絞める
このところ、深夜になると妙な息苦しさに目を覚ますことがある。新しく始めた仕事でのストレスが原因であると私は踏んでいたのだが、どうやらそうではないらしい。
君は首を絞めているのだ、と相談に乗ってくれた友人は言った。それはどういった意味だ、と私が聞き返すと友人は黙し、妙な笑みを浮かべるだけで帰ってしまった。つくづく当てにならない奴である。そのうえ食べるものだけだけ食べて支払いは私持ちとは何という。
そんなことはさておき、首を絞めているとはどういったことか、まさか自分で自分の首を絞めているわけでもあるまい。そのことを確かめるために私はビデオカメラを室内に設置し、撮影することにした。どうにも見られているようで気分の良いものではなかったが、原因の解明には必要なことであると言い聞かせ、睡眠薬を飲み、無理やり眠りに就いた。
やはりその日の夜も、息苦しさは変わらなかった。録画したものを私ひとりで見ることはあまり気が進まなかったので、友人に頼んで共に見てもらうことにした。電話越しに友人はせせら笑っていたように思ったが仕方がない。寂しいことに私には友人が奴しかいないのだ。
ビデオカメラとテレビを繋いでいると友人が、本当に見ても良いのかと聞いてきた。その顔はやはり笑っていたので無視し、作業を続ける。ここまでやったら腹を決めよう。私はビデオカメラの再生ボタンを押し、画面に見入った。
そこには私が映っていた。ベッドの上に膝をつき、枕元に向かって両腕を伸ばし、何やら呻き声を上げながら、私が横になっていればちょうどそこに首があるだろうという位置に手を置いて、捻る動作を取っていた。しかしその先には首どころか何もなく、私がただただ何も無い空間を絞めながら嗚咽を漏らしているだけだった。そのような映像がしばらく流れて映像は終わり、テレビ画面には砂嵐が残された。
ご覧の通りさ、と友人は呟き、何か言いたいことはあるかい、と冷ややかな声で尋ねてきた。私は笑みの消えた友人の整った顔から逃げるように目線を落として首元を見、そこでようやく、理解した。
この件以来、私が息苦しさに悩むことは無くなった。しかし――ああ、またやって来た。今日は何を奢らされるのだろう。昨日のようにデザートの食べ放題程度で済めば良いのだが、なかなかどうして、華奢な身体でよく食べる友人のことだ。財布に多く入れておいても足りないということはあるまい。
そして私は頭痛薬を水で流し込み、ふらふらと玄関へ向かうのだった。