その名はカナタ
違うのは、レベルか、あるいは次元か。
ともかく、アンズが今見ているドラゴンと少年探索者の戦いは、これまで《ハッスルバフ》の一員として培ってきた常識を覆すものであった。
影の盾により、噴出するマグマのごときブレスを防ぎ切ったのが皮切り。
灼熱のドラゴンが繰り出す攻撃を、少年はことごとく防いだのである。
それを可能としている一つが、アンズたちなど及びもつかないほどに高水準なステータス。
そしてもう一つが、ブレス攻撃を境に発動した彼の固有スキルであった。
『あれ、あの探索者の固有スキルか?』
『間違いない』
『見たことないスキル』
『ブレスを打ち消した』
『対火炎特化?』
『でも打撃にも対応してんぞ』
『なんか、あのドラゴンの動きがいちいち止まるみたいだ』
左耳に装着したインカムから、視聴者たちのコメントが流れる。
同時接続数1500以上の彼らが漏らした言葉は、まさに、アンズの意見を代弁するものであった。
少年が体から生み出した影は、コールタールめいた粘性を保ちながらも自由自在に動かせるようであり。
彼はそれを活用して、恐るべきドラゴンの攻撃に対抗したのである。
太くたくましい前腕による攻撃は、蛇のように影をまとわせた右の拳で対応。
通常ならば、質量差と筋量差により、少年はたちまち押し潰されたであろう。
何より、このドラゴンは玄室内をサウナ化するほど超高熱の体温を誇るのだ。
だが、実際は――互角。
まるで、ストップモーションアニメのように……。
少年の拳――正確には先端部へ巻き付いた影へと触れた瞬間、ドラゴンはビクリとその動きを止めるのである。
その様を見ると、なるほど、少年が膂力によって制しているというより、ドラゴンが動きそのものを止められているようだった。
『触れた相手の時間を一瞬だけ止めるスキル?』
『それだとブレスを防げた理由が分からない件』
『というか、あれ防いだ? 吸収したように見えたけど』
『かき消したようにも見えた』
『ならドラゴンも消えるはずじゃね?』
配信のコメント欄が、まるで掲示板かSNS。
少年のスキルに対する考察と議論は加熱しており、AIによる電子音声の読み上げが追いつかないほどだ。
『というか、ひょっとしてあの探索者もスキルの内容把握しきれてない?』
『見た感じ、感触を確かめながら戦ってるように見える』
『最近になってスキルが発現して、ほとんど試せてないとか?』
『というか、いい加減にどこの誰か特定しろし』
『しゃあねえ、向こうの配信から来たオレが教えてやるよ。
ほいリンク→http――』
視聴者の誰か――少年側の視聴者か?――が張ったリンクにより、一時、コメント欄が静まる。
その間に、ドラゴンと少年の戦いは新たな局面を迎えた。
これまで、ドラゴンの攻撃を防ぐことに集中していた少年が、いよいよ攻撃へ転じたのだ。
「――おおおっ!」
強力なステータスによって彼が挑むのは、やはり――格闘戦。
ただし、完全な徒手空拳ではなく、手足にスキルの影をまとってのそれである。
頭があんぱんのヒーローや、あるいは女児アニメの変身ヒロインが巨大な敵相手にそうするように……。
砲弾のごとく地を蹴って飛び出し、突き出した拳を見舞ったのだ。
「Guoooooooooo!?」
その効果たるや、絶大なり。
右頬にパンチを食らったドラゴンが、大きく上体を反らしてのけぞる。
それは、さらなる追撃を少年に許した。
一度着地してから、下顎にめがけてジャンプキックを放ったのだ。
「Gyuuu!?」
今度は、ドラゴンの体が上に向かって持ち上げられる。
そして、少年は落下しながらも、回転からのかかと落としをドラゴンめがけて放った。
もう、悲鳴すらもない。
――ズズンッ!
地響きを立てながら、ドラゴンの頭が地面に叩きつけられる。
少年は、すたりとその眼前に着地。
先からの攻防で手足に分けてまとっていた影は、今再び、右腕へと収束した。
今こそ、決着の時。
彼の全身から、だらりと力が抜かれる。
動作ならぬその構えこそが、予備動作。
居合切りがそうであるように……。
脱力は、瞬間的なパフォーマンスを極限まで引き上げるのだ。
――ドオンッ!
