【第2章 あはれてふ 心の奥ぞ けふ知られぬ】全年齢版①
【第2章 第1話】
「ねぇ、蓮。……何か俺に隠してるだろ?」
「へあっ!?」
急に核心を突かれ、情けない声が出た。
「最近、ひまわりの里に来る回数も減ってるし。たまに来たと思ったら、やけに疲れた顔してるし……それに、前みたいに泊まっていってくれない」
さすが親友。柊は昔から俺の変化に敏い。
視線がまっすぐ刺さってくる。昔から俺のことをよく見てくれている。いまはその視線がやけに胸の奥をざわつかせた。
そして今、俺の膝には六歳の《日向》が膝枕で寝ている。この子は、ひまわりの里の中で一番俺に懐いてくれていて、見つかればいつもこうやって離れてくれない。……可愛いヤツだ。
「まさか、彼女とか……」
「ない! ないないない!! 俺に女っ気ないのは柊が一番知ってるだろ!? 絶対ない!」
勢いで否定すると、柊は少しだけ目を見開き、すぐに視線を逸らした。その耳が、ほんの少し赤く染まる。
「……でもさ。蓮だって年頃なんだし。誰かに夢中になることくらい、あってもおかしくない」
「いやいやいや、俺ら同い年だろ。柊こそどうなんだよ。なんもないってことは……」
言いかけた俺の言葉に、柊の肩がぴくりと揺れた。口を開きかけ……けれど、飲み込むように黙り込む。その横顔が、不思議と寂しそうに見えた。
最近の俺は、仕事終わりに街を巡って物怪の気配を探している。あれから何度か下級物怪とも戦い、どうにか倒してきた。戦えば呪力を消費する。補給と鍛錬……それも必要だ。だから、どうしても家に帰らざるを得ない。
それに、ひまわりの里を出た俺には、もう部屋がない。泊まる時は、柊の部屋で、同じ空間で眠ることになる。……それが、困る。
初めて呪力回復をした日以来、どうにも柊を妙に意識してしまっている。
同じ布団の気配。同じ部屋の空気。近い距離。そして、ふとした瞬間に鼻をかすめる柊の匂い。
何もしていないのに、勝手に心臓が騒ぐ。隣にいるだけで落ち着くくせに、妙に落ち着かなくなる。……親友に対して、何考えてんだ俺。
自嘲気味に心の中で呟く。けれど、それでも柊の視線が離れなくて。
俺を疑うように見つめるくせに、同時に「遠くへ行かないでほしい」と言っているみたいで。胸の奥が、少しだけ痛んだ。
「ねぇ、蓮にいちゃん。今日泊まってくれる?」
つぶらな瞳が、まっすぐ俺を刺す。……断れるわけ、ないだろこんなの。
「そうだな。久しぶりに泊まらせてもらうわ」
可愛い日向のお願いには弱い。
「やったー!!」
日向はそのまま勢いよく柊の方へ走っていく。
「柊にい! 蓮にいちゃん泊まってくれるって!」
全力の笑顔で報告していた。
なんだ、柊……同じくらい嬉しそうな顔、してんじゃねぇか。
まあ、色々考えることはあるけど。今日は久しぶりの帰ってきた感じを、素直に噛みしめてもいいだろ。
「あ、蓮にいちゃん! 今日一緒にお風呂入ろ……」
「ダメ」
俺が返す前に、柊の声が刺さる。
「蓮は疲れてるんだ。それに、日向はもう一人で入れるだろ?」
優しく微笑む口元。でも、その瞳だけは笑ってなかった。
「え〜〜、ケチ〜!!」
むくれる日向を宥めながら、柊は彼を浴場へ連れていく。
ひまわりの里には小学生5人、中学生3人、高校生2人が暮らしている。今日は、当直に小泉さん。そして同じ敷地の一角には施設長・渡辺さんの家があり、奥さんと共に生活している。
両親の記憶がない俺にとって、ここは間違いなく家だった。そして、同じように思い出のない柊の存在が、俺の心の大半を支えていた。
結局、柊の妨害に遭い、俺は一人で風呂に入ることになった。日向と一緒でも全然よかったのにな。
まあ、一人きりだと広すぎて落ち着かない風呂を、今日は贅沢に独占させてもらうか。
肩まで湯に沈む。張り詰めていたものが、静かに溶け出していく。
(……おい、蓮)
頭の中に、朱雀の声。
「ん、なに」
(あの柊ってやつ。お前とどんな関係なんだ?)
「どんなって……親友で、幼馴染で、大事な……」
(ほう。親友ねぇ)
少し楽しそうな声音。
(お前、あいつのこと好きだろ)
バランスを崩して頭まで湯に沈み、そのまま慌てて顔を出す。
「な、なんでそうなんだよ!柊は親友で、幼馴染で……親友で幼馴染なんだよ!!」
(動揺しすぎだバカ)
朱雀が鼻で笑う。
(さっきの会話。あのときの呪力の上がり方と純度、中々だったぜ)
図星を突かれた胸が、きゅっと熱くなる。
(別にいいだろ。男に惚れるなんざ珍しい話でもねぇ。晴明様の時代だって普通にいたぞ)
(それに。柊ってやつは、お前の漏れ出した呪力の影響を一番強く受けてる。あいつなら、もしかすると……)
「もしかすると?」
その瞬間。朱雀の声色が、はっきり変わった。
(……待て。嫌な気配がする)
朱雀が身体から飛び出す。俺も無意識に息を呑み、身構えた。
その直後。
「うわあああ!! なんだ!? 大丈夫ですか!!」
浴場の外から、小泉さんの悲鳴が響いた。
2章1話後書き
日向
6歳の少年。
養護施設《ひまわりの里》で生活している。
蓮に特に懐いている。
渡辺
養護施設《ひまわりの里》の施設長。
蓮と柊をはじめ、子どもたちの親代わりとして接している。
小泉
養護施設《ひまわりの里》の職員。




