第九章 頼まれごと
俺は、野良猫。当然名前なんて無い。気ままな野良猫生活が俺に合っているんだ。何の因果か、ふらっと流れ着いたこの町のボスになってしまった。一応全身真っ白の白猫だけど、野良猫生活で真っ白な毛並みを保つなんて無駄な事よりも、生きて行くことに労力を費やす方がいいって考えている。
ボスの役目というか……他のボスは違うかもしれないが、俺のやる事は縄張りの確認だな。それと気が向いたら夜の公園で集会……暇な奴らは毎晩集まってるが、俺は時々顔を出すようにしてる。集会では、縄張り内のいろんな情報交換をするんだ。例えば、
「〇〇さんは倉庫の中にキャットフードを置いてくれて、扉も開いてるよ」
「境界辺りで、時々よその猫の姿を見るから注意した方がいいよ」
こういう事は、ボスとして縄張りや仲間を守る上で重要な情報だ。自慢するつもりはないが、俺は体が大きいこともあって、喧嘩しても負け知らずだ……無断で侵入してくる奴らがいたら、あっという間に追い出してやる。
それ以外は、どうでもいいような話……誰それが誰それとケンカしたとか、一目惚れして告白しようかと悩んでいるだとか……。俺には不要な情報もたくさんある。だから俺は時々しか公園に行かないんだ。
そんなある日、一軒の家の庭を通り過ぎた時に窓際で日向ぼっこして、丸くなって寝ている可愛い子に目を奪われた。その時は静かにそっと通り過ぎたが、次の日からは必ずその子の家を訪れるようになった。ガツガツ女の子に声をかけるタイプじゃない俺は、その子が俺に気付いて話しかけるのを待つだけだった……というか通り過ぎるだけだったよ。
「こんにちは」
「あ、あぁ……こんにちは。……い、いい天気だね」
思いがけず声をかけられ焦った俺は適当な挨拶をした。彼女は窓のガラス越しに空を見上げてクスッと笑った。俺もつられて見上げると……今にも雨が落ちてきそうな厚い灰色の曇り空が広がっていた。『最悪だ……カッコ悪りー……』と慌てる俺に彼女は静かに微笑んだ。彼女と目が合ったその瞬間……懐かしいような不思議な感覚に陥った……。
その子は、茶トラ白のミイという名前だった。彼女とは妙に気が合いすぐに打ち解けた。野良猫の俺にも家族ができたような気がして毎日ミイの所に通った。
ある日、深刻そうな顔をしていたミイに『何事だろう』と思いながら俺は声をかけたんだ。彼女の話によると『大切な人が入院している。その人に恩返しがしたい。そして見守ってほしい』ということらしい。俺もボスとしての役目があるから、『出来るかどうか
分からないけど、やってみるよ』と返事した。『どうか……お願いね』ミイは深く頭を下げていた。……入院って何なんだ?見守るって何すりゃいいんだ……。
それからしばらくすると、いつ行っても窓際のいつもの場所にいるはずのミイの姿を見なくなった……。どうしたのかな……。