闇探索者
「ユーザー同士の戦闘?
PKってことか?」
ウィンドウに表示されたメッセージ……いや、ログとでも言うべきか?
それを見て俺の口から漏れ出たのは、そんな言葉であった。
――PK。
語源となったオンラインゲームの用語と同様に、探索者を同じ探索者が狩る行為のことである。
ただし、俺たちがダンジョン内で繰り広げる戦いは、リアル。
賭けているものは、常にたった一つしかない命だ。
ゆえに、他の探索者を攻撃する行為は固く禁止されていた。
正規の探索者にダンジョン配信が義務付けられているのは、その手の殺人行為を抑止するためでもあるのだ。
そのため、他探索者への攻撃及び殺害という最大の禁忌を犯す輩は、こう呼ばれている。
「……闇探索者が、近くにいる?」
『おおい、また急に独り言言ってどうしたー?』
『PKって、救難信号でも受信したの?
でも、DPSは故障してたよね?』
探索者の救難に関するやり取りは、まずDungeon Positioning System――DPSを通じて行われた。
例えば、付近の救難信号をキャッチした場合は、まずDPSが反応して、それからEフォンに詳細を表示する形。
何しろ、探索者の生命線だからな。
他と独立した装備とすることで、より強固な構造を確保しているのである――俺のはあっさりぶっ壊れたけど!
「あー……。
なんというか、だな」
視聴者の言葉に、なんと返したものか迷う。
存在しないはずの落とし穴にハマって以来、網膜へ表示されるようになったあのウィンドウ。
あれを、どう説明したものか。
というか、説明すべきなのか?
【ハザード】はハザードスライム撃破で入手したから、そのスキル効果というわけでもないんだよな。
というか、該当するだろうスキルがステータスアプリで表示されない以上、スキルとは異なる何か?
一体……。
┌────────────────────┐
[Battle Report] 『座標12,45』におけるユーザー同士の戦いは、一方へ優位に推移。間もなく決着がつきます。
└────────────────────┘
迷いは、ウィンドウの表示で吹き飛んだ。
先ほどから、このウィンドウは正しいことだけを告げている。
ならば、このユーザー同士……おそらくは探索者同士の戦闘というのも、真実。
それが一方的に推移しているということは……。
ここで、重要な常識。
闇探索者は、基本的に勝てると踏んでいる時しか襲わない。
「――勘だ!
どこだ! どこで戦っている!?」
数少ない視聴者に対し、乱暴な口調で大嘘を吐きながら叫ぶ。
それに対し、答えるものは――あった。
┌────────────────────┐
[Navigation] 『座標12,45』までの経路を表示します。
└────────────────────┘
ウィンドウが文字と共に表示するのは、この付近を描いたのだろうミニマップ。
俺を意味するのだろう表示と、『座標12,45』なのだろうフラッグアイコンまでは、いくつもの曲がり角を経た先。
問題はない。
今の俺の、ステータスならば。
「――ふっ!」
先ほど、マミーたちを相手取った時とは比べ物にならない力――本気の踏み込みで、跳躍する。
――ガアンッ!
――ガアンッ! ガアンッ! ガアンッ!
さながら、徹甲弾のごとき勢いで地面と言わず天井と言わず壁面と言わず飛び回りながら、俺は最短経路で問題の座標へと向かうのだった。
--
そこは、俗に“玄室”と呼ばれる空間であった。
体育館ほどの容積もある空間が、不意にダンジョン内へ存在するのだ。
なぜ、“玄室”などという考古学的用語が用いられるのかといえば、大昔に発売された世界最古のコンピュータRPGで使われた用語に由来するらしい。
ともかく、用語の由来など、アンズたちチーム《ハッスルバフ》にとっては、至極どうでもいいことだ。
唯一確かな真実は、今この場が、生きるか死ぬかをかけた戦場であるということ。
そして、戦況は自分たちにとって、すこぶる悪いということだ。
「ぐっ……みんな、大丈夫か!?」
チームのリーダー――大門がそう言いながら、アンズたちに振り向く。
だが、そう問いかけた彼自身が、4人の中で最も手酷いダメージを受けていた。
ダンジョン素材をふんだんに使った最新式のウェアは、すでにズタボロとなっていて、各所に描かれたスポンサーロゴがロクに見えないほど。
スキンヘッドのあちこちには裂傷が存在していて、すんでのところで致命傷を避け続けてきたのだということが分かる。
2メートル超えの巨漢に相応しい得物――チームを象徴する大戦斧は、刃の半分ほどが砕かれていた。
「わたしたちは、なんとか!」
