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第3話:ホワイト待遇スローライフ? いいえ、国家予算級の溺愛です

 ヴォルガ帝国の冬城は、外観の厳めしさとは裏腹に、驚くほど快適だった。

 王国では六畳の窓もない地下室が私の居室だったが、与えられたのは王宮の最上階、街を一望できる豪奢なスイートルーム。床には毛足の長い絨毯が敷き詰められ、暖炉には魔法で火を絶やさない魔石が贅沢に放り込まれている。


「エルゼ、朝食だ。口に合うか分からないが、栄養を最優先させた」


 部屋を訪れたギルバート様の後ろには、数人の侍女が銀のトレイを捧げて控えていた。

 並べられたのは、王国では見たこともないほど肉厚なドラゴンの燻製肉、朝摘みの薬草を使った香り高いサラダ、そして魔力を活性化させる秘伝の果実ジュース。


「あの……ギルバート様。私はまだ何も成果を上げていません。このような厚遇、恐れ多いのですが……」

「成果? 七年も地獄に耐えた後の休息だ、これが当然だろう。それに、貴女がそこに座って食事をしているだけで、城内の魔力汚染が数パーセント改善されている。貴女は存在するだけで『高価な空気清浄機』以上の価値があるんだ」


 真顔でとんでもないことを言う。

 彼は私の対面に座ると、慣れた手つきで私の肉を切り分け始めた。


「さあ、食べろ。貴女の魔力が回復すれば、それだけ帝国の防衛力が増す。これは投資だ、遠慮はいらん」


 私は戸惑いながらも、一口肉を運んだ。……美味しい。

 王国では、カイル様が食べ残した冷え切ったスープや、硬いパンの端切れが私の食事だった。食事とは「生き延びるための作業」でしかなかった私にとって、この温かさは涙が出るほどだった。


 食後、私は自身の職場となる「魔導浄化室」への案内を求めた。

 せめて仕事で返さなければ落ち着かない。だが、案内された地下の工房を見て、私は絶句した。


「これが……浄化室?」

「不満か? 資料が足りなければ、帝立図書館からすべて運ばせるが」

「いえ、そうではなくて……。これ、最新式の魔導抽出機ですよね? それに、この棚にあるのは全て高純度の魔石……?」


 そこは、王国の国立研究所でも数台しかないような超高級設備が、所狭しと並ぶ夢のような空間だった。しかも、消耗品である魔石が「ご自由にお使いください」と言わんばかりに積まれている。


「王国では、抽出機は王子が独占していましたし、魔石は年に一個支給されるかどうかでした……」

「……改めて思うが、あの国は正気か? 剣士に錆びた鈍器を渡して『無双しろ』と言っているようなものだぞ」


 ギルバート様は心底呆れたように吐き捨てた。

 彼は私の肩に手を置き、その冷徹な瞳に確かな熱を宿して私を見つめた。


「エルゼ。ここでは、貴女が望むだけの資材、予算、そして時間を与える。誰のためでもない、貴女の探究心のために力を使ってくれ。それが結果的に、俺とこの国を救うことになる」


 その日から、私の新生活が始まった。

 朝はふかふかのベッドで目覚め、最高級の食事を摂る。日中は最新の設備で思う存分研究に没頭し、疲れたら大公自ら淹れてくれるお茶を楽しむ。

 かつての泥を啜るような日々が嘘のようだ。


 しかし、私が平和を享受している頃、国境の向こう側――ブラウ王国は、まさに「自業自得」の極致にいた。


「どういうことだ! なぜ結界が維持できない!?」


 王宮の会議室。カイル王は、ひび割れた王冠を被り直し、叫んでいた。

 エルゼがいなくなってから一週間。王国の象徴である「常春の結界」が崩壊したのだ。

 今までエルゼが、チョーカーを通して吸収した呪いを浄化し、それを「結界の魔力」として再利用していたことに、無能な宮廷魔導師たちは今さら気づいたのである。


「陛下、申し上げにくいのですが……。エルゼ様が去り際にカイル王子に返した呪い、あれが王都の磁場を狂わせています。浄化できる者がおらず、汚染が大地に染み出し……このままでは、あと一ヶ月で王都は魔物の巣窟になります!」

「カイルはどうした! 奴がなんとかすればいいだろう!」

「王子は……自身の膿と腐臭に耐えかね、発狂しております! 『エルゼを呼べ、あいつに吸わせろ!』と叫ぶばかりで……」


 王は絶望に顔を歪めた。

 かつて「汚らしい」と罵って追い出した女こそが、この国の酸素であり、心臓だったのだ。


「使者を送れ! どんな条件でもいい、土下座してでも連れ戻すのだ!」


 一方その頃。

 ヴォルガ帝国の庭園では、ギルバート様が私の手に、新しい「身代わり」ではない魔導具をはめていた。


「これは……?」

「婚約指輪だ。貴女を狙う羽虫(王国)への牽制でもある。……嫌か?」


 不器用な問いに、私は笑って首を振った。

 私を「物」ではなく「人」として必要としてくれる人の温かさを、私は初めて知ったのだ。

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