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呪われたヒロイン

 午後三時。

 シャワーから帰ってきたひなちゃんは、すやすやとお昼寝をしていた。


 瞳に俺が入院するハメになった原因を知られたのはショックだったが、それでも彼女は俺の事を嫌ったりせず……それより、俺もラノベ好きということに興味を持ち、ぜひ自分の作品を読んで欲しい、と言ってきた。


 俺としても、こんなかわいい子からそんな風に言われて、断る理由なんかない。

 それに、なろうで総合100ポイントを超えているという作品。読むのに苦労するようなシロモノではないだろう。


 彼女は、

「ちょっと待ってね……」

 と、自分のベッドの枕元から、大きめの筆箱、といった感じのモノを取り出してきた。


 その蓋をパカっと開けると、モノクロの液晶画面がついている。

 さらに下の部分を左右に広げると……なんと、折りたたみ式の小型キーボードが出現した。


「これ、ポムラっていう文章を書く専用の機械なの」

 と、自慢げに語る。


 なるほど、携帯もノートパソコンも持ち込み禁止の病室だが、乾電池で動く、電子手帳のちょっと大きいのみたいなこの機械は大丈夫だったか。

 そのポムラごと手渡してきて、操作方法を教えてくれる。


 で、瞳に言われるがまま、小説の内容を見てみる。

 彼女は対面のベッドに座って、緊張の面持ちでじっと俺の方を見ている……なんだか、集中しにくいなあ。


 最初に小説情報を確認する。

 まず驚いたのが、総文字数が五万文字を超えていたこと。

 一つの話でこれだけの文章量を書き続けられるとは、なかなか努力家だ。


 そしてあらすじを呼んでみる。

 特殊能力を持った女の子が、ひょんな事から主人公(男)の家に住み着く。

 その日から、主人公の家にはさまざまな超常現象が発生するようになる……。


「……なるほど、オチモノ系か」

「へえ、和也君、そんな専門用語知ってるんだ……すごいね」

 いや、別に専門用語っていうほどでもなくて、ラノベ好きなら誰でも知ってる。


 ……それより、俺、和也君って呼ばれた? 

 女の子に下の名前で呼ばれるなんて、小学校以来の気がする。

 親しくなれたからなのか、入院の原因を知って、子供っぽく思ったからなのか。


 で、肝心の内容は……普通に面白いっ!

 女の子が書いただけあって、所々少女マンガっぽいところはあるけど……いたる所で、あ、これあのときの伏線回収か、と感心させられるところ多数。


 文章も変に難しい言葉を使っておらず、自然と頭の中に情景が浮かぶ。

 俺が素直にそう言うと、彼女は上機嫌になってくれた。


「……でも、ポイントが伸びないの……それなりに見てくれる人はいるんだけど……小説賞に応募したこともあるけど、一次にも通らなくて……」

「ああ、賞に応募するなら、十万文字は書かないと。そういう制限のないところもあるけど、向こうも出版するの前提にしてるからね」

「へえ、詳しいんだ……」


 ……うっ、やばい。

 実は俺もなろうに投稿している事がばれてしまうっ!

