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一目惚れ

 その少女の名前は、ひなちゃんによれば『ひとみ』らしかった。

 目は二重でぱっちりしており、たしかに『瞳』という名前ならばぴったりだと思った。


 もう少し話をしたかったが、ひなの母親、俺の母親がいたため、お互いに自己紹介もできないまま。


 ところが、俺の母親が帰った後、ひなが「シャワーを浴びる」ということで彼女の母親と出て行ってしまい……期せずして、俺とひとみは二人っきりになってしまった。


 しかも、ひなが元気よく

「またねーっ!」

 と手を振りながら出て行ったものだから、俺もひとみも手を振って答えて……お互いにカーテンを閉めるタイミングを逸してしまった。


 初対面で一室に二人だけ、しかも検査着しか身に纏っていない。

 ちょっと気まずい。


「あの……」

「えっと……」

 何とかこの空気を打破しようと、それとなく声をかけたのだが、向こうも同じだったみたいで声がハモる。


 ちょっとそれがおかしくて、二人して苦笑い。それで少し緊張が解けた。

 彼女が

「どうぞ」

 と、俺に発言を譲ってくれたので、

「いや、ちょっと自己紹介でもしておこうかなって思って」

 と言うと、素直に受け入れてくれた。


 そこでまず、俺が自分の高校一年生であることを告げると、彼女も

「一緒ですね。私も一年生なんですよ」

 と、嬉しそうに答えてくれる。


「でも、私、『阿女子』で……中学校も『阿女中』で、あんまり男の子とお話ししたことなくて、実はちょっと緊張してたりするんですよ」

 と、恥ずかしそうに話してくれた。


 ちなみに「阿女子」とは、『私立阿東女子高等学校』の略で、つまり女子高だ。『阿女中』は『阿東女子中学校』の略だ。


 で、俺が『帝都大学付属高校生』であることを告げると、

「ええっ、それって凄くないですかっ?」

 と、尊敬の眼差しで見られた。


 まあ、一応『帝大付属』は毎年東大生も出している進学校だから、そう思われても不思議ではない。

 うーむ、ますます『間違って殺虫剤を鼻に噴射』なんてバカな事、話すわけにはいかなくなった。


 それに、俺は特に頭のいい『特進クラス』ってわけじゃないので……。

 まあ、このあたりのことは黙っておけば問題ないだろう。


 あと、『加賀和也』という自分の名前を告げると、

「へぇ……『か』が多いんですね……」

 と言われたので、

「よく突っ込まれるよ」

 と言うと、笑ってくれた。


 また、彼女も『伊達(だて)瞳』という、なんか由緒ありそうな大層な名前を教えてくれ、正直にそう感想を言うと

「わたしも、よくそういう風に言われるんですよ。でも、全然そんな事ないです」

 と笑顔で返してくれた。


 ……おお、なんかいい感じに打ち解けてきたではないか。


「それで、加賀君は、どうして入院することになったんですか?」

 来たっ! この質問、なんとかやり過ごさなければっ!


「いや……実は、ちょっとした手違いで、毒物を飲んじゃって……」

 と言うと、瞳は両手を口に当て、

「ええっ、私と一緒……」

 と、目を丸くして驚いていた。


「えっ、君もそうなの?」

「はい……ジュースと間違って、農薬飲んじゃって……」


 ……はっ?

 それって……俺と同じぐらいおバカさんなんでは……。


 俺が引きつった笑顔を見せると、

「……だって、おじいちゃんが農薬を、よりによって『ポカリアス』のペットボトルに入れ替えて、縁側に置いていたから……色も似てて、喉渇いてたから何にも疑わずに飲んじゃった」


「……なるほど……それは仕方ないなあ……」

「……今、絶対にバカにしてるでしょう?」

「いや、してない、してない」

 慌てて否定したけど、内心、「この子は天然だ……」と思い始めていた。


「あと、ちょっと気になったことがあって……」

 俺は、彼女のあの言葉が、どうしても引っかかっていたのだ。


「伊達さん、ラノベとか読むの?」

 と俺が質問すると、彼女は一瞬、きょとんとしていた。

 しまった、質問を間違ったか?


「……すごい、どうして分かったの? その通り、私、ラノベ大好きなのっ!」

 なんか、すごい勢いで食いついてきた。


「いや、なんかそんな雰囲気が出てたから……」

「すっごーいっ! やっぱり、帝大付属生は違うね……」

 ……いや、ごめん、ウソついてしまった。


「読むだけじゃなくて、自分で書いたりもしてるんだけど、思うようにポイントがつかなくて……」

「ポイント? ……ひょっとして、『なろう』に投稿してるの?」


「えっ、加賀君、『なろう』知ってるの?」

「うん? ああ、実は俺も好きで、よく読んでるんだ。でも、あそこは新規参入だと、なかなかポイントつかないよ。すぐに新しい投稿で流されちゃうし」


「そうなのっ!それで悩んでて……まだ、140ポイントぐらいしかなくて……」

「……それって、結構すごいよ。だって、140なら、何十人もブックマーク登録してくれてるじゃないかっ!」

 俺が素直に褒める。


「そ、そうなのかな……」

 赤くなって照れながら……それでも喜んでいる彼女の表情が、ものすごく魅力的に思えた。


 どくん、と鼓動が高鳴る。

 この時、確信していた。


 ――俺は彼女に、一目惚れしてしまった……。


 ちょうどその時、ひなちゃんがお母さんと一緒に戻ってきた。

 すると彼女は、一目散に俺のところに駆け寄ってきて、

「ねえねえ、どうしておにーちゃんは、鼻の穴にさっちゅーざい吹き付けたりしたの?」


 ……一瞬、目の前が真っ白になる。

 なんでこの子が、それを知っているんだ?


 うっ……瞳が、俺の方を、ものすごい驚きの目で見ている。

 やばい……なんとかごまかさなければ……。


「鼻? なんのこと? だれがそんなでたらめ言ってたの?」

「おにーちゃんのおかーさんが、バスが来るまでじかんがあるからって、私のおかーさんとおはなししたんだよ」


 なっ……ばかな……。

 焦りながら瞳の方を見ると……必死で笑いを堪えているではないかっ!


 おのれ良子(注:母親の名前)、許すまじ……。


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