【第2章 あはれてふ 心の奥ぞ けふ知られぬ】全年齢版②
※ムーンライトノベルズにてR-18完全版も公開しております。
【第2章 第2話】
風呂を飛び出し、入り口へ駆ける。
(やべぇぞ蓮。来てるのは雑魚じゃねぇ。匂いが違う。……中級以上だ)
「柊! 日向! 小泉さん!」
入口。服を赤黒く汚した女。腕に何かを抱えたまま、こちらへ確実に近づいてくる足音。
「あの……あなた、怪我が……大丈夫ですか……?」
小泉さんが震える声で問いかける。その背後で、柊が日向を強く抱き寄せていた。小さな体が震え、日向の喉の奥からすすり泣きが漏れる。柊の目は女から逸れず、不安と警戒が滲んでいた。
「……見つけたわ。可愛い子たち……なんて美味しそう……」
朱雀の声が低くなる。
「姑獲鳥だ。……厄介だぞ、蓮。これは笑えねぇ」
喉が鳴り、息が詰まる。
「みんなを逃がしたい。式神外装は、できれば見せたくない。朱雀、なにか手はない?」
「手拭いを投げつけろ」
お手上げということなのか?いや、声は真剣だった。
「て、手拭い?」
「ヤツはの性質は産むはずだった記憶に縛られてる。
今のお前の腰にある手拭いでも数秒なら効く。時間ねぇぞ、蓮」
腰の手拭いを握る。手が汗で湿っていた。本当にこんなもので…?
「私はね……守れなかったのよ。 だから今度こそ、ちゃんと育てるの。取り込んで、私の一部として、守り続けるの」
姑獲鳥の口から、黒い煙がぼうっとあふれ出した。煙は床に落ちて広がり、どろりとした塊へと変質していく。泣き声とも悲鳴ともつかないノイズが混じり、やがて……それは子どもを思わせる形をした、歪な黒い影のような鬼が、次々と床に滲み出す。
「……ねぇ。見て? ちゃんと、形になっているでしょう?」
姑獲鳥は、立ち止まり、嬉しそうに、でもどこか壊れた声で笑う。髪の隙間から覗く目は悲しくて、優しくて、壊れていた。
黒い影のような鬼が、次々と這い出し、小さな手足で床を叩きながら、這い寄ってくる。
「おい姑獲鳥!!」
手拭いが宙を裂く。姑獲鳥は目を見開き、過去に思いを馳せるように遠くを見つめた。
「あぁ…あぁ…私の坊や…死なせない」
手拭いを手に取り、何かを探しているような動き。本当に気をそらせるなんて。
「蓮!!」
柊の声に振り返る。
「柊! 小泉さん!! 俺が時間稼ぐ!! 全員連れて施設長の家に!! 絶対外出んな!! 早く!!」
「でも、それじゃ蓮が――!」
震えた声。
「俺も隙を見て逃げる! だから……日向を、みんなを守ってくれ!」
「小泉さん……柊たちを頼みます!」
唖然としていた小泉さんと目が合う。その瞬間、迷いが決意に変わる。
「あ……あぁ! そうだね……! 柊くん、行こう。子どもたちを守るんだ!」
小泉さんは言葉と一緒に覚悟を取り戻し、柊の肩を強く抱いて裏口へと向かう。
「蓮! ダメだ! 蓮は俺が!! ……蓮!!」
胸を締めつける声。それは「死ぬな」でも「逃げろ」でもなく、ただただ俺の名前を、必死に呼び続けていた。
声が遠ざかるのを待ち、俺は、物怪の方へとさらに一歩踏み出した。
「式神外装!朱雀!!!」
炎が弾ける。五芒星が地を照らす。
(すぐに終わらせて迎えに行く。柊……待ってろ)
姑獲鳥
様々な解釈のある妖怪です。
伝承の一部には、「身につけている布切れを投げつけると気を取られ、逃げられる」というものがあり、今回の展開ではそこをモチーフにしています。




