リアル版桃太郎
桃太郎伝説ほど後世にねじ曲がって伝えられている物語もない。
実はこの伝説というのは、朝鮮半島からやってきた渡来人が苦労して開拓した島から得られる利益を、
大和朝廷が奪おうとしただけの話に過ぎないのである。
鬼が島へやってきた鬼とは、「朝鮮半島での権力闘争に敗れて落ち延びてきた豪族、温羅一族」の事とされている。後に鬼が島と呼ばれる島を彼らが支配できたのは、製鉄技術と造船技術、なにより文書による高度な行政能力であった。まずは鬼ヶ島が何処にあったのかを明らかにしないと駄目だろう。少し調べただけでも、鬼ヶ島の位置は香川県だ、いや岡山県だ、と県の位置からして違う。最初に温羅一族は文書による高度な行政処理能力によって云々といっておきながら、自分たちの本拠地の場所すら記録として残さなかったのはどういう事情なのか、と憤る向きもあるかも知れない。だがこれには深い訳がある。
つまり当時の大和朝廷にとって、温羅の一族そのものが不都合な存在だったのだ。だから歴史から抹殺した、という所だろう、と筆者の手元にある資料にはその様に書いてある。
当時はまだ「日本」とか「日本人」といった意識はなかっただろうと思われる。ともかく当時の日本列島に住んでいた原住民にとって、温羅一族が作る鋼鉄製の農具は得体の知れない高性能な機械でしかなかった。それまで歯が立たなかった太い木の根もラクラク絶つことが出来た。青銅器くらいしか知らなかった人間には、脅威の新技術といった次第だろう。それに加えて造船技術だ。朝鮮半島から山陰地方、事によっては瀬戸内海の内部にまで問題なく航海出来る船など当時の日本列島に存在しない。幕末における黒船襲来のような感覚だったと思われる。そして文書による高度な行政処理に至っては、最早説明するまでもないだろう。地方にいる役人すら、この時代文字を読める者がどれほど居た者か解ったものではない。
彼らは本土から見向きもされなかった島に漂流し、そのまま居ついてしまった。勿論本土にいた土着民もそのことに気が付いていたが、『あぁ又誰か漂流してきたな』くらいの意識でしかなかった。本土の民から見向きもされなかったのには理由がある。その土地は面積はソコソコあった割に、砂浜と山あいの土地しかなく、農作業に適さなかった。それでも漁業くらいならば出来たのかも知れないが、別に原住民たちは新しい港が欲しい訳でもなかった。だからこそほっとかれたのだろう。
何のことはない。土着民同士で抗争している最中にあって、この島など視界に入っていなかったのだ。土着民同士の抗争などに関わりを持とうとはしなかった渡来人たちは、鉄器やら船やら人材やらを様々な取引先へ売りつけて少しずつ財力を蓄えていった。蓄えた財力でもって、島中を開拓していった。すると20年も経つ頃には事態は一変する。
温羅一族にとってこの島は宝の山だ。何故なら島の海岸は割と急峻な地形となっていて、大き目の船が悠々と着岸出来た。それに山では鉄鉱石が取れたために、木炭を燃やしつつふいごで酸素を含めた空気を送るたたら製鉄をするには絶好の場所である。製鉄によって作られた剣や農具は、特産品となった。外洋航海が出来る船については言うまでもない。
当初、温羅の一族が流れ着いた島には名前がなかった。誰も住んでいなかったからだ。だからこそ、余所者が勝手にそこを領地としても土着民はなんとも考えなかったのだ。見捨てられた島を鉄と船が量産される一大工場と為すのに、温羅一族総出で20年掛かったと「太平記」にはある。なんでそんな事が書いてあるのかは知らない。一大工業地帯と化した島は、いつしか温羅島と呼ばれるようになった。恐らく「オンラシマ」が訛って「オニガシマ」となったのだろう、と思われれる。造船所、製鉄所などが犇めきあい、日本国内は勿論、朝鮮半島からもやってくる目ざとい商人たちが交易にやってくる。当然彼ら向けの宿屋、交易に使われる深く掘り込まれた港なども出来上がる。この島から上がる利益は相当なモノとなるだろう、と誰しも思ったに違いない。
さてこの土着民たちが曲者だったらしい。その後温羅一族の製鉄技術や造船技術が有名になるにつれ、自分たちにも一枚嚙ませろ、と言ってくるような奴らだった。いつの時代もいるものだ。事業が軌道に乗るかどうか解らない微妙な時期には距離を保とうとし、事業が上手く軌道に乗ってきた頃に自分にも取り分を寄越せと言ってきて、事業が傾き始めた頃には一目散に逃げていく手合いである。温羅一族としては、何を今更という所だろう。第一自分達の洗練された製鉄方法を原住民に教えた所で理解出来るとも思えない。よしんば理解出来たとして、彼らにその製法を真似された日には、自分達の商品が売れなくなる。
