闇バイト
「はじめ君……キスしていいよ」
恥ずかしそうに茜ちゃんが言った。
(ごくり……)
俺は瞳を閉じて、顔をちかづける。
…
「朝ごはんできたわよ」
と母さんの声が聞こえる。
なんだ夢か。
というか……。
起こすなよ。
このタイミングで。
俺はスマホを確認する。
7月20日で、新聞社も、ポータルサイトの日付も、そしてテレビ番組も7月20日だった。
俺は宿題を見る。
宿題はしていない。
俺は財布を見る。
財布の中身も7月20日時点の金額5800円だった。
同じだ。
俺は父さんに宿題と爺ちゃんの家の事を確認して、宿題を始める。
そして爺ちゃん家に……
今回も58,000円だった。
俺は急ぎ家に戻る。
次は純ちゃん家に行き、蚊を撃退。
そして茜ちゃん家に行き、告白し地震発生し引越し回避。
モデル君に連絡を取り家へ行く。
覚君と従姉妹のお姉さんと遠藤君家に行く。
これでフラグは折れた。
次は町内会長の息子の闇バイトの件だ。
今度こそヤバイ。
これは町内会長の息子の件は、さすがに手をひけよってことだよな。
じゃあスルーしよう。
町内会長の息子ってのは、西って名字で、俺の一学年下の子で、昔はよく遊んでいた。
今はまったく関わってないし、悪い奴じゃないから。
闇バイトってのは、腑に落ちないけど。
ほっとこう。
疲れたし。
そう思ってたら、公園でばったりと出くわした。
「バイトしないか?」
西は言った。
「バイトは禁止されてるはずだ」
と俺は言った。
「……わかってる。闇バイトだ」
西は言った。
「それは非合法な奴だろ」
と俺は言った。
「たしかに非合法だ。でも人に感謝される仕事だ。誰にも迷惑をかけない」
西は言った。
「お前。そんな事してると、大変なことになるぞ」
と俺は言った。
「そうかな。俺は紹介するだけだ」
西は言った。
「どんな仕事だ」
と俺は言った。
「片付けの仕事だ」
西は言った。
俺は察した。片付けの仕事。これはつまり暗殺だ。
「中学生にしてはハードな仕事だな。相手は」
と俺は言った。
「老人だ。僕たちより力は弱い」
西は言った。
「ひどすぎるだろ。老人はいたわらないと」
と俺は言った。
「だからだよ。楽にさせてやるんだよ」
西は言った。
「そんなの本人は望んでないだろう」
と俺は言った。
「いや本人が自ら望んだんだ」
西は言った。
「まさか」
と俺は言った。
「意識がハッキリしているうちに自分で片付けたい」
西は言った。
自分で片付けたい。あまりにも重い言葉だった。
「しかし人殺しは……」
と俺は言った。
「はぁ?なに言ってるの?部屋の片づけの仕事だよ」
西は言った。
「えっそうなの?だって非合法だって」
と俺は言った。
「そりゃ学校に内緒だもん」
西は言った。
「ところで西はなんで人を紹介するんだ。なんか得でもあるのか?」
と俺は言った。
「そう思うよね……じつは」
西は状況を解説し始めた。
西の父親はこの町内会の会長を10期、つまり10年続けている。
なぜ10年も続けているのか。
それは人望が厚いわけでもなく、ただ断れない人だから。
そして3年前から、町内会長は、町内会を不要と判断して、解体させようとしている。
ただ町内会存続派が実は5割近くいて、そこを崩さないと、町内会は解体できない。
西は、この現状を打破しようと、友達を闇バイトとして、町内会の人たちに紹介することで、町内会の解体のための票を獲得しようとしているのだった。
そして今回の部屋の片づけの先が最大派閥の向井さんの家だった。
もし向井さんがうなづけば、町内会は解体される。
西は今まで何人か紹介したが、ことごとく失敗に終わった。
そこでたまたま出会った俺に依頼してきたということだった。