少年が見舞った一撃は、まさにそれを証明したと言っていい。
気が付けば彼はドラゴンの額めがけて正拳突きを放ち終えており、それにやや遅れて凄まじい衝撃音が響き渡ったのだ。
しかも、これは単純な打撃ではなく、拳を通じてスキルの影が、ドラゴンの体内へ浸透し蹂躙したのである。
「――――――ッ!」
感電したかのようにビクリと身を震わせたドラゴンが、脱力して動きを止めた。
今度のそれは、ストップモーションアニメじみた一瞬の静止ではない。
その証拠に、ドラゴンの表皮を内から輝かせていた超高温の光が、完全に消失している。
それはいわば、命の灯火が消えたのと同じ。
少年の一撃は巨大な竜の命へ届き、その生命活動を完全に終わらせたのだ。
「す……ごい」
ようやくにも、アンズは自分の唇で言葉を紡ぐ。
それまでは、まるで息そのものが止まっているかのようだった。
あるいは、時間が止まっていたか。
少なくとも、鉄火場にありながら心は離れていたと思う。
それほどまでに、少年が見せた戦いは――規格外。
Aランクに昇格し、浮かれていた自分を恥じるしかない。
遥か上の怪物は、やはり存在するのだ。
いや、怪物を見て、こうも心が高鳴ることはないか。
ならば、この少年はヒーロー。
アンズにとっては、初めて目にする自分以上の同年代なのであった。
「ふぅー……」
あれだけ凄まじいスキルを使ったのだから、さぞかしSPを消費したのだろう。
それに加えて、肉体本来の疲労も襲いかかっているのだろう少年が、ドラゴンの死体に背を向けながら脱力する。
『ptptptptptptptptptpt』
『すっげえー』
『新ヒーロー誕生や!』
『このカナタって探索者、これでFランクってマジ?』
「カナタ……Fランク!?」
このコメントには、さすがに目を見開く。
名前はともかくとして、Fランクというのはあり得ない。
どう考えても、Aランクの中でも上の上の上澄みに位置する存在。
ことによっては、7人しかいないSランクにも匹敵し得る実力だと思えた。
しかし、なるほど、それなら顔と名を知らない事実に納得もできてしまうのだが……。
トップクラスの探索者というのは、生半可な芸能人より顔が売れているものであり、仕事熱心なアンズは当然アンテナを張っているのである。
「あなた、一体……」
少年――カナタが、ピタリと動きを止めた。
アンズの言葉に反応したからか?
……そうではない。
「――ふっ!」
振り向き様に放ったのは――抜き打ち!
といっても、実体剣ではなく、例の影を刀状に引き伸ばしたものだ。
それで切られたのは……。
「……ヒル? 寄生虫?」
そうなのである。
強力無比なドラゴンといえど、モンスターであることに違いはなく、その死体はカナタの背後でエーテルの光粒子となり霧散しようとしていた。
その光から、巨大なヒルを思わせるモンスターが突如として出現し、カナタを背後から襲おうとしたのだ。
このヒルとあのドラゴンとで共通しているのは、皮膚下から超高熱の輝きを放っていること。
おそらく、寄生関係にあるモンスターだったに違いない。
それが宿主を失い、復讐するかのごとくカナタへ襲いかかって――返り討ちとなった。
スキル特性として物理的な力はないのか、影の刃は寄生モンスターを切り裂くことなく、霊体のように素通りしたのみ。
だが、それは命を刈り取るのに十分な一撃だったのだろう。
いかなる理由か空中で静止した寄生モンスターは、そのまま光の粒となって消滅したのである。
つまりは、カナタの――完全勝利。
『すげえええええっ!』
『今のヤバすぎ』
『完全に油断して後ろからやられる流れじゃん』
『先置きするみたいに刀振ってた』
《ハッスルバフ》のコメント欄が、稀に見る賑わいを見せる中、アンズの口から我知らず漏れたのは、この言葉。
「カッコよすぎる……」
胸に芽生えた何かは急速に花となり、開いていた。