だから温羅一族は、原住民からの協力の申し出を断った。すると土着民は「あの温羅とかいう郎党ども、我々が代々統治していた島を勝手に奪って自分たちの領土としております」などという直訴状を抱えて都へ訴える。だがそんな嘘はすぐにバレてしまう。大体20年以上前に島を奪われたというのであれば、お前達は今まで何をしていたのか?これまで一切、あの温羅一族とかいう渡来人一族と交易などしなかったのか、とお役人に詰問された後の土着民の顔色については、残念ながら伝わっていない。
温羅一族は悪質な原住民からは自由の身となった。だが話はこれでお終いではない。次に温羅一族が戦わねばならなくなったのは、現地の役人だった。彼らはこれまで課していなかった税金を、温羅一族へ要求するようになった。温羅島をこれまで懸命に開拓してきた一族としては、溜まったものではない。今の今まで何もせず、カネだけを普請してくるとはどういう事か?尤も朝鮮半島にいた頃、温羅一族を追い出した奴らもこういった役人と大差なかった。やはり人間は、こういうものかもしれない。
では温羅一族が迫害されてばかりの悲劇の民かというと、それも又事実とは異なる。彼らは自分達が作り上げた鉄と船を交易で売り捌く傍ら、海賊として瀬戸内海のあちらこちらを荒らしまわることでも有名であった。なる程、後世に鬼として名を残すのも道理といえる。
ここで温羅一族の党首に登場頂こう。彼の名前は伝わっていない。だが呼び名がないのは大変不便なので、この際「党首」と呼ぶことにする。恐らく朝鮮名と日本名の二つがあったものと思われる。「党首」はこの時点で40歳を越えていた。古代社会で40歳といえば、既に老境といって差支えない。だが歳をとってもバリバリと働いており、一族の中心人物であった事は、『空をも飛べる』だの『巨体で怪力無双だった』という信用し難い記述に裏付けられる。これは恐らくは瀬戸内海のあちらこちらに拠点を設け、フットワークも軽く色々な場所に出没していたと想像される。まぁ海賊という職業柄、神出鬼没でないと話にならない。巨体で怪力無双云々についてはよく解らない。もしかしたら「党首」本人がそうだったのかも知れないし、或いは護衛の一人にそういう逸話が出てくる程度に巨体な人間が居たのかも知れない。
文献によって朝鮮半島南部出身だの、いや実は彼は渡来人などではなく日本の出雲地方出身なのだ、いやいや九州男児だ!大酒呑みと言われるのはそのせいだ、などと無責任に色々な説が飛び交っており正直な所収集が付かない。ここで私は”配下に個性豊かな面子が揃っており、「党首」はどちらかというと彼らの取り纏めに優れていた”という説を採りたい。この説のいい所は、後から幾らでも設定を後付けできる所だ。いやいや、そういう人間もいたんですよ、みたいな。どの道大昔の出来事であり、言ったもん勝ちじゃないか、という所は否定できない。
話を元に戻すと、温羅の党首は断固として税金の釣り上げを拒否したのだった。だがその決断に至るまでも大変なものだったらしい。というのも、まず党首が臣下一同を島の砂浜に呼び寄せ、そしてお役人から言われたことをかくかくしかじかと伝えねばならないのだ。後の世に『文書による高度な行政能力』云々と言われる割には、話の取り纏めの仕方が田舎にある村の寄合と大差ないというのはどういう事なのかと思わぬでもないが、何事も綺麗には行かないものらしい。だが海賊の頭目が子分どもを束ねていくのだと思えば納得もできよう。いずれにしても、党首の臣下は皆個性派揃いであり、一癖も二癖もある連中ばかりだった。そんな連中が砂浜に集まって大人しく党首の話を聞いている訳がない。ある者は勝手に叫び出し、またある者は酒をかっ食らい、他の者は眠りこけだすという始末。党首が一生懸命に事の次第を伝えようとしているその横で博打を始める者すらいる最中、何とか事の次第を伝えて税金の吊り上げを拒否するという決定を下せたのは、一重に党首の力量に依るものだろう。私ならそんな役回りは御免被る。
党首は考えた。
ーさてはて、役人どもからの理不尽な要求を拒否する所までは話を進めることが出来た。だが具体的にどうしよう?
