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底辺探索者、デバッカーになる。

 一寸先は闇。

 この言葉を生み出した人物は、きっと遠い未来にダンジョンが全世界へ出現することを予想し、そこを舞台にした探索者配信が大人気コンテンツとなることも予見していたに違いない。

 何しろ、俺たち探索者を表すのにこれほどしっくりくる言葉は、他に存在しないのだから……。


「ぐ……ぐうう……」


 自分でも無様だと分かる苦悶の声を漏らしながら、どうにか意識を繋ぎ止める。

 現在の居場所は、ダンジョン『東京チカマチ』の……第何層なんだろうな?

 さっきまでいたのは第1階層だったが、落とし穴にハマっちまったので、判然としない。

 というわけで、ざっくり状況をまとめると、だ。


 この俺――Fランク探索者佐藤カナタは現在、落とし穴の罠によって転落し、重傷を負っています。

 それにしても、である。


「ぐ……くく……。

 第1階層に、どうして落とし穴が?」


 口をついて出るのは、この疑念だった。

 ピットの罠なら、分かる。

 そうと気付かずに色違いの床を踏み抜くと、十数センチほどのくぼみにハマるという地味に痛い罠だ。

 これには、何度となくハマってきた。

 だが、こんな下の層まで突き抜けるような落とし穴は、この『東京チカマチ』第1階層において、今まで確認されてこなかったはずだ。


『初めての事例じゃね?

 とりま、問題の箇所保存しとくわ』


『カナタ、大丈夫?

 救難信号を出した方がいいと思う』


 左耳に装着したインカムから、電子音声が流れる。

 俺の配信に接続している視聴者のコメントが、リアルタイムで読み上げられているのだ。

 といっても、接続数は3だけど。


 探索者配信は、完全なるレッドオーシャンコンテンツ。

 Fランク探索者の配信など、こんなもんである。

 ともかく、救難信号を出すという案はもっともなので、すぐさまタクティカルベストをまさぐった。

 探索者協会から支給されるこいつには、デフォルトでエーテル通信(E-Sync)対応型Dungeon(D) |Positioning《P》 System(S)が装備されている。

 探索者は、いざという時にこいつから救難信号を発し、協会本部や周囲の探索者へ助けを求めることができるのだ。

 が……。


「クソ、壊れてる……」


 軽量かつ頑丈なはずのDPSは、よほどに打ち所が悪かったのか、中身の電子部品や銅線を露出し、完全破損してしまっていた。


『泣きっ面に蜂過ぎて笑う』


『こっちの方で救難要請送るけど、座標が分からないよ』


 ありがたきは視聴者様からのコメントよ。


「ポーションを……」


 タクティカルベストから抜き出すのは、空気圧式の皮下注射器。

 激痛に耐えながら右腕を動かし、これを首筋に当てた。

 そして――注射。

 プツリという音と共に、内部のポーションが血管へと注入される。


 ダンジョンから得た素材で作られるこいつの効力は、絶大。

 医療技術を数世紀進歩させた――あるいは、ポーション頼りとなりすぎて、技術進歩を鈍化させたと言われているくらいだ。

 俺ごときFランク探索者に購入可能な低品質のものでも、落下による打撲や骨折を治癒し、動けるようにするくらいの効果はあった。


「はぁー……はぁー……。

 どうにか、動けそうだ。

 もう、ポーションはこれで打ち切りだけど」


『ポーションは最低3本持ち込むのが探索者の常識な件』


『この前使ってから、補充しなかったの?』


「探保適用で9割引きになっても、Fランクポーションは1本5万円もするんだぜ?

