説明できない真実
都内・某キー局。
報道局フロアの奥、ガラス張りの大会議室。
局長の大沢、政治部デスクの中村、解説委員の倉田、世論調査責任者の相原。
いずれも、選挙と政局を20年以上見てきたベテランだった。
壁の大型モニターには、例の新選挙制度の図解。
「これ、どう説明する?」
大沢が口を開いた。
「……で、これをどう説明する?」
沈黙。
誰もすぐには答えない。
倉田が、ゆっくり言った。
「正直に言います。
“わかりやすく説明”しようとした時点で、我々は嘘をつくことになります」
中村が苦笑する。
「制度の“目的”と“効果”がズレてる」
「悪くない。だが、怖い」
相原がタブレットを操作しながら言った。
「我々がやるとしたら、こういう見出しになります」
『死票削減、完全比例で民意を反映』
『地方格差是正、合区解消へ』
「……全部、事実です」
大沢が言った。
「でも、それだけじゃない」
倉田が補足する。
「権力の構造が変わる。
それを説明しないと、本当の意味では不十分です」
「でも、それは数字にならない」
中村が頭を掻いた。
「問題はそこだ。
“権力構造の固定化”なんて、視聴率にならない」
「専門用語を使えば、視聴者は離れる」
「噛み砕けば、誤解される」
相原が言った。
「結局、“良いことづくめ”のように見える」
「自民が狙っていること」
倉田が、ゆっくりと話し始めた。
「彼らは“勝とう”としていません」
全員が彼を見る。
「“負けない”構造を作ろうとしている」
沈黙。
「野党が伸びても、分裂する」
「過半数を失っても、責任を共有できる」
「重要法案は、野党の同意を引き出せばいい」
「否決されたら、“国会の総意”になる」
中村が、ぽつりと言った。
「……それ、説明したら“陰謀論”って言われません?」
倉田は頷いた。
「言われる」
「陰謀に見えるほど、巧妙」
大沢が言った。
「問題は、ここだな」
彼はモニターを指した。
「自民にとって都合がいいが、露骨じゃない」
相原が言う。
「露骨なら叩けます。でも、これは“賢い”」
中村が続けた。
「賢すぎて、批判すると“難癖”になる」
「視聴者にどう見えるか」
相原が、世論調査の予測を表示した。
制度を「良い」と感じる:62%
「よくわからない」:25%
「悪い」:13%
「説明しなければ、こうなります」
大沢はため息をついた。
「説明しても、ここまでしか変わらない」
「我々は、何をする?」
沈黙。
しばらくして、中村が言った。
「局長、これ……“悪者”がいません」
「政治報道として、最も扱いづらいタイプです」
倉田が言った。
「“静かな制度改変”です。
革命ではなく、地殻変動」
大沢が、低い声で言った。
「我々が騒がなければ、国民は気づかない」
「我々が騒げば、“煽っている”と言われる」
「使命と現実」
相原が言った。
「正直に言えば、視聴率は取れません」
中村が笑う。
「じゃあ、ワイドショー向けに
『難しい選挙制度、専門家が解説』
で終わりですね」
倉田が首を振った。
「それだけは、やめたい」
彼は言葉を選びながら言った。
「これは、“静かに民主主義の性質が変わる”話です」
「権力が固定され、入れ替わりにくくなる」
「それが良いか悪いかは別として、重大です」
「言い方を考えろ」
大沢が立ち上がった。
「陰謀論に見えない形で」
「煽らず」
「単純化せず」
「だが、核心は隠さない」
全員が黙って頷く。
「……最も難しい仕事だな」
「気づいた時には、遅い」
会議の終わり。
倉田が、ぽつりと言った。
「たぶん……」
「30年後、振り返ってこう言われます」
全員が彼を見る。
『あの時、制度が変わった』
『でも、誰も騒がなかった』
『なぜか分からないまま』
沈黙。
大沢が、低く言った。
「……その“なぜ”を、今、説明できるか」
誰も答えなかった。




