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雨の日の、ちょっとした謀略

作者: いなばー

(同タイトルのものを、連載「和菓子屋『野乃屋』の看板娘」に再掲しています。)

 昼から降り始めた雨は、今も止むことはなく激しい勢いで降り続いている。

 それにともない、窓際の席にいる水野由起彦クンの顔に焦りの色が目立ち始めていた。

 彼は今日、傘を持って来ていない。

 私、野宮みこは確信し、ほくそ笑んだ。

 中学校から彼の家まで歩いて20分はかかる。

 しかも今は試験期間中。うかつに風邪を引くわけにはいかなかった。


 と、ホームルームが終わって下校の時となった。

 私は彼の席にそっと近づいた。

「ごめん、すごい雨だね」

「お前、今日は雨降らないって言ってたよな」

 恨めしそうに睨みつける。しかしちっとも怖くない。かと言ってりりしさや可愛らしさにも無縁な顔。つまりいつも通りの顔だ。

「ホントごめん、完全に私の勘違い」

 昨日、私の家がやってる和菓子屋に彼がやって来た時、店番をしていた私は確かに、雨は降らない、そう言った。

 ぶっちゃけると嘘を付いたのだ。

 梅雨時に傘を持ち歩かないなんてどうかしてるが、面倒くさがりの彼は天気予報も見ずに、私の言ったことを真に受けたのだった。

 そこまで私は信頼されているのだろうか?それとも単に、彼の希望的観測と合致したので受け入れただけのか?

 今はどちらでもよかった。今日は雨で、彼は傘を持ってきていない。私は賭に勝ったのだ。

「よかったら、私の傘に入っていく?」

 精一杯、恥ずかしげに言ってみる。

 途端に顔を真っ赤にした彼は、

「バッカ、ふざけんなよ、そんなこと出来るかよ」

 と両手を振って拒絶する。

「私が、責任、取ってあげるって、言ってんのよ?」

 彼の机に手を付いて、小首を傾げたりなんかして、もう一押ししてみる。

「ごめんなさい、ホント勘弁してください。女と一緒に傘なんて、変な噂になったら、マジで生きていけなくなるから」

 今度は両手で拝み始める。

 でも随分ひどい言いよう。思春期の少年の照れ隠しにしてもあんまりだ。

 一喝したくなってきたが、ここはグッとこらえる。

「じゃあ、これ」

 と折りたたみ傘を差し出す。

「これならいいでしょ?黄色だし、誰も女子から借りたなんて思わないわ」

「黄色か、微妙だな、でも仕方ないか、他の連中で傘2本持ってきてるような気の利いた奴もいないしな」

 ぶつくさと考えている。たいして良くもない頭を使って、必死で考えている姿がなんとも微笑ましい。

「あ、でもお前は大丈夫なのか?」

 やっと気づいた水野クン。ぎりぎり及第か。

「大丈夫よ、普通の傘持ってるし。それよりその傘使ってよね、ホント悪いと思ってるんだから」

 そう言ってニッコリ笑ってみた。

「おう、じゃあ借りてく。ありがとうな」

 そう言うと、慌ただしく席を立ち、廊下で待つ友達の方へ走っていった。

 相合い傘は失敗したが、私の傘を彼が使う。

 なかなかいいんじゃないですか?


 次の日の朝、まだ登校には早い時間。

 呼び鈴が鳴らされたので、既に制服に着替えていた私が表のシャッターを開けた。

 そこには水野クン。

「野宮!」

 なんだか怒鳴りつけるような声で言う。

「傘、ありがと、これ母さんからお礼にって」

 と、昨日の折りたたみ傘と、大きめのタッパーを手渡してくる。

「でもなぁ・・・」

 と、途端に情けない顔になると、

「傘縛る帯にデカデカと名前書いてんじゃねぇよ」

 と私が持つ折りたたみ傘を指さす。

 確かに、きちんと折り畳まれたその傘を束ねる帯には、私の名前がフルネームで書かれていた。

 彼は次にでっかいため息をつく。

「連中に見つかってえらい目に遭ったぜ。はぁ、今日も学校行ったら何言われるか」

「そう、ゴメン気づかなかったわ」

 しょんぼりと伏し目がちになる私。

「いや、わざとじゃないんだし、仕方ないよな」

 泣き出すんじゃないかと心配なのか、必死で私の顔をのぞき込もうとする彼。

 しかし私はそれを許さず、顔を背ける。

「でも私となんかと噂になっちゃ、迷惑よね、ホント」

 私はそう言ってさらに俯くと、イジイジと地面をサンダルでいじり始める。

 彼は目に見えて狼狽し始める。

「別に野宮だから嫌とかじゃなくて、こう、男としてのポジションというか、俺は、そう、硬派だからな」

 危うく吹き出しそうになった。

 肩を震えさせる私に、彼はどうしていいのか分からないようだ。完全に挙動不審である。

 そっと肩でも抱いてくれればいいのに。

 しばらくしてようやく口を開く。

「と、とにかく、傘貸してくれてありがとうな。今日学校で何か言われても気にすんなよ」

 そこで一呼吸する。

「俺がちゃんと守ってやるから」

 それだけ言うと、学校の方へ向かって走っていった。

 私は彼が見えなくなるまで見送った。

 顔のニヤニヤが止まらなかったが、彼のニブさでは気付くまい。

 だいたい、傘に名前が書いていたのに気付かなかったって?

「そんな訳ないじゃない」

 ああ、今日の学校が楽しみだ。

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