 俺は慌てて、ポムラを集中して読んでいるふりをした。


 ……全部読み終わったのは、約一時間後。

 ひなちゃんが起きないように、小声でときどき感想や指摘を入れながら読んだのだが、

「和也君、読むの速っ!」

 と感心? してくれた。


 総合的な感想としては……彼女、相当素質があるように感じた。

 本当に、所々に感心させられるような発想の鋭さがある。


 ただ、欠点をあげるならば、オリジナリティーと、あと、バトル要素が中途半端なところか。

 それともう一つ。


「……あと、『なろう』は良くも悪くも、最近は異世界モノがはやっているから……」

「そう、そうなのよっ! そっちじゃなきゃ、もうポイント増えないのかな……」

「うーん、どうだろ。まあ、趣味で書くなら好きなジャンル書けばいいと思うけど」

「でも、私、作家になりたくて……」


 ……この子、俺と同じ夢を見てる……。

 なんか、ますます惹かれてしまうし……運命じみたものを感じる。


「異世界転生……じゃあ、主人公は一度、死んじゃうのよね……あっ!いいの浮かんだっ!」

 軽く手をぽん、と叩く。目がキラキラと輝いている。


「主人公、『花粉症用の点鼻薬と間違えて殺虫剤を鼻の中に噴射して死んじゃう』っていうの、どうかな……」

「……却下」

「ええっ、なんでっ! 凄くおもしろそうじゃないっ!」

「だってそれ、まんま俺じゃないかっ!」

「えっ、だって、さっき否定してたじゃない」

「うぐっ……」


 そうだった。あれはひなちゃんの妄想、ってごまかしたんだ。まあ、本当はバレてるっぽいけど。


「いや、でもそれだと単なる『出オチ』だろ?」

「ううん、そうじゃなくて……そうね、転生先では、『完全毒耐性』を持っているっていうのはどう?」


「毒で死んだから? ……うーん、ちょっとキャラが弱い気がするなあ」

「……だめかしら?」


「それなら、なんかその主人公を引き立てるようなヒロインが登場しないと……例えば、『ジュースと間違って農薬を飲んで死んじゃった女の子が仲間になる』とか」

「……ちょっと! それ、まんま私じゃないっ!」

「さっきの仕返しだよ」


 そう言って笑い合う。

 ……なんか気がつくと、もう完全に意気投合していた。


「でも、そうすると主人公と能力、被っちゃうね」

「ああ、そうだなあ……」

 二人して、数十秒悩む。


「……だったら、いっそ正反対にしようか?」

 彼女が、ぽつりとつぶやいた。


「……正反対?」

「そう。同じように毒で死んじゃったけど、ヒロインの方はそれが元で、常に毒を(まと)っているような、呪われた体で転生しちゃったの。それが魔物を倒す武器でもあるんだけど、そのせいで、親しくつきあえる人がいなかった」


「ふんふん、なるほど」

「ところが、主人公が側に居ると、その毒が完全に中和されて、周りに危害を及ぼさなくなるの。敵と戦うときだけ、その効力を有効にする。主人公とヒロインは、いつの間にか離れられないパートナーになっている」


「……おもしろそうだな。うん、やっぱり伊達さん、才能あるよ」

 と、俺が褒めると、彼女はちょっと不満げな顔になる。


 俺が不思議そうにしていると、

「……なんか私、知り合いから名字で呼ばれるの、苦手で……」

「え、そうなのかい?」

「うん……なんか、ちょっと名前負けしてるみたいで……」


「じゃあ、なんて呼ばれてるの?」

「えっと……なぜかお母さんからは『みーちゃん』って呼ばれているけど……」

「瞳、だからか。じゃあ、みーちゃん、才能ある」

 ……しかしそれでも、なぜか不満げだ。


「なんか、しっくりこないね……今一瞬、名前言ってくれたよね?」

「うん? 確かに瞳って言ったけど……」

「……それがいいかな? うん、私の事は『瞳』って呼んで」


 ……とくん、とまた鼓動が高鳴った。

 つい数時間前に会ったばかりのこの子が、自分の事を名前で呼んでくれと言っている……。


「あまり遠慮しないで。私のクラス全員、『瞳』って呼び捨てにしてるから、全然平気……ううん、そうでないと気持ち悪いかも」

 ……なんだ、クラスメイト全員そう呼んでるのか。


「そ、そうなのか? うん、じゃあ……瞳、才能あるよ」

「うん、ありがとうっ!」

 ようやく彼女は、笑顔になった。


 この時、俺は忘れていたのだが……彼女は女子高の生徒で、つまり、クラスメイトは全員、女の子だったのだ。


 そして瞳は、また小説のシナリオに思いを寄せる。

「……転生先でも呪われ、不幸になったヒロイン。彼女の血も、汗も、涙さえも猛毒であり、故に孤独に生きて行く事を運命づけられた狩人……」


 ……なんか、ちょっと中二病っぽいけど、さっき俺が言った通り、本当に才能がありそうだ。


 ちなみに、この時点で俺のなろう投稿作品、ポイントは約7300。


 しかし俺自身、壁に行き当たり、伸び悩んでいるし、なんか彼女のやる気を削いでもいけないので、この事実は黙っておくことにした。


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