第三章 出会い
街灯が灯り始めた小道に置かれた段ボールの中から、両手で包み込むように私を抱き上げ、彼女は自分の胸元にそっと抱えた。彼女の心臓の音は、私たちよりもかなりゆっくりで……なぜだか安心感があった。
「身体の大きさは全然違うけど、同じように心臓を持ってる者同士だね」
と、優しく私に囁いた。そして心の声で
『本当にいいの?子猫ちゃんの新しい飼い主さんは、私じゃない方がいいかもよ?』
彼女は、千紗。私の親友であり、新しい飼い主さんだ。
彼女は何度も
『大丈夫?本当にいいの?やめとく?……』
と心の声で私に聞いた。確認なのか、独り言なのか……。彼女はそう言いながらも、段ボール箱の中に私を降ろし、そっと抱えて歩き出した。上り坂を歩いているらしい千紗の鼓動が速くなり、安堵して眠くなってきた私の鼓動とが曲のリズムを奏でているようだ。箱の天井は開いたまま……暗い夜空の星々と時折眩しい街灯の前を通り過ぎる。
相変わらず『大丈夫かな?……戻ろうか?』と彼女はブツブツ言っていたが、疲れ切った私は、もう知らないフリをして箱の中で揺られていた。歩く度に揺れるのは、先程の大きなうるさい箱(自動車)と違って……とても心地よかった。今日は、いろんな事があり過ぎて……本当に疲れた。
「じゃじゃーん、到着しましたよ」
揺られながら、いつの間にか眠ってしまっていた私に、千紗が急に話しかけてきた。そこは一軒の家の前……千紗の家らしい。
「さぁ、いくよ。びっくりしないでね」
『びっくりって、どういう事……?』
私が返事をする前に千紗は家の中に私を抱えたまま入っていく。
「ただいま〜、可愛らしい子が来たよ」
千紗が玄関で靴を脱ぎながら、家の中に向かって呼びかけた。
「千紗のお友達?……いらっしゃいませ、どうぞ〜」
と千紗の声に似た人間が近づいてきて…………。
「きゃーっ!!猫ー!!」
と大きな叫び声をあげた。私もびっくりして狭い箱の中でドタバタと走り回って、しっぽがポンポンになってしまった。
『びっくりしたよね、ごめんね。あれ、私のママなんだ。猫が苦手でね……』
千紗が心の声で私に謝っているが、私のしっぽはフワフワしたままだ。
スリッパの音を立てながら、また違う人間がやってくる。すかさず私は背中を丸めて
「シャー!!」
と生まれて初めて威嚇してみた。上手くできたかどうかは分からない。千紗は抱えている箱の中の私の様子を見て、指先で箱をトントンと軽く叩きながらニッコリした。
「猫……また?千紗は本当に懲りないねぇ」
そういった今度の声は、低く静かな心地よい響きだった。千紗が言うには、この人間は千紗のパパらしい。猫好きで若い頃真っ白なきれいな猫を飼っていた事があるらしい……。私はなぜだか……その声を懐かしく感じた。もしかしたら、その人こそが…………。