驚くべき事に、この時点に至るまで具体的にどうやって税金の吊り上げを拒否するのか、その方法を詰め切れていなかったのである!温羅一族は確かに瀬戸内海に名をはせた海賊とはいえ、朝廷の軍勢を相手にして戦を出来る筈もなかった。無論これまではそんな事を考える必要はなかったが、税金の吊り上げ拒否となると話は変ってくる。最悪、朝廷は軍隊を派遣してくるだろう。そこで党首は、
『そこまで言うなら、朝鮮半島に居る親戚たちに応援に来て貰ってもいいんだよ』
という脅しを添えることにした。これはブラフである。そんな頼りになる親戚などいないから、温羅一族は日本に落ち延びてくる羽目になったのだ。そもそも実際に誰かが救援にやってきたらどうする積りだったのか?朝廷を蹴散らせる程の軍船を派遣された後で
『所でこんな日本くんだりまでやってくるのは正直大変だったんだ。それなりに褒美が欲しい』
などと言われてしまった日には打つ手がない。だからこそ、党首の言うことは噓八百もいい所なのだが、それでも脅しとしてはこれ以上なく有効だった。以後4,5年ほど、現地の役人は税金云々とは言ってこなくなる。脅しが効いたというのもあるだろう。そもそも税金吊り上げというのが、本当に中央からの命令だったのかどうかも怪しい。役人が私腹を肥やす為に言いがかりを付けてきただけなのかも知れず、事を荒立てて得になることは何一つないのだ。すると現状維持での様子見が続くことになる。
ただ党首にとっては、この4,5年というのは決定的に重要なものとなった。この頃には彼も後継者を定めないといけない年頃となり、必然的に長男が次期党首として選ばれることになる。だがこの決定が温羅一族にとって幸せなものかどうかは議論が別れる。
次期党首となる事が決定した長男にとって、父から受け継いだ旧臣というのは目の上のたん瘤のようなもの。何かにつけて『先代の頃は…』云々と説教され、自分のカラーを全く出せない。だが全く何もやれない、という訳ではなかった。
先代の党首も未だ存命の間、吉備地方の沿岸一帯に温羅一族による開拓地を徐々に広げていくことになる。先代党首としては単純に自分の息子への花道を作ってあげようという親心であったに違いない。新たに党首となった長男としても、いつまでもこの小さな島に閉じ籠っていてもしょうがないという判断からか、一族のうち仕事にあぶれている若者を次々と海岸地帯の村々へ送り出すことには賛成した。そうすれば商売の交易路を広げることにもなる。そもそも交易商人と海賊というのは紙一重の存在であり、自分たちの中に不満分子をなるべく抱え込みたくないという事情もあったろう。
だが温羅一族が植民地建設に乗り出した時点で、朝廷のうちの誰かがこれは問題だと言い出し始めるのだった。幾ら技術力があるとはいえ、これまではたかが瀬戸内海に浮かぶ小さな島を保有するに過ぎなかった。だが次第に島の外を出て勢力を拡張するとなると流石に何もしないという訳にはいかない。
ここで吉備津彦命が登場することになる。但しこの男も、温羅一族党首親子同様に記録上曖昧な人物ではあった。
まずもって伝えられる名前だけで2種類ある。彦五十狭芹彦命、比古伊佐勢理毘古命。
書いている端から忘れてしまいそうな名前だが、少なくとも日本書紀や古事記にはそう書いてある。信憑性は薄そうだ。実在する人物なのかすら怪しい。日本書紀によれば父親は考霊天皇だそうだ。神武天皇から数えて7代目に当たるらしいが、そもそも神武天皇が実在の人物とも思えない。Wikipediaを参照する限り、初代の神武天皇から数えて8代目まで、ほぼほぼ神話上の人物として扱って問題はないとの事。結局「記録が残っていないほど古い時代を生きていた誰かさん」とでも言うべきなのだろうが、そうなると露骨に呼びにくい。ともかく朝廷は吉備津彦命を征討将軍に任命し、渡来人の島への対処を命じられた。この「対処」というのも、随分と曖昧な表現である。具体的に何をどうすれば良いのか解らない。
そんな折に朝鮮半島から使者がやって来る。
この時代の朝鮮半島に住んでいる人類にとって、日本列島に行けと言われるのは、蛮族が住む野蛮な国へ赴けと言われるのとほぼ同義語だった。大体彼らにとっては、一体誰がこの列島の支配者なのか、という基本的な事柄を把握するのに手間取るといった有様。そんな訳なのに何故わざわざやってきたのか?温羅一族による懸命な説得が功を奏したのか?誰もがなんでこんな野蛮な国のどうという事はない一地方の揉め事にわざわざ隣国が首を突っ込んでくるのか解らず、さりとて使者の首を斬って送り返すほどの勇気は誰も持ち合わせておらず、取り敢えず使者の話を聞くだけ聞いてみた。といっても彼自身は何も喋らず、当時正しいとされた外交プロトコルに則って手紙を朝廷に差し出すだけである。朝鮮人が慣れない中国語で手紙を書き、日本人が慣れない中国語を一生懸命に読み解く。この時代の共通語が中国語だから致し方ないとはいえ、迂遠なやり取りをしている様にも見える。だが現代の我々とて外交官同士はそれぞれの母語ではない英語を使ってやり取りしている訳で、そういう意味では昔から何も変っていないのかもしれない。
