【第1章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る】全年齢版③
※ムーンライトノベルズにてR-18完全版も公開しております。
【第1章 最終話】
「ねぇねぇ! れんくん早く!」
「ほら、急がないと見つかっちゃいますって!」
「でも……お母さんは、ここには入っちゃいけないって――」
俺には、ときどき見る夢がある。断片的で、輪郭がぼやけていて。それが“記憶”なのか、それとも作り物なのかはわからない。
三歳で《ひまわりの里》に保護されたとき、それより前のことは、名前以外覚えていなかった。
夢の中の俺たちは、大きな、古い土蔵の前に立っていた。扉が軋む音とともに、中へ足を踏み入れる。ひんやりとした空気。喉にまとわりつく埃の匂い。暗闇に、目が少しずつ慣れていく。
その先に見えたのは、所狭しと積まれた箱や、古びた巻物たち。
「……すごい量ですね」
誰かの声が、少しだけ弾む。
「ねぇ見て! これ……お星さまの絵が描いてある! かわいい!」
子どものひとりが巻物を抱え、紐を解く。
広げられたその瞬間、蔵の空気がはっきりと変わった。
カタ……カタカタ……
周囲の箱や巻物が微かに揺れ、どこからともなく、あたたかな風が吹き抜ける。埃が舞い、光を帯びる。
そして……
「―――、――――――。」
呼ばれた。
そんな気がした。
声は確かに、俺を名指ししたみたいで。けれど音は霞み、意味は掴めない。胸だけが、不思議にあたたかくなった。
周りの子たちも戸惑ったように、目を丸くして辺りを見回している。
「こら!!! あなたたち、何してるの! ここには入らないようにって、言ったでしょう!」
振り返ると、入口に立つ女性の姿。腰に手を当て、叱りつけるその人は……顔だけが、どうしても見えない。でも……胸の奥がぎゅっと締めつけられるほど、懐かしかった。
俺が何か言おうと口を開いたところで、いつも夢は終わる。
――ピピピピピ……
目覚ましの音が鳴る。
昨夜の出来事のあと、フラフラになって帰ってきて、そのまま倒れ込むように眠った。今日は仕事が休みで、本当に良かった。時計の針は、朝八時を少し過ぎている。
もう一度布団へ沈み込み、昨夜のことを整理しようと目を閉じると、隣で何かがもぞもぞと動いた。
飛び起きる。
隣を見る。
そこには、あの赤くて、可愛い鳥が。丸く身体を丸め、目を閉じて、気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てていた。
そうだ。こいつ!
昨夜の記憶を辿る。変身が解けた直後、目の前に現れて“朱雀”と名乗ったコイツ。今はこんな小さくて可愛い姿をしているが、本当はもっと立派な存在らしい。そういえば、変身する直前にも……ほんの一瞬、見えた気がする。
⸻
襲われていた男女。
戦闘のあと気を失って倒れていた。そのまま放っておくわけにはいかない。俺は二人を道路の端へと移動させ、スマホで救急車を呼んだ。オペレーターの指示に従い、命に関わる状態ではないことを確認する。「近くで待機してください」と言われ、通話が切れた。
救急車を待つ間に、朱雀は、大まかな状況を教えてくへた。
「お前が倒したのは物怪ってやつだ。下級の鬼だな」
「鬼……?」
今までなら、御伽話の中の怪物と笑って受け止めるところだ。しかし、鬼としか言いようのない怪物を見てしまった。
「本来なら、恐怖を糧にしてる連中だ。だが今のやつらは……感情そのものを喰ってやがる」
朱雀の声は軽い癖に、言葉の重さだけが胸に残る。
「恐れや感情を食われすぎると、人間の心も体もバラけて……砂になって消える。でもお前が止めたおかげで、あの二人はギリギリ踏みとどまった」
「……じゃあ、助かったってことか?」
「命はな。ただ、喰われた分の感情に紐づく記憶は飛ぶ。目ぇ覚ましたら、自分がどうしてここにいるのか、隣にいるやつが誰なのかわからねぇかもしれねぇ」
胸がざわついた。知らない誰かの不幸が、急に近くなる。
「ちょっと待てよ。そんな嘘みたいな話、いきなり信じられるかよ……!」
「気持ちはわかるがな」
朱雀は軽く肩をすくめるように羽を揺らす。
「でも、今まさに起きた現実が全てだ」
言い返せない。痛みも、炎も、戦いも、全部、夢じゃなかった。
「そ、それに……あの変身。なんなんだよアレ! お前はどっから湧いて出てきたんだよ!」
「湧いてねぇよ。前からいたんだよ」
あっさり言われて固まる。
「変身は俺様の力だ。俺様は十二天将の朱雀。生き物の中には大なり小なり呪力ってもんが備わっててな。そいつは感情エネルギー、特に愛情から変換される」
「愛情……?」
