801号室の女
従姉妹のお姉さんは有名大学を出て大手商社に入ったエリートだった。
ものすごくキッチリした人で、お酒をかなり飲むってこともなかったと思う。
しかも川で溺れたなんて、なにか事件が関わっているのかもしれない。
俺はそんな事を考えながら、目を閉じた。
「朝ごはんできたわよ」
と母さんの声が聞こえる。
俺はスマホを確認する。
7月20日で、新聞社も、ポータルサイトの日付も、そしてテレビ番組も7月20日だった。
俺は宿題を見る。
宿題はしていない。
俺は財布を見る。
財布の中身も7月20日時点の金額、5800円だった。
同じだ。
俺は父さんに宿題と爺ちゃんの家の事を確認して、宿題を始める。
そして爺ちゃんの家に……
今回も58,000円だった。
俺は急ぎ家に戻る。
次は純ちゃん家に行き、蚊を撃退。
そして茜ちゃん家に行き、告白し、地震発生し引越し回避。
モデル君に連絡を取り家へ行く。
覚君の家に行く。
これでフラグは折れた。
次は従姉妹のお姉さんだ。
従姉妹のお姉さんか……。
従姉妹のお姉さんは、父の兄の娘となり、本当にたまにしか会わない。
まぁ接点がないのだ。
住まいは東京で、ここからは2時間ほどかかる。
どうしようか。
俺は母さんに相談する。
「あの従姉妹のお姉さんと連絡取ろうと思ったら、どうすればいい?」
と俺は言った。
「紬ちゃんのこと?」
母さんは言った。
「そう紬さん」
と俺は言った。
「そうね。東京に遊びに行くからって言えば大丈夫じゃないかな」
母さんは言った。
「嫌がられないかな」
と俺は言った。
「それは大丈夫よ。紬ちゃん、あんたの事気に入ってたから喜ぶんじゃない?向こうが良ければ泊りで行ってきたら」
母さんは言った。
俺は紬さんの連絡先を聞いて、メッセージを送った。
俺「おひさしぶりです。わかりますか?」
紬さん「はじめ君でしょ。お母さんから聞いてるわよ。東京に来たいんですって」
俺「そうなんですよ」
紬さん「金の夕方に来て日曜日の夕方か昼に帰るってのはどう?」
俺「それでいいです」
紬さん「好き嫌いとかあった?」
俺「紬さんは好きです」
紬さん「うふ。なにその可愛い。そうじゃなくってご飯」
俺「好きなのはから揚げと、中華料理とか、そういう系」
紬さん「そっか。わかったわ」
それから、予定を詰め、紬さんに会いに行くことに決まった。
駅には紬さんが迎えに来てくれた。
仕事帰りだったらしく、親戚の集まりで見るより、大人っぽくっていいニオイがした。
「紬さん。なんかずいぶん大人っぽくキレイになりましたね。あっ大人か……」
と俺は言った。
「ふふふ。君もおせいじが上手くなったね」
紬さんは言った。
「いえいえ。おせいじは苦手で、本音なのです」
と俺は言った。
「そう。ありがとう。お腹空いてない?」
紬さんは言った。
「ペコペコです」
と俺は言った。
「じゃあ。君の好きなパスタ食べにいこっか」
紬さんは言った。
「紬さん。俺パスタ好きって言いましたっけ」
と俺は言った。
「うんうん。言ってないよ。私が好きなだけだから」
紬さんは言った。
「……ではなぜ君の好きなと……」
と俺は言った。
「それはね。大人の世界では、文頭で君の好きなとつけると、なんとなく上手く流れるという不文律があるのだよ」
紬さんは言った。
「えっそうなんですか」
と俺は言った。
「ウソだよ」
紬さんは笑った。
「ウソなんかい」
と俺は少しツッコミをいれた。
「今から行く店。美味しいからきっとはじめ君も好きになるよ」
紬さんは言った。
俺は生まれてはじめて、オシャレなパスタを食べた。
今までは、喫茶店の鉄板焼きのナポリタンがオシャレだと思っていたのに、
都会のパスタ屋はまるで異質だった。
店内は薄暗くJAZZがかかっていて、水がワインの空ボトルに入っている。
そして説明がやたら長いメニュー。
これが都会のパスタなのか。