手紙は、時候の挨拶から始まっている。
”最近そちらはどうですか?私の所はお隣さんが絶えず揉めに揉めているので大変ですよ。大昔は三つくらいに別れていたらしいけれど、最近じゃ一体何か国あるんだか解ったものではない。お互い厄介な隣人を持つと苦労しますな”
という一体どう返答すればよいものやら解らない文章に続いて、付けたしと言わんばかりに、
”温羅島に交易所を設けて、温羅一族に管理させたいのですが”
という申し出がある。どうやら冒頭の厄介な隣人云々というのは、温羅一族から見た大和朝廷の姿らしい。要するに温羅一族による島の統治を正式に認めて、過分な税金などは掛けるのではないぞ、という事だった。
この一事をもって、温羅一族というのは実は王族に連なる氏族だとする見方も存在する。そうでなければ古代朝鮮半島の使者が動く訳がないと。事実朝廷が受け取った国書にも、その時代の朝鮮半島を治めていた王朝の刻印が捺されていた為、一応は本物の使者なのだろう、と認めざるを得なかった。
朝廷がどう返答するかについては紛糾したと伝わっている。ある者は戦争せよ、たかが島一つ、朝廷の総力をもってすれば造作もない、という。大抵そういう事を言うのは自らが戦場に行かずとも済む連中と相場は決まっている。
そうかも知れないが、朝鮮半島がバックについているとなると話は違ってくるだろう、という冷静な一派もいるにはいた。そういう連中は、
『温羅一族による統治は島に限る。吉備地方の沿岸に作った開拓地は撤去』
という線で交渉してはどうか、と提案してくる。これは現実的な案ではあったし、なにより温羅一族による統治は極めて優れたものでもあったのだ。そうでなければ、たかだか20年ほどでど田舎の島を一大工業地帯にすることなどできない。地元の一部からも「ここまで朝鮮半島による優れた技術と鉄と船が手に入るのであれば、このまま温羅一族が統治するので何がいけない?」
という声まで出てくる始末。大和朝廷の役人によるいい加減な統治に辟易としていた人々は多いのだ。地の強い豪族へそれらしい官職を与えたとて、何が変る筈もない。ならば温羅一族が統治している方がマシだと。だが幾ら小さな島とはいっても、やはり勝手に流れ着いたヨソ者が統治している現状をそのまま認める訳にもいかない、という意見が次第に大勢を占めていく。ここら辺、やはり徐々に独立国家としての気構えがついてきたというべきなのかも知れない。そうなるとやるべきことはたった一つ。温羅一族へ天皇家への忠誠を誓わせることだ。温羅一族を日本の一部に組み込めれば、彼らの技術をいずれは吸収することも出来るだろうし、税収も見込める。
だがこれに反対する声もあった。
なかでも一番強硬に反対したのが、土着豪族にして現地の役人を仰せつかっている一族であった。彼らにしてみれば自分たちが無能で、統治を怠っていたと言われるに等しい。それに温羅一族による密貿易(という風に大和朝廷には映る)を見逃してやる代わりに、何某かの金額の許認可(というか賄賂)をせびれなくなってしまうではないか!そうなれば自分自身への収入源が減ってしまう。温羅一族が堂々と朝廷に税金を納められてしまって一番困るのは、自分たち土地の豪族なのだ。
だから土地の豪族は、
『温羅一族は海賊であり、瀬戸内海の治安を乱している!』
『自分たちであれば戦にならずして、温羅一族を討伐してみせます』
と朝廷へ大見得を切る。早い話が温羅一族のうち主だった者どもを暗殺し、無理やり島を軍事占領してしまいます、と。流石に正面切っての海戦を挑んでと言わないのは、現実を見ているという事なのかも知れない。万事において適当、かつ近畿地方を少し離れると途端に関心が薄れてしまう朝廷からの返答は、”よきにはからえ”だった。この適当極まる返答を積極的な了承と解釈した現地の豪族は、早速温羅一族の暗殺計画を開始する。実行するのは、引き続き吉備津彦命。
そう、桃太郎伝説というのは、結局現地の豪族にとって目障りな連中を暗殺するという話だったのである。温羅一族の治める島へ潜入し、一族の主だった連中の首を狩って、土地の国司様へ提出する、という。
本来吉備津彦命のような軍人に任せるような任務ではなかった。将軍の役割とは、軍隊を率いて敵地に攻め入ることだ。暗殺者の真似事ではない。
ただ吉備津彦命は極めて有能な軍人だった。日本書紀によれば、吉備津彦命は吉備の国を平定した功績をもって、吉備の二文字を苗字に付けることを許されたのだという。彼の立身出世を妬む者は多かったであろう。それに人望に富む優れた軍人というのは、それだけで政治家にとって目ざわりなものだ。
