるか聞こえないかくらいの声でこう呟いた。

 「でかくなったな」




 「え?何か言った?」

 「いや?とうとうお前も幻聴が聞こえるようになったか」

 「まじぶっ飛ばす」


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