線香花火
仕事から帰宅すると、妻が死んでいた。疲れていたので全て後回しにして、この日は死体の隣で眠った。酷くうなされたがどうやら眠気が勝ったようで、気が付いた時には次の日の午後だった。目覚めた時には妻の死体は無くなっていたが、そんなことより、遅刻してしまったことに対して私は焦燥感を抱いていた。窓際族である私に遅刻などという行為が許されるはずも無いのだ。
会社に電話を掛けると同僚が出て私をせせら笑い、私の席はもう無いと告げた。そこをなんとかとどれだけ頼み込もうが相手は聞く耳を持たず、電話は一方的に切られてしまった。私は膝から崩れ落ち、年甲斐もなく涙した。魂が抜けたように何時間も呆け、そのうち私は、眠りに落ちた。眠りの中で、妻が姿を現した。妻は死体を探さぬ私を罵倒するどころか励ましてくれ、またも私は堪えきれずに涙を流した。目が覚めて、瞼を擦って死体探しをやっと始めた。
あの日から数年。妻の死体は今の今まで見つかっていない。何となく、今後も見つかることはないのだろうとどこかで思う。実は妻は生きていて、どこかに潜んで私を驚かそうと企んでいる、なんてことは考えられない。妻はあの時確かに死んで、私は死体を放置して、結果、死体は消えてしまった。これは揺るぎのない事実で、覆ることなど決してない。
今日は地元の祭りがあるらしい。縁側に腰掛け打ち上げ花火を眺めながら、妻の好んだ線香花火に火を点ける。ほんの一瞬、燃え盛って球がつき、余韻に浸る間もなく地に落ちた。落ちた火球をサンダルの底で擦り、部屋に戻って横になる。
明日こそ、妻の死体は見つかるだろうか。
今日も私は、腐った畳の隣で眠る。