ー今の自分の立ち位置は捨て駒だ。失敗したら「血迷った一軍人による暴走」で切り捨てられる。成功したらしたで、汚れ仕事専門の人間として使いつぶされるだけではないのか?今回よりもっと困難な任務を仰せつかるのだ。一時は上司の覚えめでたくなろうが、決して表に出ることのない人生を歩まされる。
温羅一族が島を占拠している事態への対処法を、朝廷から具体的に聞かされたときの正直な感想である。吉備津彦命にとっては、自身の栄達がここで終わることを意味していた。とはいえ、朝廷からの命令は命令である。歯向かうことはおろか、無視しただけで大罪となってしまう。
吉備津彦命は、信頼できる数名の部下を携えて吉備の国へ向かう。だがその足取りは重たい。
『俺に出来るのか?出来るとしてやるべきなのか?』
そんな吉備津彦命の葛藤とは無関係に、彼の一行はドンドン目的地へと向かうのだった。
このとき吉備津彦命のお供をしていた留玉臣命という部下についても説明しておかねばならないだろう。実は吉備津彦命の監視役まで仰せつかっている。大体人望のある軍人にはこういった監視役が付く事が多い。付かず離れずの間柄で表向き部下として働きつつ、朝廷へ日々報告を行うのが彼の役目だからだ。『吉備津彦命が温羅一族の暗殺を躊躇うようであれば即座に報告せよ。』『こちらからの命令あり次第、吉備津彦命を殺害せよ』という密命まで受けている。
この留玉臣命こそが、”桃太郎が鬼が島に連れて行った雉”のモデルだ。彼は伝書バトを大量に飼っていた事が原因なのだろうか。勿論、吉備津彦命とてこんな状況は百も承知。だからこそ自分の個人的な護衛まで連れてきている。
犬のように常に自分だけに従う男。それが犬飼武命である。後の時代に犬養毅首相は、自分の一族は犬飼武命の末裔なんだと酒の席で嘯いていたらしいが、嘘である。
暗殺には現地の実情を悉く知り尽くした人間がいないと成功しない。そこで雅武彦命という人間も付き従うことになる。尊い家柄であり、昔はこの地方の国司まで仰せつかった一族の出でもあるらしい。娘の高田姫命は吉備津彦命に嫁いだという伝承も残っている。この雅武彦命、実際にやっていることは暗殺の下準備であった。後に「桃太郎に付き従うサル」のモデルとなる。
温羅島は、現代の香川県高松市沖合にある女木島だと言われる。近くには男木島というのも存在し、現在の高松港から4kmほどしか離れていない。
「夜のうちに出航すれば、問題なく着きましょう」
と犬飼武命が言うと、
「それに夜なら目立たぬしな」
と吉備津彦命が返す。どういう意味なのかを犬飼が問い返す事はない。別に今すぐどうこうする必要はないが、警告くらいはしておくか、主従はそのように承知していた。問題なのは、警告の小道具として何を使うのか。そこで登場するのが、吉備団子となる。毒を入れておけば苦しまずに殺せる。だが留玉臣命とて密命を受けて吉備津彦命を監視している身。自身が命を狙われる危険性を百も承知している。だから皆が油断する一時を意図的に作り出す必要があった。そこで酒盛りの席となる。
夕暮れ時、いつになく気さくな感じで吉備津彦命は部下達を労った。
「諸君、我らの任務は決して表沙汰になることはない。例え成功しても我らは名を残すことはない」
実際には吉備津彦命は後世に桃太郎として名を残すのだが、それは本人の与り知らぬ事情である。
「だがせめて我ら自身の心には、自身の任務が成功する事を、心に深く刻み付けておいておこうではないか」
こういって始めた酒盛りの席、実は予想外に盛り上がったのである。道中では女や酒といった娯楽は一切なく、隠密そのものといった具合の行動を余儀なくされてきた彼らだった。色々とストレスも溜っていたらしく、雅武彦命など
「それこそ温羅一族に今のまま温羅島一帯を仕切らせておいて何がいけないのですか!!」
と管を巻き始める始末であった。尤もこれは演技が半分といった具合。雅武彦命とて、留玉臣命が密告者であり主君を監視していることへ既にこの時点で気づき始めていた。であればそこを逆に利用するのみ。
「そうだ!そうだ!大体、今回の一件で朝廷からの指令には納得のいかない事ばかり!そもそも温羅一族が朝廷の敵であれば、何故正々堂々と正面から攻めこまぬ!」
2人が延々と朝廷を批判しはじめ、その2人を吉備津彦命は止めようともしない。
ーこれは、この計画、半ば失敗するかも知れぬ・・。
そう感じ取った留玉臣命は、本件を朝廷に報告せねばと席を立とうとするも、いきなりそこで吉備津彦命が剣の舞を踊りだす。
激しく、それでいて鋭く。動きを溜めるその一瞬は絶妙であり、思わずその場にいる人間全ての眼を奪わずにはいられなかった。吉備津彦命はじりじりと留玉臣命に近づきつつあった。
ーもう勘付かれているのか?