 俺の台所事情じゃ、1本持ってただけで褒めてほしいくらいだよ」


 いつになく積極的なコメントをくれる視聴者たちに、苦笑いしながら答える。

 先月のドロップ売却益――手取りにあらず!――が、20万円だからな。

 爪に火をともすような思いで節約生活し、ようやく購入していた虎の子が今使った1本なのだ。


「さて……と。

 とにかく、上層部へ上がるための階段を見つけないと……」


 痛みが大分引いて余裕も出てきたので、周囲を見回す。

 この景色を一言で表すならば、洞窟の中という言葉が相応しいだろう。

 剥き出しの岩壁に土の地面という光景が、一定量のエーテル光で照らし出されているのだ。

 広さは、大人が3人横並びになれる程度。

 天井までは、2.5メートルというところだった。


『モンスターと会わないよう、気をつけるべし』


『間違いなく下の階層だろうからね。

 カナタのステータスだと、到底太刀打ちできない』


「そう……だな」


 視聴者の指摘を受け、ベストからエーテルフォン(Eフォン)を取り出す。

 そして、ステータスアプリをタップした。

 配信は標準設定で変更してないので、これで数少ない視聴者の画面にも俺のステータスが表示されたはずだ。




探索者名:カナタ

最大HP:420

最大SP:56

物理攻撃力:65

属性攻撃力:20

物理防御力:50

属性防御力:23

行動速度:31

命中:64

回避:28

クリティカル:6





 全身を巡るエーテルが測定され、即座に表示された数字は、いずれの項目も――貧弱。


『一般人乙』


『残念だけど、ほとんど成人男性の範疇か、それを下回ってるね』


「年相応と言ってくんない?

 俺、まだ18なんだから」


『やけに声は若いと思ってた』


『高校行ってないんだ?』


「探索者になるやつなんてのは、俗に言う下級国民くらいのもんさ。

 10年前のダンジョン事変で何もかも失って、もう張れるものが自分の命しか残されてないの」


 うーん、この経歴も含めて、我ながら一般人。

 結構悲惨な過去ではあるが、同じ過去を背負った人間が全世界で5億以上もいるとなると、ありふれてしまう。

 さておき、腰に差した唯一の武器――刃渡り50センチ程はあるコンバットナイフの柄をそっと撫でる。


「せめて、拳銃でも持てれば、少しは心強いんだけどな」


『拳銃ごときでは、野生動物すらロクに仕留められない件。

 ダンジョン2階層以降は通用しないと思っていい』


『一流の探索者って、ほとんどコミック世界の人間だもんね。

 アクション映画のスターになった人もいるし』


「解説とうらやましい話をどうもありがとう。

 生き残れたら、俺もあやかりたいもんだ」


 言いながら、慎重に歩み始める。

 足音は殺し、息もできるだけ潜めて。


『珍しくコメ返ししてたのに、また無言モード』


『仕方ない。

 返事した声でモンスターにバレたら、死んじゃうし』


 インカムからは、そんな視聴者同士のやり取り。

 そうそう、理解してくれて助かるよ。

 こっちは、なけなしの神経すり減らしながら行軍してるんだから。

 俺の視界に変化が起こったのは、そんな風に思った時のことだった。




┌────────────────────┐


[System Log] 2026/01/27 13:15:22

[Notice] 『ユーザー:Kanata_S』をデバッカーに任命。同期開始。

[Enemy] 5メートル先にユニークモンスター『ハザードスライム(デバッグ用)』が出現予定。

[Experience] 当該個体を倒せば経験値300万が得られます。

[Drop] 当該個体は、確定でレアスキル【ハザード】を習得可能。


└────────────────────┘




「な、なんだこりゃ……!

 デバッカー……?」


 目の前……いや、これは網膜に直接というべきか?

