第二章 段ボール箱
箱の中が明るくなって、うるさい音も聞こえない。先程までは怖くて寂しかったが、もうすぐお母さんに会えると思うと……小さな胸の鼓動は少し落ち着いてきた。
「ミー、ミー……ミー、ミー」(お母さん、帰ってきたよ……飼い主さん、早く早く…)
ずっと無言の飼い主さん、やっぱり何も言わない。のぞき込んでいた飼い主さんが何も言わないで、ただ私を見下ろしている。
「ミー、ミー?ミー……」(飼い主さん、お母さんはそこにいるんでしょ?ねぇ……)
ふいに飼い主さんの顔が消えて、青い天井(空)が見えた。『何かがおかしい。お母さんといた所の天井は白かった。それに今は小さくて無理だけど、大きくなったら駆け登れるくらいの高さの天井だった……なのに、この青い天井は果てしなく高く見えるぞ……なんで?』
お母さんの所に戻ってきたと安心してドキドキが収まってきた私の鼓動が、また早鐘を打ち始めた。
「ミー!ミー!」(お母さん!お母さん!)
先程とは比べ物にならないくらい胸が痛いほどの鼓動で、じっとしていられない。私は、手が届きそうもない高い壁に手を伸ばした。立ち上がって精一杯手を伸ばして……初めて立ち上がったから、バランスを崩して倒れてしまった。
大きな声でお母さんを呼びながら、私は何度も何度も立ち上がって、手を伸ばした。幼い私の爪は、まだ柔らかくて壁に刺さらない。それでも私は、スースーと乾いた音を立てる段ボールの高い壁を引っ掻いた。
どれくらいたったのか、分からない。箱の外にいるはずのお母さんを思って……懸命に立ち上がり、手を伸ばし、壁をよじ登ろうとした。……何度も、何度も。でも…………。
見上げると、相変わらず高い天井(空)がオレンジ色に変わっている。疲れ果てた私は、箱の隅っこに身体を寄せて座った。耳を澄ますと、水の音がする……たくさんの水が流れているようだ。それに、初めて嗅ぐ匂いばかりで、匂いががたくさんある。それなのに……お母さんの匂いがない。
私は、箱の角に身体を押し付けるようにして丸くなった。とても疲れた……お腹もペコペコで、何も考えられない。急に眠くなってきた……。
と、その時。薄暗くなってきた高い天井から、初めて見る人間が顔を覗かせた。そして不思議なことに、
『あらっ、子猫ちゃん。静かだから空箱かと思ったわ』
と私の心に話しかけてきた。私はビックリしすぎて心の声も出なかった。
『私、今から歯医者さんなの。新しい飼い主さん見つかるといいね。もし見つからなくて、私が戻ってきた時に子猫ちゃんがいたら……。あっ、時間だ。もう行くね』
とその人間は心の声で言うだけ言うと、走っていってしまった。
箱から出られない私は、どうしようもなくて……やっぱり少し眠る事にした。
『子猫ちゃん……寝てるのね。小さくてかわいい〜♪』
と心の声が聞こえてきた。どうやら人間が行った歯医者とかいう所は、とても強烈な(薬品)の匂いがするようだ。私は、目を覚まして声の主である人間を見上げた。
『初めてのことばかりで……どうしたらいいのか分かりません……。ここから出られないし……。』
『じゃあ、新しい飼い主さんが見つかるまで一人で頑張る?それとも、良かったら……私のお家に一緒に帰る?』
私と人間は、しばらく見つめ合った……そして、人間が優しくそっと両手で私を抱き上げた。