留玉臣命は自分が監視役だとバレている可能性を疑い始める。事実その通りなのだが、この場合どう行動するのか一番賢いのか?いきなり剣を取って吉備津彦命を襲ったとしても、返り討ちに遭う可能性が高い。相手は既に剣を持って舞っているのだ。他方、自分は今座っている。ではこの場からそのまま逃げるべきか?だがそうなれば郷里に残した家族の行方が気になった。裏切り者の家族を朝廷は許すのだろうか?
暫くすると犬飼武命も剣の舞を披露しだす。
「殿だけに恰好いい所を見せておく訳には参らぬでな」
と言いながら。2人の男が剣の切っ先を霞めるばかりに鋭く振りかざす。だがいつの間にか2人は留玉臣命を中心に、相対して舞いを踊るのだった。これでは万に一つも逃げ道はない。
すると吉備津彦命はフト動きを止めて留玉臣命の前に吉備団子を5つほど並べて置く。
「留玉よ。貴君が今回の任務で一番の功労者だ。貴君による朝廷との緊密な連絡が無ければ、我らはこの敵地に近い場所にたどり着く事すら敵わないだろう。今度とも宜しくお願いする」
そういって頭を下げながら右手には酒を入れた盃を持っている。
「酒盛りの席というのに、今はこれくらいしか料理を出せぬ。気を悪くしないでくれ・・・」
留玉臣命の顔が思わず歪む。果たしてこの吉備団子の中に何が入っているのだ?だがここで食べずにいればそれはそれで相当に怪しまれることだろう。どうやって切り抜けたものか・・?
そんな事を考えていると、首筋の辺りに剣の感触が感じられてくる。正面の吉備津彦命は先ほどから動いていないので、これは犬飼武命のものだろう。
「どうしたのか?何を恐れているのだ?たかが団子を食べるだけの話ではないか・・」
一見慈悲深そうな笑みの奥底で、眼は笑っていなかった。留玉臣命は、助けを求めるように雅武彦命を見つめる。だが彼は何ごとも起きていないかの様に酒を呑んでいるだけだった。
「無駄だ、あの男に裏切り者をわざわざ助ける義理などない。それにそなたが鳩を使って朝廷へ度々報告を入れているのは知っている」
「誤解です!あれは単純に作戦の進捗を報告しているだけの事で」
そう答えるものの、この展開に至ったからには殺されることも覚悟している。唯一の心残りは郷里に残した息子に最早会えなくなる事だろう。
「私は貴様に何かする積りは毛頭ない。郷里の家族を想う気持ちは皆一緒だ。私には家族など元からいないが、その気持ちは理解している積りだ。」
そういわれた瞬間、留玉武命は忽ち全てを悟った。最早選択肢などないのだ、と。留玉武命は、差し出された吉備団子のうち、一つを食べ始めた。差し当って何ともない。毒の心配はせずとも大丈夫か?待てよ。
そう思った時には、急に睡魔が襲ってきた。
「なぁ留玉よ。私は臆病な人間だ。いつ他人に裏切られるのではないか?そういう影に絶えず怯えているだけの男だ。」
そういう吉備津彦命の声が遠くに聞えてきたような気がした。それとも幻聴かも知れない。
「効きましたな」と雅武彦命が呟く。
「あぁ、天竺から渡ってきたという眠り薬だ。一旦作用すると手練れの間諜でもおいそれとは起き上がれまい。さぁ留玉武命の持ち物検査と行こうじゃないか」
といっても彼の荷物はそれほど多くはなかった。精々手荷物と、伝書鳩を2,3匹といった所。それに手紙だ。犬飼に読ませてみたが、差し当たりそれらしい事は書いていないという。
「監視役というからには、色々と我らのことが書いてあるかと思われたのに、拍子抜けですな?」
吉備津は被りを振る。
「どうせ何か私が怪しい動きをしたらすぐに殺せ、とも密命を受けている事だろう。上の連中は、何としても私を事故に見せかけて殺したいらしい」
犬飼と雅武はそれぞれ手分けして作業している。犬飼は吉備団子で眠りこけてしまった留玉へ猿轡を掛けて紐で何十にも巻いている。他方、雅武は手配してあった小舟を出して温羅島へ出立する準備をしている。
「この者は殺さずとも良いのですな?」
と犬飼は確認してきた。
「あぁ、その者が生きたまま、定期的に朝廷へ連絡を送るというのが大事だ。我々が真似した所で何処かでボロを出すだろうしな」
「私としては、御主君にはまた別のやり方があるように思えるのですが」
犬飼武命が何を言いたいのかはすぐに解った。
「・・・私に温羅一族へ寝返る事を薦めているのか?」
「朝廷からの仕打ちを考えれば、順当な所でしょう?それに朝廷とて、御主君が寝返るかも知れないと考えるからこんな監視役を付けるのです。内心では自分たちにやましい所があるからこういった真似をする」
新月の夜であった。
「この新月というのはこれまた都合が良いですな。殺してもすぐにはバレない。ましてや海の上であれば」と犬飼武命は続ける。