「そう。で……お前は、その総量が桁違いだ。周りに溢れ出すほどにな」
にやり、と鳥のくせに挑発的な笑みを浮かべる。
「まだ未熟で扱いは下手だが、その器だけは規格外。だから俺様を纏って戦えた。それと――」
朱雀は、少しだけ声のトーンを落とした。
「俺様は、ずっとお前の中にいた。……まぁ、肝心なとこは覚えてねぇだろうがな」
なにか、大事なものを指摘された気がした。
胸の奥が、ちくりと痛む。
「幸か不幸か、鬼に襲われたショックで呪力が覚醒して……やっと俺様を認識できるようになった、ってわけだ」
ちょうどそのとき、救急車のサイレンが近づいてきた。
救急隊員が到着し、事情を聞かれる。俺は「通りかかったら二人が倒れていて」と説明した。
俺の服が破れていることにも触れられたが、外傷がなく、争った痕跡もないため「帰宅して大丈夫」と判断された。ただ、隊員の目は露骨に“疑っている”感じではあったが。
ちなみに、腹の傷が治っているのは朱雀の力らしい。これも、まだ現実だと信じられない理由の1つだ。
⸻
「ん……ふぁあああ」
朱雀が、のびをするみたいに翼を揺らして目を覚まし、今そこにいる現実と向き合う。
「おう。おれ様より早く起きるとは感心じゃねえか」
「おはよう、朱雀。昨日の物怪のことなんだけどさ……下級ってことは、他にもまだいるんだよな? それに、あれって最近の行方不明事件と関係あったりするのか?」
まだ眠たげな顔の朱雀に、俺は思いつくまま矢継ぎ早に問いかける。
「あー……いるだろうな。俺様は元々《晴明》って陰陽師に仕えて、物怪退治してたんだ。倒しきれずに封印したやつらもいたし……行方不明事件と繋がっててもおかしくねぇ」
「マジかよ……! じゃあ、俺が戦えば――」
「減らせるかもな」
軽い口調なのに、言葉の重さだけははっきりしていた。
「ただし昨日のは雑魚中の雑魚だ。上位の連中が来たら、今のお前じゃ瞬殺コースだな。……日々の鍛錬に励めよ」
「鍛錬って、どうすれば……」
「まず……必要なのは呪力。その呪力は、昨日のアレで使い切ってカラッカラだ。補充して鍛えろ」
「補充して鍛える……」
呪力。聞いたこともない。それを補充……
「基本的には勝手に溜まる。お前くらいの年齢なら特にな。だが、今は緊急事態だ。……恋人いるか?」
「はぁ!? なんだよ急に!! ……い、いねぇよ!」
顔が一気に熱くなる。なぜそんなプライベートな話題に繋がるのか検討がつかない。
朱雀はニヤリと口角を上げた。
「呪力は愛情から生まれる。愛を確かめるのが最効率だが――いねぇなら、自分の生命力を強制的に燃やして、無理やり循環させるしかねぇ。消費したなら、埋め合わせが必要だからな」
指摘された瞬間、胸の奥に、抑えきれない衝動が灯った。
朱雀は面白がるように目を細める。
「じゃ、邪魔しねぇように一眠りするわ。
ごゆっくり、ひよこちゃん」
ケタケタ笑いながら――
朱雀は、光の粒になって俺の体へと溶け込んだ。
朱雀が消えて、部屋が静かになる。
耳に残るのは、自分の激しい鼓動だけだ。身体の奥に残った、暴発しそうな熱を誤魔化すみたいに、深く息を吐く。
(……自分一人で、呪力を練り上げるしかないのか)
本来は他者との共鳴で循環させる力を、未熟なまま自分一人で制御しようとする。
ふと、柊の顔が浮かんだ。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。呼吸が浅くなり、指先に力が入りすぎる。
……なにか、魂の深いところで引っ張られた気がした。
「……今の、なんだ」
一緒に育ってきた幼馴染。頼れて、優しくて、いつも俺の背中を押してくれる存在。
思い出しただけなのに、胸の奥が、じんわり温かくなって、鼓動が早まる。それは安らぎでもあり、同時に、満たされない想いでもあった。
唇を噛みしめながら、俺は目を閉じた。柊への想いと、身体を焼く熱を呪力へと昇華させるために。
孤独な夜のなかで、俺は独り、終わりが見えない鍛錬へと没頭していった。
⸻
高層ビルの隙間で、闇がゆっくり形を取る。
「泣く子の匂いが、増えてきたわねぇ」
姑獲鳥は楽しそうに喉を鳴らした。
「その中でも――ひときわ美味しそうな子がいるの」
指先が、空をなぞり薄笑いを浮かべる。
「そんな子を泣かせたら、どんな音が鳴るのかしら」
闇がふっと掻き消えた。
獲物はもう、決まっている。
朱雀
蓮に憑いていた式神。
元々は安倍晴明に仕えていた存在。
物怪
人から生まれる感情エネルギーを糧とする存在。
呪力
感情エネルギーが変換された力。
特に「愛」から生まれる力は、純度が高いとされる。
※本編を読むうえでは必須ではない、
世界観および用語設定の補足となります。




