バーンドラゴン
人生で一度は言ってみたい台詞というものがある。
例えば、「地獄で会おうぜベイビー」とか「◯◯、いっきまーす!」とか、「変身!」とかがそうだ。
それら古くから存在する憧れワードの中で、ここ10年一気に頭角を現している言葉が――「スキル発動」。
「スキル――発動」
そんな僕たち私たちの大好きな言葉を放ちながら、闇探索者が手にしたボトルを放り投げた。
先までの戦いを思えば、これが攻撃を目的とした行為でないのは明らか。
こいつがその気になれば、メジャーリーガーも及ばぬほどの超スピードで投擲することが可能だからだ。
では、あえてそうせず、ゆるゆると放物線を描くように投げたのは、何故か?
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[Warning] 『ユーザー:Satoshi_R』がスキル【ポイポイモンスター】を発動。テイムされている『バーンドラゴン』が解放されます。
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その答えは、またも網膜に浮かび上がったウィンドウが教えてくれた。
「……ポイポイモンスター?」
「なんだ、その妙な名前は?
まあいい。
我がスキルによって手懐けた竜の力、とっくりと味わうがいい」
耳ざとく俺の言葉を聞いていた闇探索者が、両腕を広げながら投げ捨てたボトルを見やる。
ボトル内から発されていた燃えるような赤い光は、いよいよ充実して膨れ上がっており……。
その光はついに、巨大な竜のシルエットを形作ると実体化を果たした。
――ズウンッ!
……という重々しい音を立てて着地したこのモンスターは、なるほど、ウィンドウが告げた通りバーンドラゴンという名が相応しい。
全長10メートルに達しようかという巨体は、大昔から描かれてきた西洋竜の姿そのもの。
ダンジョンにおいても、文句なしの最強種として知られているモンスター――ドラゴンだ。
それが、四足で身を屈めているわけだが……有名配信者のアーカイブで見たものと異なるのが、表皮。
さながら、マグマの河がごとく。
皮膚下から超高熱の輝きを発しているのである。
まさに、バーン。
こいつは、全身が燃え盛っているのだ。
「では、ワタシはお暇するとしよう。
巻き込まれたくないのでな」
腰に装着されていたEフォンを取り出した闇探索者が、悠々と告げる。
なんというテクノロジーか。
奴のEフォンは背面に折り畳み格納していたプロペラユニットを展開すると、自律飛行を始めたのだ。
ドローンに闇配信の撮影を任せ、自分はトンズラここうという算段!
「待――」
「――生きていたらまた会おう!
アハハハハハッ!」
今度はガシャガシャで出てきそうなカプセルを取り出した闇探索者が、哄笑しながらこれを握り潰す。
すると、奴の全身が煙に包まれ、あっという間にその姿を消し去った。
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[Explanation] 『ユーザー:Satoshi_R』が使用したアイテムには、他ユーザーがスキル【帰煙万里】で生み出した煙が込められています。
[Skill] 【帰煙万里】:煙に包まれた対象を、どこからでも設定したホームに転送します。
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「転移系のスキルか」
『多分な。
それより、気ィつけろ!』
『くるよ! カナタ!』
コメント欄の警告通り、いよいよバーンドラゴンが襲いかかってくる。
前足によるスタンピング……!
巨体に見合わぬ速さの一撃は、見た目通りの質量とパワー……何より、体表の熱が厄介!
「……地面が、飴になっちまった」
反射的に後方へ飛び退った俺は、奴が踏みつけた玄室の地面を見て戦慄した。
ずぬり……ずぬりと、スタンプした前足は、地面を溶解させながら沈み込んでいるのだ。
「どーすんだ、これ。
熱すぎる! 接近戦ができない!」
猛暑日もかくやという室温に達している玄室の中で、汗を垂らしながら叫ぶ。
こんなのとまともに戦ったら、焼き尽くされちまう!
