6月20日(2)
『―― まもなく美稲に到着します。お降りのお客様はお手回り品をご確認のうえ、お忘れ物にご注意ください ――』
目的の駅が近づいたようだ。
30分という時間は1人で座っていると長く感じるが、誰かと会話しているとあっという間である。
それが精神的に良いのか悪いのかは別として。
荷物を持って列車を降りる準備をする。
列車はゆっくり駅に入線。
ブレーキにより線路と車輪が擦れて発生するキーッって音を響かせながら停車した。
ドアが開くと同時にホームへ降り立つ。
東京のジメジメした空気とかけ離れた鋭い空気。
駅周辺にビルなどはなく、代わりに畑が広がっている。
「とんでもねぇところだな・・・・・・」
こんな寂れた駅は初めて見た。
「いやー。空気が美味しいねぇ」
背後からここ30分で聞き慣れた声が飛んでくる。
「・・・・・・あ?なんでおまえがここにいる?」
「なんでとは、なんでだい?」
「おまえ、俺の前に座っていただろ」
「そうだね。ついさっきまで言葉を交わした人間をもう忘れたのかい?」
「なんでここにいる?」
「質問の意図を理解しかねるかな。簡単なことだよ。ボクの降りる駅がここだからさ」
乗ってきた1両の列車はエンジン音を轟かせて駅を去っていく。
「なんで、おまえが、ここで、降りる?」
「向かっていた場所がここだからに決まってるだろ。キミ、ボクが投げたボールをキャッチする努力せずに打ち返すのはダメだね」
「はぁ・・・・・・」
疲れて溜息しか出ない。
「そう落ち込むな、少年よ。ボクはこの町に留学生として訪問したのさ。」
「はぁ・・・・・・はっ?」
耳を疑うような言葉を聞いた気がするぞ。
「なんだい?そんな驚いた顔して?」
「おまえ、今なんて言った?」
「落ち込むな、少年よ」
「そこじゃねぇよ」
「私はこの町に留学生として訪問したのさ」
「そこ!」
「なにかおかしなことでも言ったかな?」
「言った。留学生ってなんだ?」
嫌な予感しかしない。
「留学とは、自国以外の国に在留して学術や技芸を学ぶことを示すね。ボクの場合、海外に住んでいてこの町に留学するわけじゃないけど。本来なら短期交換学生としてボクがこの町の学校にやって来て、この町からボクの通う学校へ同じように行くはずだったんだ。ところがどういうわけか、この町から向かう学生はなし。ボクだけが向かう一方通行になったから、交換学生というより留学生の方が妥当ってわけ。留学って広義な捉え方すれば国内から国内も示すらしいから、定義上問題ないと思うよ。さらに詳しく意味を調べたいなら自分でググってくれたまえ」
「・・・・・・おまえの境遇説明と留学の意味に関する望んでいない解説ありがとう。すげぇ長々とした説明だったけど、だいたいわかった」
「ほーお。もしかして、キミも短期交換学生か一方だけの留学生なのかい?」
「そう見えるか?」
「うん。年齢はパッと見て同じくらいだと踏んだ。国語力から考えるとボクの方が上かもしれないけど」
「・・・・・・ムカつく憶測、こりゃどうも」
「それで、キミもボクと同じなのかい?」
「どうだかなぁ」
「じゃあ、観光客かな?」
「何が悲しくて草しかないこんな町を観光しなちゃいけないんだ」
「はっきりしないなぁ・・・・・・」
「俺は、左遷生だ」
「ほお・・・・・・?面白いね。そんな学生は初めて聞いたよ」
「俺としては面白味ゼロだけどな。留学という名目の左遷生」
「ていうことは、ボクと同じだね。残念なことにボクは左遷生とかいう面白い存在じゃないけど」