「ああ、リーダーが前衛張ってくれたおかげだぜ!」
「大門さんこそ、大丈夫ですかい!?」
アンズを始めとする残りのメンバーが、次々と彼に答える。
《ハッスルバフ》のチーム構成は、一般的な探索者チームのそれよりも歪。
大門という絶対的な前衛1人にフロントを託し、アンズたち残りのメンバーが後衛を担当するというものであった。
『大門死なないで!』
『兄貴! 頑張ってくれ!』
だから、ダメージは彼に集中することとなり、最近になって常時接続数1500以上をキープするようになった視聴者たちも、次々に心配と応援のコメントを送っていた。
「ああ! おれは大丈夫! 頑丈なんだ!」
そんな自分たちと視聴者に対し、大門がニカリと笑って答える。
それから、すぐに数メートル先の敵……。
闇探索者の方へ顔を向けた。
「さすがのマッチョぶり、感心するな。
さっきの攻撃は、殺すつもりで放ったんだぞ」
そう言いながら、両手を腰の後ろで組んだ人物……。
これはまさに、怪人物というしかない。
全身は、サイバーパンクの映画か、あるいは特撮番組に登場するような未来的デザインのスーツで覆われており、しかも、フルフェイス式のメットを装着しているため、顔をうかがうことができないのだ。
他の特徴は、試験管じみた形状のボトルを、スーツ各所に装着していることだった。
「だが、さすがに次で決めるとしよう。
男連中にはさっさとご退場頂かねばな」
マスクに隠れた闇探索者の視線が、確かにアンズを射抜く。
アンズは、チームの紅一点。
つまり、彼の宣言は、アンズ以外すぐさま皆殺しにするというものであった。
なんという、怖気の走る宣告。
おそらく、この怪人は闇配信を現在進行形で行っている。
その配信映像内で、アンズにどのような末路を辿らせるつもりなのか……想像する気すら起きなかった。
「そうはさせるか!
皆、おれにバフを!」
「「「オーケイ!」」」
リーダーの指示に従い、アンズたちがスキルを発動する。
アンズのスキルは、【ディフェンスアップ】。
他の2人が、それぞれ【オフェンスアップ】と【スピードアップ】だ。
効果は、まさにその名前通り。
「テンション上がってきたぜえええっ!」
ただでさえ筋骨隆々とした大門の肉体が、内からウェアを破らんばかりにバンプアップし、さらに赤青黄……3色のオーラに包まれた。
これこそ、チーム《ハッスルバフ》の必勝型。
大門に全ての強化を集中し、敵を打ち砕くのがチームスタイルなのだ。
「うおおおおおっ!」
『アニキイイイイイッ!』
『いっけええええええええええっ!』
視聴者たちのコメントにも押され、大門が半壊した大戦斧を振り上げる。
それから、瞬間移動じみた速さで突進し……。
「――ぐおあっ!?」
……吹っ飛ばされ、アンズたち後衛を超えて玄室の壁に激突し、そのままめり込むと磔になった。
「は、速すぎる……!」
アンズがうめくのは、当然のこと。
おそらく、あの一瞬で大門はスキルも発動し、最強最速の一撃を放った。
しかし、闇探索者はそれすら上回る圧倒的スピードとパワーでカウンターを行い、今の結果を生み出したのだ。
特にスキルなどを使っている様子は見えないし、なんならば、姿勢すら変えていないように見える。
なんという……ステータスの暴力。
完全粉砕され、粉々になって舞う大戦斧は、アンズたちの未来を暗示しているように思えた。
「では、残りの男たちにも消えてもらうか」
――カッ!
――カッ!
……と、あえて足音を響かせながら、闇探索者がこちらに歩み寄ってくる。
恐怖感を煽り、闇配信を盛り上げる意図……!
悔しいのは、なす術がないこと。
『兄貴がやられた!?』
『助けはこないのか!?』
視聴者たちが、アンズの思いを代弁する。
だが、そんなもの都合よく――。
――ガアンッ!
アンズが思考を中断したのは、突如として現れた何者かと闇探索者が、スクラムのような形で組み合ったから。
踏み込んだ両者の脚力が凄まじすぎることにより、ダンジョンの地面が陥没し、クレーターのごとくなっていた。
「なんだ……貴様は……?」
闇探索者が、初めて驚いたような声を漏らす。
恐るべき俊敏さで姿を現し、闇探索者の歩みを留めたのは、1人の――少年。
短く整えられた黒髪といい、体躯といい、これといった特徴のない10代だった。
ただ、その格好は、この状況においてあまりに異質。
何故ならば……。
「協会支給のタクティカルベストと……洞窟迷彩服……?」
それは、探索者ならば、誰もが一度は袖を通す格好。
『初心者セット?』
『え? 初心者?』
『初心者が闇探索者を抑えてる?』
例えばFランクなど、初心者探索者の装備であった。