「それくらいにしておけ。犬飼よ。御主君を余り困らせては駄目だ」
と雅武彦命が口を挟む。
「御主君にも立場がある。軽々に人を殺せぬ。そういうお立場のお方だ」
「だが犬飼が言った通り、今日の新月は本当にありがたい。まるで何か仕組まれたかのようだ。」と吉備津彦命は呟いた。
「こうなったのは必然です。新月の闇夜に温羅島へ渡ると計画していたのですから」と雅武彦命が返す。
「そうだ。今の所、全てが順調に進んでいる」
ー全てが順調に事が運んでいる。手間取るかと思われた監視役も簡単に無力化してしまった。
ある意味で吉備津彦命の予想は当たっていた。後に振り返ってみれば、彼は自分自身ですら信じられない行動に出たのである。
見事に温羅島に上陸し、雅武彦命の案内で党首の詰所へと案内される。
「余程豪勢な場所なのであろうな?」
と吉備津彦命は何気なく尋ねた。
「私は前線での働きが多かったもので、あまり朝廷での華やかな暮らしをした事がないのでな。だが朝廷というのは、何回行っても落ち着かぬ。天女の如き女官どもがわんさかと居る中で、豪華な建物と大量の宝物、酒が唸るようにあった。恐らくは温羅の党首もそんな所で勤めているのだろうな」
すると雅武彦命は意味ありげに微笑んでから、
「実際に見れば解ります」
とだけ話した。犬飼武命は訳も解らず呆然としている。
「なんと、これが党首の邸宅か?洞窟ではないか!」
「その通りでございます。奴らめは仕事熱心ですので、海賊をなして攫ってきた宝物やら人質、娘やらをこの洞窟の中に溜め込んでおります。」
使用人を装って彼ら三人は温羅の幹部連中がどの様に仕事をしているのかを観察する。彼らは確かに海賊らしくその動作や振る舞いには、朝廷の貴族連中に見られる優雅さじみたものは一切見受けられなかった。
ーだがその勤勉さといったらどうだ?例えば今朝方出航した船で剣だの鉄材だの首尾よく売れたとして、その記録はまめまめしく付けられているのだ。売れ残りがあれば当然それも記録される。それに奴隷の処分にしてもどうだろうか。
それぞれの奴隷の用途に合わせた処遇をしているのだ。例えば女の奴隷は、絶対に洞窟の中には寝かせない。奴らには年配の女どもが徹底的に踊りや琴を叩き込む。そうした方が同じ容姿の女でも高値で売れるからだった。
一方で男の奴隷は、もう生産力と割り切っている。鉱山奴隷として劣悪な環境で酷使される者も多い。ただ三度の飯と寝床、それに女の手配をして貰えるとあって好き好んでここへ働きに来る者もいると聞く。
宝物にしても、金銀銅といった貴金属類、中国人好みの玉、見事な杉の木などの原木などといった区分ごとに種類分けして保管されていた。
「ここまで見事に記録して保管されていると、不届きものが横領する余地がございませぬ」
と雅武彦命が唸っている。
ーこれこそが、書類に基づく行政というヤツだ、と吉備津彦命は思った。これほど緻密な保管システムを一代で築き上げたのだ。たたら製鉄所や造船所は一体どんな具合なのか見当も付かなかった。
彼らの利点は読み書き計算が出来るという所にある。文書による複雑極まる報告、図面による製鉄所、造船所の拡張計画策定、大陸や半島との交易によって得られた収益の一覧表など。どれもその時代における文書管理システムの極北といって差支えなく、彼らと同じレベルの統治を求めようとすれば遠く中国まで出向かねばならなかったろう。
「一番恐ろしいのは、党首の居室にございます」
「何処にあるのだ!これほどの、恐るべき仕組みを作り上げた男は何処にいるのだ!是非とも合わせてくれ」
吉備津彦命はいつの間にか叫んでいる。余りにも鬼気迫った叫び方は最早物の怪に憑かれたかのようである。犬飼武命はこの様な主人の姿を見るのは初めてだった。
3人は遂に党首の居室を突き止める。といっても洞窟の一室に過ぎない。そこで見たのは、まさしく行政官の鑑といって差支えない働く姿であった。
吉備津彦命の立っている位置からでは、温羅の党首の後ろ姿しか確認できない。だが彼は先ほどから書類に向かって筆を動かす以外の動作をしていない。
「一体この党首殿は、一日にどれ程働いているのか?」
「存じ上げますぬ。何しろ飯と風呂と便所の時間以外、ずっと書類と向き合っております故」
吉備津彦命の眼にいつの間にか涙が浮かんでいる。これこそが、こういう人間こそが人の上に立つべきなのではないか?自分をこの地へ送り込んだ朝廷の連中は、今も和歌だか宴会だかに興じつつも、低俗な腹の探り合いを続けていることだろう。だが最前線では今も若人たちがバタバタと死んでいる。彼らの上に立つべき人間とは、これほどに勤勉にして無欲な人間であるべきではないのか?
