燃えない火
深夜1時。
立憲民主党・デジタル戦略室。
若手スタッフの高瀬が、スマホを見つめたまま呟いた。
「……全然、燃えません」
選対副本部長の水野が振り返る。
「何が?」
「党首討論の切り抜きです。“負けない制度”のところ。
拡散数、伸びてません」
画面には、黒崎総裁と神谷代表のやり取り。
神谷「“勝つ”制度ではなく、“負けない”制度では?」
黒崎「私は“安定”のためだと思っています」
水野は、ため息をついた。
「本来なら、燃える」
高瀬:
「これ、普通なら炎上しますよね?」
別のスタッフが言う。
「“権力の固定化”
“政権交代できなくなる”
“与党の自己保存”」
「全部、強い言葉です」
水野:
「なのに?」
「なのに……」
高瀬は、画面を見せた。
いいね:少ない
リポスト:少ない
コメント:少ない
「なぜ燃えないか」
分析担当の佐伯が言った。
「理由は簡単です」
「“分からない”からです」
一同が彼を見る。
「“損する”って言われても、
“誰が”“いつ”“いくら”損するかが見えない」
「今じゃない。
明日でもない。
2031年。
構造の話。
確率の話。」
「炎上するには、被害の即時性が必要です」
「燃やそうとすると、負ける」
水野:
「じゃあ、煽る?」
高瀬:
「やってみました」
彼は、別の投稿案を表示した。
『この制度で、あなたの一票は無意味になる』
水野:
「……反応は?」
高瀬:
「即、ツッコミが入りました」
「無意味にはならないでしょ」
「比例なんだから、むしろ反映される」
「不安煽りすぎ」
佐伯:
「煽ると、事実で殴り返される」
「この制度、表層は正しいんです」
「敵がいない」
別のスタッフが言った。
「いつもの炎上って、“悪役”がいますよね」
「不祥事」
「失言」
「スキャンダル」
「でも今回は?」
水野:
「……いない」
高瀬:
「黒崎総裁、冷静。
論理的。
言葉も穏やか」
佐伯:
「炎上は“怒りの物語”です」
「今回は、“設計の話”」
「物語にならない」
「一番ダメなやつ」
水野が、頭を抱えた。
「つまり……」
「正しいことを、正しい顔でやられると、叩けない」
佐伯:
「はい。最悪のパターンです」
「逆に、自民は燃料を持っている」
高瀬が言った。
「自民側の切り抜き、伸びてます」
『死票をなくす改革』
『地方の声を国政に』
『政治参加を広げる』
「全部、ポジティブ」
水野:
「……」
佐伯:
「彼らは“燃えやすい木材”を自分で供給している」
「我々は、“湿った薪”で火を起こそうとしている」
「無関心という敗北」
その時、神谷代表が入ってきた。
「……状況は?」
水野:
「正直に言います」
「炎上しません」
神谷:
「……そうか」
誰もが、神谷の顔を見た。
彼は、静かに言った。
「一番つらいやつだな」
「怒られない。だが、消える」
神谷:
「怒られない政治は、理想だ」
「だが……」
「怒られないまま、構造が変わるのは、怖い」
水野:
「代表……」
神谷:
「“炎上しない”ということは、理解されていないということだ」
「ネットの声」
その頃、X(旧Twitter)では:
「難しいけど、なんか良さそう」
「専門家が良いって言ってた」
「よく分からんけど反対する理由も分からん」
ごく少数:
「これ、長期的に危なくない?」
「権力固定化じゃ?」
しかし、拡散されない。
「アルゴリズムは、感情が好き」
佐伯が言った。
「SNSは、“怒り”“笑い”“スキャンダル”が好きです」
「“構造的危険性”は嫌いです」
水野:
「民主主義向いてないですね……」
佐伯:
「はい」
「黒崎側」
一方、自民党。
結城が、データを見て言った。
「燃えていません」
三枝:
「理想的ですね」
黒崎:
「……炎上は、短期的には有利でも、長期的には傷になる」
「我々が欲しいのは、“空気”だ」
結城:
「“当たり前”にすること」
「静かな勝利」
黒崎:
「彼らは、燃やそうとしている」
「我々は、冷ましている」
三枝:
「国民は、“穏やかな改革”が好きです」
黒崎は、頷いた。
「嵐より、霧だ」
エピローグ
神谷は、深夜のオフィスで、スマホを見つめていた。
「……誰も怒ってない」
水野:
「はい」
神谷:
「でも、それが一番怖い」
彼は、画面を消した。
「気づいた時には、
“もう戻れない”ところまで行ってる」