「つまり……俺が動くことで町内会が潰れるという可能性があるということか」
と俺は言った。
「そうだ。すまん。重い責任だよな」
西は言った。
「えっなんで?」
と俺は言った。
「歴史とか伝統とか」
西は言った。
「そんなのあんの?」
と俺は言った。
「よく知らないけど」
西は言った。
「ってか、町内会の活動。スゲー。カッケー、俺将来町内会長になるんだ~みたいな奴いる?」
と俺は言った。
「いないよね」
西は言った。
「じゃあ。みんないらないって思ってるけど、自分のところで壊すのが、なんとなく罪悪感があるだけってムーブじゃね」
と俺は言った。
「あるかも」
西は言った。
「OK。じゃあ向井さんところ行くわ」
と俺は言った。
……
俺は西に向井さんを紹介された。
一見温厚そうに見えるが、古だぬきと呼ばれ、恐れられる人だった。
「気を付けてね」
西は言った。
「OK。泥船に乗ったつもりで任せてくれ」
と俺は言った。
西は苦笑いで去っていった。
「泥船とは、それはカチカチ山で狸が乗る船だな」
向井さんは笑った。
「そう。古だぬきに合わせたの」
と俺は言った。
「面と向かって古だぬきとハッキリというとは、面白い奴だ」
向井さんは笑った。
「でも。おじさんって、タヌキっぽくないよな。お腹出てないし。昔太ってたの?」
と俺は言った。
「ははは。そうじゃない。人をよく化かすからだよ」
向井さんは言った。
「えっ嘘つくの?」
と俺は言った。
「嘘をつくのではないんだけど、良い顔をして、期待させといて、実際動かんとか、そういうんだよ」
向井さんは言った。
「じゃあ。おじさんも波風立てるのが苦手なんだね」
と俺は言った。
「そうかもしれんな」
向井さんは言った。
「臆病なのかもね」
と俺は言った。
「そうだな。私は臆病だ。それが情けなくてな」
向井さんは言った。
「なんで?」
と俺は言った。
「臆病なのはカッコ悪いだろ」
向井さんは言った。
「そうかな?金メダル取る人とかって、みんな臆病なんじゃないの?あいつらカッコ悪いか?」
と俺は言った。
「金メダリストはカッコは良いが……、なんで臆病なんだ」
向井さんは言った。
「臆病だから、徹底的に練習をするんじゃないの。だから強くなる。まぁ好きって言うのもあると思うけど」
と俺は言った。
「それは確かに一理あるな」
向井さんは言った。
向井さんはそのまま黙ってしまった。
「じゃあ片付け始めよか」
と俺が言うと。
「バイト代は払う。もう十分だ。自分でやる。ありがとうな」
向井さんは言った。
俺は向井さんに挨拶をして家に帰宅した。
数日後西から電話があった。
「向井さんOKだしたよ。家も片付いたし、はじめ君のお陰だってずいぶん褒めてた」
西は言った。
「じゃあ。町内会はこれで解体?」
と俺は言った。
「あと残務処理をして、3か月で解体だって。これでようやく父さんと遊びにいけるよ。ありがとう」
西は言った。
……
西の死亡フラグは完全に消えたと俺は確信した。
それから、また日常をくり返し。
そして気が付くと、8月31日になっていた。
これでもう終わるはず。
そう思った。
(ぷるぷるぷる……)
家の電話が鳴る。
「はい。はい。はい。えっ本当ですか?で……はい。はい。はい。失礼します」
と母さんは誰かと話している。
またか……
「……井元のおじさんが亡くなったって」
と母さんは言った。
「なんで」
と俺は言った。
「事故みたいだけど、ずいぶん追い詰められていたみたいで……」
と母さんは言った。
西の次は、井元のおじさん……。
しかもあの明るいおじさんが……、何があったんだ。
おじさんが亡くなったら、年収が1万円減ってしまう。