吉備津彦命は感激し、そして寝返ることにした。犬飼武命に向かって
「寝返ろう。犬飼よ」
と囁いている。
「寝返るのだ。犬飼。我らの主君はこれまで我らにどんな仕打ちをしてきた?先ほど我らが手を下した留玉臣命の如きはまだしも可愛い部類だ。今回の任務に成功したとて、今度も汚れ仕事をこなす運命しか待ち受けていない。つまり部下であるお前の運命もまた然り。そんな未来を受け入れられるか?」
「御主君!私は御主君に対し付き従っていくまで・・」
「この島には、否、この温羅一族による緻密な統治は、海の向こうの国々に優るとも劣らぬのではないか?温羅の党首は、寧ろ我が国にとって必要な人材だ。それも解らぬ朝廷などに最早忠誠を尽くしてはおられぬ」
「・・・・その言葉を待っていた」
そう言って遠くからのそりと近づいてきたのは、温羅の党首その人であった。余りにも無我夢中で叫んでいたので、あれほど遠くに離れていた男の耳にも吉備津彦命の台詞が入っていたらしい。いつの間にか温羅の兵士たちが吉備津彦命の周りを十重二重と取り巻いている。だがその視線は必ずしも敵対なモノではない。
「いつから我らが来ると気づいていたのだ?」と吉備津彦命が尋ねると、
「最初からだ。雅武彦命が我らに絶えず情報を流してくれていた」
ーやられた・・。
吉備津彦命は打ちのめされる。犬飼が自分たちを嗅ぎまわっているのは最初から勘付いていたが、まさか雅武も立場は違えど同じような事をしていたとは。
「客人、ここにいる雅武彦命から話は聞いている。そなたは私の首を取りに来たのだな?」
「如何にも」
吉備津彦命は温羅一族の暗殺計画を幹部連中に正直に打ち明け、あまつさえ朝廷からの命令書まで差し出した。本来であれば、温羅一族に何をされても仕方ない状態だった。殺される危険性すらあったろう。だが温羅一族は違った。
「それでは、貴君に我々の諜報任務を担って貰おう」
とこうである。
「我々は金儲けや技術には長けているが、それ以外の事は解らない。だがこの土地の国司から妬まれていること位は理解している積りだ。そしてこういった感情を放置していると、やがてはこの土地からも追い出されることになるであろうことも」
温羅一族の長はそう静かに話すのであった。その顔には苦悩が深く刻まれている。何故なら、その昔一族が朝鮮半島から追い出されたからこそ、長男である自分が今この土地で一族を切り盛りする事となる。
「朝廷内部の力関係やら土地の豪族どもの仕来たりやらを詳しく知っているそなたは、我々が今一番欲しい人材だ。強力してくれるだろうか?」
「勿論です!これからは温羅一族の為に尽くさせて頂きます」
更に2年の時が経った。
次から次へと暗殺者は送られてくるものの、吉備津彦命がそのたびに返り討ちにするか寝返らせた。大体寝返る者の方が多かった。こんな暗殺に成功したとて、その後当人はどうなるというのだ?
吉備津彦命は温羅の島の彼方此方に砦や物見やぐらを設けつつ、党首にこう進言する。
「一刻も早く、朝廷への帰順を。ともかく温羅の一族による統治を朝廷に認めていただくのです」
その為に何人もの使者が朝廷へ送られていった。幾人かは土着の国司に阻まれてしまったものの、数人は無事に朝廷に辿り着いて温羅の一族から書状を送り届けることが出来た。
その頃には朝廷にも温羅島の評判が伝わっていたのだ。
彼らは何回も何回も暗殺を切り抜けた温羅一族に畏敬の念すら抱きつつも、何とかして製鉄技術と造船技術をわが物としたいという欲望を隠しきることが出来なかった。そこで朝廷からはこうした返事を寄越す。
「貴殿らの製鉄所は誠に見事だ。貴殿らの作り上げる船は実に大きく、遠く大陸にも航海できそうである。出来ることであれば、我らの畿内にもそういった工房が欲しいものだ・・」
要するに今後も温羅島を自分達で統治することを認めて欲しいのであれば、技術をそっくりそのまま寄越せというのである。温羅一族は揉めに揉めた。自分達の技術は秘中の秘である。しかしこのまま宙ぶらりんな立場でいる訳にもいかない。
よろしい、と族長は言った。
「欲しいというなら、くれてやろう。我らの磨き上げた技術、チョットやそっとで真似は出来まい。彼らが我らの技術を学ぶ合間に、我らは更に新たな技術を作り上げるのだ!」
かくして温羅一族はこの島を統治をその後も認められることとなる。だがその頃には、日本国内で彼らの進んだ技術が普及し始めてしまっていた。温羅の島は急速に廃れていくことになり、いつしか島はまた元通り、無人島に近い存在となってしまった。