緊張しすぎて、あまり覚えていない。
ただガーリックトーストが美味しかったことはハッキリと記憶に残っている。
そして俺は紬さんのマンションに着いた。
「紬さんって、本当にエリートだったんですね」
と俺は言った。
「そうよ。驚いた?」
紬さんは言った。
俺たちはエレベーターに乗り込む。
紬さんは8階のボタンを押した。
「部屋はね。801号室」
紬さんは言った。
俺と紬さんは801号室に入る。
シンプルで生活感のない部屋だった。
「君はここのソファーで寝てね。毛布は出すから。
もしかしたら、お姉さんと寝たい?」
紬さんは笑った。
「ソファーで大丈夫です」
と俺は言った。
「じゃあ。とりあえず着替えてるから、そこらへんでくつろいでて……」
紬さんは言った。
「わかりました」
と俺は言った。
急にトイレに行きたくなる。そこで俺はトイレを探し始める。
ここはどの部屋か。
俺はドアを開く。
少し広めの部屋には、壁一面に本が並んでいた。
なんだこのおびただしい量の本は……。
俺が圧倒されてると、
「あなた見たわね」
紬さんの声が聞こえる。
「すいません。トイレに行こうと」
と俺は言った。
「トイレはこっちよ」
紬さんは言った。
俺はトイレで用を足す。
しかしあの本はいったい。
なんの本なのだろう。
俺が戻ると、
「あの本のことは内緒よ」
紬さんは言った。
「はい。もちろん個人情報は守ります。しかし多量でしたね」
と俺は言った。
「そうなのよ。都会にはね。刺激が多すぎる。秋葉、コミケ、買わないという選択がないじゃない」
紬さんは言った。
「ずいぶん好きなんですね」
と俺は言った。
「そうね。変だって思うでしょ」
紬さんは言った。
「いや、全然。世界は多様性に満ちてますからね」
と俺は言った。
「そう。BLの世界は多様性に満ちているのよ」
紬さんは言った。
あぁそうか……BLか。だからああいう反応だったんだ。
「801号室ってもしかして」
と俺は言った。
「なかなか勘がするどいわね。そう、山なし。落ちなし。意味なし。ヤオイよ」
紬さんは言った。
「そうなんですね」
と俺は言った。
「でもはじめ君詳しいわね。もしかしてBLが好きなの?」
紬さんは言った。
「いえいえ、母さんがはまってて。たまに話に出てくるんですよ。母さんの場合は、もっぱら電子書籍派ですけど」
と俺は言った。
「そうなの。ウソ。どういう系好きなのかな?」
紬さんは言った。
「なんかよくわからないですけど、中国の耽美小説とかも好きらしいですよ」
と俺は言った。
「えっマジ。うそ、私とめっちゃ話合うんじゃない」
紬さんは言った。
「もしよかったら連絡してみてください。話の合う身近な人がいなくって寂しがってますから」
と俺は言った。
「うん」
紬さんはそう言うなり、すぐに母さんに電話をして、それから1時間ずっとBLの話で盛り上がっていた。
電話が終わると。
「ありがとうございます。母もきっと喜んでいると思います」
と俺は言った。
「いや。こっちこそありがとう。結構ね、趣味合う人が身近にいないのってストレスで、たまにやけ酒飲むのよ。これでやけ酒飲む必要なくなるわ」
紬さんは言った。
俺はこれでフラグは折れたと確信した。
紬さんは母さんと連絡を取り続け、前より元気になっていた。
そして気が付くと、8月31日になっていた。
これでもう終わるはず。
そう思った。
(ぷるぷるぷる……)
家の電話が鳴る。
「はい。はい。はい。えっ本当ですか?で……はい。はい。はい。失礼します」
と母さんは誰かと話している。
またか……
「……遠藤君が亡くなったって」
と母さんは言った。
「なんで」
と俺は言った。
「事故らしいのよ。でも死に際に蝋人形が……って言っていたらしく」
と母さんは言った。
従姉妹のお姉さんの次は、遠藤君……。
蝋人形が……って、何があったんだ。
もうやめてくれ。




