ステータス勝負
「けったいな格好してるな?
あんた、闇探索者ってやつか?」
互いの肩を掴み合い、地面へ数トンもの力を加え合う相手に向け、俺は挑発的な笑みで問いかける。
別に、ステータス上昇でイイ気になっているわけでも、相手を侮っているわけでもない。
ただ、呑み込まれないよう虚勢を張っているのだ。
いわば、ダンジョン事変で全てを失ってから今日までに培ってきた処世術である。
「そういうお前も、おかしな格好をしているな?
これだけの力を持っていながら、まるでFランクの初心者だ」
闇探索者――SF映画か、あるいは特撮番組から抜け出してきたかのような全身ハイセンススーツ男が、フルフェイス越しの視線で俺を睨み据えた。
そうこうしている間にも、互いに重心を移動させ合ったり、力の加え方を変えたりしており……。
――バガンッ!
――ズウンッ!
その余波を受けたダンジョンの地面が、耐え切れずに陥没していく。
「ふむ。
一度、切り替えようか。
別段、この玄室を穴だらけにしたいわけではあるまい」
そう言いながら、闇探索者が軽く脱力し、手から力を抜く。
俺の方も、同様に脱力し……。
――ガガンッ!
同時に放った蹴りは相殺される形となって、互いを後方へ飛ばした。
「反応良し。
ストリート流だな。
下級国民か?」
特にダメージを負った風でもなく、すたりと着地した闇探索者が、そう言いながら両手を後ろ腰に組む。
「別に、珍しくもないだろ?
ありふれた孤児が探索者になるってのは」
俺の方も片膝立ちで着地し、相手のことを睨みつけた。
『おいおいおい、闇探索者ってことは、最低でもAランク相当の実力者だろおっ!?
それと互角ってマジか!?』
『え? 闇探索者ってそんなに強いの?』
『あの《ハッスルバフ》を襲うような本格の連中はな!
どっかの闇ダンジョンを組織ぐるみで抱えてて、鍛え上げられた精鋭がこうして新規のダンジョンに送り込まれるんだ!
てか、くわしくは検索しろ!』
インカムからは、そのようなコメント欄のやり取り。
こうも長文でやり取りするっていうのは珍しいというか、俺の配信じゃ初めてのことだ。
というか……。
「詳しいな。
俺、あの人たちが《ハッスルバフ》っていうチーム名なの、知らなかったよ」
俺が助け出す格好となったのは、おそらくBランクの上位か、あるいはAランクに位置するのだろう探索者チームだ。
何しろ、装備の質が違う。
身にまとっているサイバーパンク風の服は、ダンジョン素材と現在の科学力が合わさって生まれた合成繊維製の逸品。
しかも、それにスポンサーをしている各社のロゴなどが描かれている。
……ターキーフライドチキンか。ダンジョン事変以降は食ってないな。食べたくなってきた。
『まあなあ。
最近になってAランクへ昇格した売り出し中の探索者チームだ。
特に人気なのが、紅一点のアンズちゃん。
防御バフスキルやバリアのスキルを持っていて、しかもルックスがいいからな。
今度、グッズも出るらしいぜ』
「へえ、マジで人気のあるチームなんだ」
言いながら、素早く《ハッスルバフ》の面々を見回す。
吹っ飛ばされて壁にめり込み、磔となっているスキンヘッドは……息がある。
彼らなら当然所持しているだろう高品質ポーションを使えば、回復するだろう。
他二人の青年は、無傷。
紅一点だというアンズは……あの子か。
他のメンバーとお揃いのファッションだが、1人だけプリーツスカートで、スパッツを履いている。
長い茶髪はツインテールでまとめられていて、優れた容姿も相まってどこかアイドルじみていた。
俺の推しである柊アオイには負けるけど、まず美少女といって差し支えない。
これは、アイドル売りするのもうなずけるというものだ。
『カナタ、もしかして鼻の下伸ばしてない?』
