第5話:帝国の舞踏会。本来の美貌は、最高の復讐になる
ヴォルガ帝国の冬至祭。それは一年で最も華やかな、帝都を挙げた大舞踏会だ。
これまでは呪いを抑え込むために目立たぬ服ばかりを選んでいた私が、今、鏡の前で纏っているのは、ギルバート様が特注した「氷晶のドレス」だった。
白銀の生地には極小の魔石が縫い込まれ、動くたびに雪の結晶が舞うように輝く。呪いから解放された私の肌は、ドレスに負けないほどの透明感を放ち、銀髪は月の光を溶かしたように波打っていた。
「……信じられない。これが、私?」
「いいえ。それが本来の貴女だ、エルゼ」
部屋に現れたギルバート様は、正装に身を包み、見惚れる私を満足げに眺めた。
彼は私の手を取り、指先にそっと唇を寄せる。
「今夜、帝国中の貴族に、我が妃となる女性をお披露目する。同時に、王国がいかに愚かな損失を出したかを、世界に知らしめる場にもなるだろう」
会場となる大広間の扉が開いた瞬間、ざわめきが波のように広がった。
誰もが「氷の大公」が連れてきた絶世の美女に目を奪われている。かつて私を「呪い溜め」と嘲笑った王国の者たちがここを見れば、腰を抜かすに違いない。
だが、その舞踏会に、招かれざる客が現れた。
王国の第一王子カイル――の、代理として送られてきた、変わり果てた姿のリリアーナ王女だった。
彼女はかつての輝きを失い、顔の半分をヴェールで隠していた。カイル王子に返還された呪いは、あまりの強大さに、隣にいた彼女にまで「伝染」っていたのだ。
「エルゼ……! よくも、よくもこんな姿に……!」
リリアーナは私を見つけるなり、周囲の視線も構わず詰め寄ってきた。ヴェールの隙間から見える肌は黒ずみ、かつての可憐な面影はどこにもない。
「あなたがいれば、こんなことにはならなかった! あなたが黙って呪いを吸い続けていれば、私は王太子妃として幸せになれたのに!」
彼女の身勝手な叫びに、広間は冷ややかな空気に包まれた。
私は、震える彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、静かに口を開いた。
「リリアーナ様。……私は、あなたたちの幸せのために生まれてきた道具ではありません。愛する人の呪いを共に背負う覚悟もなかったあなたが、その『実り』だけを掠め取ろうとした。今のあなたの姿は、その浅ましさの報いではありませんか?」
「なんですって……!? この、汚らわしい器の分際で!」
逆上したリリアーナが爪を立てて襲いかかろうとした瞬間、ギルバート様が私の前に立ちふさがった。
彼が軽く指を鳴らすと、リリアーナの足元に氷の鎖が顕現し、彼女をその場に縫い付ける。
「帝国の大公妃を侮辱することは、皇帝陛下への反逆と見なす。……衛兵、この哀れな女をつまみ出せ。毒気がこの清浄な場に混じるのは不快だ」
「離して! エルゼ、呪いを吸いなさいよ! それがあなたの役割でしょう!? エルゼぇぇえええ!」
絶叫しながら引きずられていくリリアーナ。その姿を、招待された各国の外交官たちは蔑みの目で見送った。
これで世界に知れ渡ったはずだ。ブラウ王国は、至宝である聖女を自ら捨て、その代償として滅びを待つだけの「呪われた国」に成り下がったのだと。
騒ぎが収まった後、ギルバート様は私の腰を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「スカッとしたか?」
「……ええ。でも、それ以上に、こうして閣下のお側にいられることが、何よりの復讐になっていると感じます」
「ならいい。……エルゼ、今夜はまだ終わらない。次は復讐ではなく、俺たちの話をしよう」
オーケストラの演奏が再開される。
私たちは、呪いも、憎しみも、過去もすべて脱ぎ捨てて、新しい未来への一歩を刻むように踊り始めた。
一方、ブラウ王国の王宮では。
カイル王子が、鏡に映る自分の腐った顔を叩き割り、叫んでいた。
「エルゼ……! なぜ、なぜお前だけが綺麗になっている……! 許さない、許さないぞ……っ!」
しかし、彼がどれだけ呪詛を吐こうとも、エルゼの肌に傷一つ付くことはない。
彼女を守る「最強の防壁」が、もう二度と、彼女を汚れの中に帰しはしないのだから。