「君! 逃げろ!」
俺に背後から呼びかけてきたのは、磔になっていたスキンヘッドの巨漢。
いつの間にか助け出され回復されたのだろう彼は、他の仲間と共に玄室の出口へ駆け出そうとしていた。
だが、撤退を判断したのなら、彼は何も告げずにこの場を去るべきだったのだ。
「Gruuuuu……」
その声を聞き取ったバーンドラゴンが、俺から《ハッスルバフ》の面々へと視線を移したのだから。
大きく開かれた口腔と、喉の奥にちらりと燃え盛る光で、直感する。
――ドラゴンブレス!
ドラゴン種最大最強の攻撃方法だ。
そして、それは離脱するよりも早く《ハッスルバフ》を呑み込み、焼き尽くすだろう。
「スキル――発動!」
そうと直感したのだろうアンズが両手を前に掲げると、亀の甲羅じみた形状の光が生み出された。
バリア系のスキル。
だが、おそらくは防げるレベルじゃない!
どうする?
一瞬が、一分にも引き延ばされたような感覚。
その中で幻視したのは、バリアをむなしくブレスによって消滅させられ、《ハッスルバフ》たちが焼き尽くされる光景だ。
あるいは、俺がどうにかして助けようと割って入り、せっかくの高ステータスも活かせず焼死体となる姿。
何か……。
何か手はないのか……。
ただ一つ、打破できるものがあるとすれば、それは……。
「スキル――発動しろおおおっ!」
――【ハザード】!
ステータスアプリに表示されていたあのスキル名を思い浮かべ、叫ぶ。
果たして、その願いは――通じた。
体力というよりは、精力と呼ぶべきものがごっそりと抜け落ちるような感覚。
それと共に、体の内側から、粘性の何かが湧き出てきたのだ。
「これは……!」
右腕にまとわりついたそれを一言で表すならば、影といったところか。
ただし、蛇のようにまとわりつくこれは、実体を伴っているかのように錯覚させられる。
強いて言うならば、これは、あのスライムに似ていた。
もし、あのスライムが自由自在に体を変化させて俺にまとわりついたなら、こうなるだろうと思えたのだ。
ただし、あの時に見たスライムと明確に異なるのが、圧倒的な迫力。
この影に秘められた力は……そのポテンシャルは……。
ドラゴンが吐き出すブレスに――対抗し得る!
「おおおおおっ!」
そうこうしている間に、ブレスは発射寸前。
――ダアンッ!
俺は高まったステータスを活かし、再び徹甲弾じみた速度で突貫する。
向かう先は、放たれたブレスとアンズとの中間地点……!
『ばっ』
『何を』
コメントに構っている余裕はない。
「――頼むっ!」
直感が導くままに、右腕を突き出す。
いや、正確には、少し違うか。
感じるのだ。
この影は、手足の延長線がごとき感覚で自在に操作できると。
そして実際に、突き出した右腕にまとわりついていた影が、俺のイメージ通り動いた。
すなわち、巨大な傘を開いたかのように薄く広く展開したのである。
――ゴオッ!
……という音と共に、吐き出されたマグマのごときブレスが、影の傘とぶつかり合う。
だが、覚悟していた熱量も、ブレスそのものが持つ圧力も感じられない。
そういったエネルギーの全てが、消失し飲み込まれていく感覚。
何ものが飲み込んでいるかなど、説明するまでもない。
影だ。
俺の生み出した影が、恐るべきブレスを完全に取り込み、消滅させているのである。
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[Skill] 【ハザード】:体から生み出した影を自在に操る能力。影はあらゆるエネルギーを侵食し、汚染し、取り込む。
[Tips] 肉体にエンチャントして戦った場合、相手のステータスと防御系スキルを無視して攻撃できます。
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「負ける気がしねえ!」
バーンドラゴンのブレスを完全に防ぎ切った俺は、ウィンドウの文字を読みながら吠えた。




