ドッペルゲンガー
ドッペルゲンガーというものを私は見たことがないのだが、友人は毎日のように出会っているらしい。それと接触してしまうと死が近いだとか不幸に見舞われるだとか言われているのにも関わらず友人には特にこれといった変化が見られなかったので、その理由を問うと「話してみれば意外と良い奴だよ」などと答えにならない答えを返してきた。つくづく考えの読めない奴である。
そんな友人のドッペルゲンガーに会わせてくれるということで友人宅へと訪れたのだが、チャイムを鳴らしても誰も出てくる気配が無い。確かに部屋の中には誰かが居るのに、全く行動を起こそうとしない。痺れを切らせて友人に電話を掛けると、数秒の間を置いて友人が通話に出た。第一声が欠伸を噛み殺しながらの定型文であるのを聞くに、どうやら寝ていたらしい。
これで友人が部屋の中から出てこないことに合点がいった、と私は思ったのだが、電話の向こうの友人は何事かを察したのか声色を変え、矢継ぎ早に問いを投げかけてきた。君が今いる場所はどこか、君は今そこで何をしているのか、なぜ私にそのことを言わなかったのか、と。珍しく慌てた様子の友人に思わず吹き出しそうになったが、早く答えろと急かす友人に押され、ドッペルゲンガーを見せると家に誘ったのはそっちだろう、と半ば呆れながら答えを返した。
瞬間、部屋の扉が開いて住人が顔を覗かせた。電話の向こうの友人が何かを叫んでいるが、私にはもう聞こえなかった。私は私を手招きし、私は私に近づいていく。私は部屋の扉を閉めて、私に続いて奥へと向かう。
友人の最後の言葉は何だったろう。わたしは君を誘った覚えはないとか、しばらく君に会ってはいないとか逃げろだとかもう手遅れだろうがとかそのようなことだったろうが、今の私にそんなこと、どうでもよいことに変わりはない。
以上で終わりです。