【第1章 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る】全年齢版②
【第1章 第2話】
路地を曲がり、大通りから一本入った場所。
そこで――“それ”は起きていた。
大柄な男が人を襲って――いる?
いや、違う。黒ずんだ肌。腰に巻きつけられたボロボロの布。額の中央には、ツノのような突起。
「か、怪物……?」
自然と体が走り出していた。
怪物の腕の中には、首を掴まれて持ち上げられた男性。目は虚ろで、口から白い煙の塊のようなものが漏れ出し……空中をふわりと漂い、怪物の口へ吸い込まれていく。
少し離れたところでは、女性が腰を落としたまま震えていた。きっと、さっき悲鳴を上げた人だ。今も声にならない声で何かを訴えている。
無我夢中だった。
男性のもとへ飛び込むと同時に、怪物の背中へ体当たりをかました。壁に激突したかのような衝撃が返ってきた――だが、硬い皮膚に覆われた怪物は、微動だにしない。
ゆっくりとこちらへ顔だけを向ける。
「ナンダ、オマエハ……」
振り払うように左手が振り抜かれ、俺の体は吹き飛んだ。背中を壁に叩きつけられ、呼吸が止まる。
「…っく」
次の瞬間、腹部に強烈な痛みと、じんわりとした熱。見ると服が裂け、血が滲んでいた。怪物の爪が月明かりを浴びて怪しく光っている。
「ニオイ…ウマソウ…オマエハ……?」
怪物は無造作に男性を投げ捨て、こちらへと歩み寄ってくる。
――ドクン。
胸の奥が跳ねた。
今まで感じたことのない熱が、全身を駆け巡る。傷口だけじゃない。体中が熱い。鼓動が早くなる。
(……おい、聞こえるか)
突然、頭の中に声が響いた。
(やっと聞こえたようだな。……随分待たせやがって)
「誰だ……? どこから聞こえて……違う、怪物……逃がさなきゃ……!」
逃げない。見捨てない――その決意だけが、熱になって胸の奥で燃えた。
(助けてやる。俺様の名前を呼べ。“強き者”をイメージしろ。何をすべきか。お前の“心”には、もう浮かんでいるはずだ)
「心に……? ああ……わかる……!」
胸の奥に、ずっとあった熱。その名前を、知っていた気がする。
「……朱雀!!」
叫んだ瞬間、周囲の空気が震え、地面に丸で囲まれた朱の五芒星が浮かぶ。中心から、炎を纏った美しい鳥が現れ――次いで、全身が温かな炎に包まれた。
圧倒されるほどの熱。けれど、痛くない。むしろ――力が満ちていく。
体中に力がみなぎり、腹部の痛みが引いていく。立てる。戦える。
「そうだ。そのまま唱えろ」
「――式神外装! 朱雀!!」
紅蓮の炎が一層燃え上がり、美しい鳥が身体に重なり、形を変える。身体に纏った炎は、赤と黒、金色を基調とした全身スーツへと変化し、胸部や肩、前腕には炎が凝固したような装甲が浮かび上がる。顔に纏う炎は、朱雀の意匠を取り込んだ仮面となった。
「さぁ、準備は万端だ。蓮。いや、マスター・レッド。派手にやろうぜ」
「マスター? てか、なんだこの服!! どうやって? ……いや、色々よくわかんねーけど、でも――いけそうな気がする!」
目前に迫る怪物。近づくほどに地面に振動が伝わってきた。腕を振り上げ、殴りつけようとしてくる。
一歩、後ろへ下がった――つもりだった。
ふわっと、体が持ち上がる感覚。気を取られ、視線を落とすと――怪物を一メートルほど“見下ろす位置”にいた。
「へ……??」
体は動いているのに、感覚だけが遅れて追いついてくる。どうやって、今の動きをしたのか。自分でも、よくわからなかった。理解が追いつかない俺に、朱雀が笑う。
「どうだ、ひよこちゃん! 初めて“空”を飛ぶ気分は!」
「飛ぶ……? おれ、飛んでんのか!?」
背中に感じるあたたかな熱。視界の端で揺れる、炎の翼。
「そうだ! これも俺様の能力だ! さぁ、おしゃべりしてる暇はねえ。さっさと決めちまえ!」
炎が舞い踊る。
「武器も貸してやる。極上の祭祀刀だ。目の前の炎を掴んで構えろ。……後は突っ込んで振り抜くだけだぜ!」
言われるまま、目の前の炎を掴む。
――熱くない。
その事実に、背筋が粟立った。掴んだはずの炎が、意思を持ったみたいに脈打つ。
次の瞬間。
「っ――!」
意図しない衝撃が、腕を突き抜けた。炎が一気に膨れ上がり、爆ぜる。周囲に火の粉が雨みたいに降り注いだ。
「おい! 抑えろ、レッド!!」
朱雀の声が、鋭くなる。
どうやって“抑えた”のか、自分でも分からない。気づいたときには、炎は刀の形に収まり、手の中で静かに揺れていた。
「……今のは、なんだ」
刀を構えると体が前へと走る。いや、“走る”よりずっと速い。風を切り裂きながら、怪物へ一直線。
――振り抜く。
最初の一撃は怪物を掠めた。
背中に大きな衝撃。
「いってぇ」
ーー殴られた。痛みが全身に広がるが、すぐに気にならなくなる。これもこいつの力なのか?
「ボヤボヤすんな。もう一回だ」
立ち上がり、重心を低く構える。
そして、振り抜く。
次の瞬間、俺は怪物の背後に降り立っていた。
振り返る。
怪物の体に、炎の裂傷が走り――そこから光の砂が溢れ落ちていく。
やがて全身が炎に包まれた怪物が咆哮を上げ……二つに裂け、砂のように崩れ消えた。
「……倒せた、のか?」
現実味のない光景。頭が追いつかない。
光が弾け、変身が解ける。
そして――
目の前に現れたのは、小さな赤い鳥。
頼もしげな瞳。
「やればできるじゃねえか。合格点だぜ。ひよっこ」
「え、だれ?」




