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第4話:来襲。今さら泣きつかれても、その呪いは「私物」ですよね?

 ヴォルガ帝国の冬空に、不吉な羽音が響いた。

 王国の紋章を刻んだ巨大な伝書鳥が、大公城のテラスに着弾するように降り立つ。現れたのは、かつて私を「呪い溜め」と蔑んでいた王国の特使、公爵家の次男ゼノスだった。


 彼は私を一目見るなり、驚愕で言葉を失った。

 かつての土気色の肌、抜け落ちかけた髪、見る影もなかった醜女が、今は白銀の髪をなびかせ、真珠のように輝く肌を持つ絶世の美女として、帝国の軍服に身を包んでいるのだから。


「エ、エルゼ……? いや、そんなはずは……。お前、その姿は一体……」

「お久しぶりです、ゼノス様。……いえ、今は他国の人間ですので、様付けは不要でしたね」


 私が冷ややかに微笑むと、ゼノスは我に返ったように、必死の形相で跪いた。


「エルゼ! 頼む、戻ってきてくれ! カイル殿下はあの日以来、全身が腐敗し続ける激痛に苛まれている。国内の魔導師を総動員したが、誰一人としてあの呪いに触れることすらできないんだ!」


 ゼノスの声は震えていた。


「王都も悲惨だ。結界が解け、魔化が進んでいる。民たちは飢え、大地は枯れ……陛下も『すべてはカイルの若気の至りだった、エルゼを王太子妃として正式に迎える用意がある』とおっしゃっている!」


 王太子妃。かつて私があれほど憧れ、そのために身を粉にして尽くした地位。

 だが今、その言葉を聞いても、心には塵ひとつ舞わない。


「お断りします」

「なっ……なぜだ! お前はカイル殿下を愛していただろう! 彼を救えるのは、あの呪いを吸い取れるお前だけなんだぞ!」

「勘違いしないでください」


 私は、ギルバート様から贈られた、青い魔石が輝く指輪を彼に見せつけた。


「私はもう、あなたの国の『ゴミ箱』ではありません。あの呪いは、元々カイル様自身の業。私はそれを七年間、親切にも『お預かり』していただけです。返却したものをどう扱おうと、それは持ち主の自由ではありませんか?」

「お、お前……そんな冷酷な女だったのか……!」

「冷酷? 婚約破棄の夜、私に『穢れた女は失せろ』と吐き捨てたのはどなたでしたかしら」


 ゼノスが絶望に顔を歪めたその時、背後の扉が重々しく開いた。

 部屋に入ってきたのは、冷気を纏ったギルバート様だ。彼は私の腰を当然のように抱き寄せ、ゼノスを氷のような眼差しで射抜いた。


「おい、王国の使者。我が婚約者をいつまで煩わせるつもりだ?」

「ギ、ギルバート大公! これは我が国の国内問題です! 彼女は王国の重要資産であり……」

「資産、だと?」


 ギルバート様の周囲で、物理的な殺気が渦を巻いた。


「エルゼを物扱いした報いが、今の貴様らの惨状だろう。……帰って王に伝えろ。これ以上彼女に接触しようとするなら、帝国軍が『浄化』という名の侵攻を開始すると。貴様らの汚らわしい呪いが、我が帝国の雪を汚すのは不快なのでな」

「ひっ……!」


 ゼノスは命からがら逃げ出した。

 彼が去った後、静まり返った部屋で、私は小さく息を吐いた。


「……よかったのですか? あんなに脅して。戦争になったら……」

「戦争? あの呪い塗れの国に、軍を動かす余力などない。それよりも、エルゼ」


 ギルバート様は私の肩に顔を埋め、深く香りを吸い込んだ。


「あいつの言葉に、少しでも心が動いたか? 王太子妃の地位が惜しいと思ったか?」

「まさか。……今の私は、世界で一番贅沢な研究室と、私を『美味しい』と笑わせてくれる温かい食事、そして……」


 私は少し背伸びをして、彼の頬に触れた。


「私を『汚い』と言わなかった、唯一の人の隣にいたいと思っています」


 ギルバート様は一瞬目を見開いた後、耐えきれないというように私を強く抱きしめた。


「……後悔させてやる。王国になど、死んでも返さない」


 その頃。

 逃げ帰ったゼノスからの報告を聞いたカイル王子は、自室で発狂していた。

 自身の体から溢れる、自分のものだったはずの腐臭。鏡に映る、見る影もない化け物の姿。


「エルゼ……エルゼぇええ! なぜだ、なぜ戻らない! お前は俺の道具だろう! 吸え、今すぐこの毒を吸い取れえええ!」


 彼の叫びに応えるのは、ひび割れた壁から忍び寄る、魔物の足音だけだった。

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