「フィンガーボール」その後の物語
フィンガーボールの件があった三年後、王女様の周りの世界は大きく変わっていた。
東の大きな国が世界を自分達のものとしようと攻めてきていた。
あの食事会に来ていた国は、ほとんどが滅ぼされたか、支配されてしまっていた。
王女様の国は大きな国ではあったが、戦争などはしたこともなく、周りの国が侵略されていく様子を震えるように眺めていた。
「戦いましょう!」
そう叫ぶものがいた。
「我らの力を見せてやろうぞ!」
数人の男が武器を片手に王女の前に進み出た。
「戦っても勝てるはずないわ」
王女の隣の女が小さな声で呟いた。
「東の国には、無敵のコサック騎士団に一万挺の鉄砲隊、城を吹き飛ばすアームストロング砲まであるというではないか。」
「戦えば…、女、子ども皆殺しだ…」
「では、どうする!支配されるのを受け入れるつもりか?」
話は平行線のまま進み、意見が出終わると皆が王女の顔を見た。
王女は目を閉じ、黙ってただ聞いていた。
「もう少し、考えさせてくれないかしら…」
王女はそう言ってその場から離れた。
王女は答えの出ないまま数日の時を過ごした。そして、ついに東の国が王女の国を攻め滅ぼすため全軍を率いて進軍を開始した。
「国を明け渡そう…」
王女は部屋で一人、小さく呟いた。
2日後、王女の国は数千の大軍に包囲されていた。
王女は国を明け渡し、自らの命と引き換えに国民の命を救おうとしていた。
王女の部屋のベランダからは、数千の鉄砲、大きな大砲の筒先が城に向けられているのが見える。それが、いまにも火をふき出しそうに不気味に整列している。
王女は笑顔を作った。
(自らの命が国民を助ける、胸を張っていこう)王女が敵陣に降伏に行こうと部屋のドアを開けた。
「どこに行くんですか?」
ドアの前に男が立っていた。驚く王女を部屋に戻し、男はベランダに立った。
「私のことをお忘れかな」
男はベランダで日の光を浴び、ニヤリと笑った。
「え…」
王女は思い出せず、必死に記憶をたどる。
「フィンガーボール…」
男はそれだけ言うと、またニヤリと笑う。
(あっ…)
王女は一瞬にして、その日の記憶が甦った。数年前に一度会った男が、自分が死ぬという日になぜ現れたのか…、王女の頭は混乱し、言葉が出てこなかった。
「私はあの後、フィンガーボールの用途を知り、恥ずかしさでいっぱいになりました。そして、一度はあなたを恨みました。なぜ、その時に教えてくれなかったのか、その時に笑い者にされた方が気持ちが楽だったのではないか…。しかし、思い直し、貴女の気遣いに深く心を打たれた。遠く離れた礼儀を知らない国に対して、丁寧に対応し、私の気を害さないようもてなした。私はこの恩を忘れない、そう深く心に誓いました。」
男が話しているが、王女はなかば呆然として聞いていた。
「王女のピンチ、今こそ恩を返す時だ!私は恩を返せることに喜びを感じている。」
男は力強い声でそう言い放つと、本当に嬉しそうな無邪気な笑顔を見せた。
王女が何か言わなければと思っていると、男はベランダの手すりから東の国の大軍を睨み付け、持っていた拳銃を天に向け、撃ち放った。
(パン、パンパン)
乾いた銃声音が数発響き渡ると、遠くから「どどどどど」と地響きか聞こえてきた。
王女は状況が理解できていない。
遠くから、叫び声がかすかに聞こえたかと思うと、銃声も聞こえてきた。
王女は混乱しながらも、ベランダに駆け寄り、東の国の大軍を見つめた。
東の国の大軍が端から崩れていくのが、城のベランダからよく見えた。
(東の国の大軍が攻められている)
「安心して見ていなされ。」
隣にいた男が王女の肩をポンと叩いた。
「どれ、わしも暴れてくるかな」
男はそう言うと、ひらりとベランダから飛び降りた。
「あっ!?」
王女が驚いて下を見ると、器用に柱をつたってするすると下まで降りていた。降りるとすぐに駆け出し、待っていた部下と思われる者から武器を受けとると馬に飛び乗り消え去った。
勝負はあっという間だった。昼過ぎに始まった戦は、日が沈む前には終わっていた。
端から崩れていく大群は、勢いを増し、兵は四方八方に逃げ散り東の国の軍は壊滅した。
それから東の国は二度と攻めてくることはなかった。
その後、王女は国を救ったあの男には会えていない。