「別に伸ばしてないよ。
俺、推しがいるし」
『嘘。
《ハッスルバフ》側の配信見てるけど、鼻の下伸ばしてあの子をガン見してる』
「すいません、嘘つきました。
でも、本当に柊アオイ一筋なんです。それだけは嘘じゃありません信じてください」
『え、今なんて?』
「――ちょっと、あなた!」
アンズが俺に呼びかけてきたのは、そんなやり取りをしている時のことだった。
だが、続く言葉を投げてきたのは、別の人物。
「よそ見しながら視聴者とやり取りとは、余裕だ――な」
闇探索者だ。
結構な距離があったはずだが、そんなものを瞬きの間に詰め寄り、フック気味で右の拳を振るってくる。
だが、それは――スウェー。
続く左フックもスウェーでかわし、右で放たれたジャブは左の裏拳で弾き飛ばした。
「――むう!?」
「ああ、余裕あるぜ」
ニヤリと笑いながら、答える。
いける。
見える。
対処できる。
こんな感覚は、路地裏で同じ孤児と喧嘩をしていた時以来。
逃げを第一にしていた最近は、得られなかった感覚だ。
コンバットナイフで武装したところで、ダンジョンモンスターに喧嘩少年の技ごときが通用するはずもなく、企業やチームに属していない個人探索者の悲哀から、探索者となって以降は逃げ回る日々だったからな。
でも、これからは簡単には逃げない。
モンスターからだけではない。
……お前たち、闇探索者からもだ!
「――ふっ!」
まずは、基本中の基本――右ローキックを叩き込む。
対人の喧嘩において、多くの人間は胴体から上、両腕による攻撃を想定し、警戒する。
その裏をかくため、独学で磨き上げた……こいつが言うところのストリート流だ。
――バアンッ!
という、濡れ布巾で叩いたかのような音が、玄室に響き渡った。
さっきのコメントを参考にするなら、対人格闘術もきっちり習得しているということだろう。
闇探索者は俺の右脚へキッチリと反応し、上げた左脚でガードする。
これが路地裏の喧嘩なら、一つの攻防が成立して終わった場面。
だが、飛躍的という言葉すら生温いほどステータスが上がった今の俺なら、違う。
「ぬううっ!?」
闇探索者から漏れたのは、明らかな苦悶の声。
ガードしたはずの蹴りは、しかし、あちらが予想した以上の痛みを与えたのだ。
「ギア上げるぜ!
ボトル野郎っ!」
全身をまとうスーツ各所に仰々しくボトルを差していることから、適当な呼び名をつけて次々と攻撃を叩き込む。
ジャブジャブジャブ、ロー、フックジャブジャブストレートジャブアッパー、ロー!
さらに続く右ストレートが、交差した腕で受け止めた闇探索者を、大きく突き飛ばす。
――ザザザザッ!
という音と共に奴のブーツが地面を抉り、相撲で言うところの電車道を形成した。
「ボトル野郎とは失礼な。
それにしても、貧弱な装備からは想像できないほどのステータスをしている。
ガードしているというのに、酷いダメージだ」
何しろフルフェイスである上に、ひょうひょうとした声で言っているので、どこまで本当かは分からない。
だが、基本的な格闘戦では、技術で負けども力押しできていると、そう感じられた。
だが……。
「しかし、それでイイ気になられては困るな。
ここまでは、ワタシの演出なのだから。
配信を盛り上げるためには、倒すべき君の強さを強調しなくてはならないからね」
舞台役者のように大仰な身振りを加えながら、ボトル野郎が言い放つ。
それから、スーツに差されたボトルの一つを抜き出し、こう言ったのだ。
「では、そろそろこちらのスキルを開帳するとしよう。
いや、実際、《ハッスルバフ》は使うほどの相手ではなく、盛り上がりに欠けると思っていたんだ」
半透明なボトルの内部から、燃え上がるような赤光が迸った。