 突如として浮かんだウィンドウと文字列に、困惑の声を漏らす。

 なんだこれは? こんな症状、聞いたことないぞ。

 ただし、ユニークモンスターという単語は当然の知識として知っていたが……。


『急にどうしたし?』


 そんな俺の異変を受けて、先ほどから面白がっている言動の目立つ視聴者がそう問いかけてくる。


『待って、変な光が』


 ただ、どちらかというと心配してくれている風の視聴者がコメントした通り、答えるよりも先に、眼前で妙な光が膨れ上がったのだ。

 この現象は、見覚えがあった。


「――モンスターの出現光!?」


 そう、ダンジョンがモンスターを生み出すために発するエーテルの光。

 光子の集まりとしか思えぬそれが通常と異なるのは、ドス黒く染まっていること。

 推しのパーソナルカラーじゃないため使ったことはないが、黒色のサイリウムがこんな輝きだったはずだ。


 そして黒い光は受肉し、質量を得ていく。

 この世ならざる存在。

 生物ならざる生物。

 ダンジョンが人類に対して生み出す抗体。

 モンスターとして形作られたのだ。

 だが、こいつは……。


『スライムみたいだが、既存のあらゆる種と異なる件』


『何これ……コールタールみたい』


 コールタールとは、言い得て妙。

 そう、現れたこのモンスターを表現するのには、相応しい言葉だ。

 ただし、当然ながら単なる液体ではない。

 コールタール状の液体は地面に広がることなく、大人の胴体ほどもありそうな固まりとなってうごめいているのである。


 ――スライム。


 一般にそう呼ばれるモンスター群の特徴であった。

 とはいえ、この色は俺の知識と照らし合わせても、発見された例がないが。


「未発見の新種……」


 そこで、不意に先ほどの文字列が思い起こされる。


「まさか……ユニークモンスターか」


 ――ユニークモンスター。


 ダンジョン内で極稀に出現する特殊なモンスターの総称だ。

 多くは、その階層に出現する他のモンスターより――強力。

 だが、こいつは……。


「何も……してこないようだが……」


 そう呟くと同時、再び先ほどの現象が襲いかかってきた。




┌────────────────────┐


[Tips] 出現中の『ハザードスライム(デバッグ用)』はデバッグ用に用意された特殊個体のため、あらゆるステータスが1で固定されています。


└────────────────────┘




「……何?

 ステータスがオール1だって?」


 そんなの、聞いたことがない。

 多分、ハムスターだってもっと強いぞ。

 ただ、確かに目の前のこいつは、ゆらゆらと粘性の体をゆらめかせているだけで、敵意も迫力も感じられなかった。


「……だったら」


 スラリとコンバットナイフを引き抜き、構える。


『普通のスライムなら、物理攻撃は通用しづらいはず』


『逃げた方がいいんじゃ』


「いや――いけそうな気がする」


 否定的なコメントに、はっきりと返す。

 実際、俺が歩み寄っても、きっとハザードスライムという名前なのだろうこいつに動きはない。

 だから、逆手に握ったナイフの刃を、思い切り振り下ろした。


 ――ずぬり。


 という感触と共に、ナイフの刃は吸い込まれ……。

 次いで、ハザードスライムの体が出現した時と同じエーテル光に変換される。

 これは、モンスターを倒した時と同様の現象。

 そして、モンスターが変化したエーテル光は、倒した探索者へと吸い込まれるのだ。

 この場合は、当然――俺。


「――おおおっ!」


 光の粒を浴びて吸収した俺は、うめき声とも悲鳴ともつかない叫びを上げた。

 全身が、熱い。

 細胞の一片に至るまで沸騰しているかのようだ。

 そして、みなぎるこの力は……!


「はっ……!

 はっ……!」


 ほんの数秒、存分に苦悶した俺は、大きく息を吐き出す。


「ス、ステータスを……」


 そして、半ば本能的にEフォンのステータスアプリを開いた。

 果たして、そこに表示された数字は……!


『Oh……』


『すご……』





探索者名:カナタ

最大HP:6278

最大SP:219

物理攻撃力:928

属性攻撃力:61

物理防御力:887

属性防御力:42

行動速度:441

命中:189

回避:217

クリティカル:175


スキル:【ハザード】

 お読み頂きありがとうございます。

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