第一章
私の名前はまだ無い。お母さんの柔らかく温かいお腹の下で姉弟と眠っていた。
同じ日に生まれたというのに、姉はお母さんを独り占めしようとする。おなかが空くと私たちを押しのけていく。お母さんがゴロゴロと言いながら、私を優しく舐めてくれるのは……安心できて大好きだ。私たちは姉の邪魔にならないところを探す事にも慣れてきた……そんなある日。
いつものように姉や弟と眠っていたら、何故か飼い主さんがお母さんのところから私を抱き上げた。私は、びっくりして、
「ミー、ミー」(お母さん、お母さん)
と鳴いた。
段ボールの中に入れられた私は、怖くてさみしくて、
「ミー、ミー……ミー、ミー」(お母さん、怖いよ……飼い主さん、何するの)
と大きな声で何度も鳴いた。
お母さんや姉弟の声も聞こえなくなった……無言の飼い主さんが私の入った箱を持ってどこかへ歩いていく。
大きなうるさい箱(自動車)は、ガタガタと響いたり、左右に揺れながら……。私は、暗い箱の中で、何度も転がりそうになりながら踏ん張った。
いつもなら、お母さんたちと眠っているはずなのに……この状況はどういう事なのだろう。お母さんたちの所に返して欲しくて、
「ミー、ミー?……ミー、ミー?」(飼い主さん、聞いてるの?……飼い主さん、飼い主さん?)
と何度も、何度も大きな声で鳴いた。
飼い主さんは、そんな私の声が聞こえているのか、聞こえていないのか……ずっと黙っている。ただ、大きなうるさい箱が私の声をかき消すように更に大きな音を立てていた。
しばらく時間が経って、私は鳴き疲れてきた。こんなに大きな声で、こんなにも鳴き続けた事も初めてだった。やっぱり、怖くてさみしくて……ちょっぴりお腹も減ってきた。
「ミー、ミー……ミーミー」
私は鳴き続けるしかなかった。
ふいに、大きなうるさい箱が止まり、静かになった。
「ミー、ミー……ミー、ミー」(お母さん、どこにいるの?おなかがすいたよ、お母さん)
私の入った段ボールを大きなうるさい箱(自動車)から出して、飼い主さんは再び歩き始めたようだ。お母さんの所に着いた!?
私は、飼い主さんがお母さんの所から連れ出した事に、とても腹が立ったが許してあげようと思った。
お母さんや姉弟に、今の私の恐怖体験を臨場感たっぷりに話して、いっぱい自慢してやろうと思った。
『それにしても、何だったんだろう……怖かったなぁ。それに、お腹が空いた……。疲れた。お腹がいっぱいになったら、ゆっくり寝よう』
「ミー、ミー?」(お母さん、どこ?)
暗かった箱の中に眩しい光が入ってきて、私は思わず目を閉じた。ゆっくり薄目を開けて、瞬きを繰り返したが、見えるのは段ボールの高い壁だけだ。
飼い主さんに抱き上げもらって、早くお母さんの所に戻りたい私は、催促した。
「ミー、ミー」(早く、早く〜!)